理論の通じない論戦
「まいったな、どうしよ」
教室の前で僕は一人隠れるようにして立っていた。
鞄を取ろうと戻ってきたのだけれど、まさかこんな時間に人が居るとは思ってなかった。
「困るな、入りづらいんだけど」
別に、いつもなら困ることはない。
自分の席やその近くで邪魔なら、『どいてもらっていいですか?』の一言だけかけて、ずかずかと無神経に踏み込めばいいのだから。
それくらい出来ないと友達がいない中で生き残れない。ぼっちが学校で生き抜く為の処世術くらい持っているのだ。
だけれど、なぜかその女子たち……麗さんの転校初日に絡んできた三人は、やたらクスクスと笑って麗さんの机を囲んでいるものだから、何かあるんじゃないかと勘ぐってしまう。
もう少ししっかり見ようと、教室のドアから何をしているのかうかがうと、何やら見覚えのある一冊のノートを三人で囲んでいる。……あ、ロクでもないやつだこれ。
僕は確か前に麗さんに小説を書いたノートを渡して、それ以来手元に戻されていないことを思い出す。
……僕は、勝手に何が起こっているかを想像しつつ、どうしようかと頭を回す。
(止めるべきなのは確かだけど、まあ間違いなく僕が何言おうが聞いてくれるわけないよね)
大ごとにしたくもないから、先生に相談を持ちかけるってのも嫌だし。へんな逆恨みをされそうというのもある。
……正直なところ、余計な嫌悪を向けられるのが怖いって言うのも大きいんだけど。
と、その時彼女達が移動しようとしているのが見えた。
ノートを持って、それをそのままどこかに持って行くつもりみたいだ。
(……は? いやいやいやいや、おかしいでしょ! なんで当然の権利のように持ってこうとすんだよ!)
僕は悠長に考える間もなく、隠れるのもやめて教室の後ろ側の扉を思いっきり横に開き、駆け込むようにして教室へと入る。
扉のレール部分につまずいてバランスを崩してしまうけれど、なんとか踏ん張って転ばないように体勢を立て直す。
三人組がその扉や靴の音に驚いたような顔をしてこちらを振り返る。慌てたように僕が教室へ入っているのを見て、すぐにそれが怪訝に思う表情へと変わる。
だけれど、三人はすぐに僕の事を無視してそのまま教室を出ようと、僕と逆側にある教室の前にある扉の方へと向き直った。当然、ノートは持ったままだ。
僕は慌てる思考に迷いなんて吹き飛ばされて、単刀直入に彼女らに言う。
「それ、麗さんのだよね。返してよ」
自分でも驚くくらいにはっきりとして刺々しい声が出る。
言ってから怒りからか体を動かしたからか、頭の中が熱くなっているのを実感して、落ち着こうと息を吐く。
そんな僕の様子を見て三人組の中で一番背が大きい女子Aが喋りかけてくる。
「覗いてたの? ……キモっ」
僕はその言葉を聞いてむしろ落ち着く。そこでしらばっくれる訳ではなく論点を変えようとするなら、むしろ楽だ。だって、麗さんの物を取った自体は認めているようなものなんだから。
自分のやっている事が間違っているんじゃないかという不安をそこで完全に消され、僕は話を続ける。
「いや、知らないよ。人の物勝手に漁ってたあんたらに言われたくはないね」
それを聞いてさらに不機嫌になった様子で、一番背の低い……それでも麗さんより十センチくらい高いけど……その女子Bが怒りを隠そうともせずに喋る。
「……坂川くんの物じゃないんだから、坂川くんは関係ないんじゃない?」
……盗っ人猛々しいとはこの事か。
僕を責めたからって自分達のした事が盗難である事に変わりないのに。
頼むから自分たちのやった事が悪い事であるという事は自覚してくれよ。
僕が呆れて、それになんて返そうか疑問に思っているとノートを持った女子Cがこちらに語りかける。
「いや、これ、うちらのだから。ほら、名前も書いてないし、違うでしょ? ね?」
そういってノートの表側をアピールするようにして見せつけてくる。
確かにそこに名前は書かれていなかったけれど、タイトルを書く部分には見覚えのある文字で『異世界でもひとり』なんて書いてある。
……こいつら、実はギャグでこんなことしてんのかな? 喋れば喋るほどボロが出るというか、隠す気がないだろう。
とはいえ、徒党を組んでいる強さと言うのを理解しているのか、三人が三人、下手な誤魔化し方をしてこちらを睨みつけてくる。
僕はこれにノートを渡したらどうせそれを使って、これと同じクソみたいな悪意に麗さんや僕が晒されるのを簡単に想像出来てしまった。
なんとか取り返すべく、話し合いとも言えない話し合いを続けようと強く想う。
「そうなの? 実は、麗さんもそれと同じ色のノートを無くして困ってたんだよね。勘違いして持ってったらお互いにいい事ないでしょ? ……少しだけ、見せて」
僕は目の前の連中が言うことに出来るだけ逆らわないように言葉を選びつつ、相手と同じように嘘を交えながら自分勝手な論理を押し付ける。
女子Bがそれを聞いて静かに、けれど間違いなく怒っている事を確信させる声で返す。
「……中も確認して、私たちのだって分かってるから見せたくないんだけど。個人的な事も書いてあるんだし」
そうやって、こちらに中を確認させるつもりもないようだ。
……個人的な事が書いてある事だけは事実だなと、思い鼻で笑いそうになってしまう。
とはいえ、取りつく島もなく、手詰まりと言っていい状況に追い込まれてしまう。
女子Aは話を終わらせようとばかりにあざ笑って吐き捨てるようにこちらを罵倒する。
「ま、キモい坂川には関係ない乙女の話よ。じゃ、私達もう帰るから。あのチビの探し物なら、違う場所探したら?」
行こ? とそのまま他の二人にも促して、踵を返してさっさと歩き出す。……ふざけんな、返せよ。
僕はそれを黙って見過ごすことも出来ず大声を出してしまう。
「……返せよ! 返せ! ふざけんな!」
それを聞いたそいつらは一瞬だけ足を止めるようにする。女子Bだけがチラリとこちらを伺う。
「無視、無視」
そう言って女子Aは他二人に言うと、二人とも頷いてそのまま教室を去ろうとする。
僕はそれを見て、なにか終わってしまうような焦燥感に駆られてしまう。
……別に、あんなのを他の人に見られたところで、僕なら特に気にせず学校生活を送れる。
その確信はあるけれど、不思議と絶望するような気持ちになってしまい、なんとかしようと一歩だけ足を踏み出す。……その一歩すらやたら重いと感じてしまってやたらカクカクした動きになってしまう。
(……なんで、だろう)
自分でも不思議な感覚に囚われてそれで足を止められてしまう。
女子Aがそんな姿のこちらを見て、バカにするように笑みを浮かべる。
それを見て、足がすくむ。……その瞬間、僕はそれを怖いなんて言葉が頭に浮かび上がってしまった。
あんな理論の通じない連中に、なぜか恐怖を感じてしまった事を自覚してしまう。
(嫌だよ、嫌だよ。なんで、あんな連中に屈しないといけないんだよ。……なんで僕はこんなに怖がりなんだよ)
時間がゆっくりになったような感覚に襲われる。
泣いてしまいそうで、さっきまで心に貼れていた虚勢も離れてどこかへ行ってしまって。
(……麗さんに、謝らないと)
僕は諦めた。自分が間違っていないという確信がなくなって、それ以上なにかをする気持ちを失ってしまったのだ。
そうやって、僕が投げ出すような気持ちで女子集団を見送ろうとした時、教室前の扉に別の人物が現れた。
「先輩、なにしてるんですか?」
女子集団の前を塞ぐように、わざわざ手を思いっきり開いて……端から見ればアホみたいな立ち方をして。
そこにいたのは、図書室に残っていたはずの後輩……細野さんだった。




