女教師と密室で
放課後の図書室といえば線の細いな美少女が窓際に佇んで本を読んでいて、開いた窓から吹き込む風にたなびいてしまう長い髪の毛に気を取られた彼女は、ふ、と窓の外を見るんだけれど、それをたまたま見かけてしまった主人公は、夕日の色が髪に反射して紅く光る彼女の美しくて神秘的な様子に息を呑んで、言葉も無くしばらく立ち尽くしてしまい、だけれど彼女の読んでいる本が自分が昨日読んだ本と同じである事を確認すると、それが色々と混在した嬉しさを呼び覚まし、そこから恋が始まる場所。
……そんな場所だと信じているんだけれど。
「なんで僕クロスワードパズル解かされてんのかな……?」
「微塵も信じてない妄想を垂れ流すのはやめろ。先週は私も忙しかったからな、息抜きに付き合ってくれ」
「だからって、呑気にコーヒー飲みながらゲームしないでくださいよ」
時刻は放課後、僕は密室で女教師と二人きりで話をしていた。……話の内容に色気がないからこのモノローグ意味なくない?
図書委員の仕事をしばらく六角くんと一緒にして、図書室に後輩の女の子……細野さん以外に人がいなくなった後。
最近は教員用の部屋に引きこもりがちだった、図書室の先生……僕は司書さんと読んでいるけれど、彼女に捕まってしまった。
司書さんは図書委員の仕事をしていた僕達にむかって言い放った。
『こいつ借りるぞ。仕事はやっとくから、六角は帰って大丈夫だ』
一緒に仕事をしていた六角くんは謎の作った笑い声とともに、
『むほほ! 司書先生が奈月殿を必要とあらばどうぞどうぞ!』
こんなふうに、あっさりと司書さんに僕を明け渡してきた。面倒ごとがあるって時の反応じゃないのかな、それ。
そんな訳で僕は図書館備え付けの別室で司書さんと二人きりである。……司書さんの私室みたいな物なので、あまり教員の部屋という感じはしなくて、緊張感なんてないのだけれど。
資料や仕事のための道具はしっかり揃っているけれど、隅っこにこっそりと隠した箱にゲームや司書さん私物の積ん読が大量に置いてあるのは知っている。
僕は一度室内を見渡して言う。
「整理はされてますよね」
「当たり前だろ。私がここに来てまだ一年半だぞ。そんな汚すわけが無いだろ?」
「いや、一年半あれば僕の部屋だったらもう大惨事なので……」
「はあ、その度にお仕えのメイドさんに片付けもらっているってわけか」
僕はそれを聞いて少し驚く。
世界が変わってから司書さんと話したのは挨拶以外だと、これが初めてだからだ。
とはいえ、霜切さんだって僕の家庭事情を知ってた。つまりこれも今の自分とは違う、過去の僕が彼女に話したということなのだろう。
司書さんならある程度信頼している人だし、おかしくはない気がする。
司書さんは別に僕の汚部屋事情に興味はないらしく、僕にクロスワードパズルを解くよう促す。
「ま、そんなことは良いんだよ。さっさとそいつを解いてくれよ。私より頭いいだろ、お前」
「いや、絶対そんな事ないですって。司書さんが解いた方が早いと思いますけどね。……というかカウンターで仕事をする人いないですけど、それはいいんですかね? こんな事してて」
「どうせ今の時間、図書館使ってる奴なんて細野一人だろ。ここでも外の音は十分聞こえるし、誰か来たら対応してこい」
「自分でもしましょうよ……」
そんな司書さんの態度に呆れてしまう。
とはいえこの人、サボりって訳では無くて、図書委員の顧問としても、討論会みたいなのの企画とか、勉強するための空間としてこの場所を貸し出したりとか、図書館だよりみたいなお知らせを作ったりとか……仕事はしっかりこなしているのだ。
僕の突っ込みを聞いて司書さんは快活に笑うと言葉を返す。
「坂川も六角も、真面目で助かってるよ。いない曜日は私一人で色々と回さなきゃいけないから、面倒なんだ」
僕は頷きながら答える。
「大変ですよね。本の管理なんて」
「そうでもないさ、大事にしてやんないと本が怒るからな」
「何ですか、その表現……? でもまあ、大事にしないといけないですよね」
……かく言う僕は結構床にラノベを散らかしたりしているので、自分で言って自分が傷ついた。
「どんな本も人の思いがこもった物だからな。熱も入るさ」
僕の心を知ってか知らずか、そう言ってくくっと声を上げてまた笑う司書さん。……なんだかワイルドだなあ。
僕はそうやって笑う司書さんに水をさすように話しかけるのもためらわれて、手元のクロスワードパズルに目を落とす。
……三文字で最後が『ん』じゃない白くて長い食べ物……って何?
スマホをぽちぽちして思い当たる節を色々と検索する。
僕がクロスワードに熱心とも言える様子で取り組むのを見てコーヒーをずずっと一口飲んだ司書さんが喋りかけてくる。
「すまんな。まあ、懸賞に当たったら坂川にも半分やるよ」
半分、という単語が気になったので僕は司書さんに聞く。
「これ、何が当たるんです?」
「ハワイ旅行のペアチケットだな」
「そんなもん半分貰えるか!」
なんで教師の旅行に同伴しないといけないんだ!
「わはは、冗談だ。まあ、一等なら私が貰うけど、二等以下ならお前にやるよ」
そう言ってまたコーヒーに口をつける司書さん。
僕は司書さんとそんな風にふざけ合いながらも考えを続けていく。
……あ、これ下が『ンジャメナ』だから、『うどん』でいいのか。なるほど、製作者がドヤ顔してそうなクソ問題だ。
僕はその答えを書こうと、シャーペンの芯を出そうとして、もう芯がないことに気付く。
自分の鞄から筆箱を取り出して補充しよう……そう思った時、鞄が手元にない事を思い出す。
教室に置いて来たのだ。
「ちょっと、鞄取って来ていいですか? 借りたシャーペンの芯が無くて」
「ああ、芯ならあるぞ、ほれ」
そう言って司書さんは芯を渡してくるけれど、僕はクロスワードパズルに大量に書き込んだメモの跡を見て答える。
「あ、いいんです。使いすぎちゃうから自分の持ってきます。まだ残ってるでしょうから細野さん、見てあげてて下さい」
「ああ分かった。……変に気を使うよな、お前」
そう笑う司書さんに見送られながら、僕は早足に図書室を飛び出して自分の教室へと向かう。
「うどん、ンジャメナ、八百長……オーストラリア?」
人のいない校舎で小走りになりながら、さっきのクロスワードパズルの答えを見つける。
「ハワイ旅行なのに答えはオーストラリアなの、シュールだな」
そんなくだらない事を思って笑っていると、図書室からは少し離れている僕の教室にもすぐたどり着く。
「っと、電気付いてる。まあ、関係ないけど、迷惑だけかけないようにこっそり入ろう」
そうやって教室内の様子をうかがってからの侵入を決め込んで、中を覗く。クラスメイトの女子が三人、まだ残っていた。
「よりによって近くの席で、しかも女子が固まってなんかやってるんだけど。死ぬしかない……じゃ、ん?」
一人、小さな声で冗談交じりにとぼけようとしたとき、僕はそこが、彼女達三人の誰の席でもない事にすぐ気づいてしまって、驚きから語気を弱めてしまう。
「何やってんだろ……麗さんの席で」
ろくな予感がしないままに、僕は教室前で立ち往生を食うことになるのだった。




