浮気ダメゼッタイ
僕にとってのまっとうな高校生活は人と最小限にだけ喋って、細々と教室の隅で過ごす事である。
具体的に言えば教室の中心で騒ぎながら昼ご飯を食べるなんて嫌いというか、自分がそうしているのを想像ができない。
昼休みに僕の教室まで来た霜切さんとふたり、僕は彼女にそんな話をしていた。
「つまり今みたいな状態が最高に楽って話だよ」
「隠キャの鑑じゃない」
「身も蓋も無い返しはやめよ!?」
「事実でしょ?」
「まあ、そうだけど……」
周りではほとんど全員が大人数のグループか、それより人数が少ない中くらいのグループに分かれて昼食を食べている。
あとはちらほらと一人や二人で食べる姿が見えるくらいで、僕たちみたいなのは圧倒的に少数派だ。
僕は改めてそれを見て、一つ疑問を持つ。
「これどんな分かれ方したんだろうね」
「さあ? うちのクラスだと中学からの友達か、部活での友達が大体だと思うけど」
「そりゃ部活に入ってなくて、中学からの知り合いもいない僕が一緒に食べる相手がいないなんて当然だね」
「いや、坂川がコミュ障なだけでしょ」
霜切さんは特に興味も無さそうに言って、購買で買ってきたパンをつまむ。
あまりにもその言葉があっさり出てきたものだから一瞬何を言われたか分からなかった。
いやまあ、事実だから気にする必要もないんだけど。
……にしても、じゃあなんで彼女は僕と一緒に食べるなんて酔狂な選択をしたんだろうか?
霜切さんは僕に罵倒とも言える言葉を向けたことなんてまるで気にせず、パンを食べ終える。
そして、机の上にこぼれたパン屑を集め出す。
と、そこで机の方を見て少し動きを止めると、こちらに話しかけてくる。
「そういや桜が昨日寂しそうにしてたけど、大丈夫なの?」
「……ん? あ、麗さんか」
一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかったけれど、桜、というのが麗さんの事を言っているのにすぐ気づく。
あだ名というほどではないけれど、変わった呼び方をするなと思う。
僕はそういえば麗さんがいない理由を詳しく話してないと思い返す。
「昨日はまあ、色々あったんだけど今日は麗さん風邪引いちゃってさ」
「ふーん。……昨日の坂川って、なんで休んだの?」
興味無さそうに返事をしてから一瞬間を開けて、すぐに何かを思いついたみたいな悪戯っぽい笑顔を浮かべて聞いてくる霜切さん。
別に隠す事もないし、答える。
「風邪だよ。午前中に治るくらいには大した事無かったんだけどね」
「なっるほど……ねえ」
「なにその言い方、ろくな事を言われる気がしないんだけれど」
僕はそう言われると緊張して喉が渇いたような気がしてしまって、身構えるような気分で水筒に手を伸ばす。
お茶を飲むと、口の乾きが取れて行くのを実感できて安心する。
「……移したの?」
その言葉を聞いて、口の中にわずかに残った水分が気管へと入ろうとする。
「……けほっ!」
「またむせてる。動揺が出過ぎでしょ」
また、なんて言われてしまうけれど、しょっちゅうこちらを動揺させといてよく言うよ!
「何その発想!? どっからそんな考えが出てきたの!?」
「いや、だって坂川、別に落ち込んだり、ぼけーっとしたりしてないからさ、昨日の桜の姿からすると違和感があるのよね。じゃあ、何か二人の間であったのかなって」
「……名探偵かな?」
思わずそんな言葉が出てくる。
……いや、確かに昨日は風邪ぎみで休んだんだけれど、それは麗さんと顔を合わせるのが怖いという口実でもあって……。
実際、麗さんと色々話が出来なければ、よわよわメンタルである所の僕が平然と学校に来れたかどうかなんて分からなくて……。
まあ、つまり今の僕がいつもとそんな変わらない態度を取っていることが、昨日の麗さんの様子と合わせれば彼女と何かあったことの証明で。
そうやって思い返すと麗さんとしたことが頭に浮かんできてしまい、恥ずかしさから体の感覚を失ったような錯覚に陥る。
そんな僕を見て、霜切さんは楽しそうに聞いてくる。
「え、なになに、そんな恥ずかしい事なの? やっちゃった、ヤっちゃった?」
「下品では!? い、いや、そこまでは行ってないんだけど、少しだけ……」
「……今の発言を性行為と結びつける坂川だって十分に下品だと思うけど。へえ、なになに、何したの?」
「キスまで、キスまでだから!」
そう言うと、霜切さんは嬉しそうな顔になって
さらにからかおうと言葉を続ける。
「なーんだ、この前、桜以外に好きな女の子がいるみたいに話してたのに、もう吹っ切れちゃったんだ」
きっと彼女からすれば空想の話を忘れた僕に対して何気なくからかっているだけなのだろう。
しかし、僕からしたら浮気性について責められているようにしか思えない。
もはやある程度開き直って、二人ともに好きだとは言ってあるし思ってもいるが、指摘されると言葉に詰まってしまう。
なんとか上手いこと返答しようと、下を向いて何を言おうか考える。
「あれ、どうしたの? なになに、何か悩んでんの? 今言ったこと、気にしてる?」
そう言って霜切さんは黙ってしまった僕に対して聞いてくる。
僕はそれを言われて、彼女の方へ意識を戻されてしまう。
僕は誤魔化すように笑顔を顔に浮かべ、なんとかそれ以上の追求を逃れようとする。
「い、いやそうじゃなくて、他に好きな女の子が居るって麗さんに悪いなって思って」
「確かにね〜。桜、また落ち込んじゃうかもしれないし、ほどほどにしとかないと。浮気なんてダメよ、絶対に。大事にしてあげなきゃ」
霜切さんはそうやって強く言ってくる。
……無意識の霜切さんに、僕は良心をズバズバと攻撃されて心がすり減っていくのを感じるのだった。




