きゃっきゃうふふの裏側で
スマホから女の子の声がけたたましく響く。
「くかーっ! なんなのよ! じゃあ奈月くんはその婚約者ちゃんと、らぶらぶしてたせいで全然連絡をくれなかったって言うの!?」
「なんか異様にテンション高くない!?」
麗さんにからかわれてから僕は、風呂に入ったりなどなど、諸々の作業を終えてから異世界にいるはずのエリスと話していない事を思い出し……スマホから連絡を取ったところである。
……今は、昨日今日と麗さんのことをエリスに話したところである。
「これが落ち着かず居れましょうか!? ちょちょちょっと待ちなさいよ! なんで、その子とは一週間でそのあの、キスまで行っちゃったのよ!」
「えっとそのあの、成り行き……ですかね?」
「やった本人が疑問形にならない!」
と、そこで電話向こうのエリスはふっと息を吐いて軽く笑う。
「 ……ま、奈月くんの話を聞いても、その子が魅力的なツンデレみたいに聞こえるから、分からないでもないんだけど」
電話の向こうに……異世界にいるはずのエリスが声だけで呆れたように苦笑しているのが想像できる。
「麗さん、ツンデレなんかじゃないよ」
「ふふ、奈月くんらしい言い分ね」
「だって、麗さんははいつも正直で、だけど好意を向けることは苦手だからたまにそっぽを向いてしまうんだ。ツンデレなんて安直に言えるものじゃ無いよ」
ただちょっとだけ、麗さんは嘘を吐くのが苦手なだけだ。ツンデレなんて言い方は何かおかしいだろう。
「……そこまで捻くれてたら普通ツンデレって言うと思うんだけど。奈月くん本当にめんどくさい性格してるわよね」
そういってエリスはクスクスと息を軽く吐くようにして笑った。
彼女が呑気な態度を取っているのを声から感じる。
まるで本当にただ電話越しに日常会話をしていると思えて、エリスが異世界にいるなんて事を忘れそうになってしまう。
その瞬間エリスがこちらの話ばかり聞いてくるので、彼女について聞きそびれてしまっていた事を思い返した。
「ところでさ、僕の話ばっかりしかしてないんだけど、エリスは大丈夫なの?」
「ん? ……っと、ああ、こっちでの生活かしら。ええ、大丈夫よ。奈月くんのお陰で私、意味不明なチートを振りかざす人間になってるもの。理不尽の化身なのよ、今の私」
あっけらかんとエリスは言い放つ。
そこに危機感なんかは一切無くて、むしろさっき麗さんの話をした時の方がよっぽど鬼気迫っていた。
彼女は異世界での経験をそのまま語り出す
「今日もでかいドラゴンをワンパンで沈めたのよ」
「ええ……」
「山の上にドラゴンが居て困ってるって言うから、ちょっとジャンプしてそこに行って、ちょっと小突いたら死んだわ」
「ドラゴンがかわいそうじゃない……?」
やっている事は大冒険と変わらないのに、近所のコンビニに行ったくらいの感覚でそんな話をエリスはしてくる。
まだ他にもあったけれど、僕はそれらの話を呆れるような感覚で聞くことになる。
例えば山賊に襲われた話。
「宙に向けて手を振ったらなんか周りの相手が意識を失ってたの」
「なにそのイキった中学生みたいなエピソード」
「自分は思わないんだけど、周りからあのキャラに似てるって言われるわ」
「やめようね!」
例えば魔王の幹部に支配された砦を取り戻した話。
「正面から行くのは危険だと思ったから、最上階に直接乗り込んだの」
「……いや、作戦を立てたアピールされても、最上階から侵入ってやってる事めちゃくちゃだからね?」
例えば聖域なんて呼ばれる場所での泉の精霊との対話。
「私と契約すればあなたは強力な魔法が使えるわよ? ……って私から精霊に言ったの」
「精霊と立場逆じゃない?」
エリスはそういう話をしてきて、問題なく生きられている事を言ってくる。
僕は肩透かしを食らいながら、エリスに聞く。
「なんかもっと山あり谷ありの冒険譚が繰り広げられてるもんだと……」
「冒険なんてないわよ。やってる事なんて、辺境の小さな宿に泊まりつづけて、タイミングを見計らってこっそり魔物を滅ぼしてるだけだもの」
エリスはどうやら想像以上にひっそりと活動しているようだった。
「おおっぴらに勇者として祭り上げられたりはしてないんだね」
「されてないし、されたくないわ。どうせ、地位や名誉、金目的でろくでも無いのが寄ってくるんでしょうし。……私の力を知られたら、きっと魔王を倒せって言われるもの」
エリスは魔王をまるで倒したく無いかの様に言ってくる。
僕はその理由が想像できているので、エリスに確認をする。
「魔王を倒したら、あの女神からすればエリスに利用価値は無くなるわけだもんね」
「そうね。……そうすればあなたにもう一度会うなんて決して叶わない。だから、私はこんな馬鹿げた能力があっても、魔王を倒すなんて出来ないの」
彼女は淡々とそうやって現在の状況を整理する。
僕はそれを受けて、ありきたりな言葉しか言うことができなかった。
「……何か、考えないといけないね」
「……だけど、なにも浮かばないの」
僕の言葉に対して食い気味にエリスは言葉を返してくる。
彼女はそのまま苦しそうに続ける。
「考えた。考えたの。こっちの神様を探そうと、いろんな場所だって巡った。大きな教会、小さな祠、さっき話した泉だって、それが目的だった。……けど、なにも無かった。神様なんて、いないの」
「……ほかに、頼れるものなんて」
「無いわ。……今さらながらに私のコミュ障っぷりが嫌になっちゃう。人に相談することも出来なくて、ただ毎日を過ごすためにしか人と会話できないんだもの」
自虐混じりのその台詞とともにエリスは笑う。
自分の無力を嘆くみたいに、悲しそうに笑う。
「ふふ、私ね、今が人生で一番幸せを実感できてる気がするわ。……奈月くんと一緒にいた時にはきっと幸せすぎて、幸せを実感できなかったのかも」
鼻をすする音が聞こえる。
「……泣いてるの?」
「泣いてないと思ってる?」
僕の問いに対して冗談交じりに、嗚咽混じりにエリスはそうやって言ってきた。
「あなたの優しさが好き。……異世界まで逃げたバカな私に付き合ってくれている奈月くんが好き。……だけど、あなたは私に関わるべきじゃない」
エリスはしばらく黙ると、いつもそうしていたように、自分で思いついたくだらないギャグを言う前に笑ってから声を出す。
「私はあなたを縛って、呪ったの」
ふう、とエリスが落ち着こうと息を吐いたのが聴こえてそして、
「……だから、私を嫌いになって?」
そう言って、エリスは僕の返事を待つように言葉を止めた。
僕は何かを言い返す前に心の中で思うことがあった。
(……呪いかあ。あはは、同じこと考えたんだ)
僕は心の中で自分と発想が似ている事を面白く感じて、きっとその事は僕とエリスが仲良くなった事の必然性を示している気がした。
それが、僕の決意を固めさせる。
少しだけ考えた。どうやって伝えたら正確か、そしてエリスが『くだらないわね』と言って笑ってくれるか考えた。
……しばらくして、最高にくだらない言葉を思いついたので、僕はエリスにそれを伝える。
「……大丈夫だよ。僕はエリスのこと、エリスが僕を嫌うくらいには……嫌いだから」
そうやって、あまりにもエリスの言葉を理解してないみたいに言い放つ。
……エリスが僕の事を嫌いじゃない事なんて、理解してる。だから、こう言った。
エリスの事が大好きだと伝えたいから。
……きっと、こうやって回りくどく、馬鹿馬鹿しく伝えた方が、彼女は楽しんでくれるから。
僕はエリスの言葉を待つ。
「……ずるいわよ、そうやっていつもみたいにくだらない喋りをして、『気にしてない』なんてアピールしてくるなんて」
エリスはそう言って笑う。それを聞き、言いたい事が誤解されていなくてほっとする。
「根拠はない。でも……なんとかしてみせる。エリスが会いたいって望むなら、僕は力になるから。大丈夫」
「じゃあ、死ぬほど望んであげる。奈月くんが、婚約者より私を想いたくなるほどにはね」
「どうだろ? 麗さんすっごい可愛らしいから」
「……その優先順位をつけられない感じ、すっごい奈月くんっぽいわね」
二人してその言葉に笑う。……ああ、楽しいな。
僕は、こんな楽しい中、ふと会話を辞めないといけない気持ちに駆られる。……クソ女神に言われたタイムリミットが近づいてきているんだと思う。
「……結局こうやって話しても何もしてあげられてないよね」
「そんな事無いわ」
エリスはそう言ってくるけれど、僕としてはその言葉に自己嫌悪を誘われる。
その事をエリスは分かっているのか、慰めの言葉を重ねてくる。
「……あなたがいなければ、私は何にもできないんだから。……ね、分かるでしょ?」
悪戯っぽいというのはきっとそんな言い方だ。
目の前にいたらウィンクと共に、とてもあざとい笑顔で言ってきた事だろう。
「まあ、僕が応援しないといけないから……そうなのかな? えっと、そろそろ切らなきゃいけないから言うね。二人で頑張って……また、会おうね……エリス」
「ありがとう。ふふ、それだけで元気百倍よ」
「……誇張じゃないのが恐ろしいね」
僕がそう言うと、頭が軽く痛くなる。……終わりかな。
「もう、切らなきゃいけないや」
「そうなの。異世界への通信料もバカにならないでしょうしね」
「……そこ、どうなってんだろ?」
最後に一つ疑問が残ってしまう。
「ま、まあいいや。……じゃあエリス、またね」
「うん……また、会いましょう」
僕たちがそうやって言い合った直後……異世界との通信は切れた。




