人の心が分かるなんてちゃんちゃら可笑しい
麗さんは僕の言葉に怒るところがあったのか、ムッとしたような表情で詰め寄ってくる。
「……何に文句があったっていうのよ」
そう言う彼女は本当に怒っているのが丸わかりで、なるほどこれを好きになるなんて当然だと思って、思わず笑ってしまう。
だって、こうやって紛れもない本物の感情をぶつけてくる人が優しいなんて魅力的に決まってるじゃないか。
「……なによ、気持ち悪いわね」
ひとりでに笑った僕を見て、麗さんが文句をつけてくる。……なぜか、その言葉を聞いて少し心地よいと思ってしまう。
僕はひとしきり笑ってから息を吐きつつ答える。
「ふはあ……。麗さん素直すぎるんだもん」
「……悪かったわね、口が良くなくて」
「違うよ。嬉しいんだ」
「何を言ってるのかしら……。やっぱりマゾ……」
「ちが……うか、どうかは置いといて、そうじゃないんだ。やっぱり、素直な麗さんは尊いなあって思って」
「……なによその表現」
僕は人の言葉の裏なんて読めないし、読みたくもない。だからきっとそれをしなくて良い、麗さんとの対話は楽なんだ。
ただ疑心暗鬼に相手を疑うなんて虚しいだけだから、きっと麗さんのその素直さは僕にとってかけがえのない魅力なんだ。
……その事を、麗さんが自分の性格を曲げようとした事で、初めて気がついた。
僕は麗さんのその姿をもっと見たいなんて思ってしまった。
だから麗さんが変わろうとするのを素直に受け入れられなかったんだと自覚する。
「……ねえ、一つわがままを言うね」
「何よ? へんな事言って来たら張っ倒すわよ」
「……別にされても構わないんだけど」
「……やっぱり変態じゃない」
「ちょ、ちょっとふざけただけだって」
こうやって、律儀に受け答えしてくれる、そんな麗さんにまた可愛いなんて思ってしまう。……まあ、僕のろくでもない発言はさておいて。
……いつも、こうやって不機嫌だったり無感情な反応をしているけれど、そこに優しさや本音が含まれている。
それがどれだけ貴重なものかって考えれば考えるほど、麗さんが魅力的な事が再確認できて嬉しくなる。
だから僕は麗さんに言う。
「麗さんが、今と変わりたいって思うのは分かるんだ。僕に協力出来ることがあるなら、してあげたいとも思うんだ」
「……だったらさっきのも、受け入れなさいよ」
「ううん、やだ」
「……随分わがままですこと」
「そう、だからわがままなお願いだよ?」
「何よ、どういう頼みごとなの?」
そう言った麗さんに対して、僕はお願いを口にした。
「僕の前では変わらず……自然体なままの君でいて欲しい」
僕がそう言うと、麗さんは俯いてしまう。
そして、
「嫌」
そのたった一言だけを返してくる。
僕は一瞬、それを聞いて肩を落としてしまうものの、いやいや、こんなので諦められないとすぐに気を取り直す。
「……麗さんが、自分の事を嫌いなのは理解してる。だけど、僕は好きだ」
「だから、変わらないで欲しいって? ……そんなの無理よ、怖いもの」
そう言った麗さんの目には涙が浮かんでいた。
「この性格のせいで友達なんて出来たことない、周りの人間からはどんどん嫌われたもの。しまいには親にだって追い出された。……だから、嫌よ……嫌なの」
彼女の独白は続く。
「夕方、自分の部屋に逃げてから、嬉しいって思ったわよ。あんたが私に好きって言ってくれたんだから。当然ね」
「当然……ってことはないと思うんだけど」
「うるさいわね。当然の事なのよ。……だけど、怖いとも思った。だって、またいつもみたいに、奈月にも嫌われてしまうって考えてしまったから」
「……だから、改めないとって?」
彼女はこくりと頷いた。そして、こちらを怯えたようにしてじっと見つめてくる。
……僕はその姿を見て恥ずかしさから顔が熱くなってしまう。
麗さんが変わりたいと思うこと、それが持つ意味も理解しようとせずに、勝手な事を言ってしまったと思って、自分の無神経さに羞恥を感じてしまう。
頭の中がごちゃごちゃになりながらも口が上手く回らなくなりながらも、謝らないとと頭を下げる。
「……ごめん。無神経だった」
僕がそういうと麗さんは僕から目を離しそっぽを向いて喋る。
僕はその態度を見て、怒らせてしまったのだと思ってますます縮こまって下を向いてしまう。
少しの間そうして、言葉が二人の間から無くなってしまった。僕はそれを見て、時間がもう遅くなっている事を思い出した。
だから、部屋に入るよう麗さんに提案する。
「……もう、遅いし戻ろっか。じゃあ、また明日」
そう言ってこそこそと逃げるようにドアノブに手を掛けたとき、麗さんにシャツの後ろを引かれた。
彼女はそのままこちらを心配するように喋りかける。
「……落ち込むような事じゃないでしょ。気にしてないわよ」
「……うん」
そうは言われても、やっぱり気に病んではしまって、むしろ麗さんの言葉に心を掻き乱される。
「えっと、それじゃ、うん、また、ね」
これ以上何か考えるとパンクしてしまいそうだったのでドアを開けようとすると、その手に麗さんの手を重ねられる
「……なんで、あんたはそんなに素直なのよ。もっと、主張したっていいでしょう」
「……風邪引いちゃうよ」
「夕方の時点でとっくにあんたに移されたからいいわよ」
「……その表現はどうなんだろう」
「こうでも言わないと、恥ずかしすぎて飛び降りたくなるもの」
そうやって二人で言葉をじゃれ合うようにさせてから麗さんは咳払いをひとつする。
「こほん」
「大丈夫?」
「……風邪じゃないわよ。無駄話をやめたかっただけ」
そう言って麗さんは真面目な話を始める。
「……奈月に会えて良かったって、思ってる。一緒に話せて、私を受け入れてくれて、奈月以外にだって話せる人だってできた。……嬉しく無いわけないじゃない」
「……そっか、よかった」
なにげなく、思っただけの心の声が口をついてしまう。
でも、麗さんはそれに言葉を返してくる。
「よかったって言えるのが羨ましいわ。……私は意地を張ってしまうから、そんなの言えない。……綺麗なのよ、奈月は」
「……そんなわけないよ」
僕はただ、優しいふりをするのが上手になっただけだ。ただ、相手に踏み込まないのを優しさと履き違えているだけだ。表面の同情がただただできるだけなんだ。
でも、麗さんはそんな僕の言葉を聞いてくれない。
「うるさいわね。私がそうだって言ってるんだから、あんたは優しいのよ」
理不尽に、暴力的に僕の優しさを肯定してくる。
……乱暴な優しさで、これが麗さんの素敵なところだと思う。
彼女は続ける。
「……あんたに離れて行って欲しくないの。ずっと一緒にいて欲しいの。……私の婚約者であって欲しかったの。……そんなのずるいって、エリスからあんたを奪う火事場泥棒みたいなものだって分かっているのに。私と一緒にいて欲しかったの」
麗さんはそうやって段々と弱くなる声で、素直な好意を向けてくる。
「……ねえ、本当にあんたがエリスとまた再会しても今の私を好きであってくれるの? 私は代用品じゃないの?」
……普段からは考えられないくらいのか細い声でそうやって言ってくる。
僕はそれを否定するなんて出来るわけなくて、強くうなずく。
「うん……! 麗さんは今のままでもすっごい綺麗だよ」
「そう……。じゃあ、今の私も好きであってくれるのね。……そう、なのね」
そう言ってふふっと笑ってくれる麗さん。上品で、だけれど子供が笑うような無邪気さも合わせて持つ不思議な妖艶さがあって、見つめると毒に侵されたみたいな、なんだかふわふわした気分になってしまう。
……しばらく僕がそんな風にぼけっとしていると、麗さんがさっきみたいにスマホの画面を突きつけてくる。
「……ま、またどうしたの? 読めって?」
僕がそう言うと麗さんはこくりと頷いてくる。
さっきみたいにまた書いてあるものを読み上げる。
「なになに……『彼氏の愛情を試せ! ぶりっ子を演じてみよう』……ええっと。つまりその」
「じゃ、また明日!」
そういうと、麗さんにあるまじき笑顔で隣の部屋へと駆け足で戻っていく。
そして、扉に手をかけたままこちらを見ると。
「奈月って、ほんとからかい甲斐があって面白いわよね」
なんて嘲笑しながら言ってくる。
「……は? ちょっと待って!? からかってたの!?」
「さあ? じゃあ、また明日会いましょ?」
そう言って麗さんは自分の部屋へと戻っていく。
……横から見た彼女の顔は興奮からか、赤くなっていた。
「じゃ、じゃあ、夕飯の時からずっと試されてたって事?」
僕はそう思うと、真剣に麗さんが変わってしまったなんて心配したのがとてもアホらしく思えてしまって顔がかあっと熱くなる。
「……騙されちゃったじゃん」
きっと、僕の顔は麗さんとは違って恥ずかしさから赤くなってしまっているだろうと思い、しばらくその場に立ち尽くすことになってしまうのだった。




