仲直りに必要な感情
奈月は私の好きなところを語る前に、まずこちらに一つの質問をして来た。
「麗さんってさ、自分に自信はある?」
その質問に私は口を引き結んで、自身が不機嫌だとアピールするようにしながら首を横に振ってその言葉を否定する。
自分に自信があるならば、きっとこんなあまのじゃくな性格はしていないと思う。
捻くれた態度を取らないと、自分の無能や短慮に向き合った時耐えられないからだ。
……私はいつもそんな振る舞いだから誰からも好かれないに決まってる。
「そっか……そうなんだ。よかった」
でも、奈月はそんな私の態度を見てなぜかほっとしたようにそうやって呟く。
……よかった、なんて意味不明で、怪訝に思いながら顔を見返してしまう。
奈月は私と目が合うと、びくりと体を震わせ、喋り出す。
「ご、ごめん。身勝手だよね、よかった……なんて、そんな事言うのはさ」
不思議に思ってしまって、聞き返す。
「……なんで、『よかった』って言うのよ?」
そう私が言うと、奈月は困ったように頭を掻きながら、でも笑って語り出す。
「自分でもはっきりとは分かんない。……だけど、きっとそうである事を僕が望んでるから。だからだと、そう思うんだ」
「……ほんとうね、勝手な話じゃない」
そう言って、軽く睨むようにして奈月を見つめる。
……別に言われたに怒っているなんてないんだけど、普通の人だったら怒ると思ったからだ。
私が冷たく見て来たのを見返して来た奈月はバツが悪そうに目を逸らす。
そして謝罪の言葉を並べてくる。
「……ごめん。そうだよね、こうやって思うのは、麗さんが劣ってるって思ってるのと同じだもんね」
「……別に、事実でしょ」
「違う。僕からすれば麗さんは心が強い人だもん。ただ、自分に自信がないなんて欠点を抱えてるだけなんだ」
「態度が横柄で、他人を認められないだけよ。そんな高尚な精神、持ってるわけ無いじゃない」
お互いがお互いに言い分を認めず、ただ自分が喋りたい事を喋る。
その態度を取ってくる奈月に、私は軽く呆れてしまう。
(……なんで私の事をそんなに持ち上げたがるのよ)
私は別に心が強くなんてない。もしそうだったら、もっと他人を受け入れる事が出来るはずだもの。
……むしろ、心が強いのはそんな私を受け入れてくれるあんたの方じゃない。
けれど奈月は意見を曲げようとはしない。
「……僕は麗さんが横柄なんて思ったことはないよ? あ、いや最初に会った瞬間だけはちょっと思ったけど」
「……思ったんじゃない」
「ま、まあ、そうなんだけど! だけど……それは表面的な言葉だけだよ。……麗さんは優しい人だって、少なくとも僕はそう感じてる」
……何バカな事言ってんのかしら。優しいの意味を辞書で引いて貰いたいところだ。
優しい人間の口が悪いわけないだろう。そんな創作の内でのツンデレが現実世界にまでまかり通るなんてあるわけがない。
そう伝えたかったが、奈月が先に語り出してしまったので、私は黙って話を聞く事にする。
「僕って性格悪いんだ。だから、言えないくせに人に文句を抱えまくって、あとで一人になった時にいくらでも愚痴をこぼして。……好かれる事の喜びよりも嫌われる怖さの方が大きいから、思った事を直接伝えるなんて絶対に出来ないんだ」
「……そんなの当たり前じゃない?」
人になにもかも全部言えるなんて聖人だ。私だって全て奈月に思った事を言ってるわけじゃない。
だけど奈月は首を横に振る。
「麗さんはね、綺麗なんだ。僕みたいに、綺麗なフリをして表面だけをなぞった利己的な優しさじゃ無くて……尊いって思える綺麗な優しさがある」
「なにそれ。意味分かんないわよ」
さっきから奈月が何を言いたいのか、いまいち理解することが出来ない。
奈月も言いたい事がまとめ切れていないのか、言葉をところどころ考えるように、ゆっくり途切れ途切れに語った。
そして言葉を一旦詰まらせた後に、また喋り出す。
「麗さんは人のために、なにかをして上げられる人だ。……自分の利益を省みてしか行動が出来ない僕とは違う。そこに言葉も、態度も関係なくて。……それがとっても綺麗なんだ」
そういうと奈月はにこりと笑う。
見つめると思わずどきりとして、慌てて胸を触る。
やたらと心臓が早く動いていて、抑えるように手に力を入れる。
私はそれをごまかす様にして奈月に憎まれ口を叩く。
「な、何よ。それ、随分チョロいじゃない。惚れる理由になんて、全然なってないと思うんだけど」
けれど奈月はむしろそれを聞いて声を出して笑ってしまった。
「あはは、そうだね。僕たちまだ会って少しだしね。僕が人と全然話さないからそう思うだけかもね」
「そうよ、だったら別に……」
「だけどね、いいんだ。……麗さんが、僕に、好きな人を失ってしまった僕に寄り添ってくれた事。救いであってくれる事は、真実だから。会ったばかりの僕の空想に付き合ってくれて、慰めてくれて、励ましてきてくれた事、それを疑うのは嫌だから。……だから、君にもう一度伝えるね」
そこで奈月は息を吸うと、改めて言い放つ。
「僕は、麗さんの事が好きだ。……いや、正確には違うか。麗さんの事も、好きだ。ごめん……不純で、最低で」
……そう言った奈月は、笑っているのか、怯えているのか、よく分からない表情をしている。
そんな表情をして、頰を掻きながら、目線を下げて斜め下くらいを見ていた。奈月の視線の先には特に何もない、カーペットの敷かれた床しかなかった。
きっと私と目を合わせるのが気まずいのだと思う。
……バカじゃないのかしら。そんな事で、気に病む必要なんてないのに。
そう思うと、私は奈月から不安を取り除いてやらないといけないなんて思考になってしまって、そのために言葉を考える。
……伝える事が、こわい。
信じてもらえないんじゃ無いかと思うと耐えられない。
……けれど、奈月が無理やり背負わされた婚約者として、居なくなったエリスを見つけるための協力者として……そして、奈月が好きになってくれた人間として、私はこいつと関係を強く結ばないといけない。
「……そんな事であんたを嫌いになったりしないわよ」
……だから、
「私だって、あんたのこと、好きだもの」
私らしく誤魔化してでも、はっきりと好きだって言うべきだろう。
嗚咽を混ぜない様にするのが精一杯だった。
涙が出ないように堪えるのが限界だった。
手足が震えてしまうのは抑えられなかった。
ただ好きだと素直に伝えるだけで、こんなに難しいなんて考えてもいなかった。
「……ありがとう」
告白を聞いた奈月はいつもちょっとした事で動揺するのが嘘みたいに優しく、そうやって一言だけ返してくる。
「……事実を言っただけじゃない」
そうやって強がって、私は返事をする。
それを聞いて、奈月は可笑しそうに吹き出した。
……なんとなくそれが私達の仲直りの証な気がしてほっとする。
……しかし、なぜか同時にそれに少し怒るような気持ちが湧いてきてしまって、私は……後から思い返せば死ぬほど恥ずかしい言葉を口走った。
「……あんたが私を好きだって、証拠を見せなさいよ」
「……証拠? えっと……」
「……エリスとはしたんでしょ」
「あ……ひょっとして、あの、キスだっ、たりします、です、かね?」
しどろもどろになりながら奈月が答えるが、しかし私の言いたい事は理解したようだった。
「……分かってんじゃないのよ」
「あの、心の準備が……」
なんてヘタレなの? この男。
なんて、自分の強引さを棚に上げて不満に思う。
「私も出来て無いわよ」
「……その、またの機会では」
「ダメよ、今じゃないと意味がないの」
「えーっと……」
「……じれったいわね!」
そう言うと私は席を外し、隣に座る奈月に正面から伸し掛かるような体制を取って無理やり肩を掴む。……多分、周りから見れば私が小柄なのもあって滑稽な姿だろう。
ソファに膝を立て、無理やり顔を近づける。
奈月は一瞬驚いて距離を取ろうとしたが、決心したのか、はたまた諦めたのか、少しずつこちらに顔を寄せてくる。
近くまで来ると、お互い動きが止まってしまう。
私がここからどうしようかと思い悩んでいると、奈月が私の顎を軽く支えて、そして、顔を近づけてくる。
唇が軽く触れるような感覚がほんの僅か、一秒ほどだけ続いた。
奈月のほうから口を離す。
それと同時に私もソファから立ち上がる。
たった一瞬のことだったけれど、私はぼーっとして、しばらく奈月の方を見つめてしまう。
奈月は口元を隠したまま目を逸らし、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。
……なぜかその姿が異様なまでに魅力的に思えて、私は慌てて目を逸らしてしまう。
そして、私もまた恥ずかしさが込み上げて来てしまって、一言だけ喋りかける。
「……これで、昨日のことは無かった事にして上げる」
昨日、自分がやらかした事など完全に頭から抜け落ちて、私は逃げるようにして玄関へと向かった。




