もしもの世界の最初の友達
「さてさて、うちの学科にクラス替えがないのは、桜ノ宮殿も知っていますな?」
私はうなずいて無言で肯定する。
それを見て六角は変わらず続けた。
「ここって大体近くの中学……っと、桜ノ宮殿は知らないでしょうが一つだけあるんですな。そこから入学してくる方がほとんどなのです。ですから、奈月殿は最初全く知り合いもいない状態だったのです」
「……それは、聞いたわ」
奈月の実家の場所が今も前も離れた場所にあるのは知っている。
なぜこの学校にしたかは分からないけど、あいつもそこは話してくれなかったし、詮索する必要もないと思う。
「まあ、それならそれで仲良くすれば良いと我輩思うのです。けれど、最初の一週間で彼と会話した人は限られていましたな。授業中のペアや事務連絡くらいでしょうか? とにかく口数が少なかったのですぞ」
「それは想像付くわね」
「ほほう、分かりますかな。以心伝心というやつでしょうか」
「……馬鹿言わないで、続けなさい」
私が軽く睨むようにして六角にそう言うと、こいつはあっけらかんと笑う。……図太い精神構造だこと。
私の言葉に促されるように六角は続ける。
「さてさて、我輩、こう見えてクラスメイトの皆さんには懇意にしてもらっているのです」
「……こう見えてもクソも、私に物怖じせず話しかけるくらいだから、どう見てもコミュニケーション強者じゃないあんた」
「いえいえ、そんなこと。ただ周りの方々が優しいだけですぞ。……と、まあそんな我輩も、その時期奈月殿と話す機会なぞ無かったのですが」
「が? しかし?」
「お、合いの手をいれてくださいますか」
「……とっとと話せって言ってんの」
この男、いちいち冗長に話すから話が進まないわね……。
「さて、入学直後のテスト、我輩はクラスで十位だったのですぞ。」
「……意外に高いのね。一位は奈月かしら?」
「そうですな。しかし、当時の我輩はクラスメイトの誰に聞いても、誰が一位か分からなかったのですな」
「……あいつ、喋らないし自慢するようなタイプではないものね。むしろ自虐的だわ」
奈月がそれほど自分に自信を持っていないのは今までの会話から分かっている。例えば、ゲームだって相当上手いと思うのだけど、下手と言い張ってくるくらいだ。
だから、クラスメイトとはいえあいつの成績を知らないことは当然だろう。
「まあそれでも、誰が一位か、なんてすぐに想像が付くわけですな。我輩はそのことをきっかけに奈月殿に話しかけるようになったんですぞ」
「……なるほどね。……だけど、何があいつのお人よしって証拠なのよ?」
「っと、そうですな。では、先に聞きたいのですが桜ノ宮殿は奈月殿をどんな人だと感じていますかな?」
「どんな人って……」
それは……素直で、優しくて、そして呆れるくらいに善良。けれど、どこかシビアな考え方もあって、特に自分の能力は信じていない。
あと、怖がりで、刺激の強い食べ物は好き。不思議なくらいドジで、だけどその裏返しなのかこっちの事を責めてこない。
私と一緒で独り言は大好きで……そんなだから距離の取り方が心地良くて……でも、たまに踏み込んでほしいなんて思わせてくる人で。
……そして、私じゃない女の子が大好き。
そこまで考えて私は、あいつの事をたった一週間でこれほどに知ってしまったことに顔を熱くする。
……好きなんだと思える、きっと、私からすればそういう人だ。
けど、こんな事をこいつに言っても意味が無いだろう。私は言葉少なに言う。
「賢い癖に、バカでドジ……あと不器用ね」
「お、我輩が奈月殿に持った印象とほぼ同じですな。そうです、そうなのです。歪なくらい彼は考えと行動が一致しないのですな」
「だけど……あいつは、それを理解できる賢さに、自省する心もあるから」
「だから、奈月殿は消極的なのですな。話しかければ、いくらでも楽しそうに話をして、話を聞いてくれるなんて言うのも一つの例ですな」
「自分からは決して話しかけない。人に言われないと手伝わない……そんな事よね」
ここまで話すと、あいつがただのダメ人間みたいに思えてしまう。
……そう感じたことに罪悪感を覚え、違う違うと言い訳を並べた。
(あいつは、真剣に考えて行動してるから慎重なだけ。人を無下にしてるわけじゃない)
……そう考える意味もないはずなんだけれど、なぜか考えないといけないような気がしてしまう。
そんな私の考えとは関係なく、六角は私の言葉を受けて喋り出す。
「けれど奈月殿は、人の頼みを断れません。そして……それに対して、全力で手伝ってくれる。我輩は初めて勉強を手伝ってもらったあの時、感じたのです」
「……それだけかしら?」
「はい……ですが、我輩はそれだけで十分だと思いますぞ。それだけで、彼の優しさを感じられましたから」
「……奈月じゃなくて、あんたがお人よしなだけじゃない」
「ははは、よく言われますな。だけど、あの時放課後勉強を教えてもらって、そして我輩と最終下校時刻まで話をしてくれて……つい、こぼしてしまった相談にまで乗ってくれて」
それが、彼の善性を信じる理由なのです。
六角はそう締めくくる。
「……だから、信じてください。我輩の言葉に価値を感じなくていいですから。奈月殿が底抜けの善人だって。すれ違いで、距離を取ることになってしまうのは悲しいですから」
そうやって私から目を離し、何かを思い返すように目を細める六角。
……奈月を信じろなんて簡単に言うけれど。
私のことが好きなんてあいつが言った事、それを信じる。
……できるのかしら、こんな捻じ曲がった私に。
私が奈月を信じられないのを誤魔化して、あいつを罵倒した最低な私が。
過ごした期間も短くて、一方的に好意を覚えていただけの私が。
……あいつの大切なエリスと同等に扱ってもらう価値が、あるのだろうか。
私と六角はそれぞれ自分の思考世界へのめり込んで、そして気づいたらお互い無言のまま、学校へたどり着いたのだった。




