彼女ひとりの通学路で
一人で学校に行くというのは実は私にとっては新鮮な出来事かもしれない。
というのも、こっちに来てからは奈月が一緒で、元々の学校では付き人に学校へ送って貰っていたからだ。
一人で歩いていると、手持ち無沙汰で周りを見渡す。
別段特別な景色でもない、古めかしい商店や住宅が立ち並ぶ建物をぼんやりと見つめてしまう。
一週間はこの道を登下校で通っていたはずなのに、初めて見るような気持ちになってしまう。
(私、この時間、奈月と喋るのに夢中だったのね)
いつもに比べて視界が広くなったような感覚がして、その事が一人である事の寂しさを強調する。
……奈月が楽しそうに私と話してくれない。
その事がとても辛くて、なんとか前を見ようとしていた目線は下がってしまう。
(謝って仲直りしたいなんて勝手な願望……少なくとも、最低な事をやった側が言う台詞では無いわよ)
そんな自分勝手な言い分、私は許せないから。
……けど、だからといって何をするべきかも分からず、こうやって奈月から逃げるしかない。
「……バカみたい」
子どもだってごめんなさいの一言くらい友達に言えるのに、それすらできない自分の強情さが嫌になる。
そういう風に考えて足取りを重くして歩いていると、急に後ろから大きな声で呼びかけられる。
「桜ノ宮殿ー!」
こんな呼び方で私を呼ぶ人間なんて一人だけ。
……そもそも、話しかけられるような知り合いが全然いないのだけれど。
「……どうしたのよ、ロリコ……ん?」
流石にそんな大きい声で話しかけられて無視するわけにもいかず、そう言って振り返る。
すると、少し離れた場所にロリコンこと、六角理男というクラスメイトの男が手を振っていた……のは、いいのだけれど……。
そいつは手を振るのと反対の手で幼稚園らしき服装をした小さな女の子の手を握っていた。
私はそれを不自然に思い、つい立ち止まってしまう。
しばらくして六角がこちらに寄ってくる。
「いやあ、奇遇ですな。少し早い時間のはずですが」
「……まあ、そうね」
奈月と一緒に行くのが気まずくていつもより三十分は早く家を出てしまったから当然と言えば当然か。
……なんて、考えるも、私はそんな事より先に話す事があるだろうと思う。
「……ついにやっちゃったのね」
「ん? 何がですかな?」
「……あんたは最低の発言するけどもっとまともな人間だと思ってた」
私はロリコンの隣にいる女の子をじっと見つめる。
「いや!? 違いますからな!? 隣の家の……」
「子を誘拐してきたのね……」
「冤罪ですぞ! 我輩、この子の親に幼稚園まで送って行ってと頼まれたから一緒に着いて行っているだけなのです!」
なんて、猛抗議する。……この男、奈月とは比べるべくもなく声がでかくて、軽く耳を塞いでしまう。
私がその言葉を確認しようと、女の子をちらりと見る。
女の子は六角の方を軽く見上げたかと思えば、六角が助けを求めているような顔をしているのを見てこちらに話しかけてきた。
「理男おにいちゃんはいつもようちえんまでいっしょにきてくれるの。ぱぱがいそがしいの」
そうやって舌ったらずながらもしっかりとした説明をしてくる。
親が朝は忙しいから、代わりに六角が連れて行っていると言うのがすぐに分かる説明だった。
……少し、その利発さと、そして六角の信頼され具合に驚く。
やっぱり、この男は人間関係を築くのがとても上手なのだと、小さな女の子の態度を見るだけで思い知らされる。
私はそんな彼女の言葉を聞いて二人に謝罪をする。
「ごめんなさい。あんたがこの子を気に入りすぎて……みたいな変な誤解をしてしまったわ」
「いえいえ、普段の態度から言えば当然、謝る必要など……」
「ちがうの! 理男おにいちゃんは、わたしのおねえちゃんのことがすきなの!」
六角の言葉に合わせるようにして、女の子が大きい声で喋る。
私は驚いて軽く飛び上がってしまう。
六角も慌てた様子で、女の子を諭す。
「な、何を言ってんだ!? 桜ノ宮さん、い、いやそんな事ないからね! ちょ、ちょっとりーちゃん!? なんて事言ってくれんの!?」
そうやって取り乱していつもの口調も忘れて言ってくる六角。
りーちゃんなんてあだ名で呼んでいるところを見ると本当に仲がいい事が伺える。
「だって、おにいちゃん、いつもおねえちゃんとふたりきりでなにかはなしてるの。ふたりだけのせかいってやつなの」
「どこでそんなセリフ覚えたんだ!?」
「おねえちゃん、わたしともぜんぜんはなさないのに、おにいちゃんとはとってもたのしそうにはなすの。ちょっとくやしいの」
そうやって、りーちゃんとやらは六角の恋愛事情について話してきた。
……に、しても。なるほど、流石にこんな小さな女の子に興味は無いけれど、この子の姉が好きなのか。
この女の子が幼稚園児って事からすると、姉は小学生くらいだろうか……? やっぱロリコンなのね。
そう思い私は一人で納得気味にうんうんと首をなんども縦に振ってしまう。
そんな私の姿を見た女の子……りーちゃんはこちらを笑顔で下から覗き込んできた。驚いて思わず自分を守るように体の前に手をやる。
「おねえちゃんも一緒に着いてきてくれる?」
そんな風にこの子は言ってきた。
……無邪気さというのは時に残酷で、私はその言葉に逆らうことは出来ず、そのまま二人と一緒に幼稚園まで向かうことになってしまった。
*
「……案外近くだったのね」
「そうですな。そうでもなければ流石に登校前の我輩に頼みませんから」
すんなりとりーちゃんをすぐ近くの幼稚園へと送ってしまうと、私と六角は二人きりになる。
……よくよく考えれば、こいつと私はクラスメイトでこそあれど、奈月の友達という、近いようで遠い関係だと思い出す。
「…………」
「…………」
りーちゃんを送ってから、私達の間に会話はほぼ無くなってしまう。当然だ、こいつと私がそれほど親しいわけではないんだから。
鳥のさえずりと自分たちの足音、時折通り過ぎる車のエンジン音。
まだ時間は早くて、通学路には人もまばら。
そんな風に周りの事に頭を回していないとこの沈黙には耐えられなくなってしまいそうだ。
しばらくそうやって一人で現実逃避ぎみに周りを見渡していると、六角が声をかけてくる。
「奈月殿はどうされましたかな? いつも、教室には一緒に入って来ていた覚えがありますが」
……一番考えたくないところに関する質問が来てしまった。
「……ちょっと、顔を合わせ辛くて」
それだけ言うと、六角はそれに対して何か思うところがあるのか、頰を掻きながら聞いて来た。
「ケンカ、ですかな?」
「……少し、違うわね」
だって、あれは私の勝手な意地で奈月は関係ないもの。
それを聞いて、お節介からか、さらに話を聞いてくる六角。
「そうですか……何か、嫌な思いをしてしまったとか? 奈月殿、我輩に対しては特別そうですが、結構辛辣なのですよね……けど、彼に悪意は……」
「違う! あいつは……」
自分でも驚くほどに大きな声が出た。
前に見える登校中の女子が声に反応してこちらを振り向いているのが見える。
六角も私の行動に動揺したのか、体がびくりと動いた。
私はそんな様子を見て少しだけ冷静さを取り戻し言葉を続ける。
「……違うの、私が」
そんな風に言うけど、今度は何を伝えたらいいか分からなくなって混乱する。
そんな私を落ち着かせるためか六角は私の目を見てうなずく。
「私が、奈月に……最低な事をしてしまったから」
そうやって私が言うと再び二人とも黙ってしまう事になる。
そのまま立ち止まって沈黙を貫いていたけれど、六角が軽く笑ってその静寂を破る。
「大丈夫ですぞ。奈月殿はそんな一回の行動で好きな人を嫌いになれませんからな」
そんな気休めとしか思えない言葉をこいつは言ってくる。
「……いいわよ、そんな慰めなんて」
「ふっふっふ。違うんですな、それが」
そうやって六角なぜか自信たっぷりに話を続ける。
「まあ、こうやって足を止めていてもなんですし、歩きながら話しましょうか。奈月殿が、どれだけお人よしかって事をね」
そんな風に、なぜか六角は奈月のことをよく知っているかのように話を始めるのだった。




