気持ちを素直に言えない能力
私が隣の家のインターフォンを押す。
しばらくすれば、さら……つまりは奈月のメイドが玄関を開けてくれる。
この一週間で慣れてしまったルーチンワークだった。
今日も、例にもれずインターフォンを押してしばらく待つ。
……毎日、食事をごちそうになるのは悪いとは思っているんだけれど、彼女がとても良くしてくれているのを無下にするのも悪い気がしてしまう。
何か返せる事でもあれば良いのだけれど、私ができる事で彼女が喜びそうな事なんて思いつかない。
「……性格悪いものね、私」
気持ちを汲むだとか、人の為を思ってなんて事私は分からない。
それを評価するのは相手なんだから、自分が何を思ったか、なんて事に価値はないだろう。
いくら気持ちを込めて作ったところで、不味いご飯は不味い事に変わりない。
……そんな考えに支配されているから、能力の低い私は人に何かするなんて考えた事はない。
だって、やったところで迷惑をかけるだけだもの。
そんな風なひねくれた思考をした時に、玄関から鍵の開く音が聞こえて、ほどなくしてドアが開く。
「おはようございます。麗様」
「……おはよ。……ねえ奈月ってもう起きてる?」
「まだ部屋ですね。昨日は私が遅くに帰ってきたその時にまだ起きていらっしゃったようなので、寝坊かもしれません」
その言葉を聞き私は焦る。
……私とは顔も合わせたくないのかもしれない。
勝手にそうやって想像すると、なぜかしっくりと来てしまう。
玄関をまたぐのが急に怖くなって、足がすくむ。
そんな風に入るのをためらう私の様子を見て、さらは不思議そうに尋ねてくる。
「奈月くんと、喧嘩しましたか?」
喧嘩、普通なら想像するのはそのはずだ。
でも、違う。奈月は何もやり返したりなんてしてこなかった。
さらの発言に自分がやった事があいつに対しての暴力である事を強く実感させられる。
私は首を横に幾度か振って彼女の言葉を否定する。
「そうですか……。でも、何かあったらすぐに相談して下さいね。力になりますから」
さらはそれ以上の事を言わず、私を部屋へと入るように促す。
断るのも忍びないからと私は足をそっと踏み入れた。
*
いつも、朝食は楽しい時間だ。
さらがゆるりと喋る世間話に私と奈月が相槌を打って時折何か返す。
けれど今日はさらの言葉こそあれど、私も奈月も何一つ喋らない。
「……それで、久しぶりだったんですけど、もう深夜くらいまで飲み通してしまって。昨日は楽しかったです。二人とも、ありがとうございました」
そんな言葉に私たちはただ首肯のみで返す。
……普段なら、奈月だって私だって、何か気の利いた事くらい言えるのだろうけど、今日は何も言うことが出来なかった。
そんな私達の様子を見てもさらはニコニコと朗らかに笑って言う。
「お二人も、今度の週末は二人きりでどこかに遊びに行ってはどうですか?」
……場の空気を読んでだろう、そんな事を彼女は言ってくる。
「……別に、いいわ」
つい、口からそんな言葉が出てしまう。
……自暴自棄になっているのは理解しているのだけど、別に私なんかが奈月と一緒に行動なんてしなくていいだろうなんて考えてしまうのだ。
「そうですか……。お節介でしたね、申し訳ありません」
そうやって恭しく頭を下げてくるさら。……ごめんなさい、せっかく気を使ってくれたのに。
そのまま私は何か喋る気にもならず、無言で食事を終えてしまう。
「……ごちそうさま」
私はそれだけ言って食器を水道まで持っていく。
「お粗末様です。食器は私が洗っておくので、麗様は学校へ行く準備をしてください」
「……ありがと」
さらの言葉に従って、私が自分の部屋へと戻ろうとした時、奈月と目が合う。
「……今日、先に行くから」
気まずくなって目を逸らしながら、奈月に向かって話す。
……言い方が、ぶっきらぼうだと自分でも思う。
何か言うべきなのだろうか。でも、私が何かを弁解するなんて、きっと奈月は求めていないだろう。
奈月は私の台詞を聞いて、ただ一言。
「……うん」
なんて、少し寂しそうにも思えるような声音で呟いた。
……なんであんたがそんな申し訳なさそうにするのよ。
「……別に何も、気にしてないから」
私は吐き捨てるようにそれだけ言ってリビングを後にする。




