彼女の一番嫌いな人
私、桜ノ宮麗の一日は自宅で目を覚ますところから始まる。
いつもはだいたい六時を少し過ぎたくらいに起きるのだけれど、今日は少し早くて五時にはもう目が覚めてしまっていた。
「……悪夢ね、それも嫌に現実感があるやつ」
さらに見放されて、その上に学校ではいじめを受ける。
……そして、奈月は知らない誰か、綺麗な金髪の女と二人で笑って、私の事なんて知らんぷりでもするみたいに眼中には入っていないみたい。
そういう、今の状況を全て否定するみたいな夢だった。
「なんで私、あんな事しちゃうのよ……」
背の低い私が奈月と距離を取るように手を振ったら、あいつの顎に思いっきりクリティカルヒットした。
奈月の言葉にすごく慌ててしまって、ひどい言葉とともに、結果として殴ってしまったのだ。
「……最低」
昨日あいつに向けた言葉を自分に向けて呟く。
結局、あの後すぐに奈月が目を覚ましてくれたから良かったけれど、取り返しのつかないことになっていた可能性だってある。
「……なんで、好きだって言ってくれた人に、あんな言葉が吐けるのよ」
私は自分が人の言葉に対して素直じゃないことは自覚している。
だけど……それはあいつに……優しくしてくれる、婚約者に向ける態度ではない。
「……でも、驚いたんだもの」
……婚約者が出来たって聞いた時、私は早く嫌われたいって思った。けれど、それは叶わなくて。
……むしろ、この人に嫌われてしまうのは怖いってはっきりと思った。
私は実家では常に拘束されるような暮らし方だった。
小さな頃は習い事や家庭教師を常にやらされるような状態で、小学五年生から今までは学校生活でも出かけるのにも監視の目がどこかにあった。
……そんな状態だったが一度だけ、夜の公園へ一人で抜け出した事がある。
私はその時公園のブランコに乗ろうとした。
その時、二台あるブランコの片方に乗っていた男の人の影があった。
「……今思えば、知らない男の近くにわざわざ寄ってくの危なすぎないかしら……」
そこにいたのは酔っ払いでもなければ、はたまた家なき人でもなくて、私と同年代くらいに見える童顔の男の子だった。
私が近づくと彼がとても慌てたようにして、ブランコから滑り落ちたのが印象深い。
「……大丈夫?」なんて聞いてみると、彼はその言葉に首を盛んに動かして肯定してきて。
私はその動きに思わず笑ってしまった。
その時、私達がいろんな事を話したのはよく覚えている。
「……お互い資産家の家の子で、友達も多くない、趣味は一人でやるインドアなことだけ」
彼も私も嘘が苦手で、お互いの発言に自分の考えをぶつけて、そうやって夢中な時間を過ごした。
……私が最後、その男の子から貰った言葉を今でも覚えている。
「『どんなに周りに嫌われたとしても、どんなに怖かったとしても、君が何かをするのに自分自身と……僕は否定しない』……ほーんと、馬鹿みたいに善人なセリフ。キザったらしいのに、クソほど真面目に言ってたもの。……今の奈月が知った話じゃないでしょうけど」
素直で、どこか間が抜けて……私の事を肯定してくれるその人に、なぜか体が熱くなるような感覚を覚えた。
多分、私の初恋はその瞬間だと思う。
……ま、その時に会った男の子はその時の記憶が無くなって、覚えてない訳なんだけれど。
「……別に、今のあいつが嫌いってわけじゃないんだけど。……いや、嫌いじゃないどころか……」
そこまで考えて私は独り言をやめる。
……恥ずかしさと、昨日やった事の罪悪感で何も考えられなくなってしまうのは怖いから。
「……今日、どうしようかしら」
奈月と顔を合わせるのが怖かった。
私は今まで生きてきた中で、嫌いな人間の方が多い。
わがままに、自分勝手に、嫌悪感と敵意を剥き出しにしてわめく、そういう最低最悪の人間だ。
現に昨日だって、奈月に身勝手な怒りを向けた……けれど、あいつの事は嫌いじゃないなんて、言い張る強欲さ。
「みじめ、気持ち悪い……嫌いよ」
自然と口から出るのは自己嫌悪。
……そんな事するくらいだったら、最初からあんな事言ったりするなって、思うんだけれど。
……謝ろうにも、ごめんなさいで全ての行為が許してもらえるならば、ルールなんて必要ない。
きっと私はあいつに対してのあの攻撃で奈月の一線を叩き壊してしまっただろう。
……自分でも、なんであんな行動をしたんだろうと思う。
「馬鹿じゃないの。私が好かれるなんて有り得ないのに、なんで……なんでよ」
……奈月は、鹿宮エリスが好きなんだ。
きっと、あいつはそんな気持ちを曲げてまで、私に気を使ってあんな事を言ってくれた。
……その事が許せなかった。
そんな勝手な自己解釈の基に、だからあんな言葉が出たんだと今になって思う。
「……嫌、嫌嫌嫌! 全部、私の全部が嫌い!」
叫ぶほどに強く、大きな声で言う。
起きたばかりの眠い頭が覚醒していく感覚がする。
頭に靄を抱えているんじゃないかと思えるほどの後悔と、吐き気を催すほどの自身への嫌悪感。
負の感情に心が支配されている感覚がする。
だけれど、そんな私の感情と関係なく世界は動いて行き。
時計を見ればもう五時半になろうとしていた。
「…………とりあえず、起きなきゃ」
私は心に引っ張られるように重い体をゆっくりと立ち上がらせると、そのまま顔を洗おうと洗面台の方へと向かっていった。
メンのヘラ




