歪んだ感情の行く末は
現在時刻は二十一時。
如月さんはまだ帰って来ず、僕たちは……と、いうより麗さんが課題をする姿を僕が見ながら、彼女に勉強を教える形だ。
……まあ、僕が話すとうるさい上に説明で過程をすっ飛ばしまくるので、どちらかと言えば静かにしておくのが仕事みたいなところはある。
そんな状態だと暇なので、ぽちぽちと手に持った携帯機のゲームでモンスターの卵を産み続ける作業に従事している。……まーたドラゴンか。氷で生まれてきてくれよ。
そんな風に僕がのんびりしていると、麗さんが愚痴を言ってくる。
「……なんで奈月はあれだけ遊んでおいて課題はきっちり終わらせてるのよ……」
「まあ休み時間と図書当番の時で大体終わらせてるからね」
勉強を課題だけやればいいっていうのもおかしな話だが、僕はその辺り、やったやらないで困った事は無い気がする。
エリスといた時も、お互いやる事はやってから、もしくは一緒にやりながら終わらせるのが常だった。
二人とも友達が居ない期間が長かったから暇な時間も多くて、自分のやるべき事はさっさと済ませる習慣が付いていたのだと思う。僕たちは勉強がそれほど嫌いではなかったという部分も関係していただろうか。
けれど麗さんは結構勉強に困っているようで、なかなか課題が終わっていない。
「……物理?」
「そ。……分かる?」
「まあ、やったから」
「じゃあそんなところで力目覚めさせてないで、こっち見て頂戴よ」
「……画面ちょっと見ただけで何やってたのか想像つくんだね」
麗さんはやっぱり結構ゲームが好きなのだと言葉の選び方から実感する。
「それで、どこ分かんないのかな」
「いや坂が出てくる問題なんだけれど、全然解けたことが無くて……」
「ああ、えーっと、解き方の説明とか覚えてなかった?」
そうやって聞くと彼女は首をわずかに曲げ、その言葉を認めてくる。
「よく覚えてないの」
「三角関数使うって言ってまず分かるかな」
「それは分かるんだけれど……どこがどの力なのか分からないのよ。ほら、この問題」
そうやって、物理の問題集を指差して麗さんは言ってきた。
四角の物が坂を滑り落ちるような絵が書かれているような図がそこにあった。
「まずこれ、サインがどっちで、コサインがどっちだったかしら? ひょっとしたらタンジェントとか使うの?」
「ええと、色々と説明しなきゃいけないんだけど……まず、この問題ってどこの三角形使うか分かるかな。書いてみてくれない?」
そういう風に順序立てして麗さんに説明を始める。
麗さんは文句をつけたりはせず、こちらの言う事と問題を見比べながら、時折返事をしてきたり、すぐにその問題を終わらせる。
「……やっと、終わったわ。疲れた」
「お疲れ。お茶でも飲む?」
「あるなら飲みたいわね」
「じゃあ、お湯沸かすね」
「いいわよ。私がやるから」
「いや、遠慮しないでいいよ。座ってて」
そうやって少し押し問答ののち、結局二人でポットに水を汲み、お湯を沸かそうと台所に立つ。
……この、無駄に二人一緒に行動する感覚、連れションみたいだな、なんて下品な例えを思い付いてしまって、軽く吹き出して笑う。
そんな僕をみて半眼でジトッとこちらを麗さんが見てきて、指摘をしてくる。
「……また変な事思いついたんじゃないの?」
なんて鋭い発言にドキッとしてしまう。
しかし、僕も成長するのだ。流石に思った事をそのまま言ってしまえば品性を疑われる事間違いなしだろうと、別の言葉で誤魔化す。
「い、いやそんな事思ってないって。ただ……えーっと、ただ、なんか楽しいなって思っただけ」
……言い訳になってないだろうこれ。
ただ、麗さんはその僕の言葉を聞いて満足げにしてくる。
「そうなのね。……私も、こうやって二人でいれて、嬉しいわ」
……なんでこの子、こんな自分の事を話すのに一切の躊躇がないんでしょうか。
出会ってからずっと、麗さんの率直な態度には驚かされてしまう。
エリスも素直な面はあったけれど、どちらかと言えば、間接的だったり、照れ隠しを交えながら喋っていて理解できる部分があった。
でも、麗さんはいい事も悪い事も含めて素直で、言葉も直接的だ。
それが彼女の言葉に説得力を保証してくれているのはいいのだけど……聞く立場としては、照れ臭い。
だから僕はとりあえず肯定するなんていう曖昧な態度を取るしかできない。
「そ、そうなんだ」
けれど、そんな僕の心中を知ってか知らずか、麗さんは追い討ちを掛けるように僕に微笑みかけてきた。
「ありがと、勉強教えてくれて。私、馬鹿だから、奈月が近くにいてくれてよかった」
……殺せ、いっそ、殺してくれ!
僕は恥ずかしさのあまり顔の温度が上がっている事を感じて顔を触る。熱い。
エリスみたいに茶化して言ってくるとか、心の準備があるような場面でもなくて、麗さんの好意は突然真っ直ぐにこちらへと向いてくる。
それは、人の感情を向けられる機会のない僕にとっては悶えるほど恥ずかしく、そしてとても息苦しい。
……これも一種の嬉しいって思いの形なのかもしれないけれど、それを素直に受け入れる事はエリスへの裏切りなんじゃないかって思えて怖くなる。
「……他人からすればこんな想い、呪いだよね。こんな縛られちゃうんなら」
抱えた気持ちがありすぎて、そうやって小声で吐き出さなければ耐えられなかった。
きっと、エリスへの想いを捨てられたのなら、もっと単純に彼女を好きになって……そのまま、麗さんとは婚約者として関係性が上手く築けたのかもしれない。
……けれど、もしも僕がエリスを好きでなければ、おそらく麗さんはこれほど好意的でなかっただろう。
自分勝手な空想であるが、僕がエリスっていう女の子と仲良くしていた事が今この状況に適応出来ている理由になっているはずだ。
……だって、麗さんとエリスは似ているから。
見た目はまるで別だけど、趣味、境遇、態度……特に態度は多分尊大とも取れるほど、堂々と、そしてアニメキャラの影響でも受けているのか、芝居掛かったような綺麗な所作であるのをところどころ思えるんだ。
僕は友達なんてエリス以外にはいなくて、だからこそ婚約者である麗さんに対する態度がエリスに近くなっているのかもしれない。
結局、憶測でしかないのは確かだし、自分自身がエリスを嫌いになってしまうのが怖くて言い訳を並べているだけなのかもしれない。
……でも、信じていたいんだ。
エリスを好きであるはずの自分も、麗さんを好きになってしまったはずの僕も。
好きな物に欲張れなくて、なんで事態が好転する?
だから、麗さんのことが好きだとして、エリスの事を好きである自分を信じよう。
……最低だって、不純だって、自意識過剰だって思われても構わない。
これは僕が正しいと考えたことだ。
僕は再度麗さんの笑った顔を見る。
そんな僕の姿に彼女は恥ずかしそうに顔を逸らす。
僕はそんな彼女に対し、今から最低の事を口走ろうと喋りかける。
努めて明るい声で、ふざけてるみたいに、真剣さとは無縁の自分らしくない……ううん、自分がそうやって生きたいと主張するように、楽しさを感じさせるように話す。
「ねえ、麗さん。僕、エリスのこと、大好きなんだ」
「知ってるわよ。だから、私も一緒に協力してるんじゃない……」
僕は呆れたように言って、さらになにかを話そうとする彼女から言葉を奪い続ける。
「でもね、僕は麗さんの事も好きだ。大好きって言ってしまえるくらいには!」
そうやって僕が言うと彼女は面食らい、一瞬硬直する。
そして、その間に僕が言葉を続けようとした、その瞬間だ。
「……最低!」
彼女のアッパーが僕の顎を襲い、そして、ひ弱な僕はそのまま気を失った。
とりあえず書けと自分を奮い立たせる




