家にメイドがいない時
「……くう、今度こそ勝てると思ったのに」
悔しそうにそう言って麗さんはコントローラーをそっと床の上に置く。
多分、ゲームを終える、という意思表示なのだと僕は思って時間を確認する。
「……あ、もう六時半か」
「そんな経ってたのね。悔しいけれど、今日はここまでかしら。さらにも申し訳が立たないし、早いこと夕ご飯にしましょう」
「そうだね。……いや、それはいいけれど、麗さんの部屋、本格的に寝る場所以外、何にも使われないね」
「し、仕方ないわよ!さらのご飯が美味しすぎるのが悪いの!」
「責任転嫁の仕方がめちゃくちゃじゃない!?」
とはいえ、この一週間だけで如月さんの作るご飯が美味しいのはよく分かっていたし、それを否定するつもりなんて微塵もない。
麗さんはこの話を蒸し返すのも嫌なのか、すぐさま夕飯の話に話題を移す。
「そ、そんなこといいのよ。ほら、一緒に準備するわよ!」
「……僕も食べたくない訳じゃ無いからやるけど、麗さん強引だよね」
彼女のそういう部分を羨ましく思いつつ、僕は冷蔵庫にあった肉じゃがを温め直したのだった。
*
ゲームをずっとして疲れていた麗さんと、珍しく結構な距離を移動した僕、そんなだから僕たちは食事をすぐに終えてしまった。
今は二人でその片付けを始めるところだった。
「じゃあ僕、皿洗ってくから、麗さんテーブル拭いておいてよ」
「分かったわ。布巾は……」
「シンクの横、そこだね。絞っといたからお願いしていいかな」
「……ああ、あった。……うん、やっとくわね」
「うん、よろしく」
そう言って僕たちはそれぞれの作業をする。
お互いに自分の作業を淡々と進めるのはなんというか気楽だ。
監視の目として互いに気にする必要もないし、気を使うこともない。
ただのんびりと自分の作業に没頭すれば文句をつけられることもない。
麗さんが口うるさい人でないのは僕にとって本当に楽だ。
……正直、如月さんと麗さんに甘えすぎているせいで、若干申し訳なさも覚えてしまうんだけど。
僕は一人暮らししてたなんていっても、自分では困らないって事で部屋の掃除も満足にしなかったのだ。
まあ、押さえつけられて何もかもしないよりマシだったと思うけれど。
それと比べると、今の環境は自分以外の事もしなきゃいけないけれど、一緒にいる人が優しいのである程度許容してくれる。
(僕はこういう生活の方が好きだけど、この生活の方が正しいってわけじゃないよな。結局、人の善意につけ込んで、卑怯に生きてるだけだよ)
そもそもが一人暮らしをしていたのだって、今こうやって親元を離れているのだって親のお金に依存していることに変わりない。
あの人達はとことんまで嫌いだけれど、だったらお金を依存しきらないためにも、自分でバイトとか始めるべきなのだろう。
一応、うちの学校がバイト禁止って理由はあるんだけれど、それは違う学校に行けば解決した問題なんだから言い訳でしかない。
(何をしたらいいのかってことは結局考えてなくて、高校生っていうモラトリアムの期間をズルズルと消費しきるだけ)
別に青春がしたいわけではないが、僕自身が何もしようとしないのが嫌いだ。
(……とりあえず、これ終わらせようか)
僕はぼんやりしすぎて手が止まっていることを自覚して、首を横に振って気を取り直す。
スポンジをこすり、キュッキュッと音を立てるくらいしっかり力を入れて洗う。この音は聞いているとなんとなく落ち着く。
その後洗い流そうと、泡のついた皿に手を伸ばすと、隣から声がかかる。麗さんのものだ。
僕はびっくりして手にかけた皿から手を滑らす。シンクの上に皿が軽く音を立てて揺れた。……割れなくて良かった。
「ねえ、私にも……って、大丈夫? 驚かせちゃったかしら?」
「……う、うん。えっと、何かな」
麗さんは手に布巾を持って立っている。多分、テーブルを拭き終えたのだろう。
彼女は元あった位置に布巾を置き直してから、僕を見上げながら話してくる。
「私にも、手伝わせてくれない?」
そうやって麗さんが提案してくる。
「……えっと、いいよ。そんな気を使わなくても。僕一人で出来るし」
僕は彼女の善意を全て受け入れるのも申し訳無くて、自分で作業を終わらせようとする。
しかし、麗さんはその言葉を否定してくる。
「ううん、そうじゃなくてやりたいの。……家だと、こんな事もやらせて貰えなかったから」
……ああそうか、身近に居すぎるから忘れそうになってしまうけれど、麗さんはお嬢様だ。こういう作業も自分ではなく、使用人がやっていたのかもしれない。
「……私、実家で何か手伝わせて貰える事なんて、全然なくて。それが何か、怖く思えて」
麗さんはそういうと下を向いてしまって、顔を見る事も出来なくなってしまった。
「……あんたに、さっきみたいにちょっとだけでも頼られたのが嬉しくて。だから、もっと手伝ってあげたくて」
「……うん」
「ダメ、かしら?」
彼女がそう言ってくるのを断る理由なんて当然微塵もない。
僕は彼女に答えて言って。
「大丈夫、じゃあ、洗剤つけたやつ軽く指でなぞるくらいだけして流してくれないかな?」
そう言って一歩横に動く。
「分かった。……不安だから、横で見てて」
すぐに麗さんは作業を始める。
恐る恐ると言った感じで慎重に作業を進めていく様は、彼女がこういった作業に慣れていないことを僕に強く感じさせた。
そうやって麗さんの作業を見ながら、僕は横で食器についた水滴を拭いていく。
とはいえ、すぐに、何事もなく作業は終わってしまった。
彼女が最後に洗った箸を拭いて片付けると、麗さんがこちらの服を引っ張りながら言ってくる。
「……ありがと」
そう、目元を細くしてにっこりと話しかけてきた。
僕はそんな彼女の姿に見とれてしまって、なんとなく恥ずかしくなり頰を掻きながら「……うん」なんて返したのだった。




