奈月くんは〇〇
僕は本屋に寄って何を買うでもなく、店内をしばらく徘徊するだけした。
そしてすぐに自転車に乗って帰路に着く。
まだ昼の三時だけど、どこかに寄って何かする、なんて気力もう残ってはいなかったからだ。
考えがまとまるような精神状態じゃないのはなんとなく自分でも認識出来ている。
同じ事を何度も考えるか、悲観的な考えに頭を支配されてしまうだけ。
気分転換に外へ出たはずなのに、結局その目的は果たせず、むしろ細野さんと会って話して……好きという感情を直接ぶつけられてしまったから自分の行動がさらに縛られてしまったような気すらする。
「……どうしたらいいんだよ」
自転車をゆっくりと漕ぎながら、ぽつりとそうやって言葉を漏らす。
当然答えてくれる人なんていないし、なんなら自分が一番その事を分かっていないから、言葉として吐き出したところで意味なんてないのは分かっている。
こうやって外に出たのだって麗さんと顔を合わせるのに罪悪感があるからって理由もある。
逃げて一人で、ぐだぐだとくだをまく、ただそれだけを思って外に出た。
一応、足の怪我の様子を見る、なんて行って出てきたけれど、言い訳でしかない。
(答えが欲しいなあ。正しい行動の答えが)
そうやって何をしたらいいのか、なんて分からないまま、僕はすぐ近くにコンビニがあるのを見かける。
「寄ろうかな……何か食べでもすれば、気も休まるかもしれないし」
そうやって僕は無心でコンビニへ買い物へ向かうと、そのまま気の向くままにやけ食いでもしようと食べ物をたくさん買って家へと向かった。
*
家に帰ってきた僕がリビングへ向かうとそこには麗さんが一人ソファに座ってゲームをしているのが見えた。
彼女は扉の開く音を聞いて、こちらを見る。
「ただいま」
「ん、おかえり」
どうやらオンラインで対戦をしているらしい。
麗さんの家にはネット環境もまだ無いだろうから、うちに来ているのだろう。
……自由に使わせすぎじゃないか? ま、いいや。僕には特に悪いことないんだし。
僕が如月さんはと周りを見ると、その様子を確認した麗さんが語りかけてくる。
「さらなら、いないわよ」
「あ、そうなんだ」
どうやら如月さんは、友人に会うなんて言って外へ行ってしまったらしい。
僕はそれを聞いて安心した。
如月さんは普段僕にかかりきりだし、自分の事も自由に出来ていないのではと不安だったからだ。
……ただこの状況はこれで、麗さんと二人きりだから、ある種の緊張があるんだけれど。
麗さんはゲームを中断して、こちらを見てくる。
「ね、何買ってきたのよ? その袋」
麗さんは座ったままこちらの持っている袋を指差しながらそう聞いてきた。
「お菓子と唐揚げだよ、ちょっと何か食べたい気分でさ」
「そうなのね。私にも頂戴よ」
「いいよ。とりあえず机に広げようか」
「わ、結構いっぱい買ってきたのね。……ええと、『激辛ポテトチップス』『最強わさび柿の種』『ハバネロソース付き揚げ鳥』……なにこのラインナップ」
……確かに、改めて見ると激辛の食べ物しかない。
麗さんはこれを見て半眼でこちらを見てくる。
「……奈月あんた、マゾなの?」
「……この買い方してたらその言葉、否定できないね」
辛さとは痛みって話だからこんな買い物をした僕がマゾというのはあながち間違いではないのかもしれない。
「なんだってこんな辛いものばかり……」
「……なんさか、ぼーっとしてたみたいで、つい。麗さん、こういうのはダメな方?」
「そんなに食べないわね……。むしろ奈月は大丈夫……いや、買ってきたんだから平気なのよね、きっと」
「……まあ、好きではあるけど、流石に買うもの全部激辛系は初めてかな……」
「ま、全部食べる必要もないし、夕飯もあるものね。とりあえず揚げ鳥だけは冷めすぎない今食べましょ」
彼女はそう言うと、袋から揚げ鳥を出して半分に割って、片方をこちらに渡してくる。
コンビニから家までそれほど時間も経っていないので、まだほのかに暖かい。
僕は付属のハバネロソースを少し揚げ鳥に掛けて食べ出す。うん、ちょっと辛いけど美味しい。
その様子をじいっと見つめていた麗さんは、恐るおそると言った感じにハバネロソースをほんのちょっとだけつける。
しかし、彼女は食べてすぐに咳き込んでしまう。
「げほっ! ごほっ! ……ちょ、ちょっと! 水取ってきて!」
「う、うん!」
彼女の言葉に従って、僕は慌てて台所へ向かい、浄水器が水を洗浄する時間すら惜しいと思いながら慌てて水道からコップに水を汲む。
すぐに麗さんに水を持っていくと彼女はなんとか落ち着いたのか喋り出す。
「……なんでこれ、揚げ鳥自体が辛いのよ! ソースだけじゃなくてびっくりしたわよ!」
「……あ、そうだね。ちょっとピリ辛って感じで……」
「ピリ辛じゃないわよ! ものすごい辛かったわよ!?」
そうやって彼女は興奮して喋る。予想以上に辛かったことが衝撃的過ぎたのだろう。
……しかし、どうなんだろう?
僕はこれが辛くないとは思わないけど、でもそれほど辛くないとも思う。
こういうしょうもないことでさえも、自分の意見を主張するのは苦手で、それに好みの問題もあるから僕は何を言うべきなのか分からない。
だから麗さんの様子を見て、
「大丈夫?」
なんて声をかけることしかできなかった。
「……うん、大丈夫。ソース無しなら全然食べられるわ。……それでもだいぶ辛いとは思うけれど」
そんなやりとりをしつつ、僕たちは黙々と揚げ鳥を食べ終えた。
「……なんであんたあんな辛い物に激辛ソースをつけて平然と食えるのよ」
「……なんでだろ?」
「……変態」
「その返しは何かおかしくないかな!?」
麗さんは今ので懲りたと言わんばかりに、ほかのスナック菓子には手をつけるそぶりも見せない。
僕も、夕飯の時間が差し迫って来ているというのもあって、これ以上食べるのは自粛する。
「……ああ、そうそう、帰りが遅くなるから夕飯は冷蔵庫に入れておきましたって、さらが」
「そうなんだ。ありがとう、伝えてくれて」
「いいわよ。ね、今、練習してて、結構勝てるようになったのよ。やりましょ、タイマン」
彼女は画面を指差しながらそう言う。
いつもの相手を吹っ飛ばしあうゲームだ。
麗さんは無邪気に微笑んでこちらに信用を向けているみたいに楽しそうだ。
僕はそれを裏切るのもなんか嫌だと思ってコントローラーを握る。
「このキャラがいくら弱くても私はこの子であんたを倒してみせるんだから」
「……すごいねそのキャラずっと使い続けてるの」
「ころころキャラを変えるなんて、裏切るみたいで嫌だもの」
そうやって僕たちは互いにキャラを選ぶ。
それとほぼ同時に、こっそりと麗さんの姿を見る。
とてもそわそわと落ち着きなく手を動かし、体を少し揺らし、口元は引き結ばれているけれど口角が上がっていて楽しみを待つ子供のようだと思った。
その瞬間なんでこの子が僕と婚約させられたんだろうと強く思ってしまって、心臓がぎゅっと掴まれるような息苦しさを感じてしまう。
……そんな精神状態ながら麗さんに容赦なく十連勝してしまった、自分の外道っぷりにまた苦悩する要素が増えてしまうのだった。




