むしろこれが彼の日常
日曜日、僕はこの一週間で初めて麗さんと行動を別にして町を自転車でぶらぶらと散策していた。
(納得できない。自分のしてる事に納得がいかない。……エリスがもしこっちの世界に戻れて、今の僕はどうするんだ?)
誰にも相談できず、ぐだぐだと一人で思考にふける。
(エリスの事が好きなくせに、エリスにまた会おうって思う事が婚約者の麗さんを裏切るみたいで嫌だ、なんてわがまますぎるよね……)
そうやって自戒しながら自転車を漕ぎ続ける。
いつも外に出るときなんて本屋に行くときくらい。
この近くに遊ぶ施設が少ないのと、僕の出無精に趣味の少なさが重なって遠くに行くなんて全然ない。
ところが今日はあてのないままにふらふらと、どこまでも自転車で走ってしまう。
(僕は当然ラノベ主人公じゃない……というか、女の子と仲良く出来るような何かを持ってるわけじゃない。自惚れるな)
僕が選ぶ、なんて自意識過剰、自信過剰な事思うべきじゃない。
……けれど、僕が彼女達に何かしてあげられる事があるならしなきゃいけないとも思う。
でも、エリスがこっちに戻る方法も分からないし、麗さんが何を思っているかも想像は付かない。
(魔王を倒すのは、「運命の人」を見つけてやったって言う神様の求める見返りのはず。だから、それは僕とエリスの最終目標、つまりはこっちでまた二人仲良くするってことじゃない。……麗さんはエリスの運命を握ってる。だって小説って媒体でエリスを書いてるもんね。彼女に対して僕はどう接するべきだろう?)
まだ残暑の暑い日の中、僕はあてもなく自転車を漕ぎながら、どこにも寄ることなくそんな事を考えてずっと町の中をうろうろとしていた。
住宅街、商店街、ちょっとした山の中、思いついたように道を通ってそこら中を走り回って、自分がどこにいるかもわからないような風になってしまった。
(……ま、スマホ見れば場所分かるし)
僕は半分くらい投げやりにそんな考えで適当に曲がり角を曲がったり、人がいるからと別の道を通ったり。
(……市内だとは思うけど、知らない場所って不安になるね)
なんとかどうでも良いような思考に逃げないと、すぐにでも死にたくなって全て投げ出したくなってしまって、エリスと麗さんの事から考えを逸らす。
(……考えすぎて、エリスも麗さんも嫌いになったらそれこそ耐えられないだろうし)
僕がぼんやりとそうやって自転車を漕いでいると、行ったことのない本屋が見える。
(……こんなの初めて見たな。ここ、どこ?)
スマホに家までの距離を入れたところ、大体十kmくらいと分かる。
それほど遠くは無いけれど自分で自転車を漕いで行きたいかと言えば絶対にそんな事はない、そういう場所だ。
(……寄るか。結局、本屋に寄るくらいになっちゃうけど。ま、いいか)
小さくもなく、さりとてそんな大きくもない。
そんな片田舎に似合う書店だと思った。
(……特段買うものがある訳じゃ無いけれど、たまにはラノベ以外を見ても良いしね)
そうやって僕が店内に足を踏み入れようと扉に手を開けた瞬間、入り口の透明な扉の向こうに眼鏡を掛けた女の人の姿が見えて、扉から手を離す。
女の人はそれに気づいて、扉を慌てたように開ける。
「あ、ごめんなさい。……え」
「いえ、全然問題ないです……よ」
そう言って僕たちは言い淀むと、お互いに名前を呼びあった。
「……坂川、先輩?」
「……えっと、細野さん」
そこですれ違った彼女は僕に告白を行ったという後輩の女の子……細野 紬さんだった。
*
数分後、僕たちは人気の無い本屋の駐輪場で二人、話し込んでいた。
……なんというか、まだ残暑で暑さの残る真っ昼間、外で話すのもどうなんだろうと思う。
けれど二人とも納得した上だし、まあいいか、なんてのんびりとしたものだ。
「どうしたんですか? こんな学校から離れた本屋に来て」
「……ええっと、そうだね、探索がてらかな? 自転車適当に漕いでたらここに来ちゃって」
「そうなんですね。いつも、仕事してるところばっかり見てるから外で坂川先輩見るの、新鮮です」
「……それ言っちゃえば、なんで細野さんここにいるの……?」
「……あ、そうです、ね。えっと、私はクラスメイトにそういう本が好きって思われるのが嫌で……」
「……そういう本って言うと……」
「ライトノベルです。……どうしても、見下されてしまうのが未だに怖くて」
「ああ、そういう事あったんだっけ……」
「……はい」
僕と彼女がなんで知り合ったかなんてさっぱり知らないけれど、今の彼女の話からすれば、きっとこのあたりの話が原因なんだろう。
「……坂川先輩は、すごいです。好きなもの、に正直ですから」
「……いやだって、言わないと好きかなんて分かんないじゃん」
「それを当たり前と思えるのが凄いんです。私、馬鹿にされて不安になっちゃいましたから」
「……だって、他の連中が嫌いって言うのが自由なら、僕が好きって言うのも当然自由じゃん」
なんとなく、彼女とは関係ないけれどこの話に思い当たる節はある。
高校に入学してからしばらくして、僕が一人で昼休みにラノベを読んでいると、一部のアホがからかう目的で声を掛けてきた事があった。
僕はそいつらの好きな物を思いっきり馬鹿に仕返した覚えがある。
……いや、頭が良いって本当に素晴らしいアドバンテージだよね。
絡んできたアホは、教師からの信頼が厚い僕を言い負かせず、そのまま担任の先生に釘を刺されて、関わり合いにならなくなった覚えがある。
きっとそういう話を彼女の周りでしたんだろう。僕なら空気が読めないからやりかねない。
……多分それに感じた恩を僕に対する好意と彼女は勘違いして告白なんてしてきたんだろう。……あくまでほぼ全て、推測でしか無いんだけど。
「……やっぱり、私先輩が好きです。そうやって、当たり前のことみたいに自分の言いたい事が言えるのかっこいいです」
「いや、えっと僕はそんなに大したことしてるわけじゃ無いって」
細野さんと僕はこんな風にすれ違う会話をするのであった。




