好きな人にする婚約者の話
なんで、エリスが婚約者がいる事に想像が付いているんだろうと思い焦る。
正直に言ってしまうのもやましいような気がして、僕はなんとか否定の言葉をひねり出す。
「な、なーに言ってるんだろうなー。婚約者ってなんの話かなー」
「……顔を見てないのに焦って棒読みになってるのが分かるのは凄いわね……。で、いるの?いないの?」
……下手くそなはぐらかしは、当然通じず、会話が無駄に一回伸びるのみ。
結局、彼女の追求してくる質問に肯定で返す他無かった。
「……はい、います」
「そうなんだ。……なんで分かったの?って思ってるでしょ?」
「……そうだね。だってそんな事話してもないし。なんで、急にそんな話が出てきたのかと思ったよ」
僕がそういうと、彼女が軽く電話口で悪戯っぽく笑う。
「ま、ただの推測なんだけど、私がそうだったから、かな」
「……ええっと」
そう言って僕が彼女の言葉の意図を掴もうとする。
その前に彼女が種明かしをしてくる。
「言ってない……というか、言う前に居なくなっちゃったからわかんないか。私に婚約者がいた、なんて言ってないわよね?」
……初耳だ。聞いたことがあれば覚えているに決まってる。
彼女はそのまま続けて喋る。
「……奈月くんの前から消えた日、きっと私は少し壊れてた。婚約したら、あなたが私の事を独占出来なくなってしまうもの。……だから、逃げたの。幸い……では無いけれど、私にはその手段が有ったから」
「神様との契約……というか、僕とのキスの事だよね?」
「奈月くん、どこでそんな事知ったの? そ、正解」
わずかに驚きを見せたのか、こちらに疑問を向けるもそのままエリスは話を続ける。
「消える時ね、 あなたが私の運命の人で、最後にそれが確認できて良かった……なんてちょっと思っちゃった。……でも、やっぱりあなたの近くに居られないのは嫌だった。……わがままなのは分かってるけど」
僕は彼女の独白を聞く。ただ、時折彼女の話に相槌を打つだけ。
「……私は元々、死んでもいいって思ってた。奈月くんの前ではそんな事一回も言った覚えはないけどね」
「……うん」
「高校を決めた時、『そんな遠くの高校に行くなら』って言うのを交換条件に、結婚したくもないろくでなしの婚約者と無理やり結婚させられる予定だった」
「……初めて聞くね」
「言ったら何か解決したのかもしれないわね。……でも、私は傲慢にもそれで奈月くんが傷付くんじゃないかって勝手に妄想して、逃げたの。問題の解決からも、あなたに伝えることも」
そんなこと無いって言いたいけれど、きっとその言葉すら彼女に対する攻撃だと思って僕は黙って話を聞き続ける。
「だから、神様に八つ当たりみたいな形でめちゃくちゃなお願いをした。ちょっと気持ちが清々したわ」
「……非道だね。困ってたよ、あのクソ女神」
「奈月くんがクソ女神って言うんなら、あっちも非道なはずだから無罪よ、大丈夫」
「エリスの中の僕、立場が高すぎない……?」
「そうね。私が如月に並んで一番信用してる人だもの」
「そ、そうなんだ……」
否定をされず、エリスの素直さと、僕への過大評価っぷりを再確認してしまう。
「で、私がなんで消えたかなんて話はおしまい。次は奈月くんの番よ」
「……何の話すればいいの?」
「決まってるじゃない! 婚約者の話! いるって言うなら私が消えた二日後、日曜日! 会ったでしょ!?」
「そ、そうだね。えっと、どこから話そうかな……」
麗さんの話をしようとすると、たった一週間にも関わらず話すことが多くありすぎて、何を初めに話せばいいか分からない。
「……どこから? ちょっと、奈月くん? なんでそんないっぱい思い出があるの? まだ一ヶ月と少ししか経ってないはずでしょ」
なんてエリスが言ってくる。
僕はその一ヶ月と言う言葉が気になって、思わず尋ね返してしまう。
「……ねえ、エリス? もう異世界に行ってから一ヶ月経ってるの?」
「そうよ。……その口ぶりだと、奈月くんは違うのね」
「……こっちだと一週間しか経ってないんだ。エリスのいる世界と時間の流れが違うのかも」
「……ああ、そうなのね、そっちだと一週間……いや、おかしいでしょ。なんで一週間でそんなに思い出ぽろぽろできるのよ! だって一回顔を合わせるくらいじゃないの!?」
確かに、エリスの言うことは正しい気がするが、なぜか色々と麗さんとの出来事が合ったのだから僕はどうしようもない。
「……しょうがないんだよ。と言うか、今僕とエリスが話せてるのもその子のお陰だし、エリスが異世界にいる事もその子がいないと分かんなかった」
「え、そうなの? ……まあ、奈月くんが信頼してるなら、私も認めてあげましょう。……掠め取られるのは勘弁だけど」
「……すごい表現すんね。掠め取るって。えっと、続けるね?」
「ま、聞いてあげましょう」
僕は麗さんについて話し出す。
彼女がとなりに引っ越して来たこと。
彼女の小説になぜかエリスが出て来たこと。
彼女の小説をなぜか僕も書くようになったこと。
彼女がエリスと僕が会うのを協力してくれていること。
彼女の提案で、エリスの会った神様とやらに会えたこと。
そんな事を話し終えると、黙っていたエリスが感想を漏らす。
「……不思議、と言うかなるほどね。私が読んだあの文章はその子の小説に奈月くんが書いたものなんだ」
「……やっぱりエリスはあれを読んだんだね。てことは、あの小説は確かにエリスが描いてあるんだ」
「話を聞く限りだとそうね。……だけれど、妙よね」
「それは僕も思ってる」
「……奈月くんの話を聞く限り、その子に悪意があるなんて思えない」
「だね、麗さんは絶対に嘘は付けないタイプだと思う」
「……そこを断言してしまうのも怖いけれど、だけどこうして私とあなたが話している以上、悪い方には傾いていないわよね」
僕はそこで麗さんの異常性を実感する。
「……なんで、彼女は僕に協力してくれてるんだろう?」
そうやって僕が言うとエリスは溜息をついたみたいで、携帯のマイク越しに息の音が入る。びっくりして慌てて、耳から携帯を離す。
ちょうどその時エリスが何事か呟く。
「……そうやって素直で鈍感なあなたが好きだからでしょうね」
僕は彼女が何を言ったか聞き取れなかったが、しかしすぐに彼女が喋り出したせいで再び聞くことも出来なかった。
「ねえ、奈月くん。私がもう一度あなたに会いたいって言ったらわがままだと思う?」
そうやってエリスは急に尋ねてきた。
切実な希望ではなくて、ただただぽつりと口から出たみたいに、ただの疑問として聞いて来た。
僕は正しい事なんてわからないから、思った事を素直にエリスに伝える
「……わがままだとは思うよ。だって、エリスの望みは達成されて、クソ女神様はやる事やったんだ。それに文句を言うのはおかしいと思うかな」
「……そうね。私だけ特別扱いされる理由なんて無いか」
彼女は僕の言葉に落ち込んだように小さな声で返してくる。
僕はまだ話は終わっていないとばかりに続けて話す。
「だけど、僕の立場からすれば理不尽でしかない。……好きになった人が急に目の前から消された。そんな事許せるわけないじゃんか。……だから僕はエリスが元の世界に戻れるよう努力するよ」
「……うん」
「……困ったら、いつでも言ってね」
「……どうやって連絡したものか分かんないけどね」
「それもそうか。じゃあ、また明日でも連絡する。麗さんにも相談してみるね」
「婚約者に隠れて浮気なんて感心しないわね」
「浮気相手が何言ってんだか」
「あはは、私があなたの本命に決まってるじゃない」
快活にそう笑ってから彼女は声を落として、最後とばかりに言ってくる。
「……じゃあ、またすぐにこうやって話しましょう」
「……うん。無理だけはしないでね」
「大丈夫、堅いプレイングだけは得意なの」
「堅実だもんね、エリスは。僕とは違ってさ」
「奈月くんがギャンブル精神旺盛なだけでしょ」
「……ぶっぱが好きなんだもん仕方ないじゃん」
「また、こういう下らない話が面と向かって出来るようにしなきゃね」
「……だね。じゃあ、今日はこれでおしまい、かな」
「そうね。また、会いましょう。……ねえ、私に何か言うことない?」
「……そうだよね。また、会わなきゃね。……うん、頑張ってねエリス」
「……まあ、応援もそうなんだけど。ま、いいわよ私が言うから」
「ん? 応援じゃないの?」
「……いいわよ。じゃ、これ言って話はおしまいにするわね」
そう言った彼女の息を吸う音が聞こえてきて、すぐに囁くように喋り出す。
「好きよ、奈月くん」
そうやって彼女が言った瞬間に通話は突然終わってしまった。
……僕は何をしたらいいか考えられなくなってしばらくそのまま固まってしまった。




