如月さんは覚えていない
結局僕たちは朝に家を出発したは良いものの、神社に行ってそのまま正午過ぎには再び家に帰ってきてしまっていた。
帰る時に僕はどうも疲れ切ってか、ケガの影響が向け切っていないのか車の中で眠ってしまったらしい。……今度は夢に神が出てくるなんて荒唐無稽な事は無かった。
そんな僕は如月さんと麗さん、二人が運転席と助手席で何か話をしている声で目を覚ます。
僕はどうにも割り込むのも悪いと思って、そのまま目を閉じた。
しかし、どうしても会話の内容は耳に入ってきてしまう。
「……で、麗様は奈月くんをどういう人だと思ってるんですか? 私は、今言った通り大好きなんですけれど」
「……さらってほんとにメイドなのかしら」
『さら』というのは如月さんの名前のはずだ。
麗さんが如月さんの事を名前で呼ぶのは初めて聞いた。たぶん、僕が寝ている間に二人ともだいぶ打ち解けたのかな?
「まあ、私は奈月くんの面倒をずっと見てきましたからね。家族みたいなものですよ」
「にしても、恋愛感情強すぎない……? 玉の輿でも狙ってるの?」
「いえ、そんな事はないですよ。私の出会いが少ないのもありますけど……奈月くんと一緒だと助けられてる感じがして安心できるんですよ」
「……ふーん」
「あらあら、意味ありげで何か言いたげみたいな相槌ですね。大丈夫ですよ、麗様が奈月くんの事を好きなのは理解してますから」
「別に……まだ会ったばっかじゃない」
「あはは、冗談です。……ありがとうございます。奈月くんと仲良くしてくれて」
「これくらい婚約者って立場だし当たり前よ。……奈月だって学校でも家でも気遣ってくれるんだし」
そこまで麗さんが言って二人の間で会話が途切れた……ので、僕はさも今目を覚ましましたよみたいな顔で、背もたれにもたれかかるような体勢から体を起こす。
「あ、奈月くん起きたんですね。もうすぐ家に着きますよ。足、まだ痛みます?」
如月さんが先に僕が起き出した事に気付いて、声をかけてくる。
その言葉を聞いて何か返そうかと思った時、前の席から麗さんが振り返って思いっきりこちらを見てくる。
じっとこちらを見つめてくるものだから僕は言葉を失って、代わりに麗さんが喋り出す。
「……聞いてた?」
……聞かれなければ、答える必要がないからそのまま黙って誤魔化すなんて選択肢もあるのに、聞かれてしまえばさてさて僕はどうなるか。
「……うん、ちょっと前に起きた時に聞こえてきちゃった」
当然、嘘をつく能力が皆無なのでこうやって正直に話すしかなくなるわけだ。
「……忘れて、いや、忘れなさい!」
「う、うん。えっと、わ、わかった」
そんな風に僕たちが会話するのを聞いて、如月さんはくすりと笑ったのだった。
*
あれから程なくして自分たちのマンションに帰ってくる。
昼食も済ませ今は三人でのんびりとリビングで座ってお菓子をつまみながらお喋りをしていた。
「結局すぐ帰ってきちゃったわね」
「そうですね。しかし、見てください、なんと三人分のお守りだけは確保できたのです。はい奈月くんも麗様もどうぞ」
「わ、ありがとうございます」
「ありがとう、さら」
そうやって僕と麗さんは如月さんからお守りを貰う。
家内安全、とそこには記されていた。
僕たちがそれを受け取ったのを見て如月さんは楽しそうに笑って言う。
「これから、少なくとも一年半くらい、私たちは一緒に生活する事になります。だから、うまくやって行けるようにって思うんです」
僕は再びお守りに目を落とし、特に意味もないけれどそれをじっと見つめる。
「私は、奈月くんのメイドですけど、今ここにいる以上、保護者でもあります。麗様に対してだってそうです」
だから……と言って続け、いつもの朗らかな笑みをそこに浮かべて、僕たちに語りかける。
「未来がどうなるかなんて、婚約者だからなんて関係なく二人が仲良くして、今のこの環境を大事にできたらいいなと思ってこのお守りを選びました」
そうやって如月さんは話す。
……僕は如月さんの人間性を良く思うとともに、なんというか……悔しさのような物が心で燻ってしまっていた。
(なんで……あのクソ女神は全部無かったことにしてしまったんだろう。なんで、如月さんの中にすらエリスの残滓が存在しないんだ)
……エリスは僕の事が大切だった。
そんなこと分かってる。今更恥ずかしがる必要も、目を逸らす意味もない。
僕だって彼女は愛しい存在だった。
だけど、一番長い時間エリスの近くにいたのは間違いなく如月さんなんだ。一年半だけじゃなくて昔からの積み重ねがあったはずなんだ。
それなのに、如月さんから記憶が消えてしまうのは……残酷だろう。
「奈月くん? どうしたんですか? 難しい顔をしてしまって。大丈夫ですよ、また今度は別の場所に遊びに行きましょう」
僕が一人で思索にふけっていると、如月さんはこちらに気遣って声をかけてくる。……その事が、彼女のメイドとしての振る舞いではなく人間としての優しさを証明している気がする。
僕は彼女の言葉に対して慌てて、顔を上げてしどろもどろになって返す。
「あ、えっといや、特に何か考えてたわけじゃなくて、お守りどこに付けようかなって」
「その反応、隠し事があるみたいに聞こえるわね」
麗さんに横から突っ込まれる。
……実際、喋っていない事はあるんだけど、でもこれを如月さんに言ったって困るだけだろうし、心の内に留めておく。
(エリスの事、本当なら言うべきなんだろうけどね。……でも、麗さんみたいに何か状況に関係のある物を持ってた訳でも、霜切さんみたいに適度にエリスとの距離があったわけでもない)
きっと、こんな事を言っても困るだけ。
そう思うと、如月さんに伝える事はためらってしまう。
何も分からないとか、関係ないとか如月さんの口から言われてしまえば、僕はエリスになんて顔すればいいか分からなくなってしまうだろうから。
「……黙り込むと、やましいことがあるみたいよ?」
気付くと麗さんの顔が近くまでに来ていて、耳元で囁くように呟いてくる。
僕はいつものごとく驚いて彼女から距離を取る。
「わ! 近いよ!」
「今更気にしないわよ、人工呼吸しそうになった仲じゃない」
「開き直らないでよ!? こっちだってあの瞬間すごい恥ずかしかったんだから!」
そんな僕たちの姿を見て如月さんがくすくすと笑う。
「ああ、楽しいですね」
そういって、如月さんがこぼす。
……その言葉に僕はこの空間にエリスがいれば良かったのに、なんて思いを一層強く持つことになったのだった。




