戻った現実世界では
僕が目を覚ました時、目の前に麗さんの顔があった。
まるで今にもお互いの口が接触しそうなほど近くなって行く。
僕は状況を理解する事が出来ず、さりとて声を上げる事も出来なくて、ただただ腕と足をばたばたと動かす。
その瞬間、麗さんは僕の動きに驚いたのか地面に座り込んだ状態から、すぐに立ち上がり僕とは反対側に顔を逸らす。
「……起きたのね、良かった」
そう言って少しかがんで膝辺りを払っている。
そんな彼女に向けて、僕は仰向けに倒れこんだ状態から上半身だけを起き上がらせ、彼女の背中を見ながら言う。
「……えっと僕、ひょっとして気絶してた?」
「そうね、石段を転がるみたいにして、すっごい綺麗に落ちて、そのまま。……ほんと、良かった」
そうやって安堵したのか、ふう、と嘆息する麗さん。
僕はその言葉にとても申し訳ない気持ちを覚えて、彼女に謝る。
「ごめん、こんな間抜けな事しちゃって」
彼女はふんと鼻を鳴らして、言葉を返す。
「いいわよ、私だってこの階段に気づいて無かったから、どうせどっちかは落ちてたわよ。……ケガ、してないかしら?」
心配するような素振りで、こちらを振り返って麗さんは聞いてくる。
僕は立ち上がって体の様子を確認しようと立ち上がろうとして、足に痛みが走っている事に気付く。
「……痛っ!」
足を見るとズボンが思いっきり擦れている部分があったので、そこを覗き込むと、思いっきり大きな擦り傷が出来ていた。
「大丈夫? さっき如月に連絡したから、来るまでそのままで待ちましょ」
「う、うん……」
そう言って僕たちは数秒黙り込む。
僕はその妙な沈黙に耐えられなくて、間を埋めようと麗さんに話しかける。
「ね、ねえ!」
急に声を出すと大声になる事がある。人と全然話さない事の弊害の一つだ。
麗さんは目を少し見開いて驚いたようにしてこちらを見る。
「……どうしたのかしら、急に大きな声出して」
「あ……ごめん」
僕はそんなちょっとした麗さんの指摘に落ち込んでしまう。
悪い癖だと分かってはいるんだけど、どうにも何かを指摘されるって行為に慣れない。
麗さんはそんな様子の僕を見て、特に何も思うことが無いように喋る。
「いや、別に気にしなくていいわよ。何か言いたかったんじゃ無いの?」
「あ、えっと、うん。そのね……えーと」
「……いつもより更に慌ててるじゃない。落ち着いきなさいよ」
慌てて喋ろうとする僕とは対照的に落ち着いた様子を見せる麗さん。
……いつも彼女は感情的って印象もあるくらいだけど、今はとても落ち着いている。
その事に自分が状況を落ち着いて飲み込めていないのを理解する。
自分の間抜けさを、落ち着くための情報として見るのは良く取り乱す自分の手段だ。……よし。
僕はなんとか話す内容を整理して再び話を始める。
「う、うん。あのさ、僕が気絶してたのってどれくらい?」
「そうね……。五分も無いわ。確認する限り三分くらい」
「あ……そんなすぐなんだ」
「私は気が気じゃなかったけどね。パニックになって人工呼吸なんて意味不明な事しようとしちゃったし……」
「そ、そうなんだ。……怪我で意識を失った時ってそれでいいんだっけ」
「知らないわよ! 思い出させようとしないで!」
顔を真っ赤にして言う麗さん。自分の行為の恥ずかしさを思い出しての事だろう。
……というか、僕もなんとなく恥ずかしくなってしまい。地面を向いて頰を掻く。
また少し間が空いてしまうが、僕も彼女もそれ以上話さず、如月さんの到着を待つ。
僕たちが二人、石段の下にいると如月さんが息を切らせてやってきた。
「はあ、はあ……すいません。連絡に気付くのが遅れてしまって。大丈夫ですか!? 奈月くん! ケガしてないですか!?」
「だ、大丈夫……でもないけど、動けないわけじゃないよ。多分、ゆっくりなら歩けるくらい」
そうやって僕が言うと如月さんは膝から崩れ落ちるようにして尻餅をつく。
そして、安堵で張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、思いっきり息を吐いて言う。
「良かった……。奈月くんに何かあったら、私……きっと耐えられない」
僕はその様子を見て、如月さんにも迷惑を掛けたななんて思って謝る。
「……ごめんなさい、せっかく遊びに来たのにこんなことになっちゃって」
「……奈月だけのせいじゃないわよ。私だって非があるもの、ケガなんて誰だってするんだし気にしないで頂戴」
「大丈夫、奈月くん。たまに外に一緒に出た。それだけで私は満足です」
二人とも僕を慰めてくれるような優しさに満ちた言葉を投げかけて来る。
その言葉に安心を覚えつつも、いつも甘えてばかりだな、なんてこの時思った。
二人が手を差し出して来て、足をケガした僕を立ち上がらせようとしてきた。僕は二人のその綺麗な手を見てためらいながら触れる。
そのまま二人の手に軽く体重を預けながら、ゆっくりと体を立たせる。
「……ありがとう、ございます」
「感謝されるほどの事じゃないわ」
「どういたしまして!」
二人はそれぞれ別の反応を返しながら、しかしどちらも僕の手をしっかりと握っていてくれる。
そんなのもあって足は痛むけれど、歩くのはとても楽だった。
二人の善意というのがとても嬉しくて、ケガしてると言うのに思わず笑みが浮かんで来てしまう。
……柄じゃないから、恥ずかしいからエリスくらいにしかした事は無いんだけれど、何かお礼できる事や物が有れば良いのにな、なんて思いながら僕はそのまま歩き続けるのだった。




