彼は神に祈らない
「さてさて、間抜けな君と、愚かな女の話。まずはどちらから始めようか? ……ま、そうだね、初めは君が今認識できている君の話、そこから始めるのが一番いいのかな」
気づけば僕たちのいる場所はさっきも見た、神社の本殿近くの景色に移っていた。
先程のようにある程度人がいて、少し混雑した状態だ。
そしてそんな中で目の前にいる、超常的な存在は言う。
「君はね、完全に偶然にこの場所に来た。……これは嘘じゃない。いや、そもそも私がここに意図して人を呼ぶことなんてない。去る者追わず、来るもの拒まずが神としてのモットーだ」
そう言って神は本殿の前でお祈りする男女の姿を指差す。
「ほら、あの男女も例外じゃなく、この神社にお祈りに来たみたいだよ」
そう言って指差した先には、どうにも見覚えのある男と女の子がいた。
……というか、服装を見ると自分と同じで、つい今の自分の姿に目を落としてしまう。
「今の君の反応からして理解してもらえたみたいだ。あれは君と、君の妹だ」
「……これって、一年半前の話?」
「本当に君は優秀だ。こんな馬鹿らしい話に耳を傾けられる想像力があるからね」
当たりだよ、と言って神とやらは顎でそちらの男女の方を見るように促す。
「ほら、男の方が不思議なくらい固まっているだろう? 君の性格からしても、神様なんて絶対に信じない。なんなら、当時の君が信じてたのなんて、自身と妹くらいじゃないのかい? ……なのに、まるで必死にお祈りしてるみたいに」
そうやって男……つまりは過去の僕らしいが、それの不自然さを指摘する。……正直、こいつの言葉に納得しかできない。
別に神を蔑視していたわけでは無いけれど、僕は神頼みという感覚は嫌いで、お参りなんて形だけで終える……はずだった。
「君みたいな優しさと情に弱い人間がここに来てくれてラッキーだったよ。……なんでかって?」
僕の心を当然の権利のように呼んで、勿体つけるよう、時間を開けてそれはニンマリと気味の悪い笑いを浮かべて言った。
「だって、君はあの時点で行く高校だって決まっていて、私が関与するまでも無く『鹿宮エリスと出会う運命』だったわけだから……ね」
そうやって心底嬉しそうに言う目の前の存在。
何を言っているんだ?
僕は理解できなくて、顎に手を当て下を向いて思考する。
目の前のそいつは困惑する僕を見て楽しさを隠すこともなくさらにまくし立てる。
「いやね、私はその時困っていたんだよ。……あの強欲な恋愛脳の女にね」
そこまでは笑っていたそいつがそこで急に険しい顔になる。
「……なにが、運命の人だよ。あんな性格の悪くて、傲慢で、プライドの高い女に……そんな存在出来るわけない。……ね、君も、そう思うでしょ?」
そうやって僕に同意を求めてすぐ、「おっと、こいつは君にするには酷な質問だったね」なって軽く笑って呟いた。
「……ねえ、それって、エリスの話……で、合ってるよね?」
「おっ、大正解。いやあ、君、私より頭いいね。生まれ変わったら神様になると楽で良いよ」
そうやって自身が悪口を向けていたことに対する罪悪感も気遣いも何も無く喋る。
そして今度は愚痴っぽく喋り出すと、
「この神っていう仕事ね? こんな契約は不当だ、とか言って意味もなくごねる人間が多くて、魂を回収して運用するだけの簡単な仕事なのに出来ないカスが多いのさ。……人間に情が移って神の座から降ろされた奴の多いこと多いこと」
何を言っているのか全部を理解することはできないが、神……なんて曖昧な存在が複数いることがこいつの言葉に想像させられた。
「ま、余談は置いといて。じゃあ、なんで君があの女と出会わされたか、その瞬間の映像がこちら〜」
そうやってまた嫌味ったらしく、よく響く指パッチンをしてくる。
「これは、君とその妹がここにくる三週間程度も前の事だね。間抜けなほどの祈りをして馬鹿みたいだろう?」
今度は、二人の女性……というか、これはエリスと如月さんだとすぐに気づく。
二人も賽銭箱の前あたりで目をつぶって手を合わせ、お祈りをしているなんて出で立ちだ。
「……多分、人間基準に当てはめれば、この金髪女は見た目が良いんだろうね。まあ、私からすればただ単に意地汚い、夢物語に溺れた愚者だ」
「……最低」
「おや? 君からそんな台詞が出るなんて、何か悪いことでもしたかな。……ま、どうせ干渉もできないんだし、どうでも良いんだけど」
そうやっておちょくるように、僕の手を取って自身の胸辺りへと持っていく自称神。
しかし、何かに触れるような感覚はなく僕の手が空を切る感覚がする。
僕は驚きで思わず手を思いっきり自分の方へ引く。
けらけらとバカにしたように手を取った張本人は笑う
「面白いね、君。やっぱり面白い。出会って良かったよ」
「……」
無言で僕は応える。
僕は褒められるのは好きだと思っていたけれど、ここまで不快な褒められ方は初めてだ。
頼むから、死んでくれ。
僕がそんな想いを抱え、睨みつけるように相手を見返すが、しかしそんなこと関係なしに、話を続行する。
「さてさて、あの女が君と出会った理由だったね。何、察しのいい君ならここまでの話で推測出来てるはずさ。……じゃあ、クイズ形式で行こうか? なんで君はあの女と出会って、そして、あの女はなぜ消えた?」
腑に落ちない点もいくつかあったけれど、僕は麗さんの小説、さっきまでのこいつの言葉からいくつか想像できる事があった。
だから、それを順々に頭の中で言語化し、いつもよりゆっくりと、間違わないように、恥ずかしさも忘れて真剣に語る。
「……まず、エリスがお前と契約した。きっと命と引き換えにだ。エリスと『運命の人』を出会わせるって言う奴だ」
「うんうん、それでそれで?」
まるで、楽しい物語の続きを待つかのように楽しげに言ってくる。……気味が悪い。
僕はそれに負けないように、落ち着くため、軽く胸の位置を叩く。
「エリスの運命の人、として僕が適した位置にいる人間だった……それは偶然だけど、だけどきっと細かい部分で細工はあったんだろ? だって、僕とエリスの席はずっと隣同士だった。おかしいと思ってたよ」
だから、それがお前とエリスの契約の成果。
そうやって僕が締めると神とやらは嬉しそうに答えてきて。
「そう! そうだよ! それだって私のやったことだ。あの女にとって最後の放課後、君を焚きつけてやったのだって、私」
私ったらなんて契約に忠実な出来る女……なんて自己陶酔して呟く。
最後の言葉を聞いて、疑問はあったけれど、僕も相手に負けず無視して言う。
「……で、キス……なり性行為をトリガーに、エリスとの契約は終了。あとは、あんたが魂を奪うだけだ」
「正解、正解だ! 優れた妄想力だ! まさか、性行為なんて正しい表現まで出来るとはね、いやあ優秀な駒だ。さながら将棋で言うところの飛車か、角か、はたまたチェスでのクイーンか」
そんな風に僕を道具みたいに見下しているのを隠さない例えをしてまた饒舌に喋り出す。
「じゃあ、そこまで分かってしまっているなら君にもう一つお願いをしてしまいたいかな。……ま、君が損する話じゃない」
そう言うと、わざとらしく首をすくめ困った様子をアピールしてくる。……ああ、気持ち悪い、死んでくれ。死ね。
「私の仕事は何も魂を奪う事じゃない。……その魂を資産として、より私に利得をもたらす事だ。だから、あの女と少し特殊な契約をしたんだ。『異世界で魔王退治してこい』……ってね」
僕はここまで聞いて、麗さんの書いた話と現実一致していることを完全に理解する。
「……だけど、あの女、使えなくてね? まるで役に立たないのさ。……だからね?」
そのまま自称神は息を吸って言う。……神でも、息をするんだとか、神の息吹かな、みたいな場にそぐわないしょうもない考えが頭をよぎる。
「君に、魔王を倒す手助けをしてもらいたい」




