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神様の嘲笑

 自分が気を失ったのを自覚するっていうのは、起きた瞬間の客観的な証拠があってこそ成り立つものだろう。


 起きた瞬間の時間経過、状況、類推……そのあたりから自分の身に起きた事を把握しているからだ。


 夜に寝ようと布団に入って、朝に目を覚ました時、自分が気絶していたなんて認識をする人はそう多くいないはずだろう。

 だって寝るために布団に入ったんだからそれは起きた本人の身からすれば睡眠だ。

 ……まあ、気絶と睡眠が同じようなものって言う論も見たことがあるから断言はできないけれど。


 ここまで回りくどく言って結局僕は何が言いたいかっていうと、


「今、君の肉体は意識を失っているんだ」


 まさか、意識を失っている最中に、自分が意識を失っている自覚ができる日が来るなんて僕は考えたことも無かったって話だ。


「……夢、かな?」

「いいや、夢ではないね。現実の出来事だ。君からすればきっと現実感がないだろうけどね」


 夢の中、真っ白な空間に僕は立っている。足元と、目の前の空間に差異を感じられず、気を抜けば真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。


 そして、さっきから目の前に誰かが見えている。女の人、だと思った。

 膝下まで伸びる長いスカートに、お坊さんの着る袈裟が白くなったみたいな服。

 神々しいって多分こういう事なんだろうな、なんて思える服装だった。


 その誰かが僕に話しかけてくる。

 やけにはっきりとその内容を聞き取る事が出来てしまって、なんというか奇妙な気分だ。


 というか、体全体が思い通りに動くのだけど、やたら感覚が薄くてふわふわするような。

 なんというか、空虚な現実感に包まれているって表現が似合う気がする。


 そんな風に試行錯誤ぎみに色々と体を動かす僕は無視して話を続ける。


「まず君には言いたい事がある。一年半、私の目標達成の手駒として使われてくれた事。とても嬉しく思うよ……坂川、奈月くん」


 また目の前の人物が何事か喋り出す。

 喋っている言葉が聞こえないわけではないし、単語の意味を理解できないわけでも当然ない。

 だけど、目の前の女の人が言う言葉の意図するところはわからない。


「なんの話……ですか?」

「まあ、それはそうだね。今の君からすれば自覚するよしもない話だ。じゃ、種明かしと行こうか」


 そういって彼女はキザったらしいとか、格好つけてみたいな表現が似合うほどにわざとらしく、大振りに指をぱちんと鳴らす。


 何をやっているんだろうと思い見ていると、僕は今日の記憶に違和感を持ち始めた。


「………え、僕は……ここ、に来たことはないはず。いや、でも確かに、受験の後に……なんて、そんなわけ」


 頭の中に意味のわからない記憶が紛れ込んでくる。

 高校受験後、気晴らしにと電車とバスを乗り継いで、妹と二人ここに向かう僕の姿。

 電車はガラガラに空いていたのに、神社に向かうバスだけはやたら混んでいた。

 バスでおばあさんに優先席を譲った。当たり前のことだけど、妹はちょっと褒めてくれた。

 妹がおみくじで大凶を当てて「わあ!レアだ!」なんて大はしゃぎしてた。

 僕は大吉で、妹に「お兄ちゃんニヤニヤしてるよ」なんて言われてびっくりして。


 ……本殿の前のお参りで、妹に促されるままに……優しい人に巡り会って、仲良くなりたいなんて願ったんだ。


「いや、本当この瞬間は何度経験しても滑稽だ。これだから、神様なんて辞めらんないね」


 恐らくは目の前の女……言葉を真に受けるなら、つまりは彼女は神様って事になるけれど、それが表現としてのものなのか、それとも事実なのかは分からない。


「何を、言ってるんですか……?」

「君は礼儀正しい、いい子だね。初対面の人間には敬語が使える子。私達の管理下に置くにふさわしい存在だ」


 彼女は僕の質問に答えるでもなく、自分勝手に喋る。


「すいません、何を言っているのか分からないので、ちゃんと始めから話してください」


 僕は完全に無視されているような事に、少し苛立ってしまい早口にまくし立てる。


「おっとっと、怒ってるかな? そんなの君らしくないね」


 完全にバカにしたように半笑いで言ってくる目の前の存在。

 そしてそのまま続けて、


「……鹿宮エリスが好きだった君らしくない」


 そうやってこちらを見て言ってくる。


「……この言葉が二つの意味、どちらでも捉えても問題ないのだから、君たちは幸せバカップルだよ。恋愛の神として恐縮しちゃうな。君たちを出会わせてしまった事に、ね?」


 状況を理解しようと足りない頭を回転させる。

 僕とエリスが出会った事が、偶然じゃ無いって事……?

 でも、僕たちが出会ったのは学校だ。絶対に偶然じゃないとおかしいだろう。


 だって、僕がここに初めて来たのは……さっき与えられた記憶が正しいのなら『高校受験が終わった後』……つまり、高校を選ぶのにこの自称神の関与する余地はない。


「お、いい線いってるね。だけど、惜しいね、偶然なのはそこじゃない。君が『鹿宮エリスに好意を抱かれる』ような人間だった事……そして、私の下に君たち二人ともが来た事だ」


 心を見透かしたように……というか、実際に見透かされているのだろう。

 そのまま目の前の神とやらは喋り続ける。


「いやあ、感謝してほしいよ? あの女の運命を捻じ曲げた時に得られる魂の総量が多かったから君は無事なんだ」


 まだ喋る。

 あの女、というのはきっとエリスの事だろうか。……なんとなく、小説とこの話が現実の問題に結びつく感覚がある。


「あの女にとっての恋愛は命を賭ける価値があった。……恋愛の神ながら笑っちゃいそうになるね。」


 そんなことを言いながらも、思いっきり手を叩いて笑っている。そして、笑い終えてすぐに喋る。


「……ま、実は君に関して言えば願う必要も無くて、本来なら何もしなくとも入学から三ヶ月もすれば彼女でも友達でも、大切って呼べる人が沢山出来たはずなんだけど」


 だから、あの女が死んだのとは違って君の寿命は全く変わらずそのまま〜。


 ……なんて、あまりにも呑気な様にそう言ってさらに続ける。


「助かるね〜。優秀なクセに、自悪的で引っ込み思案。優しいのにそれを素直に受け入れない。祈る必要なんて無くて、幸せになる資質なんてたっぷりあったはずなのにね。……ほんと、君みたいな優良物件、私が管理できてよかったよ」


 なに、言ってるんだ。この人。……いや、こいつ。


 何が言いたい?


「じゃあ、紐解いていこうか。君と彼女の一年半を。……私を頼って来た、かわいい可愛い愚かな男女の物語を」


 そいつが話をそう言って締め、手を叩く。


 そして目の前の景色はぐるぐると形を変えていった。

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