異世界に向けてお手紙書こう
そこまでで、この小説は終わっている。
この続きが読みたいなら、続きは僕がこれを読んだ感想文を書けって話になるわけだ。
「それが、麗さんとの約束だしね」
彼女の小説における男側の気持ちを描く。
それが僕に課せられた役割だ。
「だから、今これを読んで彼女にどうなってほしいのか、それを書かなきゃいけないんだ」
僕は目を閉じて、椅子の背もたれに体重をかけて天を仰ぐように上に顔を向ける。
そして、一人で呟いた。
「……魔王を倒せば帰れるんなら、それがきっと一番だよね」
もちろん、彼女にとっても僕にとっても、再び会うのは一番魅力的な事だ。
だからもし、彼女が魔王とやらを討ち果たした暁にこちらに戻って来れるならそれで万々歳、全部解決なんだろう。
「……そんな訳ないと思うけどね」
魂の価値はこちらの世界と彼女の世界と違う……なんて表現がこの小説の冒頭に書かれていたはずだ。
それこそこちらの世界の魂は、向こうの世界の物理法則を捻じ曲げるような事が出来るほど価値が高いはずなんだ。
「……たしか、そういう設定だよね?」
そうやって僕は小説の冒頭部を読み返す。麗さんと初めて二人で話した時に読んだ気がするのだ。
「うん、そうだ。……本来、滅茶苦茶なチート能力が貰えたはずなのに、エリスはそれを断って『僕の記憶を無くさないようにする』なんて願いをしたんだ」
まあ、魂なんて概念は曖昧であくまで表現の一種でしかないのかもしれなくて。
ざっくりした表現で考えるなら、こちらの人間の方が神様的にポイントが高い、そういう事だろう。
「だから、エリスがこっちに戻るためには別の手段を考えないといけないのかもね」
そのまま同じ神様に頼っても、魂とやら価値の違いで向こうからこちらに戻る事は出来ないだろうから、他に方法を考えなければ恐らくまたエリスがこっちに戻るなんてできない。
……その手段が何かなんて当然分かるはずもないけど。
「だけど、そもそもそんな事関係なくて、エリスが『したい』って言ったんだ。まずは彼女が魔王を倒せるようにしないと。……やべえなこの言葉、青春真っ只中の中学二年生かよ」
そうやって書く前に、『私は魔王を倒した』みたいな一文を付け加えようとペンに手を伸ばす。
しかし、また考えた文章が書く直前に霧散して書く事は出来ない。
「……まあ、無理だよね」
そうやって落胆するようにしょんぼりしたように呟くも、しかし同時に安心も覚えていた。
「……よかった、なんて思うのもおかしいけど、これが不可思議な現象だって確認しないと彼女の存在が無かったことになる気がするんだ」
もしもこの小説が『虚構の物語』でしかなければ現実に彼女がいた証拠は消えてしまう。
……今は、こんなアホらしい妄想じみた文章にすがっていたいから、だからいい加減なことを書けない事に安心する。
「きっと、書けないうちはエリスは現実の物語が過ごせているって信じないと」
そうやって信じてから、いやおかしいだろうという事に気付いた。
「……この話に出てくる僕が小説に書いた内容と多分一致してるよね。……なんでだ?」
どちらもこの小説内の文章だからと流していたが、よくよく考えれば、僕の書いた文章が彼女の元にあるのはおかしい。……気付くのが遅すぎる気もするけど。
「……なんで、ここに書いてある物が向こうに伝わるんだ?」
いや、麗さんが書いただけだからって考えもある。
ただその場合、僕がこの小説にいい加減な文章を付け足せない理由が分からない。
「文章だけ異世界転生……? 生の概念はどこ……?」
そんなくだらない事を呟くも、しかし当然疑問は無くならない、
というか、ノートを見返すと僕の書いた文章はそのまま残っている 。
つまり、エリスの読んだ文章はどこから出てきたのかって話だ。
「ファックスかな? 違うの分かってるけどさ……」
とりあえず、麗さんにそのあたり二人の時に確認をしてみようと思う。
「……とりあえず、書こう。まずは思いの丈は全部書く。彼女のためだったら何だってやるんだ」
僕は何度目かわからない決意を固める。
こうやって定期的に連呼しないと自分が諦めるか、止まり続けてしまうのが怖いからだ。
「……でも、何から書こうか。また、同じようにエリスに僕の言葉が伝えられるなら……相談相手になりたいな」
彼女が何を言ってもいい言葉のサンドバッグとしての立場……吐け口になってあげたい。
「……エリス、優しいからね。というか、甘いのかな? 和を乱さないって意味では麗さんと対極みたいな生き方ではあったかも」
そんな性格の彼女は、文句を言われないように先手を打って物事をこなすのが得意なようだった。
「文句を言われないって事に関しては一流……なんて表現は悪意があるね」
エリスは大体の物事で器用で能力が高いので、僕とは違ってまず周りに迷惑をかけるなんてなかった。
「だから、コミュニケーションが苦手でも困らない。……最後に会った日も、友達なんて僕だけでいい、なんて言ってたっけ」
だけど、エリスが初めて僕に話しかけてきた時……数学を教えて欲しいなんて言ってくれた事、彼女だって頼りたい事はあるんだってことを知っている。
また、彼女の困り事を一緒に考えたい……なんて言うのは傲慢かもしれないけれど、彼女の言葉をただ黙って聞きたい。
……紙の上だから、聞くってより読むって表現の方が正しいと思うけど、そんな事は瑣末な事だ。
「それに、エリスの冒険を見守りたい気もするからね」
僕はゲームが好きだ。だから正直、魔王なんて響きを聞けばわくわくしてしまう部分もある。
「……エリスみたいな優秀な人間がする異世界転生、上手くいくに決まってるから」
だから僕は、彼女が楽しく冒険が出来るための暇つぶし相手にでもなろう。
僕はそんな言葉で、本当に言いたい事を隠す。
……いや、居なくなってしまった今。
彼女の本音を聞いた今でも認めるのが怖い。
「……だって、言ったら恥ずかしくて悶えちゃうからね」
そう言って、手を頭の後ろに回す。
しかし、すぐに思って考えた言葉を呟く。
「……僕がエリスを応援すれば、彼女が無敵になる。なんて言葉、直接好きっていうより……恥ずかしくないですか……?」
そうやって僕は彼女が転生で得た能力『好きな人に応援されれば無敵になる』なんて言葉を思い返す。
……この発言の自意識過剰さに恥ずかしさが頭を駆け巡って、十分くらいベッドで悶絶しながら転げ回ることになるのだった。




