鹿宮エリスは独白する
私は一人で落ち着きなく周りを見渡す。
しかし、この裏庭は村の僻地にあるのもあって誰もいない。
当然、奈月くんだっていない。
「……何考えてるのかしら、私。こんな紙一枚に振り回されるなんて。きっと自称神様の嫌がらせか何かよ」
本当の奈月くんの言葉な訳はない。
私は彼と違う場所……どころか時空をまたいでいるのかもしれないところにいるのだから。
「……でも、読むだけだったらタダだもの」
心では期待をしていないフリをして、だけど体は正直で、文章を目で追い出す。……この表現、やましさを感じるわね。
「……ただ、この文章がどれだけ奈月くんらしくないか見て、鼻で笑うだけよ」
まず最初の文を見て、そして読み上げる。
「『知り合いと友達の境界線がどこかなんて分からない』……これはそれっぽいわよね」
とはいえ、こんな文章ありきたり。
奈月くんの話を一度でも聞けば誰だって書けるものだ。
「『だけど、明確に僕の友達と言える人がいた。それが、エリスだった』……別に、こんな事書かれてるからって彼の文章なんて証拠にはならないじゃない」
だけど、私は嬉しくなってしまうのを抑えられず、胸をとんとんと叩いて手を当てて落ち着こうとする。
「こんなまがい物読んでも……嬉しくなんてないからね。えっと……『彼女の言葉を聞くだけで、彼女の姿を見るだけでどうしようもなく安心できてしまう。だけど不思議と胸は高鳴っていつも会いたいなんて考えてしまって。多分、これが友達なんだって思えた』……いや、違うんじゃないかしら」
それ、一般的には恋って呼ばれるものだと思うんだけれど……。
こういう部分で彼は自分にすら鈍感だ。
でも、彼の歩み寄り方がそっと一歩ずつ、ゆっくりと近づいて来てくれるさまは私の知っている彼らしいなんて思った。
奈月くんは自分も他人も守るように、柔らかい言葉、断言しない表現を使うのがとても好きだったから。
……とはいえ、いやいやここまで読んだだけでこれを奈月くんと認めるには早すぎると首を思いっきり左右に振って読み続ける。
「『……うん、友達なんて言葉が逃げなんてのは分かってる。だけど、僕は認めてしまって自分が傷ついてしまうのが怖かった。エリスに無節操に告白しようとした男と差のない、下品な生物に成り下がってしまうなんて思ったから』……高校でもそんなのいたのね。私に話が来てないってことは如月が何かしたのかしら?」
高校に入ってから告白なんてされたことなかったからこの話は初耳だ。
「……何考えてるの、これが本物だって決まってるわけじゃ無いんだから」
そう、だからこの中の奈月くんの言葉がいかに
私の知る彼と思考が似ているからって、出来事が全部本当である保証なんてないのだ。
私は無意識にこの文書が彼のものだと信じていたこと……いや違う。
「……見た瞬間から奈月くんのだってなんとなく分かってた。彼が慌てて書いた字、汚すぎて全然読めないんだもの」
彼は不器用な上にせっかちだ。文字を書くにしてもそれは例外でなく、読まれる事を前提としない時は思考のままに書きたい事をさっさと書きなぐる。
「多分これ、読んでもらうためってわけじゃなくて、感情のままに書いたんでしょうね。……すっごい読みづらい字」
なんならたまに、奈月くん自身も解読に時間をかけるくらいだから相当だ。
「……でも、本人でも本人じゃなくても、私には関係なんて無いもの」
私は、もう彼とは離れ離れになってしまったのだから。
そう思って、この書き手がいかに『鹿宮エリス』のことが好きか書き連ねてある文章を読み進める。
「……こんなの、読んだって辛いだけよ」
私は、きっと奈月くんでは無い誰かが書いたこの文章を読んでそう吐き捨てようとする。
残りを読んだら破り捨ててしまおうと終わりの方の文章を読む。
「『僕が読んだ限りだと、エリスは恋をしたから死んだなんて話だ。……彼女がキスをした後にいなくなった事とも合致してた。でも……なんで、僕だったんだろう? きっと、僕でいいのなら、誰でも良かったんだって思うと怖くなってしまう。僕は、たまたまエリスのそばにいることができた、つまりは善良一般人。なんでなんでなんで、僕が一緒に居なければならなかったんだ』……違うわよ、バカ」
読んで奈月くんの思考に呆れてしまう。
……ああ嫌だ、この誰が書いたかすら分からない文に彼を感じてしまうのが嫌だ。
「『でも、僕と居て彼女が嫌な思いをしていなかったのならそれは幸運だ。僕も彼女も、きっと傷を舐めあいたかった。……居なくなった今なら言えるけど、別のところも舐めあいたかった』……酷いわねこの男」
とはいえ、彼は別に清廉潔白なんてことなくて、欲望にはそれなりに忠実だった。
ただ、それを外に出すのが下手なだけだ。
人に迷惑を掛けたくないなんて思考があるから汚れた思考が心の中を渦巻いている部分もあった。
このアホらしいくらいに直球の下ネタもそれだろう。
でも、彼はなにかをトレースして言葉を言うのが好きで、きっとこれも何かの受け売りなんだろう。
……ちょっと面白いなんて感じたあたり、私も感性が彼に似ていると感じた。
「『でも、卑怯だ。エリスは卑怯だ』……唐突ね、この男」
そんな風に続きを読む。もう、文の残りは少ない。
「『なんで、僕に言わせないんだ。もっと罪悪感を感じさせろ。自分に傷をつけるんだったら自分一人で抱え込むな。あんな傷ついた、表情で別れて。……なんで、自分のせいにしちゃうんだ。僕は、自分から告白するべきだった。気持ちを誤魔化すべきじゃ、なかった』…………んっ!」
私は一人で変わらず文を読み上げる。
なにか、涙が出ている気がするけど、気のせいだ。
こんな、彼をトレースしただけの文章に感情を動かされるはずがない。
言葉を伝えずに奈月くんと別れてしまえば、恨まれるなんて想像がついていたはずなのになんて後悔。思ってなんて……いないんだ。
「『だけど、エリスが最後に転生する時願ったなら。きっとこれは僕の義務。君に、伝えたい事がある。……好き、なんて当たり前のこと言うまでも無いし、そんなの僕のエゴだ。……それは、どうでもよくて、エリスがずっと無事でいるようにって僕は願うよ。……君が無事に、異世界で頑張れますように』……どうでも、よくなんてない」
私にとってはきっと一番それが大事。
彼が私を好きでいてくれた。……ううん、自意識過剰なのは分かってるけど、彼が私を好きでいてくれること。
その事が一番嬉しい事。
それが最後に彼の言葉は終わった。
「っ、バカ」
私は、こんな文章の事忘れてしまうべきだって思って読み終わってすぐ破り捨てる。
「……ズルよ。チートよ、そんな言葉。……言われたら、行動せざるを得ないじゃない」
私はこのくだらない戯言の書かれた文……いや、そんな言葉で誤魔化すべきじゃない。
この、『私のためだけに書かれたこれ以上ないほどに尊い文』を読んで……馬鹿みたいに強い力が心の奥底に宿るのを感じる
「……絶対に魔王を倒して、戻る。奈月くんにまた、会うの」
なんて自分勝手な思考をする。
「……異世界に来てまで与えて貰ってばっかりなんて、卑怯じゃない」
私は自分のその発言に、私が奈月くんに一方的に応援されていることに気付く。
奈月くんは、世話を焼くのが好きなのに、一歩引いた姿勢でしか人と関われないなんて難儀な性格だった。
だから、しょうがないといえばしょうがないのだけれど、私は別のことを思う。
奈月くんだけに何かをさせるなんて私は許せない……いや、彼自身が許せないと思って、呟く。
彼は人が出来ない事を自分の責任にしてしまう。
だから、私が異世界で上手く生きられなければ彼は物凄い悲しむだろう。
「自分だけが前に進んで、後ろの走者が居なくなってるなんて奈月くんは絶対認めないから。みんな、おてて繋いでゴールが彼は大好きだから」
だから、奈月くんの思いに応えるべく、私は思う。
この世界も、人間も、魔物も魔王も……私も、貴方も。
全部、平和にして元のの世界に帰るんだ。
「ねえ、奈月くん? 貴方に応援してもらえれば私は無敵なの、知ってた?」
二重の意味を持って、私は一人でそう言った。
彼の本音を覗けて嬉しかったはずなのに、なぜか目からは大粒の水がこぼれ出していた。
これはマジで酔っ払って書いたので怪文書の可能性が高い




