デートのお誘いは理由を付けて
麗さんが転校してきて四日目の放課後。金曜日の事である。
今は図書室で僕と麗さん二人で委員会の仕事をこなしているところである。
金曜は変わらず、サボリ魔の後輩と僕の当番らしく、つまりは仕事をしようなんて図書委員は僕だけだ。
……麗さんは僕に付き合ってくれているけど。
とはいえ、明日が土曜日で休みだ。
そもそもの図書室を使う生徒が少ないのにそれに輪を掛けて人がいない。
具体的にはこの前も来ていた後輩の女の子……僕にラブレターをくれたという子しかいない。
金曜日なんてみんな早く帰って休みたいなんて考えが強いのだろう。
だから、正直、僕もサボってしまっても何も問題はないくらいである。
それに比例して、やる事も当然無くてさっきから、図書室にある数少ないラノベを読んでいる。
十年くらい前やそれ以前のラノベまであるので、読んだことが無い本を探して読み進める。
……とはいえ、そろそろ図書室のラノベは全部読み終えてしまうが。
麗さんも暇だからなのか、小説を先程からずっと書き進めているみたいで、さっきからノートとずっと格闘を繰り広げている。……なんだこの表現?
しかし、普段の麗さんは冷めた……というかムッとしたような表情なのだが、それを書いている横顔を時折見るととても情熱的で一心不乱にずっと作業を続けている。
僕がまた一冊を読み終え、本棚へと本を返しに行って、図書室のカウンターへと戻った、そんな時麗さんはにらめっこしていたノートから目を離していた。
「お疲れさま。一旦終わったの?」
そんな風に僕が質問すると彼女は首を横に振る。
「……いつの間にか、区切りの良いところまで書き終わってたみたい。……覚えてないんだけれども」
彼女はそう言って僕にノートを差し出してくる。
「はい、これ。次は奈月の番。約束でしょ? 小説の中の『坂川奈月』はあんたが描くって」
ニッコリとわざとらしく微笑んで彼女はそう言った。
まるで書いてみろと言わんばかりの挑戦的な姿勢を感じる。
「……なぜ、そんなにプレッシャーをかけてくるの? ……いや書くよ? 書くけどね?」
僕は文句をつけつつ元々自分で書き出した事だし、彼女の文を見てみたいと思うので続きを書く事を決意する。
帰ってからゆっくりと読もうと僕は鞄にノートをしまう。
そんな僕に対し、麗さんは疲れ切った表情で語ってくる。
「……読み返して見ると分かるわよ。 『鹿宮エリス』がどれだけ、『坂川奈月』の事が好きかってね。……それと、あんたの言葉がこの女に、どれくらい意味を成したかって事をね……」
僕はその言葉を聞いて読みたくなる気持ちをぐっと堪える。
今読んでしまうと、何度目か分からない涙をまた流してしまいそうだから、家に帰ってひっそりと読まないと、なんて意識を持つ。
「……ほんと、羨ましいわよこの女。どれだけ奈月に依存した生活してたんだか……」
何事か麗さんが独り言を言う。何を言っているかよく聞こえなかった。
しかし、この一週間ほどで麗さんも独り言大好き人間、いわゆるヒトリゴターな事を僕は学んでいた。
なので今更何を言うでもなく彼女が何を言っていたか聞き返す事もなく、気にせず流す。
「じゃ、そろそろ帰って、残りの仕事は明日の当番に任せようか。流石に早く帰らないと如月さんが心配しちゃうよ」
放課後の図書当番……と言っても普通は二十分もやれば大体の仕事は終わるのだ。利用者が少ないからね。
と、そんな時今日の図書室最後の利用者、つまりは件の後輩が本を持ってくる。
僕達にとってもこれが最後の仕事になりそうだ。
「あの……これ、返すのと……この本、借りたいです」
そうやって彼女は弱々しく言ってくる。
「分かりました。うん、そっちに返す本出して、この前と同じように名前とクラスさえ書いてくれれば大丈夫ですよ」
僕はそれに出来るだけ分かりやすく説明しようと努めて言う。
彼女は首を縦に振って頷くと、図書室備え付けのボールペンを持って貸し出しカードを用意し始める。
僕は後輩のそんな様子を見て、麗さんに小さな声でお願いする。
「麗さん、貸し出しカード、『あ』の作家の所に入れといて貰っていいかな? 僕は返して貰った本、棚に戻しとくから」
そんなお願いに麗さんは快く答えてくれて、すぐに作業に移ってくれる。
そんなだから僕はすぐに返された本の手続きを終えられてスムーズに仕事を終えられた。
そして、僕が帰ろうと準備を始めた、そんな時のことである、麗さんが急にこちらに疑念を向けてきた。
「奈月って本当にエリスって子以外に友達いなかったの? 見た限りでは普通に色んな人と話してるじゃない、ロリコンとか楓とか……あの後輩とか」
「楓……? あ、霜切さんの事か」
「……仲良い女子の名前くらい覚えときなさいよ」
そんな事を言われても困る。
名前を覚えても何も使う事なんてないのだ。……名前で人を呼ぶのは恥ずかしいからね。
ちなみにロリコンについては何を言うこともないが六角くんのことだろう。お互いの共通認識である。
「でも、私のことはすぐ名前で呼んだじゃない」
「麗さんは両親とも同時に会ったから……まあ、そう呼ばざるを得なかったかと言うか」
「ふーん、そうなんだ。……でもそう言う関係じゃないはずなのに、あの子のことエリスって呼んでたのよね?」
なぜそれを知って……なんて聞くまでもなく、小説内に僕がそう書いていたからだろう。
「うん、そうだね」
「なんであの子だけ特別だったの? 楓とだって仲のいい関係だったって話じゃない」
……彼女のその言葉に、僕は戸惑う。名前で呼ぶなんて行為にそこまでの意味を感じた事は無いからだ。
でも、多分エリスに『エリス』と呼びかける事と、霜切さんに『楓』と呼びかけるのでは明らかに前者の方が間違いなく簡単だ。
僕は顎に手を当てて下を向き、じっくりと考え込む。
「……行動から考えてる事が分かりやすいわね……。ほんっと馬鹿真面目」
そんな僕の姿を見て、麗さんは言ってきた。
僕は大きくかぶりを振って答えた。
「まさかまさか、僕に真面目さなんて欠片も無いって」
「そういう答え方もいちいち演技がかってて模範的よね。……律儀というかルールに従わないとって強迫観念があると言うか」
「……うん、自覚はしてるけどね」
「なんとなく分かるわ、その演技っぽいくせに、本音丸出しのアンバランスさにエリスも惹かれたんでしょうね。……私もそうだから、なんて言いたくは無いけど」
最後の方は聞こえなかったが、彼女の言いたいことはなんとなくわかった。
……なんというか、彼女が小説を書いていて人間観察が上手だからなのか僕が分かりやすいからなのか、一週間もしないうちに僕の内面が見通されてしまったような気がする。
「……ねえ、明日、神社に行ってみない?」
そんな時、唐突に彼女がそんな事を言ってくる。
彼女は続けて喋って来て、
「あんたの知ってる『エリス』と小説の中の『エリス』が等しいんなら、彼女は神頼みを行ったはず……神社でかどうかなんて分かんないけどね」
確かに、小説の中でエリスは恋がしたいと神に願ったって言っていた。
そういう場所なら神社は適切な場所だと言える。
「この近くにそう言う神社があるかどうかなんて分からない。でも、あんたがあの子に会いたいんならすぐにでも動くべきだと思うの。明日は土曜日だしね」
麗さんの言うことは確かに理にかなっていた。
僕はそれに同意して、首を何回も縦に振る。
「うん、うん、やってみよう! ……ごめんね、こんな妄想につき合わせちゃって」
僕は感謝と謝罪を同時に覚えて複雑な気分になる。
そんな僕を見て彼女は顔を綻ばせる。
僕の為なのにこんな嬉しそうにしてくれるのは、ちょっと不思議だけど、嬉しそうにされて悪い気分はしない。
「いいの、これは私のエゴだもの。……奈月にとって、どれくらいエリスが大事かって理解しないといけないと思うからね」
また何事か独り言を呟く麗さん。
僕はその事を気にせず、そのまま帰ろうと彼女に提案する。
「じゃあ、明日に備えてすぐ帰ろうか」
「そうね。如月も心配してしまうものね」
そうやって僕たちは、もはや日常の一部分と化した一緒の下校を始めるのであった。




