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はじめての協力者

 九月、夏と秋の狭間で日の落ちる時間も短くなる時期だ。

 図書委員の仕事が終わって時刻は午後五時過ぎ。

 夕焼けが赤く通学路を染めるさまは、間もなく夜を迎えようとしている事を象徴するようだ。


 そんな中僕は麗さんと二人で通学路を歩いていた。


「今日一日だけでなんか色々あったね。……いきなり、二人が婚約関係だって麗さん明かしちゃうし」

「誰かさんは、現実と妄想の区別がついてないような妄言吐き出すし?」

「なんだかんだ六角くんみたいに良くしてくれるクラスメイトも出来たし」

「……あんたに告白したって後輩も現れた訳だし」


 それに関しては本当に覚えがない……というか、今ここに居る僕はその出来事を体験していないから仕方ない。


「……ねえ、ほんとなの? 私の書いた物語に出てくる女の子が、あんたの友達だなんて」


 今日の出来事を受けてだろうか、麗さんは僕が昼休みに伝えたことが果たして本当か確認をしてくる。


 僕はその言葉を完全に正しいと認めるのも何かおかしな気がして、自分の考えを伝える。


「正直、分からないんだ。たまたま麗さんが似せて書けたなんて偶然もあるかもしれないし。……けど、僕には彼女と一緒に過ごした記憶がある」


 そこまで話をして次の言葉を考える。

 ちょうど信号が変わり時間もあったからだ。


 思考をしていると、自然と目が空の方を向いて行く。


 赤いな、なんて単純な感想を持った。


 そのまま、空を見て数秒くらい考え込んだと思う。もっと長かったのかもしれない。


 けれど麗さんはその間、僕の言葉を待ってくれていたみたいでこちらを見上げるような形で黙っていた。


 僕は顔を下げて麗さんの方を向いて再び長々と話し出す。


「証拠を出せ、なんて言われても、彼女のいた証拠の物なんて見つからない。だから、僕の記憶と経験しか彼女がいた事を示せない。きっと客観的に見れば異常な事を言ってるだけになるのも認めるよ」


 そう言って、麗さんに言い訳じみた言葉を伝えた。


 麗さんはその言葉を聞いて思うところがあるみたいで、そのまま顎に手を当てて考え込む様子を見せる。


 僕もそれに合わせて彼女が何かを喋り出すのを待つ。


 信号が青になる。けれど、気づいていないのか、麗さんはそのまま立ち止まって考えを続けているようだった。


 そして、しばらくして彼女は話し出す。


「……あんたさ、その子の事、その……まだ好き……なのよね?」


 そうやって、こちらに質問をしてきた。


 ……麗さんは、婚約者だ。


 僕が知らぬ間にそうなっていたとは言え、彼女は僕と結婚する人なのだ。

 彼女がこっちに引っ越してきたのだってその為で、きっと僕はそこに誠意を持って答えないといけないと思うのだ。


 ……だから、この言葉に『はい』なんて言葉を返すのはきっと問題がある。

 まさか、婚約者の前で『あなたより好きな人がいます』なんて返す訳にはいかないだろう。


 だけど、僕はエリスが消えたことを確信してしまった時、辛かった、悲しかった。


 一人で泣いて夜を明かしてしまうくらいには。


 だから、自分の思う事を彼女にいっそ自分勝手と思うくらいに伝える事にする。


「……うん、好きだよ。この先、彼女以上に好きになれる人がいるなんて思えないくらいには、好きだ。二人して中途半端に気を使って距離を微妙に置いて、けれど、その関係が僕たちにとってとっても居心地が良いものだった。……それに、最後にエリスの気持ちだって確認できた」


 そうやって言うとまた彼女が消えた事に意識が行って泣いてしまいそうになる。


 涙を堪えるため、麗さんに顔を見られないようにするため、僕は再度顔を上に向ける。

 空の赤色が滲んで見えて、その事に自分が泣きそうな事を強く自覚する。

 胸に手を当てて、何度も落ち着けと心の中で唱える。その自分の行動でさらに動揺を強く実感する。


 気付くと信号は再び赤になっていた。


「……そんなに、一緒に居たい人だったのね。ほら、これ使いなさい」


 そう言って麗さんはポケットティッシュを手渡してくる。

 僕はそれを受け取ってから自分の頰に涙が流れてしまっている事に気付く。

 彼女に感謝しつつ、僕はティッシュで涙を拭いた。


 彼女は僕が涙を拭いたのを見てからまた喋り出す。


「私ね、一応あんたの婚約者って立場だし、あんたの事も嫌いじゃない……好きかどうかなんて、まだ分からないんだけどね。だから、本当はそういう事を言われちゃったら、悲しんだり、怒ったりするべきなのかもしれない」


 彼女の言葉に間が空く。


「だけど……あんたのいう事が完全に納得できない訳じゃない」


 麗さんはそう言って鞄から一冊のノートを取り出す。

『異世界でもひとり』とタイトル部分に書いてある。


「これを書いた時の私の記憶は曖昧なの。まるで自分じゃない誰かが書き進めているみたいに、すらすらと言葉が、小説の中の『坂川奈月』に向けた想いがどんどん溢れ出てくる。……きっとこの小説があんたの想い人がいた証拠」


 そう言って彼女はさらに続ける。


「私は……会って間もないけれど、あんたの事が、す、す……少なくとも、嫌い……じゃない。こんな性格の私に気を使ってくれて。……それに、今のあんたは分からないだろうけど、あの時の事もあるし」


 麗さんは意味深な事を言いつつも、それには触れずそのまま喋り続ける。


「そういうのがあって、結婚する事に文句を付けるつもりも無い。……けど、あんたが納得できないまま、その子を選べないままに私と結ばれるのって卑怯な気がしてしまうの」


 そう言って麗さんはまだ喋る。


「だから、だからっ! ……だから、私がまた、あんたをその子に会わせてあげる! ……あんたが、その子にまた好きって言えるように協力してあげるの」


 落ち着いた様子からだんだんと興奮した様子になって、麗さんは言い切る。


 僕はその言葉に彼女が真っ直ぐで純真な人なんだって思えて麗さんを素敵な人だって再認識する。

 僕のわがままな想いに付き合ってくれて、寄り添ってくれようとしているみたいで、申し訳ないと思ってしまう。


 ……けれど、僕は彼女の書いた小説にきっと何かの意味はあると信じているし、彼女が全く関わりがないとも思えない。


 僕はそう思って、麗さんにわがままに頼む。


「もう一度、あの子に会いたいんだ。手伝って貰っていいかな?」

「……もちろん、手伝うわよ。……会った事もない、消えてしまった無敵の死者なんかに負けるのは嫌だもの」


 後半は独り言みたいに何を言っているのか分からなかったけれど、麗さんはエリスを探すのを手伝ってくれるみたいだ。


「じゃあ、改めてよろしくね。麗さん」

「……そんな事改めて言う必要もないと思うんだけど。よろしく、奈月」


 麗さんは突然呼び方を変えて僕を名前で呼んでくる。


「……名前で呼ばれるなんてないから恥ずかしいよ」

「関係性が変わったんだから、けじめみたいなものよ。奈月……うん、奈月」


 そう言って麗さんは何が面白いのか軽く笑う。


 気づけば、信号はまた青に変わっていた。

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