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火曜日の図書当番

 昼休みが終わり五、六時間目の授業もつつがなく終わる。

 結局、何事も無く僕たちは授業を終える。


「あんた部活ないんでしょ? 帰るわよ」


 隣の麗さんは一緒に帰る気満々で、こちらに向かってそう言ってくる。


「……あー、そうなんだけどさ、図書委員の仕事があるんだ」

「そうなの? じゃあ私も行くわ、どんな本があるか見たいし」

「麗さんが好きそうな本は大した種類は無いけどね。借り方とか教えるよ。来たばっかりで分かんないでしょ?」


 図書委員は放課後か昼休み、どちらかの時間を週に二回、受付や返却の手続きの仕事をする必要がある。


 金曜日いつもの如くサボって来なかった後輩を差し置いて、僕は一人で仕事をしていたが、それの事だ。


 ……金曜って珍しくエリスは図書室に来てたよね? 全然、喋った覚えがないんだけど、なんでだろ……? 司書さんと僕が話し込んでたわけでもないし……。


 まあ、あの時は昼休みにエリスと色々あったから、純粋に僕が呆けていたのかな。


 とにかく、僕は役割を果たすべく、麗さんは本を見に行くために、二人して図書室へと向かった。


 *


「デュフフ、天使たん……と坂川殿ではございませんか。我輩の居城へようこそ」


 図書室には魔物が居た。

 僕はその魔物に立ち向かうべく、始めに和解を目指して言葉をかける。


「えっと、ロリコン君、なんでここにいるの……?」

「言葉選びが直球すぎるのでは!? 小児性愛みたいに遠回りに言って欲しいのですが!?」

「それも直球だと思うけど……」


 漢字を使えば回りくどい表現になる訳ではないと思い目の前の男に僕は突っ込む。


「えっ……キモっ……」


 男の様子に麗さんが衝撃を受けたように口元を手で抑えながら愕然とした様子で呟く。


 しかしそんな様子にロリコン……クラスメイトのその男は気にした様子もなく朗らかに笑って返す。


「うほぉ、もっと言ってくだされ。我輩、罵られるのは非常に好きですぞ」

「きみ死んだ方が世の中のためだよ……」

「坂川殿まで罵倒を下さるとは。しかし、我輩その手の言葉には慣れています。我輩は生きとし生けるもの全てツンデレだって信じてるのです」

「……これ、人間なのかしら? 理性が感じられないのだけれど」


 僕たち二人ともこのロリコンにろくでもない印象を持って、互いに見つめ合い無言で頷きあう。


 しかし、この男がロリコンなのは事実だろうが意図してキャラを作っている部分もあるのだろう。


 ……だって、こんなキモオタまっしぐらな言動をしているのになぜかワックスで髪を手入れしている。……掃除される床としての自覚があるだけかもしれない。


 不潔な印象を与える事のないようにひげも剃っているし、眉も整えて見た目の清潔感には気を使っているように見える。……庭の芝のコスプレが趣味なだけかもしれないけど。


 いや、見た目だけを見ればまともというか……爽やかな好青年と言った出で立ちをしている気がする。


 今朝もクラスに居たが、彼はクラスメイトでたしか名前は『六角 理男(ろっかくりお)』

 クラスメイトとは言っても僕と彼の接点なんてあまりない。


 ただ、向こうとしては男友達のいない僕に結構気を使ってくれてるみたいで、移動教室や体育の空いた時間など話しかけてくれることも有った。

 まあそれは、彼の人当たりが良いからという所が大きいのだろうけど、そんな訳で僕はこのロリコンにそこそこ良い印象を持っていた。


 しかし、僕は六角くんがなぜここにいるのかなんて分からなくて、彼にその事を訪ねてみる。


「ところで、なんでここにいるの?」

「をほん、おほん、なんたる不義理……我々、元々同じ時間の仕事だったではないですか」

「そう、だっけ……?」

「その忘れ方、素直に違うよと言われるより傷つくのですが!?」


 いや、クラスに図書委員が二人いたのは、そうなんだけど……元々は僕とエリスだったはず。

 だけど、僕とエリスの仕事の日は別で……ん?何で別になってたんだっけ……?


 金曜に一緒だったのはサボって一回も来ない後輩で、火曜日の仕事もその後輩と一緒…… 。

 あれ、火曜日、で合ってるよね? なんか月曜日に当番をしてた覚えがあるんだけど……?

 でもまあ、世界が歪んだんだから、そのくらい出来事が歪む事だってあるよね。


 そんな時、制服が引っ張られる感覚が背中に感じられる。麗さんだ。


(また、さっきの話? 記憶がごちゃごちゃになってるってやつ)


 そうやって小声でこちらに向けて耳打ちしてくる。……麗さんの背が低いので、耳打ちしようとすると僕が頭を下げねばならず、内緒話をしていると一発でわかってしまう。


 僕がその言葉を受けて首肯だけで彼女の言葉を認めると、そんな様子を見て六角くんが何事か言ってくる。


「……その様子、やはり二人はただならぬ関係なのですな? くぅ〜我が天使に想い人がいるのは悔しいが、我輩は天使の意思を尊重するのみ! 大人しく身を引きましょう」

「……いや、違うわよ。親が決めた事だから仕方なく。別に私はこんな奴…………そんなに好きじゃないんだから」


 そうやって六角くんの言葉を否定する麗さん。言い終わってから、こちらに何か反応して欲しそうにじいっと見上げてくる。


 僕は彼女の言葉を否定するのも肯定するのも気が引けてしまって、その場を取り繕おうと話題を変える。


「ま、まあその話はまたの機会にする事にして、今は仕事だよ、仕事!」

「誤魔化したわね」

「話題を変えるため、必死ですな」


 取り繕えなかった。

 しかし、僕の気持ちを尊重するためだろう。六角くんは仕事の話に移る。


「まあよいでしょう。昼休み以降に返された本が数冊に、貸出手続きが恐らくあと数人。あとは延滞のリストアップが一週間ほど行われていないようですので我々でやりましょう」

「……あんた、案外いい奴ね」


 僕の無理矢理な話題転換に付き合ってくれた六角くんに対し、麗さんはそう言う。


「お、惚れましたかな? 寝取られ展開ですかな? 仲のいい友達から寝取るのは本意では無いのですが……」

「頼むから死んでくれないかしら……」


 麗さんは呆れたようにそうやって言う。

 なんとなく今のも場が静まらないような彼なりの配慮だと思い、僕は彼が言動より大分まともな事を実感する。……性癖は知らない。


 そんな折、図書室のカウンターにひとりの女の子が本を持ってくる。返却ならば返却用の箱に入れるだけで良いので、貸し出しだろう。


 とは言っても別に貸し出しに対して僕たちが何かするなんてこともないのだけど。

 ただ借りる人がクラスや名前を書いて、あとは本の後ろに付けられた貸し出しカードとまとめて提出。

 それを僕たちは回収して諸々の作業をこなすだけ。

 まあぶっちゃけこんな作業に二人もいらないけど、話し相手がいた方が良いってことや、部活の都合などを考えて当番は二人になっているらしい。


 そんな風にぼんやり考えていると女の子が貸し出しカードと名前を書いた紙を纏めて出してくる。


「……お、お願い、します」


 礼儀正しくこちらに頼むようにその子は言ってくる。見たことのない顔だ。

 メガネをかけて、肩の後ろまで髪を伸ばした女の子。大人しくて動作がぎこちない。


 後輩の子だろうか? 同学年ですら顔を覚えていない人間が大多数の僕だが、この子は見たことすら無い。それに先輩ならもう少し堂々としている気がする。


 僕は彼女の出したそれを確認して抜け漏れがないか確認する。そんな僕を見て彼女は待ってくれている。


 別に律儀に待ってなくても、後からこっちでチェックするから、帰っていいのにななんて思いつつ。抜け漏れが無いことを確認した。


 そのことに安堵したのと、彼女がわざわざチェックしている間、待ってくれたことに対する感謝という意を込めて努めて笑顔で話す。


「わざわざ待ってくれてありがとうございます。大丈夫、特に問題は無いです。返却日、忘れないように気をつけて下さいね」

「はい。 ……いつもありがとうございます、坂川先輩」


 そういうと彼女は何が嬉しいのか軽く微笑んで返してきて、お礼を言ってくる。

 しかし僕はその言葉に疑問を持つ。


(いつも……? 見たことない顔だと思うんだけどなぁ……)


 まあ、今更だ。数日間で人との関係が変わる、なんて特別なことでは無くなってしまったからね。


 そうやって彼女が図書室が出ていくと同時に持っていた貸し出しカードを所定の位置に入れておく。


 それとほぼ同時に六角くんから声がかかる。


「あれ、例のあの子、帰ったんですな」

「ん、例のあの子って何よ? 私、こいつに友達なんていないって聞いてたから、そういうのじゃ無いのよね?」


 たしかに僕も例のあの子なんて言われる要素を彼女が持っているとは思えなかった。

 強いて言えば優良図書室利用者ということくらいだ。


 だが六角くんはそのまま続けて。


「ふっふっふ。天使殿、聞いて驚くなかれ!」

「……その呼び方、やめてくんないかしら?」

「……しょうがないですな。桜ノ宮殿! あの娘はなんと! 坂川殿にラブレターを渡した御仁になるのです」

「……え、あの子が? 私、そんな話初耳。ねえ、そうなのあんた?」

「えっ、あっ、そ、そうなの?」


 僕はその言葉に慌てて返す。

 ……自分の記憶と現実に乖離がある事にいい加減慣れろと自分ながら思うのであった。

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