↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/93

客観的には記憶喪失となんら変わらない

 みんな隠し事が上手だ、なんて何回思ったか分からない。


 例えば相手の事が好きか嫌いかとか思っていてもみんな表情には出ているように見えない。

 ひょっとすれば出ているのかもしれないけど、僕から見ればさっぱり分からない。


 でも僕は、相手に対する思いが隠せないみたいで、つまらない時にはつまらない顔、楽しい時には満面の笑顔。


 おそらくだけど、初対面の人であっても僕の感情を読み解くことは簡単だろう。

 それが、そこそこ付き合いの長い人間となればなおさらだ。


 だから僕は、霜切さんに『忘れてる事でもあるの?』なんて事を見抜かれてしまったのだろうし、きっと僕はその言葉に対して誤魔化すことも出来ない。


 ……それに、もう一人で想いを抱え込むのも限界が来てしまいそうだったから。だから、ちょうどいいタイミングとも思った。


「ごめん。急に訳わかんない事聞いちゃって」


 僕が黙っているとそうやって、霜切さんは申し訳無さそうに手を合わせて謝ってくる。


 僕はそこで意を決して、首を横に振って話し出す。


「ううん、僕がいくつか物を忘れてるのは事実よ」

「そうよね、私がこっちに来るかもしれないなんて話も忘れてたのよね」

 

 麗さんが横槍を挟む。

 僕はその言葉に頷いて、答える。


「麗さんのその話を含めて僕は記憶が無い……ううん、別の記憶があるんだ」


 そう言って二人へと話したいことを話し出す。


「まずさ、麗さんが婚約者になった話かな。正直にいうとさ、僕は知らなかったんだ」


 その話を聞いて麗さんは驚いた様子でこちらに聞き返して来る。


「……どういうこと? 親から話が伝わっていなかったのかしら」

「いや、違うんだ。多分、話は伝わってたはずなんだ」

「だったら何で……」


 伝えるべき事はいくらでもある。

 三日前以前の記憶が今の状態と食い違っている事。

 周りにいる人との関係がすり替わっている事。

 僕自身の立場が、育った家が変わってしまった事。


 何から言った方がいいか分からなかった。

 だから、僕は全部を話すことにした。


「僕は、三日前まで『鹿宮 エリス』の友達だったんだ」


 急に訳のわからない名前を出されて、霜切さんは首を傾げる。……また彼女の事を覚えてない人が確認できて寂しくなってしまう。


 けれど麗さんはそれに思うところがあるようで、顎に手を当てながら考え込む素振りを見せる。

 そして、疑問を僕にぶつけて来る。


「……ねえ、ひょっとして記憶がない事と、あんたがノートに書いてたあの文章と何か関係あるの?」

「うん、そうだね」


 僕は関係無いわけが無いと思っているから、彼女の質問に肯定で返す。


 あの文章とは麗さんの小説に僕が勝手に書き足したエリスへの告白だろう。


「多分……二人とも信じられないだろうけど、麗さんの小説に出てくる女の子、エリスは元々、現実にいたんだ。……いた、はずなんだ」


 僕は断言してから、自分が妄想を現実と勘違いしている痛々しい人間に感じてしまって、自信なく言い直す。


 そんな風に僕が発言すると二人とも気が触れたかみたいに


「……色々、納得いかないね。坂川が私以外の女の人と仲良くしてるなんて、図書室の司書さんくらいしか見たことないし」

「私はあんたに会ってまだ三日しか経ってないからなんとも言えないけれど……物語の登場人物に思い入れが強くあるようにしか見えないわ」


 当然、納得してもらえるはずもない。

 二人はそう言ってから僕の弁解を待つように黙り込む。


 気づけば昼休みも残り五分、人の喧騒から離れた場所にある空き教室を静寂だけが支配していた。


 僕は喋る言葉を考えようと天井の方を向いて、ゆっくりと息を吐く。


 そして、そのまま顔を下ろすと彼女たちの方を向いて話し出す。


「うん、おかしな考えなんてわかってる。普段、僕だってそう言うオカルト話は馬鹿にする方だし、この考えがイカれてるのは理解してる。……だけど、小説の中のあの子はあまりにもエリスにそっくりだった」

「それは、偶然あんたが知ってる名前だっただけ……」


 僕は無言でゆっくりとした頭の動きだけで彼女の言葉を否定する。


「ううん、あの子は間違いなく僕の知ってるエリスだった。毎日を淡々と過ごして、独り言が癖で……坂川奈月のことが好きだった」

「……でも、根拠なんてそれだけじゃない」

「いや、それだけじゃ無いんだ。小説の中の彼女も、僕の知っている彼女も……坂川奈月にキスをして消えた。きっとこれが、一番意味のある証明」


 僕はそう言い切ってから、言いたいことが何か思い出そうと一旦下を向いて落ち着く。


「ほんとはね、僕は御曹司じゃなかったし、メイドと一緒に暮らしてもなかった、もちろん麗さんと知り合うなんて事は無かった。昼休みはエリスとふたりでご飯食べてたし、霜切さんとは数学の時間くらいしか話さなかった」


 そう言って僕は彼女たちに自分が陥っている状況をまとめる。


「だけど、他の人の記憶からエリスは消えて、でも自分の記憶はそのままで。……今の僕には『鹿宮エリス』が近くに居た『坂川奈月』の記憶しかないんだ」


 こんな事を麗さんと霜切さんに伝えても意味なんてあるとは思えない。けれど、誰かに理解して欲しかった、一緒に考えて欲しかった。


 抱え込んだまま自分が納得できないのは、嫌だ。


 だから、自己満足で自慰的なこの発言を偶然近しい関係だった彼女たちに話す。


「……信じられないわね。あんたからすれば、今いるこの場所がおかしいって事じゃない」


 麗さんは僕の発言を受けてそう返す。


「んー? よく分からない部分もあるんだけどさ、坂川はそのエリスって子がいない事に納得してないわけ?」

「そう、だね。大体そんな感じ」


 霜切さんは僕のとりとめのない話をなんとか噛み砕いて解釈してくれた。

 大枠は間違って居ないだろうと僕もそれを認めた。


 その肯定を受けて、霜切さんは言葉を返す。


「……だったらさ、簡単じゃない? その問題を解決する、なんて」

「……どういう事が言いたいのかしら」


 麗さんが疑問を彼女にぶつける。うん、僕も同じ事を思っていた。


「坂川が、もう一度その子に会えれば……きっとぜーんぶ解決! ……簡単な話じゃない?」


 彼女はそうやってあっけらかんと言う。


 僕と麗さんが何を言っているのか理解の出来ないとぽかんと口を開けた瞬間、その間抜けさを象徴するような、昼休みを終える間延びしたチャイムの音が響いた

婚約者の前で違う人間とキスした話をする野郎がいるらしい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。