隠せない同士な婚約者
「いや、ほんとどうしようかと思いましたよ、わたしゃあ」
「……なんの口調なのよ、それ。……文句を言われたって私は事実を言っただけなんだけど」
「いや、そうだけどね……」
事実を言えばなんでも許されるわけでない事を理解してほしい……。
麗さんが僕を巻き込んでクラスメイトの女子を敵に回そうとした時はどうしようかと思ったが、なんとか今のところ何も問題なく昼休みまで過ごせている。
今、僕たちは空き教室で昼ご飯を食べていた。
流石に教室で食べると針のむしろで、僕の精神が持たないということで、霜切さんと話して空き教室で三人、昼ご飯にしたのだ。
今は霜切さんが購買へパンを買いに行って二人きりなので、今朝の話を麗さんと一緒にしていた。
今朝の騒ぎはなんとか僕がとりなして、「そうらしいよ。親が勝手に決めたんだ」なんて言って軽く言ったのもあって、周りも軽く冷やかす程度に留めてくれた。
……ほんと、うちのクラスの大半が呑気な、いい人で助かった。こんなの原因で学校生活に問題を起こしたくはないぞ。
とはいえ、麗さんの周りにいた女子からは憎悪のこもった目で見られたけど。
まあ、元々嫌いだった連中をさらに嫌いだと確信できたので収穫があったと思おう。
僕の性格は捻くれているので、そんな意地の悪い考え方がまかり通るのだ。
とはいえ、あの手の女子たちは、女子の内では影響力が強く無敵だ。
現在問題ないからって、麗さんの言動がこれから問題を引き起こさない理由にはならないのでそれだけは彼女に釘を刺しておく。
「あのね、麗さん。僕は麗さんの本音を隠さないところ、すっごい好きだよ。だけど、ああやって本音を言われる事を不快に思う人なんて沢山いるんだ」
「でも、あの女達、自分の都合だけを押し付けてきたじゃない。あの時の状態なら、授業の準備を私がするのが最優先。違う?」
麗さんがそんな僕に言い返してくる。
あの女達という表現にはなかなか麗さんの嫌悪感がこもっていて、ああいったタイプの女子が好きでは無い事が伝わってくる。
「それは正しいけどさ、正しい論理が通じない相手だっているもん。それに大抵の場合は先に声を荒げたり、攻撃をした方が嫌われるから」
「理不尽じゃないかしら。私、絶対そんな風に人の顔色伺って生きたく無いわよ」
麗さんは強情だった。
説得も出来そうになく僕は困ってしまう。
エリスも僕も一人でいる事は当たり前だったが、別に周りに合わせられないなんて事は無かったと思う。
他人に話しかけられればそれなりの対応をして、何かクラスで企画があれば二人ともほどほどに参加する。それくらいには和を乱さない事が出来た。
けれど、麗さんは自分の考えを曲げず、他人と折り合いをつけるという行為が苦手らしい。
(尊敬できる生き方な気はするけどね。僕は我を通すの苦手だし)
エリスにさえわがままを主張するなんて無かった僕は、麗さんの自己主張の強さにいっそ敬意すら覚えてしまう。
(でも、生きづらいよなあこの性格)
どうやって周りと上手いこと麗さんがやれるか考えていると教室にもう一人人影が入ってくる。霜切さんだ。
「やっほー。今は何してたの、坂川と婚約者さん」
「……その呼び方、やめてもらっていいかしら」
「えー、桜ノ宮も麗もしっくり来ないんだもん。じゃあこの呼び方が一番しっくりくるよ」
霜切さんはあっさり麗さんに話しかけるも、反応はよろしく無い。麗さん、結構気難しいんだな。
なんで、僕は初対面の時点で普通に会話が出来たのか不思議に思いながら会話に口を挟む。
「……僕は婚約者って隠し通そうとしたかったんだけどね」
絶対にその方が面倒が少ないからだ。
「ふーん。それをこの空気の読めないロリがぶち壊したのね。……坂川、もっと怒ってもいいんじゃない?」
「黙りなさい、私の問題よ。あとロリじゃないわ」
「僕の意思はどこ……? 隠すって選択肢を一瞬で消されたんすけど……」
しかしなるほど、今更ながらここまで自分の意思を通そうとする態度はわがままと取られるだろう。
麗さんがさっさと身を固めろと言われたことになんとなく納得が行く。
「だいたい、坂川だったら別に婚約者なんて要らないんじゃない? 別に政略結婚って意味合いでもないんでしょ?」
「え? 何言ってんの?」
「あんた、全くモテない訳じゃないじゃない」
いや、何を勘違いしてるのかは分からないけれど、僕はこの学校に入ってまず女の子と話した覚えは二人しかない。エリスと霜切さんだ。
なんなら男に関して言ってもたまに話しかけられる程度だ。
何はともあれラブレターなんてもの貰ったことは無い。
「いや、ラブレターがあんたの靴箱に入ってた話、春にあったでしょ」
そんなものはなかった。……なかった、はずである。
「そうなの? ふーん、ま、別に私は気にしてないけれど、そうなのね」
麗さんはその話を聞いて全くどうでも良くなさそうに目を逸らして、口元を尖らせる。……露骨に不機嫌そうだ。
「いや、ちょっと待ってよ。そんな話……」
そこまで喋って、僕はエリスが居なくなってからの世界が歪んでしまっている事を思い出す。
(流石に、ラブレターなんて貰ったら覚えてるし、多分隠せないからエリスに話してる。そんな出来事があったら覚えてないはず無いんだ)
なんというか僕は自分がいる世界の奇妙さをどんどん自覚させられている。
つぎはぎで無理やり世界を繋げたようで、中途半端に記憶との乖離がある。
「あらあら坂川ちゃんったら覚えてないなんて不誠実! おねーさん呆れ返っちゃう」
「なにそのキャラ……」
「さっきあんたも似たような台詞吐いてたのを思い出してほしいわ……」
ところで僕は一つ疑問に思った事がある。
「ねえ、霜切さん。僕がそのラブレターどうしたかって覚えてる?」
僕はそうやって霜切さんに質問する。
彼女はその言葉に何が面白いのか笑い出すと言ってくる。
「滅茶苦茶よね。『こんなの僕に出されるなんて罰ゲームに決まってる!』なんて言ってその差出人の人間関係を調べて、問題がないか確認して。いざ、問題が無いことを確認したら『ど、どどどどうしよ』なんて言って。結局相手のことをよく知らないのが不誠実だ、なんて言って断ったんでしょ」
「なによ、その最低な男」
麗さんが突っ込む。
「坂川って嫌いになれない人に弱いから。好意を向けられた時にすっごい困ってるのが面白いの」
確かに僕ならラブレターを貰ったら間違いなくそんな反応になるだろうけど……。
「ま、今は婚約者がいるからそんな事関係ないんでしょうけど。……いや、むしろ好意に対してより困った様子が観れる……? さらに面白くなっちゃうの? やばいわね……」
霜切さんは僕をからかうようにして楽しそうに、更に喋る。
いつの間にか麗さんの話なんてどこかへ行ってしまっていた。
覚えの無い話を続けられるとどうしても記憶に綻びが有るってバレてしまいそうだと思って僕は話を切り上げる。
「まあまあ、僕の恥ずかしい話なんて後にして。今はご飯食べようよ」
「人の告白を蔑ろにした最低男……」
「その言い方はやめて……」
そんな風に麗さんと話して誤魔化そうとすると、さっきまで笑っていた霜切さんが突然こちらを不信感たっぷりに眉をひそめて見ていることに気づく。
そして彼女は僕に聞いてくる。
「……ねえ、坂川」
「ん、何?」
一呼吸、間を空けて彼女は言う。
「……あんたひょっとして忘れてる事、色々あるんじゃない?」
そう言って当たらずも遠からずな発言をして来たのだった。




