後ろめたいなら最初からやるなって話
……気づいたら、机の上で寝落ちしていた。
昨日も同じような寝入り方をしたな、なんて思いつつ最後にスマホをどこに置いたか思い出す。
この部屋にも前に住んでいた部屋同様で時計がないので、いつも通り携帯で時間確認をしようとする。
しかし、電源ボタンを押しても反応しない。充電が切れたのだろう。
「時間、大丈夫? これ」
僕はそう言ってまだ覚醒しきっておらず、眠いなんて思いながら立ち上がる。
部屋を出て時間を確認しようなんて思った、ちょうどその時。部屋をノックする音が耳に入る。
「今、行きます」
僕はドアの向こうにいるであろう如月さんに向けてそう言うと、すぐにドアを引く。
だが、そこにいたのは如月さんでは無かった。
「……おはよ。もっと早く起きて来なさいよ」
そうやって、目の前の彼女……麗さんは文句をつけるようにそう言い放った。
僕は驚いて、彼女がここにいる理由を尋ねようとする。
「なんで……」
「……私がここにいるかって? ……別に、何か特別なことがある訳じゃ無いわよ、ただ……隣に引っ越して来ただけ」
その疑問に対して彼女が返して来た答えは特別でないなんて事なくて。全く想像もできない程に突拍子も無いものだった。
*
朝、麗さんに起こされてから二十分。
現在時刻は八時十分。
まあつまり、僕が起きた時間は七時五十分だったと言うことが明らかになるのだが、そんな事は今更どうでも良い。
如月さんは朝から準備がよく僕の着替えや荷物が最初から用意されていたので、二十分もあればご飯を食べて家を出るには充分だった。
そんなこんなで今は学校へ向かうことになっている。……麗さんと二人で。
「……どんな行動力してたら、会った次の日に引っ越してもいい、なんて発想になるの……?」
「違うわよ。元々、私がこっちに来るのは確定してた事なの。ただ、一応顔合わせだけはしてからって言う事で引っ越しを今日に合わせたわけ」
「にしても、僕に連絡が来てないのはおかしくないですかね……?」
「そうなの? あんたのメイドは知ってたんだけれど……?」
そうやって言ってから、そういえば僕は金曜日以前のこの世界について認識していない事を思い出した。
おそらくそこで齟齬が生じてしまって急に麗さんがこちらに来たように見えてしまうのだろう。
(初めて会った婚約者がすぐに引っ越してくるなんて思わないじゃん……)
どうやら彼女は「婚約者である僕の近くで暮らして、一緒に生活する事に慣れる」なんて名目の元こちらに引っ越して来たらしい。
「……で、今日から、麗さんはうちの学校に通うの?」
「ううん、違う。今日はまだ終わってない手続きだけして、明日に紹介するって話よ」
「じゃあ、明日からはクラスメイトになるんだ。うちの理数科、ひとクラスしかない訳だし」
「そうね。だから今日は帰ってから、家でゆっくり荷物の整理でもしておくわ。」
今日からでないのは心の準備が出来て良いなんて思って僕は安心した。
……しかし、僕のその安心を叩き潰すかのように麗さんの言葉は続く
「……それはそうと、昨日、あんたに貸したアレ、全部読んだ? 続きを書きたいから、返して貰ってもいい?」
麗さんは突然話を切り替えてきて、昨日僕に貸した小説について話を始める。
僕はその話をされて動揺してしまう。
「よ、読んだよ」
「まだ、導入部だけだったんだけど、ちゃんと読める物だったかしら? ……どうしても、それが不安で仕方なくて、だからあんたに読んで貰ったんだけど」
「そ、そう、なんだ。おもし、面白かったと思うよ。せっ、ていが斬新だったし」
心の中の焦りが隠される気もなくぼろぼろと出て来たように、バラバラの言葉が口をついて出て来た。
僕が答えた後にも、麗さんは何事か言っているけど、僕の耳にはそんなもの入らず、焦りだけが心を支配していた。
やばい、やばい、やばい。
僕は昨日あの小説に自分の言葉を勝手に書き足しまくった。
どれくらい書いたかは細かく覚えていないが、麗さんがそこまで書いた文量と同じくらいには書いてしまった覚えがある。
あれを読んだ時、そこにエリスが居たから。
だから思いが抑えられなかったというのはあるんだ。
けれど、そんなもの当然麗さんには関係なくて、キモオタの気持ち悪い妄想と独白が綴られているだけ。
(見られるわけにはいかないんだ……)
あれは、僕が麗さんの書いたものを踏みにじった証明だから。
もし見られてしまえば麗さんを傷つけてしまうのが目に見えているから。
恥ずかしいとか怒られるとか、他にも理由は色々あるけれど。
だけど、なんにせよ、麗さんにあれを見られてしまう事は避けたかった。
避けたかった、が……。
「ねえ。私のノート、今持ってる?」
「い、いや……今は家だね。僕、の部屋の机の、上」
悲しいかな、自分に後ろめたい事がある時、僕は嘘を言う事が出来ないたちだった。
途切れ途切れに喋る僕を気にした様子もなく、麗さんはあっさりした様子で喋り続ける
「そう、じゃあメイドに言って家に上がらせて貰えば良いのね。今、連絡しておくわ」
いつの間に連絡先を交換したのか、如月さんに向け、メッセージをぽちぽちと入力し始める麗さん。
「……よし、送信っと。じゃあ回収しておくわね」
その台詞は僕にしてみれば死刑宣告みたいなもので、ただどうしようもない気分を抱える事になる。
そしてちょうどそんな状態で、
「あ、見えた。あれがあんたの通う学校なのね」
僕は学校へと到着する事になるのだった。
そろそろ一章を終わらせたい(願望)




