欠けた彼女の代わりには
学校へと着いてからも僕の焦りや後悔は留まるところを見せなかった。
麗さんとは下駄箱で別れ、自分の教室へと向かう。
(どうしよ……見られるのか、アレ)
僕の思考はさっきからずっとこれで、授業にも身が入らない。
浮足立った気分でぼーっとしていると言うのもあって、時間も気づけば早回しみたいに過ぎていく。
(もう四時間目じゃん……。死刑執行までの時間が迫ってるみたいだ……)
授業が時限で仕切られているからなおのこと時間を意識する事になってしまい、僕の心の焦りは増していく。
さて今日の四時間目、すなわち昼食前の授業は数学である。
隣の席に座るのはいつもの如く、霜切さん。
僕はその事を見て少し落ち着く。
(あ、エリスがいなくなっても、こういうところが変わったりはしてないんだ)
周りの立場や環境が変化しすぎていて、前と変わらない物事があるのに一種の感動すら覚えてしまう。
僕はそんな事を考えて、なんとか麗さんの方へ頭が回らないようにしようと思った。
……もう、この考えに至っている時点で思考がそちらに向いているのでは?
そう思索にふけりながら、手に持ったペンを弄る。
(なんて言って麗さんに説明すりゃいいんだ……)
まさか、あなたの小説に出てくる登場人物と僕は両想いなんですってか……?
なかなか、ファンキーな妄想癖の持ち主だ。
死んだ方がマシくらいには頭がおかしい。
(とりあえず、勝手に人の物に手を加えたんだから間違いなく謝るべきだよね……)
謝るのなら最初からやるなって話だけれど……。
僕だってエリスが消えた事にいくらでも文句を付けたいところなのに、その吐け口も無かった。
(そんな狂った話、まさか直接誰かに相談する訳にもいかないし……)
だから、それを書いてしまったのはある種仕方の無い行為だったのだ、と自分の精神に安定を図る為だけに考える。
なんとかそうやって僕が納得をして落ち着き始めた瞬間の事である。
「……坂川? 坂川! 当てられてる!」
気づいたら隣の霜切さんが僕に必死に声をかけているという状態で、その言葉に思考から、あやふやな現実に意識を向けられる。
「……あ! すいません! はい!」
そうやって反応が遅れながら返事をする。急に声を出したのもあっていつもよりだいぶ大きな声になってしまう。
周りが一瞬こちらを見てクスクスと笑う。そりゃこんなクソ地味クラスメイトが急にこんな声出したら面白いですよね…。
先生も少し表情に変化が見られるくらいには驚いたらしく、少しからかうような調子で言ってくる。
「奈月くん、いつもより元気ですね。その調子この問題の解き方について説明してください」
当然話を聞いていなかった僕は……
「わかりません」
という回答の元、クラスメイトをさらに笑わせてしまう事になったのだった。
*
さて時は変わって四時限目が終わり昼休み。
クラスメイトに「奈月君、わからない時だけ全力になるね」みたいにからかわれるのを少し恥ずかしく思いながら、自分の教室に戻る。
そして、弁当を食べようとエリスの方を向き……という瞬間に彼女はいない事を思い出し、仕方ないから一人で食べようと弁当を広げた。
すると丁度その瞬間、霜切さんが僕のクラスまで来ているのが見えた。
エリスほどでは無いが、彼女も目立つ、というか特徴的な容姿をしている。
ロング、というほど長く無く、ショートというほど短く無い……ミディアム、だったっけ?
とにかくショートとロングの間くらいまで伸ばした黒髪なんかはエリスとは違い目立つことも無いのだけれど、彼女はとにかく女の子にしては背が高かった。だいたい、僕と同じくらいの長さである。
そんな理由で一目見て彼女だとすぐ分かるのだ。
とはいえ、数学の時間に雑談をするなんて事もたまにあったのだが、彼女はいつも自分の教室で一人ご飯を食べるのが好きだという話をしていた。
だから僕もエリスも一緒に弁当を食べることはしなくて、今日は何か別の人への用事かな?なんて思った。
ぼっち慣れしている僕は「関係ないだろうし、とりあえず気にしないでいいか」と考えて、ひとり箸を持ち弁当を食べようと構える。
しかし、それを遮るような声が僕に向けて放たれる。
「あ〜! ちょっと、何一人で食べようとしてるの!?」
などといつのまにか僕に近づいてきた霜切さんが言う。
そして、さも当然と言わんばかりに隣の空席……元はエリスの席であったそれを動かし、僕に机を横に向けるよう促す。
僕はそれに従って机を横に向けた。
すると彼女は僕の机の正面とくっつけて、僕と向き合うように座る。
まさに、僕とエリスがそうやって昼ご飯を食べていたように。
霜切さんは空席である事になっているその机に思いっきり腰を落として僕に話しかける。
「ねえ、坂川。今日なんか集中できてなかったけどお腹でも空いてたの? 私も待たずに弁当食べてるし」
さっきの授業で僕が上の空だったからだろうか、彼女は僕に質問を飛ばしてくる。
「いや、ちょっと考え事しててさ」
それに対し僕は、別に嘘を付くところでもないだろうと思い素直に答える。
「ふーん。授業中に坂川が真面目にしてないとか珍しいね。私と話す時はよく上の空になるくせに」
「いや、別に真面目なんて事ないでしょ」
「そんな事無いわよ。だって、いつもは問題解いて先に終わらせてるし、話だって聴き逃すなんてそんな多くないでしょ?それなのに今日はあの様子だったじゃない。」
霜切さんはそうやってまくし立てて、今日の僕にある違和感についてズバズバと話してくる。
そうやってから彼女は何かに気付いたようにニヤニヤと話しかけてくる。
「……好きな人でもできたの?」
そうやって探偵気取りに、当たりだろうとでも言わんかのような表情でニヤリと邪推をしてくる。
僕は急にぶっ飛んだ発言が飛んできた事に驚き口に入っていた卵焼きを気管に詰まらせた。
「ゴホッ!ゴホッ!……は〜、死ぬかと思った……」
「大丈夫? ほら、背中さすってあげるから落ち着いて」
そういって僕のことを慮って背中をさすってくれる霜切さん。
「いや、ここまで動揺するとは思わないでしょ……まさか図星?」
彼女がこちらを少しだけ気遣う様子を見せてから、すぐに追い打ちとばかりに尋問を続けてくる。
「い、いやそんな事ないよ!? たただただた単に帰ってからの事思ってただけ!」
動揺しながら返したが、嘘はついてない嘘は。……なんでこんな誤魔化すの下手なんだろ……。
霜切さんはこちらを見て笑って言ってくる。
「坂川がその態度なら違うんだろうね。なに? メイドさんと何かあったの?」
僕の発言に対して何か腑に落ちない返しをされたものの、僕の意識は違うところに向いていた。
僕は霜切さんが如月さんについて言ってきた事に少し驚いて聞き返す。
「霜切さん、如月さんのこと知ってるんだ」
「もちろん。去年から知ってる」
当然、僕からすれば去年に如月さんと生活はしていないので、そんな事を彼女に言った覚えは無い。
なので、忘れたような振りをして煙に巻く事にする。
「あー……そんな話あったっけ?」
「……なんで、坂川って頭は良いはずなのにそう言うとこ忘れっぽいんだろ……?」
「人と会話するとそれで手一杯になっちゃうからね。覚えらんないんだ、内容なんて」
「坂川、人と話すの得意じゃないもんね」
「……逆に、なんで霜切さんはそんな高いコミュニケーション能力なのに、友達少ないのさ」
この子、間違いなくコミュニケーションを取るのは得意なタイプのはずなのだ。
コミュ力の低い僕に向けて楽しそうに話を振ってくる積極性があるんだから、苦手って事はないだろう。
だけど、彼女は不思議と友達がいない。
この学校でほかの女子を見ていると、大抵群れで行動をしている。……表現の仕方に悪意があるのは気のせいだ。
だから、そんな女子社会で友達が少ないのは珍しいなんて、エリスとふたり思っていた。
「霜切さんはなんで友達作らないの?」
……この質問、三日前にエリスにもしたなあ、なんて思い出しながら霜切さんに尋ねる。
しかし、エリスとは違い、霜切さんは極めて落ち着いて質問に切り返してくる。
「無理して学校で、友達作る意味もないからかな。最低限に付き合い作って自分が困らなければいいでしょ?」
なんというか、元々は数学の時くらいにしか話さなかったので分からなかったが、あっさりした人だ。ある種冷たい人間と言えるかもしれない。
……ではなぜ、彼女は僕と昼食を食べているのだろう? なんて思ったけれど、「友達面しないで」みたいに答えられると嫌なので、黙っておく事にする。
「でさ、はぐらかされたけど、家で何かあったの? メイドさんと禁断の逃避行? 駆け落ちしようとか?」
「なぜ恋愛から考えようとするのか……。いや、そんなじゃないよ。ただ、ちょっと人の物に酷いことしちゃって」
麗さん、という部分はぼかして彼女にそう伝える。
しかし、彼女は僕が「如月さん」ではなく「人」と言った事に感じるものがあったみたいで。
「ふーん……人の、ね。まあいいか。坂川がぼかして何か隠してるのは分かるけど、喋りたくないんでしょ? きっと」
「いや、別に……」
そうやって少し文句をつけるように言うも隠しているのは事実なので、それ以上は墓穴を掘るだけと黙り込む。
「ま、何かあったら私に相談してね。坂川、私くらいしか頼れる人間いないでしょ?」
そうやって、胸を張り自慢げにそうやって言ってくる霜切さん。
胸が強調されて胸部の一部分が膨らむのが分かる。僕は慌てて目を逸らす。
見てしまうと申し訳ない……というより、実際に意識して見ていないのに見た認定されるのが嫌だからである。痴漢冤罪みたいなもんだ。
僕は目を逸らし気味にしたまま答えて、
「……まあ、もしかしたらお願いするかもね」
そんな風に答えると、霜切さんは「お、どうしたのかな? 私の胸が気になるって?」なんて言って、こちらにさらに見せつけるように胸を強調してきたのだった。
……羞恥心のない下ネタは苦手だと、はっきりと認識できた瞬間であった。
エロ本は買う癖に下ネタは苦手な男




