奈月くんは確信する
「なんだ……これ」
小説はそこまで書かれて、続きは白紙になっている。麗さんが続きをまだ書いていないのだろう。
そこまで読み終えた僕は小説から次々と浮き出る納得の行かない事実に、ただただ不条理さを感じていた。
まず、小説の中に僕と同姓同名の「坂川 奈月」が出てきた事。
しかしこれは、元々これを書いたのが麗さんである事を考えればありえない話ではない。
例えば、これを書いた時に名前を思いつかなかったので、婚約する僕の名前を勝手に使っている。なんて言われたら納得せざるを得ないだろう。
だけれど、小説の登場人物であるエリスから見た時の男の子……すなわち、僕とは違うはずの「坂川 奈月」の姿があまりにも身に覚えのある特徴だった。
「頭が良くて、忘れっぽくて、失敗ばかり……。頭がいい事はともかく、他は一致してるよね……」
一応、僕だって成績なら、学校でエリスと並んで毎回一番と二番を独占するくらいだが、偏差値的にも五十くらいでその上小さな高校だ。そんなに誇れるものでは無い。
具体的に言うと、毎回エリスの数学の点数は五十点より下なのに、常に総合点数は学年で二番という不思議な事が起こるくらいだ。
だから、こんなので頭がいいとか自惚れるわけにはいかない。
だいたい、勉強なんてしょせんパズルだから慣れれば誰だってできるものだ。
なんなら、作業してたりすると周りの人の要領の良さに感動することの方がよっぽど多い。
「……なんて言って、書いてある事を否定したいけど、でもこれ……エリスだよなあ」
僕は自分の事を持ち上げるのも、持ち上げられるのも恥ずかしくてできないから、これを「自分だ!」なんて素直に受け入れる事は無理だ。
だけれど、こうやって自分で思いついた事に自身で笑う女の子。
端から見れば寂しい人とか痛々しい奴って思えてしまうような、独り言の大好きな女の子の事に覚えがあった。
「そうだったとしても何かあるわけでもない。これはあくまで麗さんが生み出した、創作なんだ……」
僕はそんな当たり前の事を分かっていて、けれど紛い物だとしてもエリスがここにいるのだと頭のおかしな事を思ってしまった。
「会いたい、会いたいなあ……」
その気持ちに任せるまま、小説の中の「鹿宮エリス」が物語の内の「坂川奈月」を求めたように、僕は会いたいと連呼する。
僕は作り物でもいいからエリスに会いたいなんて小説を見ながら願う。
そして、ぽつりと口から言葉が出る。
「もしも、これが本当にエリスだったら……」
そんな風に僕はふと思ってしまった。
痛々しい妄想なのは理解しているけど、もし小説の中に存在するエリスが僕の知っている彼女と一致するならば。
そうだったら、僕の都合のいいように物語を書き換えれば、またエリスに会えるんじゃないかって、そういう幼稚な発想を思いつく。
「……ごめんね、麗さん」
僕はそうやってぶち壊す事でおそらく一番迷惑を被るであろう麗さんにそうやって、独りよがりに謝る。
気づいたら僕の手にはシャーペンが握られていて、言葉を書き始めようとしていた。
けれど、何かを書こうとすると不思議な力で阻まれるように何も残す事が出来なかった。
『私は何事も無かったかのように元の世界に戻った』とか、
『私は突然もう一度転生して、また元の体に戻った』とか、
『私が見ていた世界は全て夢だった』とか、
書こうとした、だけれど全部、書こうとする瞬間に考えた事が霧散するようになって、書くことが出来ないのだ。
「……あはは、なんだこれ? ふざけてるのか? 書かせろよ、全部無かったことにさせろよ!」
僕は半ばヤケになって笑いながらそんな風に話を台無しにするためだけに文を考える。
でもやっぱり、そうやって夢中になっている僕を嘲笑うかの如く、物語を壊してしまう事は出来なくて。
僕はこうやって不自然な形で辻褄の合わない文章を書けない事実が、エリスが消えた原因がここにある証拠なんだって勝手に確信して呟く。
「……やだよ、お互い好きだって言ったじゃん。この中で僕に恋してるってアホみたいに恥ずかしいこと言ってるじゃん」
なんで、僕も彼女もお互い好きだってわかっているはずなのに会えないのか。
なんで、こんな紙束でしか彼女がいる事を証明できないのか。
そんな事を思っても、僕の望むように話がねじれてくれるわけでも無い。
僕は理不尽だって分かっているし、誰に対してって訳でもないけれど怒りを吐き出したくて、一人寂しく激昂する。
「いいよ……じゃあいいよ! 僕だって考えがあるんだ!」
もし、物語をめちゃくちゃにしてしまうような文章が書けないのであれば。
もし、物語に矛盾しない内容がこの小説に付け足せるならば。
……僕は一つ、絶対に矛盾しない内容を付け足すことが出来るはずだ。
僕は辻褄の合う話を書くべく、それを書き出す事にしてみる。
「坂川奈月」の告白だ。
こいついつも一人で喋ってんな




