どこかの誰かの異世界転生
「ねえ、聞いてた? 私の書いた小説、読んでって言ってるの」
何も返事をしない僕に対して麗さんは再び同じ事を言ってきた。
流石に二回目と言うこともあって我に帰った僕は麗さんに尋ね返す。
「……小説ってどういう事ですか?」
「どういう事も何も、そのままの意味なんだけど。私、小説書いてるのよ。……だけど、そういうのに興味ある友達もいないし、周りの人に読んでもらうのも恥ずかしいから……」
「だから、ライトノベル好きだって理由で僕に読んでくれっていう事ですか?」
「そ、あんたなら書いてる事を馬鹿にせず純粋に感想をくれるかなって思って」
そう言ってから自分の荷物を探り出し、そして一冊のノートを僕に差し出してくる。
恐らくタイトルだろう、表紙には『異世界でもひとり』と書いてある。
「……『咳をしても一人』みたいなタイトルしてますね」
「そうね、国語の教科書で読んだの見ていいなと思ったから真似したの」
ライトノベルのタイトルにはよくあるパク……オマージュである。とはいえ、そんなそっくりそのままってタイトルでは無いけれど。
「異世界モノですか」
「まあそんな感じ。とにかく、読んでみて」
僕は異世界物に行くみたいな系統のラノベはたまにしか読まないから、新しい物への挑戦という意味では新鮮味半分、つまらなかったらどうやって反応返せばいいんだろうと不安を半分それぞれ抱える。
そんな気持ちを抱えながら、僕は彼女の描いた世界へ飛び込むのだった。
*
気づいたら私の意識は白い光の中にあった。
最後に残っているのは、大好きだった「あの人」の顔だけ。
「あの人」がいなかったら、私は今死んでないなんて言うのは簡単だ。
だけど「あの人」がいたから、生きられたんだと思う。
一緒に生きたいと思える人を見つけた途端、殺されるなんて仕組み。
なんて皮肉な恋愛成就の神さまなんだろう。
……私は『恋をしたから死んでしまった』
「あはは、最後にキスしたのが死因っておっもしろい死に方だよね。まあ安心してよ。君の存在は無かった事になっちゃうから。あとは向こうの入れ物に君の魂を入れ込んで、異世界転生チートの旅、ごゆるりお楽しみを〜」
気がつくと目の前に白い光に包まれた翼のある人がいた。……いや、人なのだろうか?
手には杖を持っているが、若々しい見た目をしておりとてもではないが杖を持つような出で立ちの人間には見えない。
「さて、君は私と契約における『対象と性行為を行う』って条件を満たしたから、魂を奪われた。理解しているね? ……まさか、キスで死んじゃうなんて想像もして無かったけど」
そうだ、私は目の前の人物……自称、恋愛成就の神に魂と引き換えに『恋愛をさせて欲しい』なんて頼んだのだった。
「君、運がいいよ? 現世で最後幸せに生きて、その上異世界でやりたい放題だ。私がサービス精神旺盛じゃないなら絶対に出来ない芸当だね」
私も、頼んだ時には希望も何も無かったから、もし本当なら異世界転生したらいい事しか無いじゃないなんて思っていたっけ?
……今となっては、元の世界に戻りたい気持ちでいっぱいだけど。
「さてさて、君が異世界転生に望むものはなんだい? 果てのない程の魔法の才能? 誰にも負けない運動能力? 誰でも魅了できるなんてのもいいね」
きっと、ここで私達が読んでいた小説みたいな世界に、異能を持って転生する事になるんだろう。
「まあ、私としては魔王が殺せるんならなんだっていいんだけど。でも、元の世界に戻れるようにしろ、みたいなのは無理だよ? 君のいた証拠は綺麗さっぱり元の世界からは無くなるんだ」
私の魂が今から別の世界に飛ばされる代わりに、どうやら元の世界には私が居なかった事にされるみたいだ。
「さあ、君はどうする? この杖で、大概の願いは叶えられる」
自称神は急かすように言ってくる。
私は、落ち着いてそれに質問で返す。
「……そうね、じゃあ聞いてもいいかしら?」
「なんだい? 向こうの世界での魂の価値なんて君達の世界の魂からすれば無に等しいんだから、大抵のことはなんだって叶えられるよ?」
「いえ、向こうの世界のことはいいの」
「……だから、生き返らせろなんて無理だって……」
自称神は苛立ちが見える語調で言ってくる。
私はその言葉を聞いて確認を取る。
「私の居た痕跡は、物理的なものも、精神的なものも、全て無くなってしまうの?」
「そうだね。生活した記録も、他人の記憶も全部だ。不自然なところはこっちで辻褄が合うようにしておくよ」
「……記憶も。そうなんだ」
じゃあ、彼の記憶も、当然。……嫌だな、それは。
私は、その言葉を聞いて、彼に痕を刻みたいって思ってしまった。
だって、消えてしまうのは辛いから。
私がいたことを覚えていてほしいから。
タチの悪いヤンデレみたいなんて事は分かっているけど、彼に私のいた痕跡を、消えない傷を刻みたかった。
だから、私は一つの願いを思い立つ。
「そう、君の存在は無かった事にされる。だから現世には何も……」
そういう、自称神の言葉を断ち切って私は喋る。
「決めた。……うん、願いを決めたわ」
そうやって私が言うと神は嬉しそうに語り出す。
「そうか! なんだい? 莫大な知識でも、強力な兵器でも……」
「ううん、私の願いは一つだけ。『私が居た記憶があの人に残って欲しい』……ただ、それだけ」
そうやって私が言うと自称神は唖然とする。
それと同時に自称神の持つ杖が輝き出す。
「……は? そんな願い、叶えられるわけが……あ、ちょっと待て、辞めろ暴走するな! こんな馬鹿げた願い叶える訳には……」
自称神は手に持つ杖がまばゆく光り出したのを見て、動揺しているようで何事か唱え出す。
しばらくすると、杖の輝きはおさまった。
神は、そんな様子を見て溜息を漏らす。
「……はあ、おめでとう。君の願いはほぼ叶えられた。……チッ、これで魔王退治出来ねえから評価下げられんじゃねえかよ」
そうやって隠すことも無く悪態をつく自称神。……話からすると神の上位存在がいるのだろうか?
自称神はそのまま喋り続ける。
「途中でなんとか杖の暴走を抑えたから、少しだけ魔力が残ってる。強力な魔法を一個使えるとかそれくらいなら、まだできるけど……やるの? ……まあ、別に君が死んでも、期待もしてないからどうでもいいんだけどね」
そうやってとりあえずと言わんばかりに意思確認をしてくる自称神。
「ただ、もう現世に何かするのは無理だ。そこは分かってもらう。君自身の能力を高めることくらいしか出来ない」
私は、その言葉と目の前の存在が恋愛成就の神様であることから一つ思いついた事があった。
「……じゃあ、私が好きな人に応援されたら無敵になる能力とかどうかしら? 一応、現世では恋愛を司る神なんでしょう?」
そうやって皮肉たっぷりに私は言う。
完全に呆れ返ったようにして恋愛成就の神様は答えてくる。
「……確かに私ならできるよ、できるけど。君、それが意味を成さない事、理解、してるよね? もう、好きな人に声をかけてもらうなんて出来ないんだよ? だって……」
「いいの別に、彼に痕を残したのと同じように、私だって自分に傷跡を残したいから」
そうやってきっぱりと言い放つ。
「……ずいぶん重い愛情だね。彼が羨ましい限りだよ」
神はそんな私に掛ける言葉はもう無いとばかりに言う。
「じゃあ、君とはここでお別れだ。じゃあね、幸せな恋愛脳さん。さっさと異世界でお亡くなりになりな」
「ありがとう、勤勉な神様。じっくり上司にでも叱られてなさい」
私は最後まで性格悪く、にっこり笑ってそう言った。
「……全部、君のせいだからね」
そして神は怒りに任せたように地面に杖を思いっきり突き立て、何事か唱える。
そうして私……「鹿宮エリス」は異世界に生まれ変わる事になったのだった。
*
異世界転生の導入は難しい。はっきりわかんだね




