邂逅!婚約者!
玄関近くのテーブルで如月さんと二人、ほどほどに話しながら婚約者の到着を待ちはじめると程なくして入り口のチャイムが鳴った。
如月さんは一足先に迎えのため門に向かったため、僕は一人取り残される。
手持ち無沙汰になってしまって、どうやって待つべきだろうかと思い迷う。
そうやって困っていると両親がこちらまで来た。
「玄関の外へ出ろ。そこで堂々としていればいい」
などと言ってくるので、大人しく僕はそれに従う。
外に出ると、ちょうど如月さんを含め四人がこちらへ向かって来るのが見えた。
如月さん以外に、男の人が一人に背丈に大分差のある女の人が二人。
どうにも目が悪くて正確なところは分からないが、おそらく婚約者の人とその両親だろう。
向こうからもすぐこちらに気づいたのか遠くから軽く会釈をされる。僕は慌てて、それに返す。
距離が近くなって見えて来ると、男性は若作りしてはいるものの、五十近い年齢。
女性はどちらも綺麗な方だが、身に纏う落ち着きのない雰囲気から言って恐らく背が低い方が娘なのだろうと感じた。
そのままこちらに到着すると、初老の男性がまず挨拶をする。
「坂川家の皆様、こんにちは。本日は歓迎していただいて感謝致します。私は、桜ノ宮家の当主、桜ノ宮 樹でございます。こちら、妻の美香に、娘の麗になります」
「妻の美香でございます」
両親は二人して自己紹介と言った具合に頭を下げながら言う。
ところが、向こうの娘さん……紹介では麗と言う名前のようだが、彼女は怒ったような顔で、
「……麗です」
と、それだけ言うと特に何もせずそっぽを向いてしまう。
「こら、麗。あまりそう言う態度を取るのは失礼だよ」
父親である樹さんはそれをたしなめる様に呼びかける。
だが、それですら意に介した様子も無く、麗さんはそのままでいる。
どうも、向こうでも何か事情があるんだろう。
うちの父さんはそんな様子を見て軽く笑いながら喋り出す。
「はは、良いですよ。緊張していらっしゃるのでしょう。ともあれ、桜ノ宮家の皆様、本日はご足労頂き感謝致します。私、坂川家の当主である坂川昴です。こちらは妻の陽子、そしてそちらが息子の奈月ですな」
この人は昔から、相手の立場が弱いほど自信満々に喋る人だったが、娘さんの敬意のない態度を見て自分たちの方が立場が上だと判断したのだろう。……気分の良いものではない。
「ご紹介に預かりました。陽子です」
母さんが喋るのを見て、僕もなんとか続こうとする。
「むせ、むし、む、息子の奈月です」
盛大に噛んだ。
自身の両親からは苦笑が、向こうの両親からは微笑ましいものを見るような目を向けられる。恥ずかしいので居なくなってしまいたい。
「ははは、息子も緊張しているようですな。まあ、こんなところで立ち話もなんですし、中へ入って早めの昼食に致しましょう」
そうやって父さんはまとめて、桜ノ宮家の皆さんを中に案内するのであった。
僕はその場を早く離れたいのもあってすぐ家の中へと入っていく。
……そんなだから、麗さんがこちらに視線を向けていたことを気付かなかったのだけれど。
*
昼食は何事も無く過ぎた。
向こうの家族と千早も含めたこちらの家族でご飯を食べるだけの時間。
ただ親同士が婚約の内容について確認を取るだけの特に益のない会話をするだけであった。
その間、僕と婚約相手である麗さんに会話が全く無かったことに気が向いたのか、母親同士で「二人きりで話して来なさい」という結論を出したらしく、今は客間の一室で二人きりになっている。
「…………」
「…………」
無音、沈黙、静寂。どんな言葉が似合うかって言われたらこの空間にはそれがぴったりだろう。
如月さんが紅茶とお菓子を置いて去ってから、もう三分くらいは経つ。しかし、二人ともその間何も話さなかったし、お菓子にも手を付けていない。
僕としては、何か声を掛けたいと思うのだけど、持ち前の臆病さと話せる話題の少なさのせいで特に何から話せばいいのか分からない。
それと、麗さんは剣呑としていて何を思っているかというのも判然としない。
(やっぱり、知らない人と婚約なんて無茶があるよなあ……)
僕がそう思っていると、紅茶にずっと目を落としていた麗さんが口を開く。
「ねえ、あんたさ、一人暮らししてるんでしょ?」
僕は驚いてしまった。
麗さんが最初の挨拶以外で口を開くのを初めて聞いたが、まさか「あんた」なんて二人称を使って来るとは想像もしていなかった。それに口調も砕けている。
……とても名前に示すような麗らかさは感じられないな、なんて思ったのは内緒だ。
「あ、えーっと。結構遠い高校に通ってるので下宿はしてるんですけど、その……メイドと一緒に」
僕は自分の今の状況を正しく伝えるため、なんとか言葉を一つひとつ整理しながら話す。
「ふーん、ここじゃないところに住んでるって言うからてっきり一人暮らしなんだと思ってた」
まあ、実際前までは一人暮らしだったわけだけどさ。そんな事主張しても、何にもなんないんだけど。
麗さんが喋ったのを機に僕は改めて彼女の方を見る。
さっき母親と並んでいた時も思ったが、百七十センチというそれほど背の高くない僕より頭一つ分以上に小さい。多分、百四十あるかないかくらいだろう。
なんというか、これを直接言うのは失礼だけど、釣り目のきつい目つきと合わせて生意気な小学生みたいだなんて思ってしまう。
「……あんた、今チビとか思ったでしょ。こっちずっと見てるんだもの、分かるわよ」
気づくと、半目で麗さんはこちらの方をじっと見ていた。
見ていたこともバレているし、考えていたことも殆ど一致しているのでどきりとして、また頭を掻いてしまう。……初対面で思考を読まれてしまうなんて事があるのだろうか。
「えーっと、あーうん、そ、そうですね。小さいと苦労しそうだなーとか?」
「…………」
その僕の言葉に不信感のこもった目を向けてくる麗さん。
……人の容姿についてとやかく言えるほど僕の見た目が良い訳でもない。
そもそも身長なんて自分でどうにかしようと思ってなんとか出来る部分ではないんだから、あまり触れてはいけなくて当然だろう。
だから、僕は思いっきり謝る。
「ごめんなさい。そういうこと考えちゃって」
そうやって言うと、麗さんは驚いたように口を開ける。
そして、我を取り戻すと言ってくる。
「……いや、別に謝らなくていいわよ。実際、チビだし私。思うこと自体は自由だしね。ただ、こっちずっと見てるもんだから、話しかけるきっかけが欲しかっただけ」
「そ、そうなんですか」
「……私こんなぶっきらぼうだから話すの苦手だし。多分、あんたも得意じゃないでしょ? 自己紹介も噛み噛みだったし」
「……よく、見てますね」
「……別に、ただ婚約の相手だったから見てただけ」
そうやってまた二人して黙って、また部屋から音が消える。
少しさっきよりも空気が軽くなったような気がした。




