ポロリはしないお着替えタイム
「さて奈月くん。お着替えの時間です」
「顔合わせだもんね……うう、気が乗らないなあ……」
「大丈夫です。奈月くんならきっとなんとかなりますよ」
「なんとかってなにさ?」
「さあ……? 相手が急に倒れたり、行方不明になったりですかね?」
「僕がなんとかするんじゃないのか……」
出発前も何か物騒な事を言っていたが、本気で相手に何かするつもりじゃないよね……?
婚約者さんの未来が心配になる。
如月さんは喋りながらも、化粧を軽くしたり、髪を整えたりと淡々と僕の身なりを整えていく。
「まあ、奈月くんがいつもの様子ならつつがなく終わると思いますよ。実際にすぐ結婚するわけではないんですし、今日はそれだけで終わりでしょう」
「でも、その後のことは……」
「気にし過ぎるのは奈月くんの悪い癖です。大丈夫、きっとなんとでもなりますから。もし、相手がよっぽど気に入らない人なら、その時は私と千早様と駆け落ちしましょう」
「そんな事できるのかなあ……」
「愛の力は無敵なんです」
そうやって笑って言うと同時に如月さんは作業の手を止める。
「はい、終わりました。あとは服を着て待つだけですね」
現在時刻は十時半。どうにも話を整理する限りほどなくすると、婚約者の人とその両親が来るようだ。
僕はすぐ更衣室に向かいそこに置いてある正装を手に取る。
そのまま、着替えてから備え付けの姿見を見て呟く。
「似合わねえな……」
思わず昔に隠したはずの汚い口調が出てしまうくらいには似合っていなかった。
そもそもが僕の見た目なんて中の下くらいで別にそんな良いものじゃないけれど、こうやって黒いスーツみたいな服に着替えると、より一層間抜けな感じがしてしまう。
「まあ、今日一日だけだし……」
なんとかそう言って自分に言い訳を向けると、更衣室の外に出る。
如月さんと千早が、部屋の目の前に待機していた。
彼女達は僕の姿を見て笑いながら言って くる。
「よく似合ってますよ。奈月くん」
「お兄ちゃんのその格好、とっても好き」
「……お世辞なら、別にいいよ」
似合ってないのは僕が一番知っている。
「そんな事ないよ。ほんとに似合ってる」
千早はそんな風に返してくる。
「ええ、私がやりましたからね」
如月さんはそう自慢気に言ってくる。
僕はその言葉に居心地が悪くなって無意識に頭を掻く。その事に気付いて、自分が困っている事をはっきり自覚する。
褒められるのは苦手だ。
怒られるのが得意ってわけじゃないんだけど褒められた経験なんて全然ないから、妹の素直さに対してどう対応したらいいかがわからなかった。
自分の思った事と、照れ隠しがちょうど半々くらいになるような言葉が帰るだけ。
色々と出来の悪いツンデレだなあ……なんて冗談混じりに自分自身で思ったりもする。
そんな事を思っていると如月さんが腕時計にちらっと目をやってから言う。
「そろそろ時間になりますね。奈月くん、玄関まで行きましょう」
「え? なに、もう向こうの人来るの?」
千早が驚く様にしてそう言う。
僕はそれを肯定するように首を縦に振る。
「らしいね、昼ご飯一緒に食べるって話だよ。千早も同席させられるかも知れないし、着替えだけはしておいた方がいいかも」
「えー!? 私も!? どうせなら、お昼ご飯の時にお兄ちゃんとゆっくり話したかったなあ」
「しょうがないって。今度、電話するか会いに来てくれれば話なんていくらでもするって」
そうやって宥めると千早は渋々と言った様子で更衣室へ向かう。
千早は友達と出かける事なんかも結構あって、おしゃれに慣れているだろうし一人でも大丈夫だろう。
如月さんも同じことを思ったのか、そのまま僕を連れて行くように促す。
「では、奈月くん。行きましょう」
出荷される牛のようなドナドナした気分で僕は如月さんに連れられるようにして玄関へ向かうのだった。




