奈月くんは素直な嘘つき
門前で妹とメイドのコントを見せられていると玄関口から人が二人出てくるのが見えた。
少し体型や身なりが違っているため判断に迷ったが、よく見ると自分の両親である事がわかる。
二人はそのまま僕たちの方へ歩いて向かって来た。
「お兄ちゃんは……」「奈月くんと……」などと自分たちの妄想の限りを惜しむ事なく外に吐き出していた千早と如月さんも、父と母がこちらへ向かっている事を確認すると押し黙りそちらを向く。
「奈月、久しぶりだな」
「……父さん。お久しぶりです」
「そんな緊張しなくてもいい。どうだ、夏休みが終わってからの学校は?」
「別に、適度に楽しく過ごしてますよ」
「そうか、だが学生の本分を忘れるな。お前は勉強以外の事は全く出来ないからな。せめて勉強くらい満足な結果を出せ」
「……はい」
こうやって少し話すだけでこの人が前と変わっていない事が分かってしまい、改めて嫌いだと思ってしまう。
人を見下し切った態度に、結果至上主義の姿勢。
少しの時間話すだけでここまで人を不快にできるのかとむしろ感心すらしてしまう。
父さんが話を終えると、立て続けに母さんも喋り出す。
「奈月、待ってたわよ。色々話したいこともあるけれど、まずは帰って来てくれてありがとう。不安になるから時々は連絡しなさい」
「はい、ごめんなさい母さん」
「いいのよ、分かってくれれば。あなたは私達の息子なんだから、私達に従ってくれればいいの。……早く卒業して、こっちに戻ってきて頂戴」
従ってくれればいい、か。
僕は口からため息を出しそうになるのをなんとか堪えて、ただ「はい」とだけ言って肯定する。
千早が前とあまり変わらず僕を慕っていてくれたままな事には安心もしたが、対照的に両親も立場は変わったはずなのに性質に変化がない事を感じてがっかりする。
結局、どんな状況でも僕はこの人達の考える「理想的な息子」を演じなければならない人間でしかないのだと思う。
自分たちの都合よく結果を出すためだけの機械と何が違うというのか。
僕はここまでの短い会話だけで、なぜ自分が実家を離れていたかを改めて実感した。
こんな僅かな言葉から、この人達に憎悪があふれてくる。
自身が両親を嫌いな事を再びはっきりと自覚させられてしまう。
両親達はそうやって少ない言葉だけを僕へ向けた。そして、そのまま父が従者である如月さんに声をかける。
「如月くん、ご苦労だ。今日も朝早くから息子を送ってくれたんだな。君は他のメイドと比べて素直で優秀だ。助かるよ」
「ありがたいお言葉です。私も奈月様のため、これからも身の回りの世話に教育と、より一層力を入れさせていただきたいです」
「うん、奈月は自身の事すらまともに出来ん人間だからな、君が居てくれて助かるよ」
如月さんは僕の父親に対して恭しく畏まりながら答える。
そんな二人の会話を聞いて、僕はこんな父親の言動にすら気持ち悪さを感じてしまっていた。
(何が他のメイドと比べてだ。何が奈月は自身のことすらまともに出来ないだ)
ああ気持ち悪い。
如月さんを評価するのに、他人と比べてしか評価出来ないのか。他のメイドの人を蔑む理由がどこにある。
てめえらが僕に一体何を教えてきた? 最初からあんた達が僕を見限って育ててきたんだろうが。
失敗した時に指摘もせずに怒鳴るだけの事になんの意味があった? 僕から再度挑戦する意欲を奪うためか?
たまに僕がやる気を出した時に母さんが嘲笑しながら言った「あら珍しい」って言葉一生忘れねえからな?
ああ、自分も両親も嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
こうやって、両親を嫌いだと思うだけで自分の性格がねじ曲がって居ることが分かってしまう事に嫌気が差す。
ただ妹やエリスや霜切さんや先生に、支えられ続けてまともな振りを続けてきただけの思考が、汚い言葉で埋め尽くされてしまう僕が本当に嫌いだ。
綺麗でないと、人に優しくしないと自分が壊れてしまうから、だから嘘で作った綺麗な態度を取って自分自身を守っているのに。
僕は人の迷惑にならないようにと細々と生きるのが正解だって思っているのに、それを太々しい態度で踏みにじる。
だから、僕は両親も大嫌いだ。
そうやって、僕は久しぶりに会った両親と自分へ嫌悪を煮えたぎらせてしまった。
なんとか落ち着こうと胸に右手を当てて、とんとんと叩く。
そんな時、背中になにかの感触があるのを感じた。振り返ると千早が僕の服を後ろから軽く引っ張っていた。
僕が後ろを向くと、千早は首を横に振る。
(ここで、何か言っちゃったらこじれるだけ)
恐らくそんな事を思ってだろうか?
僕が両親の態度に苛立っているのが見て取れたので、なんとか冷静さを取り戻させようとしてくれているのだと思う。
確かにこの人達に僕が何を言ったところできっと、何かが変わるわけではない。話が面倒になって、婚約どころか別の問題が出るし、僕も不快な思いをするだけだ。
それを千早も理解しているから、なんとか宥めようとしてくれるのだと思う。
……本当に千早は僕なんかと違って、根っからいい人間なんだとそうやって思った。
僕は千早に促されるままに、汚さにまみれた思考をなんとか抑えようと心を落ち着かせていた。
なんとか落ち着いた頃にはいつのまにか両親と如月さんの会話は終わっていたらしい。
「では、この後の準備もよろしく頼むよ」
そういうと父さんは母さんも連れ立って屋敷へと戻っていく。
完全に両親の姿が屋敷に消えたのを確認してから、まずは千早が口を開く。
「……お兄ちゃん、よく我慢したね?」
何のことかは考えるまでもないだろう。
僕はなんとか場を茶化そうとする意味合いも込めて言葉を返す。
「……妹に諭されたからね」
「なにそれ、シスコンじゃない」
千早は笑って言う。
「奈月くんには私がいるのに……」
悲しそうなフリをしながら、如月さんは演技がかった仕草でそう言う。
僕はそれを見て軽く吹き出して、この二人には敵わないな、と改めて思う事になるのだった。




