僕を実家に連れてって
朝食を食べ、色々と準備をしていたらいつの間にか七時である。
「もう行かないといけないですね。奈月くん、準備できました?」
僕は荷物を整理しつつ言う。
「大丈夫です。特別な持ち物は何もないですよね?」
「向こうで準備を進めてくれて下さっているはずなので特に何も必要はないですよ。……なんでこういうとこを確認とかできるのに、しょっちゅう忘れ物が起こるんでしょうかこの人……?」
そんなの、僕が教えて欲しいくらいだ。
「ま、まあそんな事いいじゃないですか。さあ早く行きましょう!」
そう言って僕はリビングから抜け出そうとする。
しかしその時後ろから如月さんの声がかかる。
「……スマホ、忘れてますよ」
僕はその言葉を聞いて恥ずかしくなって、誤魔化すようさささっと机の上に残されたスマホを回収するのであった。
「さあ、行きましょう! 如月さん!」
「無かったことにしようとしないで下さいね?」
そうやって如月さんに軽く注意されたりしつつも、僕たちはそのまま車に乗り込んだのだった。
*
『何時頃着きそう?』
車に揺られる事一時間ほどして、妹からメッセージが届く。
実家へ向かう黒色の高級車の助手席、僕は如月さんのおかげで忘れずにすんだ携帯を構っている。そんな矢先の事だった。
「……実家の位置、そういや分かんないな」
まずもって、如月さんが早々に本来は実家がある方向とは逆のルートを走り始めた時点で、僕は実家の位置が変わっている事を実感する。
……どうでもいいけど実家と実感で語感がほぼ変わらない事に考えてから気づく。
さて、実家の位置がどこにあるのかという事であるのかという事を考えてみよう。
昨日の内に実家に向かわなかったことや、朝七時と言う微妙に遅い時間に出発したことから、実家が二百キロも離れていない事は予想できた。
とりあえず、自分では分からないし如月さんに確認してみる。
「あとどれくらいで着きますかね?」
「そうですね、もう一時間経つのでもう三十分もすれば着くと思いますよ」
僕たちは今、高速道路を走っているわけだが、それでなお一時間半かかるという事は県をまたいで少し行ったところになるだろうか?
まあ、なんにせよ全然外に出ない僕からすれば結構な移動距離である。
とはいえあと三十分したら実家に着いてしまう訳で、そうすればすぐにでも婚約者と相対する事になってしまうわけだ。
なんとなく僕はそれが死へのカウントダウンみたいに思えて、数字の変わっていくスマホの時間を確認するたびに憂鬱になってしまう。
(とりあえず、相手に迷惑かけないようにしないとな)
昨日、知らないおっさんに『自分の事を考えて行動しろ』と言われてその事に感動をして、そういう生き方に憧れた。
だが、すぐに相手のことに気を使うという事を優先する考え方は変わらないなと思って自嘲してしまう。
(自分の事かあ……。僕は、どうしたらいいんだろ)
恐らく、自分自身がこの事に対して最も良い形で納得するのは、婚約なんて無視してエリスと付き合えるって事なんだと思うけれど……。
(色々、無茶ありすぎでしょ……)
まずもって、婚約を断るハードルが高い。
別に僕自身の魅力なんて無に等しいので、相手に極端に好かれる事なんて無いだろうとは思うんだ。
だけれど、相手方も婚約を承諾している以上、そこに関わる人たちを、自分の方の関係者、相手の方の関係者、全て含めて理解させなければならない。
それを居なくなってしまった想い人のためです! ……なんて舐めた理由で断れるとはとても考えられはしない。
(それに、肝心のエリスはどこ行ったのかさっぱり分からない)
というよりまず、どこに行ったのかという言葉自体が正確ではない気がする。
エリスが居た痕跡は綺麗さっぱり消えてしまっていて、そこにすり替わる様に僕の立場が入り込んでいるからだ。
元々「鹿宮エリス」なんて人物が存在しなかったんだと言われれば、僕の夢だったのだろうと言えてしまうくらいには曖昧な根拠。
そんな風に考えているから、婚約を形だけでも済ませるしか無いのだと思って悲しくなってしまう。
(納得できないなあ……)
そうやって心の中で文句をつけるけれど、時間は過ぎるし、状況は変わらない。
いつにの間にかすぐ近くに知らない豪邸が見えていた。
僕はぼーっとした頭ですごいなあくらいに思ってその建物を見つめていた。
広さとしては五十メートル四方ほどの大きさで、玄関口であろう大きな扉までと門扉ですら三十メートルほど離れている。
庭には綺麗に剪定された草花に水が綺麗に吹き出す西洋風の噴水。
とてもではないが、ここで暮らす事は考えられないくらいの大きく立派な三階建の建物。
僕が豪邸ってあるもんなんだなと、ぽかんと驚きを露わにしながら建物をじっくりと見つめていると、車を門の手前で止めた如月さんが隣から喋りかけてくる。
「奈月くん、着きましたよ」
僕はその意味を一瞬分からなかったがすぐに「着いた」という言葉から理解して狼狽する
「あ、ああ、っはい」
僕は驚きを隠せぬままに答えてしまう。
だってここが、着く場所ってことはつまり……。
僕、坂川奈月は現在こんな豪邸を持つお金持ちの息子なのだと、目で見る事で初めて実感を持つ事になるのだった。




