3話 後
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「『不思議の国のアリス』」
「え? 」
突然話す気になった僕を見て、かいちょーはキョトンとしていた。
無理もない。
でも、あなたが「知りたい」と言ったんだ。
話そう。僕の知っている「全て」を。
☆☆☆
「お兄ちゃん、今日は何時に帰って来るの? 」
僕には妹がいた。寂しがり屋で、いつも僕や姉さんの後ろをぴょこぴょこ着いて来ていた。
でも、姉さんは大学で異能の研究をしていたので、最近じゃ滅多に家に帰って来る事も無かった。
妹は、僕が塾に向かう日は必ず僕の袖をキュッと握って来る。
「う〜ん、大体9時半ぐらいかな?」
「お兄ちゃん、中学生になって帰るのがおそくなったね・・・・」
あぁ、そんな寂しそうな顔しないでくれよ。
大体、悪い事をしてる訳じゃないんだ。これぐらいは許してくれ。
「よしよし、帰ったらいっぱい遊んでやるからな」
「ほんと!? じゃあ、待ってるね!! 」
あぁ、良い子だね。素直だね。
友達の家では「自分の妹は生意気だ」とか聞くけど、うちの子は聞き分けもいいし本当に良い子に育ったと思う。
「ひなた? 準備出来た?? 」
「うん、今行くよ、お母さん」
僕は母の車に乗り、近場の塾まで楽して車で向かう。
「じゃあ、いってくるね」
「うん! いってらっしゃい!! 」
これが、僕の平凡だけど、心地よい日常だった。
妹が駄々をこねたその日、帰宅時間になっても迎えが来ていなかった。
「何してんだ、あのバカ親共は!」
僕はその頃、ちょうど反抗期の真っ最中で、妹以外の人に上手く接する事が出来なかった。
「まったく、早く来ねぇと補導されちゃうよ・・・・」
1時間経っても、2時間経っても、迎えは来なかった。
「何かおかしい」
幼い僕でも、それぐらいは理解出来る。
僕は、思わず家までダッシュで走る事にした。
「・・・・とぉさん」
何故だかわからない。
「・・・・かぁさん!」
涙が溢れてきた。
もう二度と会えない。そんな予感さえした。
もうすぐ家が見えてくる。
いいや、もう見えている。
なのに、
なのに、
それなのに、
どうして灯りが点いていないんだろう。
「母さんッ! 」
僕は鍵を開け、思い切りドアを開けた。
「父さんッ! 母さんッ!! 僕だよ! 帰ってきたよ!! 」
泣きながらも精一杯叫ぶ。
どこへいても聞こえるように。
「どこ行ったんだよ! なぁッ!! 」
言いようの無い孤独が僕を襲って来た。中学生の精神には、耐えられなかった。
【お兄ちゃん? 】
背後から、声が聞こえた気がした。
【どこへ行っていたの? 】
なんだ、『あいつ』は
【まぁ、良いわ。お兄ちゃん、私と遊びましょう? 】
何を、言ってるんだ
【あら? 遊ばないの?? せっかく楽しい遊びを思い付いたのに・・・・】
『あいつ』は「何か」を引きずっている。
【あぁ、これ? 可愛いでしょう?? この家にたくさん置いてあったから、『書き換えてあげたの』】
頭では理解している。
でも、認めたくないと、心が叫ぶ。
【ほら、見て? 】
『あいつ』が僕に「何か」を投げつけて来た。
手足はぐちゃぐちゃに捻じ曲げられ、
皮膚はじゅくじゅくと赤黒く膨れ上がり、
穴という穴からは液体が流れ出し、
『母親の顔』をした「何か」を。
「っ"・・・・お"ぇ"え"」
僕は耐え切れずに吐き出した。
目の前の光景が理解出来ない。
理解したくもない。
「ぃ"な"・・・・た"? 」
「何か」が僕に話しかける。
「かあ、さん?ねぇ、母さんなの??ねぇ・・・・」
弱々しく言葉を吐き出す。
「まだ助かるんじゃないか?」
そんな淡い希望を抱く。
そうだ、まだ諦めちゃダメだ。
手を、伸ばせば・・・・!!
【あらやだ、まだ動くのね】
『あいつ』が『母親の様なもの』をパチンと叩く。
『母親の様なもの』が弾け飛けんだ。
「う"ぉ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!?!?!? 」
心が、こわれる
【あらやだ、ばっちぃわ。それに、とってもくさいわ。 】
・・・・・・
【そうだわ! この子を白ウサギさんに『創り変えましょう』!! 】
・・・・・・
【ね! それが良いわ!! あなたの事も創り変えてあげるわ!! 】
もう、勝手にしてくれーーーーーー
☆☆☆
かいちょーは、途中何度か吐き出しそうになるのを我慢しながらも僕の話を最後まで聞いてくれた。
「そこから先の記憶は、僕にはありません。わかっている事は『あいつ』が『アリス』と名乗り、この家に住み着いている事。そして、『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターを量産する事。それから、『アリス』と出会う前の記憶は全てが曖昧なんです。家族の名前も、顔も、思い出したくても、思い出せない。助かったのは、僕と、大学の研究室にいた姉だけです。この事は、一部の人間しか知りません。誰にも知られたくなかったので。あぁ、後ーーーー」
僕は、着ていたワイシャツと肌着を脱ぐ。
「見てください。これ」
そこには、
赤黒く膨れ上がり弾ける皮膚
獣と人間が混じり合ったかの様な部分的に毛皮の生えた肌
ぐねぐねと身体中を動き回る、蛇の様な紋様
「あはは、引きました?引きますよね。これが僕です。僕の全てです。僕の身体は、半分を『アリス』に創り変えられた。姉が調べてくれたんですけど、僕は後2年で身体の全てが創り変わるそうです。記憶が曖昧なのも、毎日身体が創り変わっているから。思考だって、まともじゃいられない。まるで、『僕』が僕じゃなくなる様な、そんな日々を過ごすんです。でも、不思議と恐怖は無いんです。悲しくは無いんです。だって、僕はまともじゃない。中途半端なんです。家族の危機に、何も出来なかった。ただの負け犬なんです。ほら、どうですか? 不幸だと思いますか?? 可哀想だと感じましたか?? 僕は、全部が憎いです。幸せそうに生きてる奴らが。ただの挫折で「不幸だ」って喚く奴らが。あいつらはなんだかんだ言って幸せを生きるんだ。なんで僕がこんな目に? なんであんな人に合わせるしか能が無い奴らが幸せに生きて、僕みたいな問題も起こさない善良な一市民がこんな目に合うんですかね? ムカつく奴は全員酷い目に合わせてやりたい。気に入った女は強姦でもなんでもして手に入れてやりたい。ほら、今だって、かいちょーを『犯す事』ばっかり考えてる。あ〜ぁ、これが僕の正体だなんて、幻滅しましたか? 嫌悪しましたよね?? 僕はあなたを巻き込みますよ。だって、あなたが望んだんだから。ははは、ざまぁみろ。」
そうだ、これで良い。
ここまで言えばわかるでしょ?
もう、あんたは踏み込んだんだ。
もう逃げられない。
絶望しろ。
嫌悪しろ。
憎悪しろ。
もう二度と、
僕に関わるな。
「惨めだね」
・・・・・・は?
「臆病者だね」
なんですか、急に。
「それに、泣き虫だ。」
僕は、泣いていたのか?
会長が、手を伸ばし僕の涙を拭う。
「まるで、悲劇のヒロイン気取りだね」
僕は、この言葉を聞いた事がある。
「人ってさ、後ろを向いて歩くと、転ぶんだよね。下を向いても同じ。電信柱に頭をぶつけたり、こわ〜いお兄さんにぶつかったり、ね。」
会長が語り出す。
「でもさ、前を向いて歩くと、中々転ばないよね。そりゃそうだよ。だって、周りが見渡せるんだもん。」
何を当たり前の事を・・・・
「当たり前じゃないよ?それに、誰にでもできる事でもない。」
・・・・・・
「だって、君は後ろを向いて歩いている。」
「そんな事はーーーー」
「いいや」
「なんでそう思うんですか」
「君が好きだから」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「信じられない」
「そっか」
「そうです」
僕達の言葉は、平行線のままだ。
「ねぇ、キスしよっか」
「唐突ですね」
本当に、噛み合わない人だな。
思わず笑みがこぼれる。
僕は、二度目のキスを会長と交わした。
今度はだんごの味はしない。
「どうだった?」
「うん、うん・・・・なんか、嬉しいね」
会長は、僕をギュッと抱き締めた。
僕は、彼女に抱き締められながら少しだけ泣いた。
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