第一章 4
※注意※
この章では差別的な表現があります。しかし、決して現実に当てはめて考えないようお願いします。これは創作であって、何かを訴えたいわけでも差別したいわけでもございません。あらかじめご了承の上でお読みください。
十年後。
幼い頃の苦い思い出を夢で見ていたノイドは、武器庫で目が覚めた。
あれから目指していた華々しい騎士街道など全く歩めず、四年間騎士を務めてもまだ平騎士。
それどころか仕事を押し付けられ、パシられる毎日。
そんな時に、守護騎士から降格され、窓際部隊と揶揄される『第十二軍』に左遷されたルテナが『首都勤務の墓守』として戻って来る。
4
軍の問題児が墓守隊へ一週間の研修へ行くことになった話は、その日のうちに団内で瞬く間に広がっていた。
第一軍の部署では二人がいなくて平和だと笑って話す声が多く聞こえてきていた。
もちろん、その話は武器掃除から事務仕事に移行したノイドの耳にも届く。
「関わるなっつったのに、あのアホォ……」
書類整理を押しつけられ、机に向かっていたノイドが頭を抱える。
こうなったらルテナと無関係を装うしかない。
ただでさえ自分の団内での立ち位置は危ういのに、さらに悪化する。
そうなるとゴンドラで、しかも団服のままで迎えに行ったのは失敗だった。すでにアルミナとあの不良たちに見られている。いや、もしかしたら他の警備中の騎士にも見られていたかもしれない。
暗澹と考えていると、後ろから肩を叩かれた。
「うぉ!?」
驚いて飛び上がり、慌てて振り返ると目を丸くする友人が二人いる。
「なんだ、どした? やけに驚いたな」
そのうちの一人が困ったように声をかける。
歳はノイドと同じ二十歳。
焦げ茶色の髪は癖が強くて波打っている。黒い瞳で目が細く、色白で鼻から頬に掛けてソバカスがあり、陽気な性格も相まって思わず一緒に笑いたくなるような愛嬌のある顔をしていた。
同じ団服の左胸には『Ⅲ』の番号が刻印された銀の剣と、紅玉の剣、二つの徽章が煌めいている。
彼はディック・フォン・クリプトンといい、ノイドの同期かつ、学校で出来た友人の中では唯一の貴族。そしてルテナと同じく第二王子マグネスの護衛に抜擢された守護騎士の特待生。首都に暮らす子爵家の御曹司だ。
彼もルテナのように首席卒業生で、本来なら近衛騎士団所属だったが、マグネスが第三軍団長を務め始めたため、護衛である彼も第三軍副団長として異動し、補佐をしている。
ちなみに出会いは守護騎士選抜試験の時で、特待生である貴族の子息と喧嘩になった時にディックが止めたのがきっかけだ。
その後、ルテナがディックの同僚となり、ノイドと同級生のはずだと話したために、幼馴染みであることも彼には知られている。彼女の動向などを教えてくれていたが、内心ではいらぬ世話だと思っていたのは秘密だ。
「疲れてるんじゃないか? 大丈夫かい?」
ディックの隣でノイドを心配するもう一人も、学生時代からの知り合い。
短く刈り込んだ髪は灰色がかった青で、瞳は青色をしていて若干たれ目だ。潰れ気味の鼻と薄い唇で、面長の輪郭で全体的にのっぺりしている所為か影が薄い印象を受ける。やせ型でノイドとディックより背が高く、全体的にひょろりとした印象だった。
彼はカルシオン・シャルフリヒター。
ノイドとディックと同じ特待生で同級生。
彼との出会いも守護式選抜試験の時で、止められた後に不貞腐れて隅にいた時に話しかけられ、平民同士だったこともあって意気投合した。
ディックが忙しいこともあって、カルシオンとの方が長い時間過ごした友人かつ、騎士団入団後も第一軍所属になったため、ルテナより付き合いが長くなっている。
二人の友人に心配されている事に気付き、ノイドは慌てて心臓を宥めつつ取り繕う。
「あ、いや、なんでもない……ちょっと考え事をしてて油断した」
ディックは人を寄せ付ける柔和な笑顔で友人の肩を叩いた。
「なんだー、悩み事ならいつでも受け付けるぜ? いつも言ってるだろ?」
「あ、はは……」
乾いた笑いしか出てこないのが自分でも情けない。
「そういや、いきなり来てどうしたんだ? 部署違うのによ」
「ん? 何言ってんだよ、今日は三人で飲みに行く約束してただろ。もう定時過ぎてるのに遅いから迎えに来たんだぞ」
カルシオンに言われ、ノイドが硬直する。
「え……今日……」
彼は記憶をたどり、スケジュール表を懐から取り出して確認する。ルテナの迎えに行く日の隣に、確かに『三人で飲み会』と書いてあった。
「うぉ! そうだった!」
やっと思い出したノイドの様子を見て、ディックが肩を落とす。
「うわー、寂しいなー、俺の事完全に忘れてるー」
「同じく忘れられてるー」
「悪かった。マジで。ここんところ忙しくて予定とかすっぽ抜け易くて……」
「いや、忙しいの範疇越えてるからな。その量おかしいから」
カルシオンの指摘にディックも神妙な顔で周囲の机を見てから、彼の机へ目を戻す。
書類の山はノイドの所にだけ明らかに集中していた。
同じ部隊であるカルシオンへディックが目を向ける。
「ノイドがおかしいんじゃないんだよな……?」
「もちろん。むしろ第一軍がおかしい。俺も止めてるんだけど、『職場いじめ』が止まらないんだ。それも団長が率先してる。そろそろ総団長への直談判も考えてるぐらいで……」
彼の返答にディックが眉間に皺を寄せると、書類の分厚い束を持った騎士が近付いてきた。その後ろからは二人の騎士が付き人のごとく付いて来る。その二人は普通の白い団服ではなく、赤い団服を着こんでいた。
歳は四十代後半ほどだろうか。軽く刈りあげた黒に近い濃茶の髪の下では、同色の瞳は侮蔑の視線がノイドを射抜き、口元には嘲りの笑みが浮かぶ。人相は最悪ともっぱらの噂なのだが、左胸には団長のみが付ける金の剣の徽章が輝いている。
彼こそがノイドの上司であり、クロムとネオの上司でもある第一軍軍団長にして、現国王ローレンスの弟であり、王位継承権第四位保有者のラジーム・フォン・アルマンディンだった。
余談だが、専属騎士である守護騎士以外にも王族や高位貴族の特権で自分が選んだ騎士を近衛として侍らせることが出来、ラジームの後ろにいるのが彼の近衛騎士であり、二十人構成の精鋭部隊を持っている。通称〝ラジーム小隊〟だ。彼は自身の副官であるアルミナよりも、専属の小隊の方を重用している。
彼は真っ直ぐノイドの方へ近づくと、乱暴に紙の束を置いた。
「これ追加な」
「…………」
「なんだ? 返事はどうした。それともまた叩きのめされたいか?」
「っ! ……了解しました」
ノイドは感情を押し殺しながら呟いた。そして自分の情けなさに歯噛みする。
実はノイドには騎士にとっては重大な欠点があった。
ガイストが変化しないのだ。一般人にとってはさして気にならないかもしれないが、戦士にとっては変化は強さに直結するため、この欠点は致命的だった。
あの事件以来、鍔が多少変化しただけで、刃も伸びず、【爆炎】の力も成長しない。体だけが成長して、両手で持っていたが今では片手でしか持てない。いや、元々片手剣だったようではあるが。
そうと気付いたのは学校に入った後だった。
なぜか変化せず、焦っている間にも同級生たちは頭角を現していって、負けなしだったノイドは敗北するのが当たり前になってしまった。
騎士団にもなんとか滑り込めたものの、どの軍にも所属を断られ、ラルフが自分の隊に引き取ってくれたのだった。
だが、彼が逝去し、この欠点の所為で先輩にも同期にも、はては後輩にも馬鹿にされ、ラジームにも厄介者扱いを受けてこの仕打ちに至った。まだ墓守隊に流されないだけマシかもしれないが。
今でも一人で訓練はしているが、誰にも勝てる気がしないのが情けない。
(くっそぉ……!)
自分の情けなさに毒づくが、さらに虚しくなるだけだ。
しかも、妹分は左遷で落ちぶれても輝かしい実績は残しているし、今でも尊敬している者がいるのも知っている。
――昔は、自分の方が強かったのに。
言いようのない不快でどす黒い感情が腹の底へと溜まり、知らず知らずのうちに痛くなるほど奥歯を噛みしめる。
俯くノイドに、ラジームは鼻で笑う。
「ああ、あと。書類整理が終わったら備品の整理、それから訓練場も綺麗にしとけ。明日、武器商会から人が来るから、その前に在庫の確認とその他補充する物を分けとけ」
「ちょっと待ってください!」
見ていた、というよりは無視されていたカルシオンが、割って入って来た。
「もう彼は定時ですよ! それに、一人で終わるような仕事量じゃありません! 毎日毎日時間外労働が過剰なのは分かってるんですよ!」
「それは聞き捨てなりませんね。一人の騎士に対してこの対応は団長としてどういう了見なんでしょうか」
ディックも眉間に皺を寄せて詰め寄る。
「……違う部署の人間が口出しするとは、第三の団長は教育が行き届いていないようだな」
ラジームが睥睨し、周囲で雑談をしていた騎士も息を潜める中、ディックは微塵も怯まなかった。
「お言葉ですが、どの軍でも仕事は均等に行っております。殿下……いえマグネス団長の教育が行き届いていないわけではありません。そちらの規定がおかしいと申しあげているんです」
「ふん。お前は知らないだろうが、こいつはガイストも能力もろくに成長していない愚図なんだぞ。雑用で使ってやってるだけありがたく思って貰いたいぐらいだ」
彼の嫌味に後ろの二人が嘲笑した。
その発言にディックがさらに口を開くが、それよりも早くノイドが立ち上がり、彼の肩に手を置いて横に並ぶ。
「申し訳ありません。明日には終わらせておきます」
「ふん! 役立たずは黙って言われた仕事をしてればいいんだ」
ノイドが黙って頭を下げると、彼は去り際に愚痴を零した。
「それにしても今の軍をまとめる連中は若すぎて困るな。うちのといい、第二、第三は甥っ子たちだし、第四は平民ときた。終戦してから軍がたるんでるんじゃないのか。挙句に墓守も、左遷を食らったあの小娘が隊長とは。人材の墓場とはいえ、同じ人を率いる者として反吐がでる」
「!」
誰の事か気付いたノイドは、喉まで出かかった言葉を呑み、拳を握り込んだ。
「――……」
幼馴染みを侮辱されて文句の一つも言えなかったノイドは、自分自身の醜態に吐き気すらした。
何もかも我慢して顔を上げると、ディックが彼の前に立つ。
「ノイド! このまま黙ってていいのか!? お前、気付いてないかもしれないけど、目の隈も日に日に酷くなってるし、このままじゃ過労死も……」
「大丈夫だ」
「……だからそう見えないって! エリーゼもいるんだ、もっと自分の体のことも考えろって!」
「…………悪い、ディック。仕事あるから、また今度誘ってくれ」
必死で心配してくれる友人に顔を背け、席に座り直す。
あの幼馴染みといい、この友人といい、どうして身近な者達はこんなにもどんどん先へ進んでいるのに、自分だけ進めないのか。
あんなに焦がれていた騎士になったのに、どうして楽しくないんだ。
あまりの差と自己嫌悪で、友人の顔すら見れない。
「ノイド……!」
「お疲れ、ディック。カルシオンもな。……あ、そうだ、エリーゼに遅くなるって伝えておいてくれないか?」
「う…………」
言伝を頼まれたディックが声を詰まらせると、カルシオンがノイドの肩に手を置いた。
「分かった、伝えとく」
「おい、カルシオン……!」
「『ノイドと残業したあとに飲みに行くから、帰りは深夜になる』ってな」
カルシオンはウィンクをすると、責めようとしていたディックは目を瞬かせ、すぐに後ろ頭を掻いて失笑した。
「なるほど。じゃ、俺は団長に別部隊の仕事を手伝う許可貰ってくる。ついでに第一軍がどんな状況かも分かるから一石二鳥だろ」
「よーし、互いに早く戻ろうな!」
ディックとカルシオンが拳を合わせ、ノイドの意見を聞くこともなく立ち去ってしまった。
「……!」
何も返せなかったノイドは無意識で目頭が熱くなるのを感じた。
過労の心配をしておきながら、飲み会はするつもりなのだから、あの友人達は馬鹿だ。
「本当にバカだな……」
小さな声で呟く。だが、同期達が能力が伸びない彼を見捨てて去る中、あの二人だけはどんなにノイドが突き放そうとも『友』と呼んでくれる。
何もかも行き詰ったノイドにとって、それが救いでもあるのだった。
ノイド視点投稿完了。
実はルテナ視点の方がかなり長いです。というか、次の視点は二人の視点ではなく、子供の頃のクロム視点です。ルテナが公爵の護衛になった頃の話しとなります。こんな感じで過去の話しが他にもあります。どうしてかっていうと、二人の抱える問題は子供の頃のことだからです。
……やっぱR15指定した方がいいだろうか……(悩)




