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第一章 1

※注意※

この章では差別的な表現があります。しかし、決して現実に当てはめて考えないようお願いします。これは創作であって、何かを訴えたいわけでも差別したいわけでもございません。あらかじめご了承の上でお読みください。


十年後。

幼い頃の苦い思い出を夢で見ていたノイドは、武器庫で目が覚めた。

あれから目指していた華々しい騎士街道など全く歩めず、四年間騎士を務めてもまだ平騎士。

それどころか仕事を押し付けられ、パシられる毎日。

そんな時に、守護騎士から降格され、窓際部隊と揶揄される『第十二軍』に左遷されたルテナが『首都勤務の墓守』として戻って来る。

       1


 がしゃーんっ!

「ぐぉわっ!?」

 金属の甲高い音、背中に当たった硬い感触と衝撃(しょうげき)でノイドは目が覚めた。

 古びた机に突っ伏した寝ていたノイドは、薄く埃が立つ中、起き上がる勢いで背中に倒れて来た槍の束(たば)を押しのける。後ろで再び盛大(せいだい)な音がしたが無視して怪我がないか確認する。

 異常はない。槍の穂先が当たらなかっただけ幸運だ。

「おー……いてててて……」

 打撃の痛みだけで済み、首筋を擦(さす)りながら、最悪な寝覚めに悪態(あくたい)をつく。

「なんだ、夢か……くっそ……」

 あれから十年。

 二十歳となったノイドは、鍛え上げた腕を回し、首を軽く傾げて音を鳴らす。

 ざんばらに短く切っている髪を乱暴に払うと、埃が落ちた。眠たそうに瞼(まぶた)を半分下ろし、口をへの字に曲げている表情は、柄(がら)の悪い青年そのものだ。

 ノイドが着ているのは全体的に茶色に統一された団服。詰め襟(えり)の上着(うわぎ)は袖(そで)や襟など要所(ようしょ)に細かな赤い糸で刺繍(ししゅう)がされ、国の紋章が浮き彫りにされたボタンで留め、右胸から右肩へと赤い紐が三つ垂(た)れている。男女共に同じ動きやすさを考慮(こうりょ)された茶色いズボンにブーツという服装だ。

 しかし、ノイドの団服は薄く汚れ、袖をめくり上げているせいで左腕の赤い腕章が歪(ゆが)んでいた。

 あの一件の後、予定通り特待生(とくたいせい)として首都にある六年制の騎士養成学校へと入学し、四年前に騎士養成学校を卒業、順当に騎士団に入団した。

 一番下の『鉄の徽章(きしょう)』を手にして、晴れて『騎士』と名乗れる身分になったはいいが、幼い頃に夢見た凛々(りり)しく勇ましい騎士とは、程遠い仕事をしている。

 四年も経(た)てば、普通は町の巡回(じゅんかい)などが回ってくる、はずである。

 現に同期は巡回、警備(けいび)に従事しているし、優秀な者はさらに上位のする仕事を任されている。

 なのに。

 周囲に人はなく、静寂(せいじゃく)が支配している。

 ここはとてつもなく広く、金属の臭いと若干のカビ臭さが充満(じゅうまん)していた。今は埃を立てた所為で少し喉(のど)も痛い。

 ノイドの周り、いや壁から床まで、種類別に武器が詰め込まれ、ひしめきあっていた。つまるところ、ノイドは武器庫にいるのだ。

 槍の整備をしている最中にあまりの疲労に寝落ちていたのだった。

 ノイドは木製の古い椅子に背を預け、汚い雑巾(ぞうきん)を壁に叩きつけた。

「だああっ! 何やってんだ、オレはー!」

 叫んでみるも、突っ込む者すら誰もおらず、雑巾が虚(むな)しく床に落ちるだけだ。

 やり場のない怒りだけが募(つの)るノイドは、ため息を肺が空になるほど吐き出した。

「あー、くそっ。なんで昔の夢なんて見るんだ」

 事件の後に、いざ首都に行くことになった時、ルテナに誓って別れたというのに。

 あの時の言葉が思い出される。

 ――オレ、絶対に騎士になって王国全土に名前を轟かせてやるからな!

 ――はいはい。楽しみにしてるよ。

 なかば呆れ混じりの口調だったが、その逆に澄(す)んだ翡翠(ひすい)の瞳は真っ直ぐ見つめて見送ってくれたのが印象的で、彼女らしかった。

 あの頃の、輝かしい騎士を夢見て旅立ったのが懐(なつ)かしい。

 だが現実は……。

「どうしてこうなったんだ……」

 はたっと気付いたノイドが急いで時計を見る。

「…………あ。ああっ!? や、やべー! 一時間も過ぎてるじゃねーか!」

 倒れた槍も、投げつけた雑巾もそのままに、ノイドは慌てて外へと疾走(しっそう)した。


       ◇


 アルマンディン王国の首都スペッサルティンは別名〝迷路(めいろ)の都〟と呼ばれる程、複雑な作りをしている。

 というのも、数代前の国王が、最後の砦(とりで)として町全体を機能させようとした結果、無秩序(むちつじょ)とも言える増(ぞう)改築(かいちく)が成された。

 そうして出来上がったのが入り組んだ道が無数にあり、小道(こみち)に入った瞬間、天然迷路に迷い込む町だったのだ。下手をすれば住民すら迷う程の都市になってしまったらしい。

 ただ、白く頑丈(がんじょう)な石に赤が主流の屋根が特徴の建造物がほとんどのため、街並み自体は美しく観光地としては人気が高い。

 中でも観光名所で最も訪れられるのは、何と言っても宮廷(きゅうてい)だった。

 城の周囲は防衛のための水路で囲われ、尖塔(せんとう)のような大小様々な赤い屋根と白い壁、水に浮かぶような作りの絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な美しい宮廷として知られている。

 見晴らし台から町を見下ろすと、まさに絶景だ。

 その宮廷に隣接(りんせつ)するように建てられた、上から見ると六角形の星型をした一風(いっぷう)変わった建物が、王国が誇る最強の騎士団、王剣(おうけん)騎士団の本部だ。

 ノイドは慌てて本部を出ると、騎士用に設置された船着き場でゴンドラを引っ張り出し、それに乗り込んで水路へと出た。

 実はこの迷路の町、宮廷を中心に二本の大きな水路が十字に都を横切るように通っていて、川を渡れば簡単に端から端まで行くことができる。そのため、船を利用する者はかなり多い。中には商品を船に積んで商(あきな)いをする者もいる。

 水路を渡りながらノイドは渋い顔で悩み始める。

「あー……なんて言うかなぁ。雑用うんぬんは騎士団に来たら分かっちまう事だし……つーか、知ってそう……」

 遅刻に関して全く反省の色がないが、ノイドは鬱々(うつうつ)と思案する。

「また悩みが増える生活か……最悪だ」

 軍団長からも仕事を押し付けられ、直属の隊長には嫌味を言われ、先輩達から華やかな騎士の仕事かけ離れた雑用を押しつけられ、夢見た騎士生活とは程遠い、パシられてばかりの日々。

 言えるはずが無い。

「くそっ。なんで来やがんだよ。オレの身にもなれってんだ」

 ぶつくさと悪態を吐き、待ち合わせの城壁の近くまでやってくる。

 相手はすぐに見つけられるだけの目立つ格好をしているはずだ。

 ぐるりと周囲を見回すと、水路の柵(さく)に寄りかかっている人物を見つけた。

 後ろ姿だけでも真っ黒だ。膝まであるフード付きのロングコートを着込み、足元には旅用の背嚢(はいのう)が置かれ、布で覆われている両端(りょうたん)の幅が広く、平たい形をした細長い代物――明らかにシャベルと分かるが――を背負っていた。

 ノイドは知っているが、上から下まで、全て黒で揃(そろ)えている、文字通りの黒ずくめで、歩道を行く人々が、嫌悪の表情や、視線を逸らし、通り過ぎているが全て無視。暢気に三段重ねの食べかけのアイスを舐めていた。

「はぁ……」

 見つけてしまった事に対してか、今後の事に対してか、思わずため息を漏らしたノイドがゴンドラを寄せて行くと、気付いたのか肩越しに振り返り、フードを取った。

 その拍子(ひょうし)に淡い栗色の髪が揺れる。髪は肩より若干下あたりまで伸ばし、左右で三つ編みに編み込み、後ろで纏(まと)めてポニーテールにしているという髪形だ。

 十八歳になったルテナは、幼かった顔立ちも大人の女性になり、綺麗な翡翠色の瞳に小馬鹿にした雰囲気を醸(かも)し出して見下ろしていた。

「やぁ」

「何が『やぁ』だ。目立ってるじゃねーか。なんで普通に旅装束じゃねーんだよ」

「一時間以上も待たせた人が言う事かな? あんまり会う機会ないから、あたしが来たら本部まで送ってやるよー、って連絡して来たくせに」

 刺々しい言葉を吐く子供ではあったが、語彙(ごい)が増えたのか、性格が軟化(なんか)したのかそういう言動はなりを潜めた。しかし、いつも飄々(ひょうひょう)と人を食ったような事を言うようになった。昔からそういう気(け)はあったが、どうしてこうなってしまったのか。

「ぅぐ……悪かったよ」

 文句を言い返され、ノイドは言い返すネタになりそうなアイスを見て渋面を作る。

「黒服の団服来た奴がアイスとか似合わねーぞ」

「年頃の女の子に言う事じゃないね。しかも服の駄目だしとか、男としてどうなの?」

「嫌なら女らしくしろ」

「えー? 冗談でもナンパ系の台詞言ってみたりしなよ。恋人持ちのくせに。つまらない男だと思われちゃうよ?」

「シャベル背負って、男みてーな格好して、顔見ただけで犯罪組織のボスも逃げ出す女騎士が何期待してんだ」

 自分で言ってて悔(くや)しさがこみ上げる。

 今言ったことは、本当にあったことだ。ルテナが関わった案件で、犯罪組織壊滅任務があったのだ。乗り込んだルテナを見た瞬間に、組織のボスは『誰か』を理解して逃げだした。もちろん、ボスを含めたメンバー全員がルテナによって捕縛(ほばく)されたというおまけも付いた逸話だ。

 突っ込まれたルテナはと言うと、素知らぬ顔で視線を逸らす。

「悪人や裏社会で有名になって困ってたところだよ、全くさぁ……」

「馬鹿言ってねーで船着き場に移動するぞ。そこにあるから……って」

 ノイドが端(はし)にあった船着き場を指差すが、ルテナは背嚢を肩にかけ、ひらりと柵を飛び越え、コートをなびかせながらゴンドラへ乗り移った。一般人ならそんな事をすれば、船がひっくり返りそうなものだが、ゴンドラは僅(わず)かに揺れただけだ。

 その平衡(へいこう)感覚(かんかく)と大胆さにノイドがぽかんと口を開けるとルテナが一瞥(いちべつ)する。

「ほら、何情けない顔してんの。陛下が首をながーくしてお待ちかねのはずだけど?」

「く……そう思うんなら一時間も待たずに本部に来りゃいーんだ」

「いやぁ、先に墓地に行った人に、荷物渡したんだけど、その時に『連絡(れんらく)石(せき)』も一緒に持って行っちゃったの。連絡手段無いし、行き違いで待ちぼうけさせるわけにもいかないかなーって」

「伝言ぐらいその辺の店の人にでも言えばいいんだ。お前なら誰だって承諾(しょうだく)するって。首都全員に顔バレしてる有名人がよ」

 ずっと待っていた理由を聞いてノイドが嘆息する。

 ルテナは彼へひらりと手を振った。

「あ、ちなみに総団長には『今日中に着く予定です』ってだけ言っといたし、この町の特色も熟知してるだろうから、夕方になっても平気だけどね?」

「言ってる事が矛盾してないか!?」

「してないしてない。早いに越した事はないんだから。はい、出発」

「ぐぬぅ……」

 ノイドとは反対側のゴンドラの隅(すみ)に腰を降ろしてアイスを舐めるルテナに、なぜか先輩達からパシられている気分を味わうノイドである。

 怒鳴り散らすのも大人げないと思い直し、ノイドがゴンドラを進ませ始める。

 慣れた手つきで長い棒を使ってゴンドラを進ませながら、ルテナを横目で一瞥する。

「お前さー、なんでエリート街道だったのに落ちぶれちまったんだよ」

「ひ、み、つ」

 ルテナが愛嬌(あいきょう)たっぷりにウインクするが、それすら機嫌が悪かったノイドには怒りを煽(あお)られたようにしか思えない。

 実はルテナはノイドより経歴が華やかなのだ。

 彼女もあの後、予定通りにグロッシュラー公爵領へ専属護衛として行っている。

 二年間、かなりガリウスに鍛えられたらしく、特に蹴り技に磨(みが)きがかかったという。靴にも鉄の板を仕込んで蹴りの威力も上がり、その【加速】能力で強化された脚力は瞬間移動かと思うような速度で視界から消え、その蹴りは鋼鉄の盾で防御した相手を盾ごと吹き飛ばし、その盾にはくっきりと足跡が残っていたという。

 それが由来して、彼女は〈鉄脚(てっきゃく)〉の異名を持つ。

 さらにはガリウスが元王族の為、首都にも頻繁(ひんぱん)に顔を出さねばならず、それに付き合って何度も公爵領と往復する生活になったのだ。首都にいる時は休暇になるとノイドに会いに来ては観光をせがんでいた。

 だから、ずっと離(はな)れ離(ばな)れかと思っていたノイドは拍子抜けしたものだ。

 しかも、十歳になると、ガリウスの推薦で、騎士養成学校に特待生として入学してきたのだ。本人は嫌だったようだが、周囲が必死に説得してやっと学校へ行くことになったのだと父のハロルドから聞いた。

 さらに入学直後からノイドとは、いや一般学生とは違う生活を送った。

 ノイドは恨めしそうに妹分を見る。

「アルミナ王女殿下の守護騎士だろ。色んな功績立てて勲章(くんしょう)まで貰ってよぉ……」

「元を付けなよ。元を。今は窓際(まどぎわ)部隊の平(ひら)騎士(きし)でーす」

 飄々と手を振るルテナに、膨(ふく)れ上がっていた嫉妬と怒りは萎(しぼ)んで、呆れて脱力する。

 ルテナは特待生で、かつ王族の子息女と同い年だけが得られる特権、守護騎士の座を手に入れたのだ。

 同い年の第一王女アルミナの護衛として、同じクラスで勉学し、共に城での生活。しかも『近衛騎士見習い』として精鋭近衛騎士と軍団長達から教育を受けられるという贅沢(ぜいたく)っぷり。

 彼女もまたその期待に応えるかのように、常に成績トップ。当然、首席で卒業も果たし、少数精鋭『王家直属の騎士』近衛騎士団に入ったエリート中のエリート。

 学生時代はそれはもう学生たちのみならず現役騎士達からも羨望(せんぼう)の的だった。

 それも当然だ。なにせ村人からの特待生は少なからずいるものの、王族の守護騎士に抜擢(ばってき)された平民出身者は、長い歴史の中でルテナで四人目。

 彼女はなんてことなさそうにしているが、実は快挙(かいきょ)を成し遂げているのだ。

 ノイドは長いため息を吐いて顔を背けて呟く。

「…………オレだって……」

 ノイドもまたアルミナの兄にして王太子・第二王子マグネスと同い年だったため、推薦組としてルテナのように護衛試験を受けたのだが、夢で彼女に指摘された通り、選ばれなかった。

 もしマグネスの護衛に選ばれていれば、ルテナと同じくエリート街道(かいどう)のはずだった。

 なぜ、騎士を嫌がったルテナが夢にまで見た理想の騎士街道を歩き、自分は一般騎士どころか雑用なのか。意味が分からない。

 国王の誕生祭に王城のテラスに現れた王女に付き従い、学生でありながら団長・副団長・近衛騎士に許された『白い団服』に身を包み、守護騎士の証である『紅玉の徽章』を付け、王族それぞれが個人で持つ紋章入りのマントまで羽織り、王女の傍(そば)に凛然(りんぜん)と立つルテナを見た時は、不謹慎(ふきんしん)にも怒りがこみ上げた。

 ――あれだけ誘っても、騎士にならないって言ってたくせに。

 そのことばかりが頭の中で渦(うず)を巻き、爪が食いこんで血が滲(にじ)むほど拳を握り絞め、歓声を上げる人混みの中から見上げるしかなかった。

 ……だが、一年前に突然出世街道から外れて、左遷されたのだ。

 彼女は現在、エリートとは真逆の窓際部隊『第十二軍』に所属し、墓守(はかもり)をしているのだ。コートで見えないが、『墓守隊』が着用する黒い団服を身にまとっているはずだ。誰もが憧れる白の団服から、忌み嫌われる黒い団服に。

 一般人にも有名だっただけに、その当時は非常に悪い意味で話題になっていた。

 何か不正をしてたとか、媚(こ)びを売るために貴族に体を売ってたとか、敵国と内通(ないつう)してたんじゃないか、なんて根も葉もない酷い噂が後を絶たず、ノイドも耳を塞ぎたくなるほどだった。

 ついさっき過去の夢で「しつこくしたら墓守隊に入る」という話をしていたが、まさか本当に入るとは思わなかった。

 ノイドは悔(くや)し紛れに憎まれ口をたたくフリをして本音を吐露した。

「あーあ、守護騎士試験……能力が違ってりゃ合格してたかもしれねぇのに」

「いや、能力も性格も護衛向きじゃないから無理だよ」

「……は?」

 ノイドは目を点にし、ルテナは短くなったコーンを口に放り込んで続ける。

「何? 子供の頃に指摘(してき)したじゃん。忘れたの? 性格からして護衛向きじゃないでしょ。目立ちたがって敵に突っ込んで行く奴に、護衛が向いてると思う?」

「うぐ……もうそんな性格じゃ……」

「今はそうじゃなくても、試験の時はそうだったでしょ? ちゃんとそういう細(こま)かい所も見られてるよ」

 指摘したルテナは呆れてため息を吐く。

「ねぇ、きつい事言うけど、騎士辞めれば? ノイ兄は子供の頃から周りにちやほやされたい気持ちが強すぎ。ずっと『英雄になりたい』とか『有名になりたい』って思ってんでしょ? 有名になりたいなら別の分野に切り替えるべき。元騎士ってだけでも就職先は困らないよ」

「う、ぐぅ……」

 ノイドの性格を熟知した上での忠告に、彼は苦言(くげん)を呈(てい)したことすら恥ずかしくなる。

 多少は落ち込んでいる様子のノイドを、ルテナは意味深に見上げる。

(……これヒントになったかな……)

 幼少から彼をよく知るため、その表情一つで心情も手に取るように分かる。

 そして彼の現在の『悩み』も知っている。

 昔から一から十まで言葉で教えていたが、今回ばかりはそうはいかない。自分で気付いてこそ、成長できるということを、大人になったルテナは知った。

 だからこそ、せめてヒントを伝えたいのだが、難しいし、もどかしい。

 気付かなくても、騎士をやめる選択肢もあるのだと示しているが、諦めはしないだろう。彼の良い所は『諦めない胆力』だ。

 ルテナは一旦諦めて、話題を変える。

「そういやおじさん達がね、『たまには顔見せろ』って言ってたよ。長期休暇ないの?」

 実は左遷先が故郷のアンドラ辺境伯領だったルテナの発言に、ノイドがそっぽを向く。

「……戻って何すんだよ。往復するだけで一週間かかるんだぞ。行くだけ面倒だ」

「エリーゼさんとも会いたいって」

「う……」

 ルテナが出した名前にノイドが声を詰まらせた。

「え、もしかして愛想(あいそ)尽(つ)かされた?」

「違う! ちゃんと付き合ってるっつーの! ……恥ずかしいんだよ、恋人連れてくの」

 ノイドがそっぽを向く。その耳が真っ赤になっていて、ルテナは視線を逸らした。

 エリーゼはノイドが首都で出会った女性で、婚約者だ。ノイドには勿体(もったい)ないほど清楚でお淑(しと)やかで、気配りも出来る美しい女性だった。

 複雑な心境なのを胸に秘め、ルテナは変わらぬ口調で茶化(ちゃか)す。

「親不孝だねぇ……婚約決めて親に顔見せに行ったっきりらしいし?」

「そういうお前は王女(おうじょ)不孝(ふこう)じゃねーか。アルミナ様の今の守護騎士は近衛騎士の歴戦の方がされてるけど、殿下も相当困ったんじゃねーの?」

「…………それについては申し訳ないと思ってる」

 ルテナが不意に顔を背けて黄昏(たそがれ)る。

 その様子にノイドは逆に黙り込んでしまった。

 平騎士と元とはいえ守護騎士の情報は天と地の差がある。もしかしたら一言だけで国が傾くような情報すら彼女は隠しているかもしれない。

(そういや家族みたいな関係でも仕事の事は話しちゃいけねーって授業あったな。何してんだ、オレ)

 仕事をしている大人としてあるまじきことだったと気付いたノイドが声を掛けようとしたその時、騒々しい足音が甲高い罵声と共に近づいてきた。

「こらーっ! 待ちなさい、そこの二人!」

 横道から聞こえて来た事に気付き、ルテナが一瞥すると、二人の青年が全力疾走で突っ込んで来た。

 文字通り疾風の如(ごと)く駆け抜け、何の躊躇(ためら)いもなく、水路のある柵を飛び越える。

 そして驚く通行人を余所(よそ)に、二人は航行(こうこう)中の船を足場にし、ルテナとノイドの間も踏み台にして、向こう岸まで渡ってしまった。

 下手をすれば船ごとひっくり返っている所業(しょぎょう)だが、とんでもない平衡感覚で足場にされた船はあまり揺れておらず、ただ船乗りが驚いているだけだ。

 さらに、追い掛けている女性も柵を乗り越え、彼らと同じように水路を渡って行く。

 我に返って見送ったノイドが沈黙する中、ルテナが感嘆(かんたん)と向こう岸を見つめ、女性の後ろ姿を見て失笑した。

「相変わらずじゃじゃ馬のようで」

「今のアルミナ殿下だったよな。じゃじゃ馬なんて言っていいのか?」

「こちとら脱走癖(だっそうへき)で有名な姫様と姉妹のように育って、町中連れ回された身ですが、何か?」

「あ、はい。ご苦労様です……」

「……ところで」

 ルテナは不思議そうに首を傾げ、三人の背中を見つめる。

「姫様が追っかけてたの、騎士だけど何かあった?」

「あー……ここじゃ名物になりかかってるな。逃げてた二人組には関わるなよ。ありゃ第一軍じゃ不良騎士で名高い連中だ。殿下は副団長で、直属の部下だから、説教するために追っかけてるわけ」

「へえー」

 ルテナは気のない返事をし、騎士達が見えなくなってもその方角を見ていたのだった。

続きを書いてたらすっかり投稿を忘れておりました。


前書きでも記載しましたが、差別要素があります。残酷描写もあります。

こんなつもりじゃなかったんですが、サイコパスも別の章で出てきます。

……15Rに設定した方がいいんでしょうか。

ひとまずいつでも設定できるので、このまま進めます。


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