プロローグ 4
『鋼人』と呼ばれる種族が暮らすアルマンディン王国。
その国の国境付近の小さな村に住む子供が二人、故郷を後にすることになった。
少年ノイドは騎士養成学校への入学が決まり、首都スペッサルティンへ。
少女ルテナは隣の領地の公爵に護衛として住み込みが決まり、グロッシュラー公爵領へ。
それぞれの道を歩み始めるため、迎えに来た騎士や公爵たちと合流した矢先、王国と敵対するクリノクロア神聖国の敵兵の奇襲に遭遇してしまう。
4
遠方からの轟音はあっという間に近づいて来た。
ハロルドとノートンも、子供達が気付かないうちに武器を手に御者台から飛び降りて警戒態勢に入っていた。
上空を鳥のような形の影が石畳をいくつも横切って行く。
黒煙が至る所から上がり、数秒後には光の球が空から降って来て右隣の建物が崩れ、続いて上がった大きな土煙に悲鳴が重なる。
ノイドは何が起こったか見極めようと、逃げ惑う人を避けながら煙の奥を凝視した。その先の、煙の中から現れた人影に、見たことがなかった子供達の表情が強張る。
人、といってもその外見はかなり差異がある。
額には流麗な角、耳は尖って獣のような獣毛に覆われている。背中にはコウモリか鳥を思わせる翼。トカゲのような尻尾。山羊か羊を思わせる横長の瞳孔を持ち、全身から押しつぶされるような威圧感が滲みだしていた。しかし、その容貌は美しく、他の部分さえなければ見惚れてしまっていただろう。
亜人の中で最も人との違いが激しい種族。
彼らは様々な獣の特徴を持ち合わせる『獣人』と総称される。
そして、山脈で分断されている南東、地図上でな右下に位置する土地を統治する『クリノクロア神聖国』の住民だ。
彼らは『獣人』という呼称を嫌い、自らを『天の使い・天使』と称し、全ての獣の特徴を持つことから「大陸の覇者は我々天使だ」と豪語し、アルマンディン王国へ何度も侵攻を掛けて来ているのだ。
しかも、彼らは陥落した地域の女・子供は誘拐し、男は容赦なく殺している。どうやら奴隷にしているようで、鋼人にとってはこのことについても問題になっていた。
ラルフが歯噛みする。
「防衛部隊との合流前に町に奇襲に来たか……!」
周りは空にも数人が飛翔し、遠くで、近くで黒煙が無数に上がっていた。
ノイドが先程の話を思い出している間に、空中に浮かぶ獣人が無造作に上げた手に複雑な魔法陣を形成し、手近な建物に向かって巨大な光の球を放つ。
獣人は莫大な魔力を空に有し、彼らが〝魔法〟と呼ぶ人智を超えた術を操るのだ。
魔法で崩落した建物から礫が散り、炎と煙が天高く伸びていく。
一瞬で惨状と化したその場に、近くに獣人が三人、道端に降り立った。
すかさずラルフが部下達に指示を飛ばす。
「何人か、子供達の護衛に付け! ガリウスとフォーゲル卿と俺で獣人を減らす! 残りは近隣住民の避難誘導!」
「はいっ!」
騎士達がすかさず動き、ハロルド達もから出て来た従業員と商人を連れて、護衛の騎士と一緒に、獣人から離れるように逆方向へ走りだした。
しかし、ノイドが意気込んで騎士達の方へ駆けていく。
「オレも戦う!」
「って、こら!」
騎士の後を追って走っていく息子に、ハロルドが続けて追いかける。気付いた護衛の騎士が一人、踵を返してノートンに叫んだ。
「先に行っててください!」
「はい! こちらは平気ですので、ノイドをお願いします!」
ノートンが返事をすると、ルテナと共に商人達を守るように弓に矢をつがえ、いつでも引き絞れるようにしながら、他の獣人を警戒しながら誘導していく。
その間に、子供だったことが功を奏し、すぐに追いついたハロルドが無理やり抱え上げた。騎士も隣で安堵するが、すぐに周囲を警戒する。
「馬鹿! こんな時ぐらい親の言う事聞け!」
「うわ! なんだよ、オレだって戦えるって! 盗賊団だって……」
「獣人と人間を一緒にするなっ!」
ハロルドのいつもの怒鳴り声とは全く違う切迫した真剣さに、さすがにノイドもビクッと首を竦めた。
大人しくなった息子を抱えて、騎士達とは逆方向へ踵を返す。
刹那、彼の背後に獣人が降り立った。髪も服も鎧も全てが深紅の獣人で、一対の角の内、右の角が途中から折れている、鋭い金の瞳が印象的な獣人だ。
「あぶな……」
いち早く気付いた騎士がハロルドを突き飛ばし、彼はつんのめって前のめりに倒れる。
「わっ!」
勢い余ったのか、潰れないようにしてくれたのか、ノイドが放り出される。彼は石畳を転がって受け身を取り、すぐに体を起こして、二人の方へ目を向けた。
瞬間、背中を向けていた騎士の体が斜めにずれた。石畳に上体が生々しい音をさせながら崩れ、一拍置いて血の噴水を上げながら下半身が倒れる。
「え……?」
たったの一瞬のことで、ノイドが呆けた声を上げる。瞬く間に広がる赤い水たまりと、血と臓物の嫌な臭いがする。
「う……!」
ノイドが口に手を当てる。獣の血液で嗅ぎ慣れているはずの臭いなのに、人のそれは濃度が高く感じ、人の死に際の姿は全身から血の気が引き、寒気すら覚えて吐き気を催した。
「うぅ……」
騎士の遺体から目が離せないでいると、手前でハロルドが呻いている事に気付く。その背中は斜めに切り裂かれ、服が真っ赤に染まっていた。おそらく、騎士が受けた攻撃が掠めたようだ。逆に言えば、騎士がいなかったら死んでいた。
「と、父さん……!?」
「お、俺に構うな……っ! 早く逃げろ……!」
腕に力を込め、起きようとするハロルドへ、獣人が一歩踏み出す。
その獣人は黒い角で、翼は蝙蝠のような漆黒の被膜だった。
片手は血で染まり、爪が鋭利に長く伸びていた。たった一振りで人間の胴体を真っ二つにする爪だ。
「……! オ、オレだって、戦える!」
ノイドは意を決して、無我夢中で立ち上がり、剣を生成させて火球を飛ばした。
獣人が片手で払うと大きな爆発が起こる。腕が大きく弾かれたことに驚いた獣人にノイドが突撃した。
「うおおおお!」
炎を刃に纏わせ、獣人へ斬りかかる。しかし、振り切る前に腕を掴まれ、一瞬にして天と地がひっくり返ったかと思うと、背中から石畳に叩きつけられていた。
「がっ!」
息がつまり、骨が軋み、背中に激痛が走る。
集中が切れてガイストが解除され、胸を踏みつけられて今度は胸に痛みだした。詰まった息が上手く吐き出せず、ノイドが大きくあえぐ。
「ふ、ぐぅ……ぁ……」
「面白い能力を持ってるじゃないか」
見上げると冷徹な獣人の眼差しと目が合った。白煙を上げる腕は大した火傷にすらなっていない。
愕然としていると、にたりと獣人が口を歪ませて嗤う。
横長の瞳孔がさらに細く見え、人とは違うその目に悍ましさを感じた。
「いいこと思いついた。お前をココでいたぶって、連中の怒りを煽ってやろう。お前が悲鳴を上げれば上げる程、俺達の強さの証明になるってわけだ。さぁて、どこから壊せばいい声で鳴くかな?」
ぞくりと全身に悪寒が走り、冷や汗が吹き出す。
――死ぬ。殺される。……いや、違う。もっと恐ろしい目に遭う。
本能的な恐怖と、今から起こりうる最悪の展開を直感し、ガチガチと歯が噛みあわず、震えが止まらない。
――いやだ、怖い。怖い。助けて、誰か。
「やめてくれ! まだ子供なんだ!」
父親の悲痛な絶叫が耳朶を打った刹那、騒ぎを察知してノートンと、逆側にいたラルフ達が気が付いた。
「い、いかん! 今助け……って、ちょっと待ちなさい!?」
ノートンの驚愕の声と同時に、ラルフの鋭い声が跳ぶ。
「……全員戻れ! 彼が危ない!」
その時、獣人が指を虚空に躍らせると、細い光がついて行くように伸び、正方形の光の結界が道路一杯に展開された。
「ああ、クソ!」
ガリウスの悪態と一緒にガツンと固い音が聞こえる。どうやら入ることができなかったようだ。入っているのは獣人とノイド、そして負傷しているハロルドの三人。
がつん、がつん、と鈍い音がする。騎士達が結界を攻撃しているようだが、能力を無効にする力でもあるのか、物理攻撃に強いのか、破壊には時間がかかりそうだった。
――終わった。
一瞬だけの希望が再び絶望に代わる。
心臓が凍り付き、恐怖で今にも泣きそうなほど顔を歪めると、獣人が満足そうに笑う。
「いいねぇ、良い声で泣きそう――」
刹那、ノイドを押さえつける足の具足の間隙に、風を切る鋭い音と共に矢が突き刺さった。
「っ!」
顔を歪めた獣人が思わず足の力を緩ませた。その瞬間に、ノイドは胸倉を掴まれ、凄まじい勢いで引っ張られた。
「うわっ!」
唐突に全身を包む風圧と、急激に進む青空と視界の端の建物に仰天して声を上げる。
しかし、一瞬にしてそれらが終わり、石畳に背中をしたたか打ち付けた。
「う!?」
少し呻いてから、慌てて顔を上げると、獣人から遠ざかっていた。そして隣には、屈んでいるルテナがいる。口にナイフをくわえ、片手に弓を持っている。
ノートンが呼び止める声は、ルテナがノイドの方へ【加速】による全力疾走をしていたからだったのだ。
しかしそのおかげで、誰も入れなかった結界に滑り込めたらしい。
ルテナがナイフを一時解除すると、体の輪郭に沿って煌めいていた淡い光が粒子になって霧散した。
「る……ルテ」
「ばかぁぁぁぁぁ!」
ばしぃん!
恐怖で震え、顔を強張らせるノイドの頬へルテナの小さな手による平手打ちが炸裂した。
「ぶふ!」
平手打ちの衝撃の後にじわりと頬に痛みと熱を感じた。
突然の味方への仕打ちに獣人も驚いたのか止まっている。
「勝手に! 行動して! 捕まって! 何やってんの!?」
びし、びし、びし、びし!
言葉を区切りながら、額にデコピンを連発する。
「いででででで!」
「自分が悪いって自覚ある!?」
完全に怒髪天のルテナに、ノイドは反論しかけた口を閉じた。
「……もういいかぁ? 一人増えたところで勝ったつもりかぁ?」
激怒しているルテナを見て、獣人が足から矢を引き抜き、口の端を吊り上げた。ノイドは今更になって気付いたが矢羽が赤だ。熊でも一本の矢で死に至らしめる猛毒を食らったはずなのになぜ立っているのか。
「痛てぇだろうが。返すぜ」
言いざまに、矢を投げた。ルテナにではなく、上体を起こしていたハロルドへ。
同時に立ち上がりざまにルテナの片腕が霞み、放たれた矢はハロルドの手前で真っ二つになって落ちる。
ナイフのガイストを構えながら、ルテナは獣人を睥睨したまま言う。
「けが人は伏せてて! 邪魔!」
「あ、はい……」
戦闘への集中と、凄まじい殺気、正論を指摘されハロルドが大人しく伏せた。
ノイドは冷や汗が頬を伝って顎へと垂れる。
ルテナから放たれる凄絶な殺気が肌を刺す。久しぶりに、本気で怒ってる。
普段は穏やかで、戦いを嫌い、好戦的なノイドを諫める女の子だ。
ただし、一度怒るとノイド以上に誰にも手が付けられない。
狩人は動物が逃げてしまうため、殺気を出したりしない。しかしルテナは一度怒らせれば、殺気で猛獣も逃げ出す程怖い。腹を空かせた狼の群れが彼女の殺気で文字通り尻尾を巻いて逃げた事もあるほど、本当に怖い。
ルテナは再度ナイフを生成すると、特殊な手袋の手の平に付いている例の輪っかにナイフの柄が固定された状態になる。これで指と能力が常に使えるようにして、弓に赤い矢羽の矢を番える。矢と体に【加速】が付与され、仄かに白い光を帯びた。
「反省したならやることがあるでしょうが! 立てっ!」
「は、はい!」
一喝されてノイドは反射的に立ち上がる。
そこでようやく、さっきまでの震えが止まっているのに気付いた。あれほど獣人の死の気配に恐怖を覚えていたのに、今は怖くない。
仲間が隣にいると、なんて心強いのだろう。
いつもの調子が戻った事を実感し、ノイドはガイストを生成させる。
その時、結界にヒビが入る音を確かに聞く。
構えたノイドは、獣人の後ろでなおも結界を破壊しようと奮闘するラルフ達と一瞬だけ目線を合わせ、最後にルテナへ目配せする。
「よし! いつものやつだ! 行くぞ!」
自分を鼓舞するように叫び、石畳を強く蹴って吶喊すると、獣人は鼻を鳴らした。
「何をするかと思えば真正面から……!?」
ノイドの背後にぴったりと付いて来たルテナが、彼が柄を回して刃の腹を上へ向けたのを見て【加速】して刃の腹に跳び乗った。
「うおらぁ!」
渾身の力で斜め上へ剣を振るった。ルテナが跳んだ瞬間に刃から爆発を起こす。ルテナは打ち上げと爆風で跳躍を助力され、全身をバネにしてさらに高く跳びあがり、獣人の真上で体を捻って逆さまで矢を放つ。
【加速】が付与された光の尾を引く矢が的確に肩口に突き刺さると、瞬時に番えられた二射目が左肘の籠手の間隙を射抜き、三射目は体をさらに捻って背後へ着地寸前に首筋に命中した。
「ぐぉぉ……!」
呻いた獣人がさすがに首の矢を引き抜いた瞬間、ノイドが間合いに走り込み、無事な方の足を狙い、具足の間隙に炎の刃を差し込んだ。
「おらぁ!」
肉を斬る確かな感触と共に振り抜き、通り過ぎた瞬間に、片足を踏ん張って急旋回し、同時に跳躍して脇の下の隙間を狙う。
獣人が横へ跳び回避しざまに爪を長く伸ばして空中のノイドを貫こうと振り抜くが、ルテナの矢がその手を貫いて食い止める。
「……!」
二人の息はぴったりだった。
ノイドが攻撃されそうになれば、ルテナが攻撃を加えて阻止する。ルテナへ狙いが逸れれば、今度はノイドが攻撃しつつ油断を誘う。
「うおおおおお!」
空中で体を捻ってガイストから火球を放つ。顔へ至近距離から着弾したが、威力が低いのは分かっている。しかし灼熱の火が顔に掛れば誰でも振り払い、油断する。
獣人がたたらを踏んで顔を庇った瞬間、首筋と足に毒矢が突き刺さった。
「ぐぉ……」
ついに獣人が片膝を突いて呻き、顔色も悪く、息が荒い。やっと毒が回って来たようだ。
ノイドが着地すると、その脇をルテナが駆け抜け吶喊する。
「舐めるな!」
獣人の鋭利な爪がルテナの華奢な体を貫通した刹那、その姿がまるで蜃気楼のように掻き消えて空気を切った。
同時に彼女が真横に現れると鎧の隙間に、ナイフの刃が突き立った。
「!?」
さすがに獣人も驚愕する。
これが彼女が訓練で会得した『残像』だ。【加速】中の足に緩急をつけ、何度もその場を往復することで残像を生み出して敵を惑わす。簡単に出来る技ではなく、ましてや子供が会得できるような技でもない。
ルテナが何人にも分裂し、獣人に張り付いて惑わし、攻撃を続ける。
その間に、ノイドがルテナの後ろを通り過ぎ、ヒビが入った結界へ向かう。
最初から、騎士達を待つのが作戦だった。冷静になって、頭が冴えて、やっと分かった。二人では傷を入れられ弱らせることは出来たとしても、倒しきる事は出来ないと。
「く……このガキが!」
獣人も気付いて怒号するが、ルテナの罵声によって振り返りはしない。
「お前の相手はあたしだ!」
荒々しく吐き捨て、矢を放ち、加速してナイフを振るう。獣人が矢を払い、ルテナへ爪を立てようとするが、その速さと小柄さで翻弄され、攻撃を掻い潜った小さな戦士のナイフが翼を切り裂き、動きを阻害する。
ノイドは持てる力全てを使って結界のヒビに剣を突き立てた。
「だらああああああ!」
【爆炎】によって更なる力が加わり、僅かに入っていたヒビが大きくなり、外側からの攻撃でガラスが割れるような音を立てて破砕する。
「よくやった!」
ラルフが激励を叫びながら吶喊し、ガリウスも並んで走り込む。二人が獣人に向かって挑みかかる間に、ノイドは気が抜けたようにその場にへたり込むと、騎士の一人に抱きかかえられた。
「獣人相手によく頑張ったな! もう大丈夫だぞ!」
他の騎士たちが通り過ぎ、負傷したハロルドを助け起こし、ルテナもベリーニに抱き上げられ、すぐさま避難する。
結界の外で成り行きを見ていたノートンがすぐさま子供達を抱える二人の騎士に走り寄った。
「ああ、二人共……! よかった、よかったぁ……!」
目を真っ赤に腫らして泣くノートンに、ノイドは申し訳なく思った。
さらに肩を貸してもらったハロルドも近づき、ノイドを受け取ると強く抱きしめる。二度も打ち付けた背中が痛かったが、安堵で力が抜けていく。
「この大馬鹿が……!」
声を震わせた弱々しい声に、目頭が熱くなる。いつもの説教よりもずっと堪えた。
ゴォンッ!
背後で凄まじい轟音がした。振り返ると獣人の背中を踏みつける黒衣の騎士が見えた。獣人を中心に周囲の地面がせり上がる程で、周囲に建物に残った窓ガラスをガタガタと揺らした。
「げ、ぐが……っ!」
獣人が大量の血を吐き、背中から逆くの字に曲がって痙攣する。
二人の騎士は鎧が形成されていた。ラルフは銀に金の装飾がされた鎧、ガリウスは深い緑が独特の鎧だ。
ノイドも初めて見たがはっきりと分かった。あれがガイストを極限まで鍛えられた魔装。
獣人が左手で炎を作り出し、最後の抵抗を試みるが、ラルフが一振りしただけで腕が五等分の輪切りにされ、分断された腕は白く変色して、砕け散る。
ノイドの知識では斬った部分を塩に変える【塩化】が彼の能力だったはずだ。それだけでも強いが、斬撃が速すぎて見えない。圧倒、というのはこういう事を言うのだろう。
(すげぇ……!)
ゾクゾクと鳥肌が立つのが分かる。
陽光を反射する鎧を着た雄々しい騎士の後ろ姿。
いつか、必ず、あの人と並んで戦う。国を守る騎士になる。
改めて心から誓うと、獣人に向かってラルフが剣を振り上げる。その時、ハロルドが息子の目を覆った。
「え、ちょっと!」
ザグッと鈍い音だけが耳に聞こえてきた。
手を退けると、背中を向けられて見えないようにされている。
「見るんじゃない」
覗き込もうとする息子にきつめの固い声音が響く。
カッコいい場面なのに、見るなと言われ、意味が分からず口を尖らせると、ルテナとベリーニの会話が聞こえて来た。
「相変わらず良い動きだった。獣人とまで対等に渡り合うとはな」
「……全然倒れなかった。熊を倒す毒なのに……」
「獣人は毒の耐性があるんだ。無傷であれだけやれれば上出来すぎる」
ベリーニが感心しきりの様子で頷いている。
ハロルドがルテナの元へ行き、ノイドを下ろすと、近くの騎士が彼の治療を申し出た。
大人しく受け入れたハロルドが治療されながら、木箱の上に座って足を揺らす彼女の頭を撫でる。
「ありがとう、ルテナ。何かお礼しなきゃな」
「お腹すいた」
単純な欲に、ノイドは肩を落とすが、ハロルドは微笑を浮かべた。
「【加速】はエネルギー消費が激しいのが欠点だからなぁ。ごちそう作ってもらおうな」
そこへガイストを解除したラルフとガリウスが近づいてくると、ハロルドに向かってラルフが頭を深々と下げる。
「遅くなってすみませんでした。本当に無事でよかった」
「助けていただいて感謝します。ありがとうございました」
ハロルドが頭を下げると、ラルフはベルトポーチから小瓶を取り出して彼に渡した。
「ハイポーションです。どうぞ飲んでください」
ノイドも知ってはいたが、見るのは初めてだった。ポーションの類は傷の治癒を活性化させ、疲労も回復させてくれるという。その上位の、一般人ではとても買えないものだが、治癒効果も非常に高い。
「そんな……高価なものいただけません」
「こういう時こそ使わないでいつ使うんです? それに背中の傷、もう立ってるのもお辛いでしょう」
ラルフに促され、ハロルドは多少悩んでから受け取って再度頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
「とんでもない」
ラルフは微笑むと、視線を下げて、ノイドに拳を向けて来た。
「強いとは聞いたが本当だったな。勇ましいかったぞ」
さらにガリウスも拳を向けた。
「あの状況でよく堪えたな」
「……!」
ノイドが目を輝かせる。さっきされた激励だけの意味ではない。正真正銘の戦士として称える証。
二人と小さな拳を合わせ、とびきりの賛辞に胸の奥が熱くなる。
ラルフは力強い笑みを浮かべてから、今度はルテナの前で片膝を突く。
「君も怖かっただろうによく戦ったな」
「……ありがとうございます」
ルテナが礼儀正しく頭を下げると、ガリウスもラルフの隣で片膝を突いた。
「お前がいなきゃ二人共死ぬところだった。よくやったな」
「ガリウスが気に入るわけだよ。想像を超えてた」
「だろ? コイツ、ヤバすぎなんだよ。これで発展途上だぜ」
二人で絶賛し、ノイドと同じようにルテナに拳を向けた。
ルテナはしばし二つの大きな拳を見てから、ぷいっと顔を背けた。
その仕草にノイドが咎める。
「ちょ、おま……! 失礼だろ!」
それでもルテナは完全に無視を決め込んでいた。彼女は最高の英雄の賛辞に、一番やってはいけない事をしているのだ。それに気付いてない事自体が苛立たせる。
再度注意しようとしたが、それよりも先に二人の騎士に頭を下げた。
「あ、あの……すいません!」
「違う!」
急にルテナが激昂し、ノイドの後頭部を平手で叩くと、すぐに箱から降り、耳を摘まんで引っ張り、グイグイとそのままどこかへと連れて行く。
「いででででで! おい、何……」
ノイドが抗議の声を上げると、ルテナは道の端で立ち止まり耳を離した。
「謝る人が違う」
「は……?」
ルテナの言葉の意味を考えあぐね、彼女が視線を降ろすのを見て、それを追う形で下を見て硬直した。
石畳を真っ赤に濡らし、その中に横たわっている騎士がいた。仲間の誰かが上着を被せて上半身は見えないが、その上着もどす黒く濡れている。
ついさっき、ノイドとハロルドを庇ってくれた、騎士だった。
「――……」
「ノイ兄。勝手に動かずに、ちゃんと言う事聞いてたら、死ななかったかもしれない人だよ。ちゃんと謝って、感謝しなきゃ」
妹分の言葉がぐさりと胸に突き刺さった。
確かにその通りだった。それどころか、英雄に褒められて、死者が出た事など頭から完全に抜けていた。
彼が突き飛ばして助けてくれなかったら、確実に死んでいた。そして、ノイドが身勝手な行動に出なければ、彼は死ななかったはずだ。
心臓の奥からじわじわと冷たい何かが広がっていくのが分かる。今更ながら、救われた事と死なせてしまった重圧がずっしりと肩にのしかかった。
視界の端で、小さな頭が深々と下げられる。
「ノイ兄とハロルドおじさんを助けてくれてありがとうございました」
鼻の奥がツンと痛くなり、目頭が熱くなる。
厳しい言葉で指摘されるまで気付かないなんて、なんて愚かで情けない。
助けた子供がこんな薄情者で、死んだ恩人はどう思うだろうか。
憧れの騎士道どころか、人道にも劣ることをしていた。
「あ……」
声を発してみると、予想よりも遥かに掠れて震えていた。
体も自然と震えてきたが、ノイドは腰から体を折り曲げて、動かない騎士に深々と頭を下げた。その拍子に涙がこぼれ、石畳を丸く小さく濡らした。
「あ、ありがとう、ございました……ご、ごめんなさ……」
妹分の前で泣くのも恥ずかしいが、涙が止まらなかった。
はい。プロローグ(幼少期編)終了です。
ノイドのコンセプトは『性格は明るい道をひた走る光属性』、『自己中クソガキ』、『成長する主人公』なんですが、クソガキ感は出てたでしょうか? 良くも悪くも一直線の直情型の男の子って感じは出てたかな……?
正直言うと、書きづらいです。あらすじにも書きましたが、これから問題を抱えて行きます。しかも大人になってもクソガキです。どう成長するかはお楽しみに。
ルテナのコンセプトは『性格が表向きは輝かしい光属性、本当は闇属性』、『チートキャラ』、『秘密を抱える主人公』。ノイドも知らない過去を抱えてます。獣人とはいえ人の姿の相手に殺す気満々で躊躇なく戦えて、子供のくせに死体を見ても眉一つ動かさず、死者への礼儀もある。さて、なんででしょうねぇ? あ、転生ものではありませんよ? こちらもお楽しみに。
ちなみに、第一章からノイド視点、ルテナ視点の二つ(他キャラ視点もあり)の視点で進んでいきます。
とはいえルテナ側の方が話的に重要要素が多いため、ルテナ視点が多いです。全体的にこの話が先の方がいいかな? と私が思った方を優先で進んでいきます(例:第一章は1ノイドとルテナ、2ルテナ(?)、3ルテナ、4ノイド、5他のキャラ視点、になってます)。
途中で話が一つにまとまりますが、それまではごちゃごちゃ進んでいきますのでご容赦ください。




