プロローグ 3
『鋼人』と呼ばれる種族が暮らすアルマンディン王国。
その国の国境付近の小さな村に住む子供が二人、故郷を後にすることになった。
少年ノイドは騎士養成学校への入学が決まり、首都スペッサルティンへ。
少女ルテナは隣の領地の公爵に護衛として住み込みが決まり、グロッシュラー公爵領へ。
それぞれの道を歩み始めるため、迎えに来た騎士や公爵たちと合流した矢先、王国と敵対するクリノクロア神聖国の敵兵の奇襲に遭遇してしまう。
3
空に向かって聳え立つような堅牢な城壁のある都市に到着すると、森とは違う喧騒が耳に入って来る。
石畳で舗装されているおかげで下からの振動もほとんどなく、周囲の住宅や店は彼らの村と違って立派だ。
――といっても、子供達視点なだけであって、首都からすると田舎である。
それでも充分賑やかな大通りを興味津々の様子で荷台から見ていると、御者台のノートンの怪訝な声が聞こえる。
「なんじゃ? 物々しいようじゃが……何かあったかの……?」
子供達が大人の後ろ姿を見て、その視線を辿ると良く知る建物を見ていた。剣と盾の看板がよく目立つ、戦士や傭兵に仕事を斡旋する店だ。
子供達二人も世話になっているその店の前に、豪奢な馬車が止められていた。
その店の店主の男性が、出入り口のところで見知らぬ一団と話しているのが見える。
小太りの男性で、斡旋所兼宿屋を営んでおり、いつも気前よくお菓子をくれる良い人、と子供達は認識している。
本当は、アンドラ辺境伯の屋敷へ直行するはずだったが、斡旋所の様子や店主がハロルド達に気付いて手を挙げて来たため、商会の傍に荷馬車を止めた。
話している一団は十人ほどだ。茶色を基調にし、要所は赤い刺繍が施された軍服の上から急所を覆うのみの鉄製の鎧を着た一団で、羽織っているマントには王国の紋章が縫い付けられていた。
ただし、そのうち一人は色が違っていた。最も目立つ白に金糸の刺繍が施された制服に赤いマントを付けていて、一番目立っている。
その白い団服の男性の隣には、高級そうなスーツに杖を持った男性が二人いる。
ルテナはスーツの二人を見て苦々しい顔をし、ノイドは白い軍服の男性を見て目を輝かせて急に立ち上がった。
「おい、嘘だろ……! あれって、まさか……!」
ノイドは体が熱くなるほど驚きと興奮で頬を紅潮させていた。
「ノイ兄、危ないよ」
隣のルテナが咎めるが、彼には聞こえていない。
店主は数人に声をかけて、ハロルドとノートンへ近づいた。
「やぁ、お二方。どうです、今回の収穫は?」
「上々ですよ。毛皮も結構取れましたし」
ハロルドが決まり文句のように答えてから、騎士の一団へ視線を向け、黙ったまま頭を下げる。
騎士達が頭を下げ返すと、一人の騎士……白い軍服と銀の鎧の男性と、仕立ての良い青緑のスーツを着た男性が近づいて来た。
スーツの男性は四人の顔見知りで、すぐに片手を上げて気さくに話しかけて来た。
「やぁ、ロートシルトさん」
四十過ぎの男性だ。口ひげを生やしていて、白髪が混じり始めた薄茶の髪を角刈りにし、体格も筋骨隆々で、服を着ていても見て取れるほど鍛え上げていた。
彼はアンドラ辺境伯ベリーニ・フォン・フォーゲルという。この領を統べる主にして、騎士団と張り合えるほど研鑽を積んだ私兵団で国境を守る武人だ。
ハロルドは御者台から降りて丁寧に頭を下げてから、怪訝な顔をする。
「フォーゲル卿、ちょうどお屋敷へ伺おうとしていたところでしたが、どうしてここに?」
「ああ、それが、ノイド君の護衛の騎士と一緒に要塞に増援の騎士団が到着したところだったんで、迎えに行っててね。君達もちょうどココを通るだろうし、ついでに迎えに来たんだ。屋敷も遠いし、手間が省けると思ってね」
「そうでしたか」
事情を聴くと、ベリーニの隣に騎士が並んだ。
歳は三十代後半ほどで、濃茶の髪の騎士で、立ち姿すら隙が無い。他の騎士より装飾の多い団服に、左胸に金色の剣の装飾と「Ⅰ」という数字が入った徽章を付け、腰に金の装飾がされた剣を佩いていた。
ノイドは興奮冷めやらぬ様子で胸の徽章を見て、さらに羨望の眼差しを向ける。
「やっぱり軍団長……! しかも『Ⅰ』ってことは……!」
騎士団では、階級によって『剣の徽章』の素材が違い、上から金剛、金、銀、銅、鉄の五つと、特別枠の紅玉と青玉、計七つがある。
金剛はたった一つしかなく総団長が身につける。
金が軍団長の十二個。銀は副団長。銅は部隊長。最下位の鉄は一般騎士で、さらに各所属騎士団の数字が記された腕章を付ける。
そして特別枠の二つは、王宮を守る精鋭を集めた『近衛騎士団』は青玉。近衛騎士団所属かつ王族個人を護衛する『守護騎士』は王族が使用する紅玉から作られた徽章を持つ事を許される。
この徽章の形状や『王と国を守る剣たれ』という騎士の信条から、『王剣』と呼ばれるようになり、騎士団の名前の由来にもなっているのだ。
つまり、やってきた騎士は金色の剣の徽章に「Ⅰ」ということは……『第一軍軍団長』ということになる。
彼は子供達を一瞥し、眉を下げ、ハロルドへ挨拶をする。
「こんにちは。王剣騎士団第一軍軍団長のラルフ・タングステンと申します」
「ご挨拶ありがとうございます。私はハロルド・ロートシルトと申します。国境付近の村の村長を務めてます」
互いに挨拶していると、目を輝かせたノイドが荷台から飛び降りてハロルドの横に並ぶ。
「やっぱり! 〈豪剣〉様だ!」
「ごうけん?」
興味のないハロルドが聞き返すと、興奮気味に解説してくれた。
「王国一の剣士で、国王陛下から〈豪剣〉の称号を貰った凄い人なんだぞ! 王剣騎士団第一軍の軍団長をされてるんだ!」
「へぇ。そんなに凄い方が来られるとは、恐縮です」
息子の解説を聞いて、ハロルドが頭を下げると、ラルフは手を振った。
「いえいえ、私など他の団長に比べたらまだまだ未熟ですよ」
謙遜する彼を余所に、ノイドは必死に自信をアピールする。
「あの、あの! オレ、ノイド・ロートシルトっていいますっ。オレ、騎士を目指してて、今年の推薦貰ったんです!」
「ああ、君がノイド君か。話しは聞いてるよ。私は任務で付き添えないけど、騎士学校の後輩を歓迎するよ」
ラルフは爽やかな笑顔で拳を彼へ向けた。
「きっと一緒に戦う日も来るだろう。頑張れよ」
「は、はい!」
ラルフに応援され、ノイドはパッと表情を輝かせてまだまだ小さな拳を当てた。話しに聞いていた騎士の挨拶までしてもらって、これ以上ないほど心が高揚し、今ならなんでもできる気がした。
そんな幼馴染みを荷台から呆れながらルテナが眺めていると、立ち話をしているハロルド達を通り過ぎ、身なりの良い男性が彼女へ近づいて来た。
「よぉ、ルテナ」
男性が不敵に口の端を吊り上げた。
年齢はラルフと同じほどで三十代後半程。陽光で煌めく見事な金髪を後ろに綺麗に撫でつけ、切れ長の青い瞳には人を小馬鹿にしたような光を宿した男性だ。
見るからに高級な黒い布地に金の刺繍がされたスーツに、左肩にだけ掛けた黒いマントを細いベルトでずれないように固定し、楕円形のルビーがはめ込まれたブローチを嵌めていて、とてもお洒落なことが伺える。
彼は隣の領地、グロッシュラー公ガリウス・フォン・エクストレーム。
彼は王族の親戚にあたる。現国王には四人の姉と一人の弟がいて、ガリウスは長女とグロッシュラー公爵家当主の子供。王位継承権もあったが、放棄して公爵家を継いだ人で、ベリーニと同じく武闘派の貴族だ。
ベリーニのように公爵領でも選りすぐりの私兵団を編成しており、有事の際は自ら前線に立ち、辺境伯と共にこの国境領を守ってくれている。
この二人の貴族もラルフも、騎士達と違って鎧を着ていないのは、『魔装』ができるからという理由だ。
ルテナが軽く顔を上げてにへら、と気の抜けるような笑顔を向けてガリウスに挨拶した。
「こんにちは、ガリウス様。今日からよろしくお願いします~」
さっきまで毒舌を吐いて説教していたルテナとは別人のような柔和な笑顔にノイドは鼻白む。
ルテナは大人と会話をする時は作り笑いをする。それがどうにも似合ってなくて、彼はとても嫌いなのだ。何がどう嫌いなのかは、子供の語彙では表現できないのだが、とても気色悪く思っていた。
この後、成長したノイドはこれが『作り笑い』、『媚びを売っている』と言う事が分かるのだが、また別の話だ。
ノイドは八方美人な彼女の態度を嫌っているが、なぜか大人も他の子供達も、そんな彼女の笑顔をなんとも思っていないようで、笑顔を返して近づいて行く。ルテナは人当たりもいいため、彼女の周りはいつも人がいる。
これは依頼などの交渉をする大人達を真似ているらしいが、ノイドはその辺りの処世術は面倒臭がってやっていない。別に戦って勝てば報酬が貰えるのだから必要ないと思っている。
ルテナも荷物を持って荷馬車から降りると、一緒に降りたノートンと一緒にガリウスの前で頭を下げた。
「どうか孫のことをよろしくお願いいたします」
「おう。ま、こっちが守ってもらう立場だけどな」
失笑したガリウスがルテナの頭を撫でると、話しが聞こえたラルフが近づいた。
「なんだ、どういうことだ?」
「いや、こいつとさっきのガキな。大人顔負けで強いんだ。しかも森林戦。狩りとか護衛で金稼ぎしてるんだぜ。俺も定期的に雇ってたんだが、今日からルテナの方に専属護衛として正式に住み込みになってもらったんだ」
「え、子供に護衛? お前そんな趣味あったのか」
「ねーよ。俺は年齢や見た目で判断しねーだけだ、馬鹿野郎。いい経験になるだろ。教育だ、教育」
「はぁ? 教育なんて出来るのか? 余計な悪い事を覚えそうで不安なんだが?」
「テメェ、喧嘩なら安く買ってやるぞ、あぁ?」
カリウスが額に青筋を浮かべて中指まで立てると、ルテナが首を傾げる。
ラルフが貴族のガリウスに対して敬語ではないのだ。
「……仲が良いんですか?」
「おい、どこをどう見て仲良しと思ったんだ? 全く……こいつは騎士学校の同級生で腐れ縁なだけだ。俺は家の継がなきゃならなかったから騎士にはならなかったけどな」
「私達のことはいいさ。良い話なんて……」
ラルフが話している途中で遠方から微かな悲鳴が聞こえた。
その瞬間、ラルフとガリウスが鋭く周囲を確認し、ラルフが叫ぶ。
「警戒態勢!」
騎士達が一斉に散開した。
刹那、遠くで轟音が響き渡り、緊張した体に振動を感じた。
その次にルテナが動く。ポケットから片手だけの皮手袋を取り出した。手の平の方にナイフの柄を固定するための輪っかが付いている特製のもので、右手に素早く嵌めると、腕を背中に回して弓を手に取り、弦の具合も確認する。
ルテナとほぼ同時に、ノイドも反射的に己の武器を手にしていた。
「……!?」
感じたことが無いほどに全身が粟立ち、ノイドは思わず身震いした。
森の熊や狼とは違う。ましてや盗賊のような荒い殺気とも違う。
心臓を鷲掴みにされたような濃厚な『死』の気配。
びりびりと空気すら恐怖するように震えている気さえした。
これが、子供達が初めて体験した、僅か数分間の『国の脅威』との遭遇だった。
幼少期編、長すぎるので急遽切ってしまいました。次は戦闘でプロローグも終了です。
若干ながら、グロ注意です。
でも戦闘書くのは楽しいんだ~。




