プロローグ 2
『鋼人』と呼ばれる種族が暮らすアルマンディン王国。
その国の国境付近の小さな村に住む子供が二人、故郷を後にすることになった。
少年ノイドは騎士養成学校への入学が決まり、首都スペッサルティンへ。
少女ルテナは隣の領地の公爵に護衛として住み込みが決まり、グロッシュラー公爵領へ。
それぞれの道を歩み始めるため、迎えに来た騎士や公爵たちと合流した矢先、王国と敵対するクリノクロア神聖国の敵兵の奇襲に遭遇してしまう。
2
森を切り開き、土を固めただけの簡素な街道が真っ直ぐ続く。
そこをゆったりと二頭引きの小さな荷馬車が進んでいた。
秋の澄み渡る青空が紅葉した木々の間から覗き、風に揺れる梢の音楽に合わせ、木々に止まる小鳥の歌が心地いい。
下からがたがたと小刻みの振動が体に伝わり、爽やかな果実の香りが鼻腔をくすぐる。
香りの元はルテナの家の果樹園で取れた赤々と熟れたリンゴを詰め込んだ籠が四つも荷台に置いてあるからだ。さらに傍らには狩りで得た鹿と狐の毛皮が二枚ずつ、狼の毛皮が八枚と、熊の毛皮が一枚、綺麗に重ねられていた。
そして、荷台の空いたスペースに、大きなバックを持ったノイドとルテナが座っている。これが大人だったら入らなかっただろう。
荷物はほとんど同じだが、ノイドは背中に大人だと片手剣サイズの本物の剣を背負い、ルテナは本物の弓矢を装備していた。
ノイド達の村は、最も近い町でも馬車で街道を二時間は進まないといけない。今はその町への道中だった。
馬車の御者にはルテナの祖父ノートンに加え、村長でありノイドの父親であるハロルドも同行している。
二人は物資調達が目的だが、子供達は手伝いでついて来ているわけではなかった。もっと別の用事で町へ行くのだ。
しかし子供にとって二時間も何もせずに座っているのは暇で仕方ない。
その暇潰しに、ノイドは『能力』の練習をしていた。
辺りには薄い霧が掛った木々と、暢気に囀る鳥の声しかしない。
「よぉし、見てろよ」
ノイドは勇んで袖を捲り、手の平を通り過ぎる直前の木へ向ける。
刹那、彼の手から淡い光が灯り、皮膚から金属が生成され、それが剣へと変化した。彼が背負っている剣と同じく、大人からすれば片手剣のサイズだ。
「いくぞぉ!」
魔力を高めたノイドに呼応し、刃から炎が溢れ、三日月形の炎が飛んだ。
ドォンッ!
三日月の炎が木に着弾したと同時に爆発音が轟き、周囲の木々から驚いた鳥たちが飛び立った。そして、爆発と斬撃で木には斜めに深い切れ込みが出来上がっている。
剣が光の粒子となって消える。後ろへ流れていく木を、首を巡らせながら見つめ、ノイドがため息を吐いた。
「ちぇ……動いてっと威力でねーなぁ。それにもっと長い方が剣ってカッコいいのによ」
「何言ってるんだ。それはお前が未熟だからそうなるだけで、ガイストの所為じゃない」
ノイドの愚痴を聞いたハロルドが肩越しに振り返り失笑する。短く刈った赤毛の髪と茶褐色の瞳の中年の男性だ。
「そんなんじゃ学校で馬鹿にされるぞ」
「む」
ノイドは急に仏頂面になる。
――ガイスト。
それは彼ら『鋼人』の固有能力だ。
彼らは人間ではなく、亜人と呼ばれる人種だった。
この大陸はディアマンテといい、大陸には通常の人間に加え、人とは違う特徴と特殊な能力を持つ三種類の『亜人』がいた。
彼らは共存せず、各種族ごとに国を興して暮らしている。
国境は中心から縦に一本、横に一本。つまり大きな十字を描いて、右上、左上、右下、左下の四か所で、ノイド達が住んでいるこの土地は地図上では左下。南西を統べるアルマンディン王国という場所だ。
この国に住む『鋼人』は、寿命も見た目もほぼ人間と変わらない。
ただ、既存の鉱物よりも遥かに強靭で、特殊な鋼鉄をその身に宿し、『武器』や『道具』へ形状を変化させ、体外へ生成させる力を持つ。本来は『錬成』が固有能力名だが、彼らは能力も武器名もひっくるめて『ガイスト』と呼んでいた。
種族の中には『鬼人』というのがいて、炎を武器や動物に変える能力を持つのに似ているが、鋼人は金属に関した形――武器や鎧、道具のみ――で、動物には変形しない。
さらに、鋼人の真骨頂はこれだけではない。
このガイストには、個々に違う能力を持ち、鋼人はそれらを操る事ができるのだ。
例えば、ノイドならば炎と爆発を自在に操る【爆炎】。
彼の父ハロルドなら最も多い身体強化の一つである腕力強化の【膂力】など、人によって千差万別の力を有しているのだ。ただし、ガイストを生成させている状態でないと使用ができない欠点があるが。
さらに、欠点といえば、ガイストは精神と密接につながっていて、心の成長によって、ガイストの形状が変わり、能力が増減したりする。そのため、気絶したり、情緒不安定だとガイストの形すらまともに保てないことがある事だ。
ハロルドは大真面目な顔でノイドを一瞥する。
「いいか、ガイストは精神と肉体、どっちも鍛えないと強くならないんだぞ。精神を鍛えれば武器も能力も成長する。でも肉体を鍛えなきゃ武器は扱えないんだからな。どっちも鍛えてこそ……」
「あー、もう! うるせーなぁ」
説教じみた父親の台詞に、ノイドは憮然と鼻を鳴らした。
「将来はもう決まってる! オレは騎士学校に推薦で行くんだぜ! オレは〈騎士王〉ローレンス様にお仕えして、軍団長〈豪剣〉ラルフ、〈焦土〉クリスや〈無双〉アドラーと一緒に戦うんだ!」
ノイドは剣を天に掲げ、まるで騎士の誓いのように高らかに宣言した。
王国最強の十二の軍隊からなる『王剣騎士団』の十二人の軍団長の名前や能力だけなら詳しい息子だが、そんな英雄達と並んで戦う事が、どういう事か分かってない。
より強い敵に、逃げも隠れもせず、苛烈で凄惨な戦地で戦えという意味を。
「はは、でっかい夢じゃのう」
子供でまだ理解できないと思い、ノートンはあえて指摘せずにしわがれた声でからからと笑い、ハロルドはため息をついた。
「恥ずかしいからその夢は学校で言うなよ……」
「ふんっ。オレは騎士の象徴の『剣』のガイストなんだぜっ! オレならなれる!」
ノイドは瞳を輝かせ、ゆっくりと雲が流れる蒼穹へ剣を掲げる。刃が彼の将来を照らすように陽光を反射してキラリと煌めいた。
ガイストには、感情で増減はしても基礎となる『形状』は生まれた時から決まっている。その形状と能力によって将来が決まる、というジンクスがある。
例えば、斧ならきこり。
ハンマーなら大工や鍛冶屋。
ハサミなら理髪師や庭師も出来る。
そして、剣のガイストを持つ者は、戦士職……冒険者や騎士になる。
さらに【爆炎】という殺傷能力も威力も高い戦闘特化能力のため、ノイドはそのジンクスを信じて疑わないのだ。
肩越しに一瞥したハロルドが深いため息を吐く。
「『剣』のガイストは一番多いっつーの。それなら俺も騎士になってるはずだろうが」
「うるせーなぁ! オレ、強いって認められて、特待生になったんだぜ! しかもマグネス王子の守護騎士の面接だって受けられるんだぜ! 絶対受かる! オレが王子を守る守護騎士だ! 軍団長に最短で目指せる!」
「はぁ……」
ガイストを解除して、むきになるノイドをよそに、ハロルドが再度ため息を吐く。
実はノイド達が住む場所は危険地帯だった。
アルマンディン王国に侵攻を掛けている隣国の国境なのだ。
侵攻して来ているのは右隣の国。南東の土地を統べる国、クリノクロア神聖国。
国境線ともなっている山脈が大陸を東西に隔て、アルマンディン王国側は最前線で侵攻を阻止する領地が三つ存在していた。そのうちの一つが山脈の麓付近にある城塞都市アンドラ辺境伯領だ。その領地内に広がる森の中にノイド達の住む村があった。
国の中では小規模な都市ではあるが、堅牢な城壁と私兵団によって防衛戦では鉄壁を誇り、山頂でも要塞を設置して監視の目を光らせている。
特に村が町からも離れた孤立気味で、かつ森の中に猛獣が多い危険地帯の一つのため、村人のほぼ全員が自衛のために通常の武器とガイストは、どの地方よりも研鑽を積んでいる。
そんな過酷な土地柄のためか、自他共に認める屈強な戦士を輩出することでも有名で、国の騎士団とも共闘し、中には入団する者も多い。
もちろん、自分でも覚えてない程幼少からしごかれている二人も、それぞれ得意なものを見出し、大人顔負けの強さを持つ。
それぞれ護衛や討伐などの依頼にも大人達について行っていたが、二人はすでに戦闘面ではお墨付きをもらい、最近では個人でこなしているのだ。
そんなノイドとルテナの噂をどこかで聞いたのか、一年ほど前に、この土地を治めるアンドラ辺境伯と隣のグロッシュラー公爵領の領主が、興味本位で狩猟の護衛依頼をしてきたのだ。
ルテナは渋ったが、ノイドは騎士になるためにかき集めた知識で、貴族に媚びを売るべきだと知っていたため、大喜びで快諾した。
この貴族への媚び売りがどう騎士に繋がるかというと、貴族の推薦で首都にある騎士の為の学校、『アルマンディン騎士養成学校』に入学ができるのだ。
騎士養成学校は十歳からの六年制。座学、戦闘技術を学び、卒業すると、自動で騎士団に入団することが出来る。
だが、村人には入学すら厳しい学校だった。
まず金が足りない。入学金だけで村人では到底払えない金額なのだ。さらに勉学する環境が乏しいため、筆記試験などの試験勉強すら難しい。
しかし才能がある者が騎士になれないのは国にとっても損失だ。
そこで国側は『推薦制度』を導入していた。能力やガイストの強い子供は、貴族か上位の騎士からの推薦を貰い、後見人になってもらうことで学費も筆記試験も免除され、『特待生』として入学できる。
しかも、この『推薦制度』の条件は、すぐに実戦が出来るほど戦闘能力がある者か、珍しい形状のガイスト、あるいあ強い能力を保持している子供に限られる。
つまり、強くて珍しい能力を持つノイドは、貴族に媚びて推薦してもらう資格があり、逆に言えば推薦以外に騎士になる希望がなかった。
幸運にも依頼が来て、しかも熊を一頭獲って大変な高評価を貰い、それから何度も狩りの護衛で呼ばれるようになった。
そしてノイドが騎士になりたいことを語り、必死にアピールしたことで、辺境伯が推薦してくれたのだ。
さらにノイドの幸運は続き、同じ年である第二王子マグネスの護衛を選抜する試験を受けることになった。
というのも、この国の王族の伝統が二つある。一つは、王族の子供達は心身を鍛える意味合いで騎士学校へ入学が義務付けられていることだ。
しかし貴族の様々な派閥や過激な思想を持つ組織もいるため、校内でも安全のための護衛が必要。だが、大人の騎士が教室に待機など目立ちすぎる。
そこで、もう一つの伝統が出て来る。
それは『王族一人に付き、一人の専属騎士を付ける』というものだ。この専属騎士のことを『守護騎士』と呼び、一生をその王族を守るために生きる、騎士にとって最も栄誉な称号だった。
この王族にとっても大事な守護騎士を入学の時に選ぶのだ。
だからこそ、特に優秀な同年代の学生……すぐにでも騎士になれるような実力・能力があると認められて推薦された特待生の中から選ぶのである。
ノイドは第二王子と同い年かつ、推薦で守護騎士に王手をかけている幸運尽くしの状態にいるのだ。
「まあ確かに、推薦してくれた辺境伯様もガイストも能力も褒めておったしのぅ。ちゃんと面接で良いところを見せたら、守護騎士も夢じゃないかもしれん」
後押ししてくれるノートンにノイドも目を輝かせる。
「そうだろ、そうだろ! さすがじーちゃん、父さんより話が解る!」
「しかし、軍団長まで目指すならば魔装が出来んとなれんぞ? 頑張らんとなぁ」
のんびりとノートンに忠告され、ノイドが口を尖らせた。
極限まで鍛え抜いたガイストは、形状に関係なく最終的に同じ形に変化を果たす。武器とはまた別に生成するそれは、身に纏う『鎧』だ。その名を『魔装』と呼ぶ。
この鎧の強固さと外見が『鋼人』の由来ともなっていた。武器を創り出す能力だが、本来は防御特化の種族なのだ。
だが、そこまで到達できる者は少なく、一生できずに終わるのが普通だ。
しかし生成すれば武器であるガイストも能力も強化され、強大な力を手に入れる事が出来、騎士団の軍団長の必須条件とされていた。
ノイドは能力の訓練中で、もちろん『鎧』に至るまで険しい道のりが待っている。
ただ、とても優秀なのは事実だ。
「魔装だって余裕で生成させる! オレは守護騎士なんだからな!」
運も実力のうち、とは言うものの、調子に乗り始めているノイドに、ハロルドとノートンは肩越しに生温い視線を送った。
すると横から、冷や水の如き言葉が浴びせられる。
「ノイ兄に護衛は無理だね」
ずっと黙って矢を弄っていたルテナが鼻で笑う。
彼女が話し出すと大人達はすぐ正面へ向き直った。ルテナの説教が始まったら、もう安心だ。
何せ八歳にして聡明で冷静沈着、大人相手に報酬の交渉もやり、周りへの気配りもできて礼儀正しい。突っ走る兄貴分を時には説教、時には拳で制しつつも援護も忘れない。大変な世渡り上手の優秀なストッパー。それがルテナだった。
ノイドがいつものように指摘されて口を尖らせる。
「なんでだよ」
「護衛出来てないじゃん。いっつも『オレが倒す!』とかいって、護衛する人を放って、敵に突っ込んで行くし。護衛の意味分かってる?」
「う……」
言葉の刃が胸にグサグサと突き刺さる。
「公爵様達は強いから面白がって見てるけど、護衛って本当は守る人を最優先にするもんでしょ。離れるなんて馬鹿じゃないの? 守られる人も不安になるし、危ないでしょ? あたしに護衛を任せっきりのくせして、守護騎士とかよく言えるね」
「ふぐ……!」
ノイドが顔を顰めても尚も止まらない。
「そもそもさぁ、よく考えてみてよ。ノイ兄の能力【爆炎】だよ。しかも剣だよ? 学校の中で何かあっても、周りにたくさん子供がいて巻き込むし、下手したら火事だし。剣も狭くて振れないじゃん。狭いところでぶっ放すな、振り回すなっていつも怒られてるのに」
手厳しく、的確な指摘に、ノイドも想像してみて顔色を蒼白に変えた。
「うわ、え……マジだ。…………お、オレの守護騎士の夢、終わった……!?」
「元から終わってる。だから一点集中で狙った場所だけ爆発させて被害を抑える練習とか、炎を操る練習しろってあれほど怒られてたのにしないから……」
「え、選ばれた後にすればいいじゃん!」
「えー? 特待生ってかなり鍛錬した子達なんでしょ。今から能力の制御の練習します、っていうような特待生に、大事な王子を預ける王様いる? あたしなら選ばない」
びしばしと痛い所を容赦なく言葉にされ、ついにノイドは声も出なくなる。
するとちらりとハロルドは肩越しに一瞥し、完全に意気消沈してしまった息子と、呆れているルテナを見て、彼は小さく小さく呟いた。
「ルテナにもちょっと問題あるなぁ……」
「まぁまぁ……指摘したくなるんでしょう」
聡明な妹分は言いたいことはきっぱり言ってしまう。
だが、実はあれこれ世話を焼いて教えないで欲しいと大人達は思っていた。
人に言われて間違いを修正するより、己で気付いてこそより成長に繋がる。……そういうのが、頭が良くてもまだ子供の所為か、理解できていないらしい。
怪我に繋がる行動や致命的な失敗、間違いはすぐに怒って修正させるが、それ以外の『精神的な成長』の指摘はあえてしていない。多少は失敗を経験して、間違いに気付いて、成長を促すほうがいいのだ。
今回も、恥ずかしい思いをして多少の『苦い経験』を積んで欲しかったのが本音だ。
ノイドは胸の中の希望で溢れていた熱に氷が投げ込まれたような錯覚を覚えつつ、それを無視するように負けじとルテナに問いかけた。
「そ、そういうルテナは将来の夢ないのか?」
「あたし?」
「なんか知らねーけど、公爵様の事嫌いだろ? 勧誘されてもずーっと断ってたくせに。やっと勧誘受けたけど、これからのこと、なんか考えてるのかよ?」
今回、ルテナはノイドとは違う場所へ行く。
ルテナを気に入っているグロッシュラー公爵が、私兵……主に公爵の護衛として住み込みで雇いたいと何度も打診していたのだ。
そしてノイドが村を出る事になったため、他の村人達も修行のためにちょうどいいと勧められ、ルテナは渋々了承して、彼と同時期に村から出ることになったのだった。
ルテナはいじっていた矢を矢筒に戻し、質問に対して思いを馳せ、ゆったりと流れて行く木々を見つめる。
「色々交渉して、二年間だけって仕事の期間を決めてもらったから、終わったら村に帰るよ。次の仕事はその後考える。あとはー、大人になったらおじいちゃんの果樹園を継いで、結婚して、子供も欲しいなー。家族で楽しく過ごすんだ。あ、もちろんそのために家事の練習もしてるんだから」
ルテナの女の子らしく、かつ現実的な夢に大人達は、うんうんと頷いているのがノイドの視界の端に引っかかった。どうやら賛同しているらしい。
ルテナはさりげなく「結婚」と言ったあたりで、ちらりと意味深に彼へ視線を向けたのだが、気付いていないのかノイドは思いっきりしかめっ面をしていた。
「げぇ! まるっきし主婦じゃねーか! 普通すぎ! んな夢見るぐらいならさ、せめてもっとこう、大きく出ろよ。例えば、王子様と結婚するんだ、とか」
「――……はぁ~……」
鈍いノイドにルテナが大きな溜め息を吐く。
すると大人達の囁き声がした。
「孫は苦労しそうですな……」
「いや本当に、うちの馬鹿がすみません」
小さく呟いている大人達の言葉の意味は分からない。だが、呆れられるのはいつものことなのでノイドは無視を決め込む。
「ねぇ、そっちこそ夢見すぎじゃない?」
きつく一蹴したルテナが目を据わらせて嘆息する。
「っていうか、王子様ってアーセニック殿下とマグネス殿下だけでしょ? どっちも婚約者いるじゃん」
「それぐらいのこと言えって言ってんだよ! あ、一緒に騎士になりゃお近づきになれるじゃねーか! 公爵様に気に入られてるし、二年間の仕事なら、ちょうど十歳で入学可能な年齢だろ。実力あるんだし、推薦貰えるんじゃね?」
ノイドが再び騎士に話を戻し、なおも思い出して言い募る。
「そういや、第一王女のアルミナ殿下って、お前と同い年だろ? お前も推薦貰えたら守護騎士になるチャンスがあるじゃん!」
「なんで勝手に、あたしが騎士になること決定してんの?」
ルテナが言葉に棘を潜ませ、説教から怒りに変わり始めると、小石に車輪が乗り上げたのか大きくがたん、と荷馬車が傾いた。
大きく弾んだ拍子に、ルテナの背後にあった籠からリンゴが勢いよく飛び出した。
ルテナは振り返りもせず、軽く頭を横へ動かすと、リンゴは耳元を通り過ぎ、ノイドの額に直撃し、跳ねかえって彼女の手の中に収まる。
「あだっ!」
「あ。おじいちゃん、このリンゴちょっと皮が剥けちゃった。売り物にならないよ」
「って、おおぃ! オレの頭よりリンゴの方が大事か!」
薄情な妹分に叫んだノイドを余所に、ノートンが苦笑する。
「食べて良いぞー。町までもうしばらく掛るしの」
許しを得たルテナは、ハンカチを膝に広げ、ガイストを生成させる。
手の中に現れたのは、片刃の大振りのナイフだ。柄は黒く、波打って指に密着するような形状で、柄から峰の途中にかけて鋸のようなギザギザの刃があり、サバイバルナイフに近い。
一方、ノイドは頭を擦りながら納得いかない顔で眉を寄せていた。
「くっそー、避けるのだけ上手くなりやがって……」
「リンゴの動きも読めないのに推薦とか心配なんだけど?」
「お前が邪魔だったんだよ! あれぐらいいつもなら避けられる!」
ノイドがむきになってから、ナイフを見て仕返しを思いつき、言ってはならない事を口走った。
「ふんっ! そんなひねくれた性格だから得意な武器とガイストが違うんだぞ」
「……そんなの関係ないもーん」
ルテナが急に平坦な声音でそっぽを向いた。
彼女の能力は身体能力強化の【加速】と呼ばれ、動きを速くするものだ。基本的に走る速度や、腕を振る速度が上がる程度。この能力は一般的なものであり、ナイフのガイストもよくあるものだった。ノイドと違って彼女はガイストも能力も『平凡』なのだ。
しかも、ルテナは自身のガイストを嫌っていた。
ガイストはその形状に合わせた鍛錬するのが基本だが、彼女は弓術が得意だった。ナイフは超接近戦主体なので、戦闘術がまるで違う。
おまけに村の子供達が派手な能力ばかりで、ノイドを含めて子供特有の自慢大会がしょっちゅうあり、少し前までは引け目に感じる程度が、なぜか最近極端に嫌悪し始めて、鍛錬も嫌がり始めていた。
かなり早い反抗期かと大人達は心配して相談しているのを聞いていた。
ノイドにも理解不能だ。鍛えれば鍛えるほど強く、かっこよくなる自分だけの武器なのに、嫌う理由が分からなかった。
それでも嫌々ながら超近接戦闘、体術や蹴り技を学び、ナイフをよりうまく使う戦術を修練はしている。【加速】能力も、何か応用術を独自で練習しているようだった。
しかし、鍛えていたとしても自分のガイストと能力が好きになったわけはなく、愛用の弓矢を頼りに遠距離で戦う。ナイフを使うのは狩りの獲物の解体の時や、調理などでしか使わない。
(ホント、変な奴。これさえなきゃ良い相棒なのになー)
ノイドが暢気な事を考えていると、ルテナはリンゴを器用に剥き終わり、慎重に切り分け、動く馬車の中を器用に移動して三人に分けた。
受け取ったノイドがリンゴにかじりつく。瑞々(みずみず)しいリンゴの味が口いっぱいに広がる。
座り直したルテナが嘆息する。
「あたしのことはいいんだよ。問題はノイ兄でしょ? 戦う時だって考えなきゃ倒せない敵多いのに……ちゃんとしないと騎士になれな」
「オレは考えるのは専門外だ! だったらルテナも一緒に騎士になりゃいい!」
ルテナの説教を遮り、急にノイドが拳を向けた。
攻撃と勘違いして一瞬だけ身構えたルテナは、目を据わらせてリンゴを食べながら一瞥する。
「何? 拳向けて……」
「騎士がよくやるらしいぞ! この前町に行った時に聞いたんだ! コレやると、仲間って意味なんだって! 他にも強さを認めたり、戦う前とか、勝った時とか、約束する時とか、色んなことに仲間と拳と拳を合わせるんだってさ!」
「……なんでそんな変なことばっかり覚えられるのに『仕事の基本』は覚えてくれないのかなぁ……護衛もだけど、交渉だって必要なのに」
「変じゃねーよ! オレが戦って、お前は考える役! それなら心配いらねーだろ?」
「いや、考えようよ。なんのために学校行くの」
ノイドが拳をさらに近づけてくると、ルテナは体を僅かに動かしてそっぽを向いた。
「嫌だよ、戦ってるのは、やらなきゃいけないからだもの。しなくてもいいなら、結婚して幸せな生活したい。騎士なら他の男の子たちとしなよ」
「そりゃあ、バークがいりゃ、そうしたけどよ」
「あ……」
ノイドが腕を上げたまま項垂れ、ルテナも失言したと気付いて視線をさ迷わせる。
バークは、二人の幼馴染みだ。
村の子供達の中でノイドの次に強く、本当はルテナは三番手だった。能力も珍しくて努力を怠らない上、ルテナと一緒に作戦も立てる聡明で冷静な、二人にとっても頼れる相棒だった。
だが二か月前に、公爵と辺境伯の盗賊討伐任務に三人で同行したのだが、彼はそこで盗賊に返り討ちに遭い、亡くなってしまったのだ。
ノイドと同じく騎士志望で、グロッシュラー公爵に自分を必死に売り込んでいた。だから共に戦う事が当たり前だったノイドにとって、バークの死は信じ難い事態だった。
何度も泣きじゃくり、何日もふさぎ込んで、ずっと友人の死を悲しんだ。
背中を預け合い、騎士になると誓った親友の死を思い出し、段々と拳が下がっていく。
さすがに口を滑らせた罪悪感からか、ルテナは苦々しい顔で小さな拳をちょんと当てた。
「……分かったよ。どうせ仕事はしないといけないし、騎士でもいいよ」
「マジか!」
やっと騎士の挨拶をして嬉しくて気持ちが落ち着いたが、ルテナは澄ました顔で言う。
「その代わり、あたしは誰もやらない事するから」
「へ?」
「騎士になるなら、墓守の騎士団に入る」
「げぇ!」
ノイドが嫌悪を露わにして顔を歪めた。
十二に分かれている騎士団の十二番目。
団内では最少の人数かつ、最も忌み嫌われる仕事をするイレギュラーの騎士団だ。彼らは通常の茶色い団服ではなく『黒い団服』を着用し、国で大昔から問題になっている『死後』の処理を行う特殊な騎士達。
元々は各領地に必ずある『特別墓地』という場所で働く職業で、正式名は『特別墓地守護職』。縮めた通称が『墓守』。
彼らはその役職も相まって『黒服にシャベルを背負う者』は嫌悪の対象として忌み嫌われていた。
そんな職だが、鋼人には重要な職業でもある。それなのに墓守がどんどん減って行った時期があり、憂慮した先王の時代に騎士団に組み込まれ、人数を安定させたのだった。
団服も元々の服装を流用し、特別な黒い団服に、シャベルが武器であり、騎士団でも以前からの職の通称をそのまま引用して『墓守隊』と揶揄されている。
有名なのに反して、今も昔も率先して誰もやりたがらない仕事だが、ルテナは一風変わった思想を持っていた。
「誰でもやるような事をしてもつまんないじゃない? 〝ライヘ〟が出たらノイ兄はすぐ逃げるし。しかも墓守隊のおじさんまで嫌って知らせにも行かないし。おじさん達だってノイ兄が憧れる騎士なのにさー。おじさん達の森の道案内も誰もやりたがらないから、あたしがやってるんだよ?」
「お前が変わってんだよ。オレは絶対反対だからな!」
「じゃあ、あたしが墓守になるのが嫌なら騎士には誘わないでね」
「う……」
ノイドが呻く。聞いていた大人達は上手くかわしたな、と感心していた。
やはりノイドより交渉上手で頭が回る。
「お前なー、そんな変わり者じゃあ、結婚なんてできな、ふご!?」
ノイドの生意気な口に、追加のリンゴが押し込まれる。
「ノイ兄に騎士なんか無理だね! ハロルドおじさんの言う事も聞けないのに、規則なんて守れっこないよ! すぐに退学になって泣いて帰ってくるのがオチなんだから!」
「むご……ンだとぉ~」
言い返したルテナに、リンゴを齧ってからノイドもすぐに熱くなり食ってかかる。
「猛獣も盗賊も一人で倒す女なんか、結婚どころか彼氏もできねーよ、狂暴女!」
「剣のガイストだからって騎士になれるわけないじゃない、騎士オタク!」
いつもの口げんかが始まると、ハロルドとノートンがしみじみと呟く。
「……ひ孫が楽しみですな」
「いやはや、ホントに。生きてる間に見れそうで嬉しいですよ。儂としては、ルテナが幸せになってくれればそれでいいですがね」
「ノイドはいつ気付くんだが」
「オレが何!?」
言い合っていても聞こえていたのかノイドが食って掛るように叫ぶ。
それに対して素知らぬふりをする父親だった。
うわ! 修正しようと思ったら投稿押しちゃってる!?(来週投稿のつもりだった) すいませんでしたー! ちょいちょい修正させてもらってます。
そして結構長くなりました。もちろん、設定の所為です。ええ……。
プロローグ(序章)なのに長いのは、御愛嬌ということで。まだまだ『幼少期編』ってことで、続きます。
鬼人の設定に似てると思いますが、改めて読むとどっちかっというと、ツクモに似てるかも。体を金属に硬質化できるとかがよかったかな? とも思いましたが、完全防御特化種族だけだと話が作れないし、面白くない(笑)。やっぱり色んな能力があって悩んだり努力したりさせたいじゃない!?




