第三章 1
墓守研修、二日目。
相変わらず嫌々向かったクロムとネオだったが、仕事を始めた矢先、墓守を辞めていく理由の『三割』と遭遇してしまう。
その後、負傷を理由に早退しレニーの銀の馬車に揺られて向かった先で、二人は『墓守の矜持』を知ることとなるのだった。
昼頃に騎士団本部へ戻り、食堂で第四軍団長ケイレブと偶然会い、二人でルテナの過去の話を聞くことになる。その時、騎士の一人を引っ張って第二軍副団長のディックがケイレブへ第一軍団長ラジームへの苦情を言いに来る。
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墓守研修、二日目。
ノイドと同じ頃、クロムとネオはアルミナに怒鳴られ、渋々墓地へやって来ていた。二人が、門前の鐘を鳴らすと、黒いタンクトップに団服のズボンという出で立ちのルテナが出迎える。
しかも汗だくで髪も頬に張り付いている。男の前に出るような姿ではないが、二人は注意せず、引き締まった腕に思わず目がいく。元守護騎士だけあって女性らしいしなやかさの中に鍛え上げた筋肉が見て取れた。
二人が渋面になり、端的にクロムが尋ねる。
「何してるんだ?」
「おはようございます。暇なんで鍛錬してました」
墓地の内部へ入ると、家の脇にあった薪割り用の切り株の上に、まだ割ってない薪が二人の身長よりも高く縦に積み上げられていた。
二人は薪を見上げ、首を傾げる。
「なんだこれ?」
「どんな鍛錬をしてたんだ?」
「あー、そこの薪の一番上で逆立ち腕立て伏せをしてました」
二人はもう一度薪の先端を見て、生温い顔をする。この女と話していると常識から逸脱してしまいそうな気がした。
ルテナと一緒に家に入ると指示が出される。
「ちょっと水浴びしますので、団服に着替えたら外で準備運動しててください。あ、ライヘが出たら初日と同じように作業してください。でも戦士ライヘだったり、遠目でもいいですから、見た目で危ないと思ったら呼ぶこと」
「へいへい」
クロムが軽く返事をして空いている部屋でネオと着替える。
「アイツ、女のくせに恥ずかしくねぇのか?」
「……近衛騎士や団長達に修行を付けて貰ってたと言っていたなら、女はほぼいないし、狩猟や護衛で男勝りだったろうし、気にならないんだろう。欲情する奴は……いただろうが、『師匠たち』が睨みを効かせてただろうし」
「……女の自覚はあんまないと」
「そんなところだろう」
ネオの意見にクロムが嘆息する。それでももう少し羞恥心は持つべきだと思う。ここにアルミナでもいたら、ルテナは怒鳴りつけられてるところだろう。
いや、それよりも、クロムはあることが気がかりになった。
「……アイツの前ではどうだったんだか」
「なんだ?」
「ん? ああ、いや、ちょっとなぁ……あの女にいっつも告白して振られてる奴がいたのを思い出してな。そいつがさっきみたいな格好見たらどうなるかと……」
「襲うと思うぞ」
「そしてあの女にぶん殴られるまでがセットで思い浮かぶ。やべぇ、ってことは、やっぱ原因アイツか? 二人してアホか? アルミナに聞いてみてもアリか……」
クロムは途中からぶつぶつと呟くが、ネオはそれ以上の追及はしようとしない。
ルテナの事となると、言えない事が多いのは把握したからだ。
だからこそ、ネオは話題を修正した。
「とにかく、さっきのは注意しないとならんだろう。女なんだし」
「だな」
少しは騎士道をわきまえる二人が頷き合う。
着替えを済ませて二人で外に出ると、腰の鈴が揺れた。
ちりん。
視線を下したクロムが、すぐに一般ライヘ側で這い出す人影を見つけた。
「さっそくお出ましかよ」
「なるほど、間が悪い時でも出るのだな」
出て来た人影はやけにほっそりしているようなので、二人共平気だと判断した。ネオが家の壁に立てかけられたシャベルを二つ手に取り、一本をクロムに投げ渡す。
受け取ったシャベルを肩に担いだクロムが嘆息する。
「戦って埋めるのを繰り返すなんざ、きっついなぁ」
「……そう考えると、墓守が一番キツイ仕事というのもあながち間違いではないかもしれんな」
ネオが思案しながら墓地エリアに足を踏み込ませると、再び鈴が一回鳴る。
辺りを見回すと、通り過ぎた墓の一つから土が盛り上がり、よろよろと小さな影が這い出て来た。
ネオは振り返って適当にシャベルを地面に突きたて、ハルバードを生成させて構える。
「一体ずつならガイストで一撃だ。後ろはやろう」
「あいよ」
クロムもシャベルを刺し、剣を生成させ、さらに目視できる位置まで近づいて、不意に立ち止まった。
「……は?」
その姿に思わず声が出る。
立ち上がったのは、若い女性のライヘだった。
無機質な表情だが生前は美しかったのだろうと解る。長い髪は土で汚れ、腐食の進んだボロボロの服を纏っていた。
女性のライヘが首を巡らせる。白と黒が反転した瞳が彼を虚ろに見据える。
「…………っ!」
クロムが息を呑むと、ネオの背中が当たった。
何事かとそちらを見れば、十歳ほどだろう少年が這い出していた。こちらも女性と同じく無表情で、襤褸を纏ったような格好になっている。
「冗談だろ……」
強張ったネオの声が耳朶に響く。
その思いはクロムも同感だった。
女性に子供。ライヘとはいえ、騎士として守るべき対象の、か弱い相手。
考えてみれば分かることだった。死ぬのは男だけとは限った事ではない。女だろうが、子供だろうが、死ぬ時は死に、ライヘにだってなる時はなる。
標的を見つけた女性がガイストを呼び出す。それは両手から肘まで覆う籠手だ。拳を握り込んだ女性は真っ直ぐに、虚ろな瞳でクロムを見据えて一歩、また一歩近づいて来る。
それに従い、クロムは我知らず喉を鳴らす。
「お、おい、どうすんだよ。戦えねぇぞ、これ」
「私に聞くな」
ネオも動揺の声を漏らす先で、少年もボロボロに刃毀れし、ひび割れた槍を生成させ、彼へ向けて近づいてきた。
戦う手段を見いだせずにいたクロムは自尊心や羞恥心で何度か逡巡するが、正義を捨てるよりはマシだと判断した。
無理なら逃げて良い。そう言われたのを思い出したのだ。
「おい、アイツ呼ぶぞ!」
「……ぐっ……仕方あるまい」
二人が一気に背中合わせから横へ逃げ出し、真っ直ぐ家へと走りだすと、ライヘ達も走り出した。同時に二人の背筋を悪寒が奔る。
ライヘ達は視線を向けながら、並ぶようにして走り出し、二人の背中に迫っていた。
昨日は立ち向かっていた二人は、追われる恐怖が想像以上だと思い知る。
ゆっくりした動作で歩いていたのだから、走るとは思わなかった。
「足、速いのかよ!?」
「……!?」
思わず左右に跳んだ二人の間を女性の突きと、少年の斬撃が通り過ぎる。
地面を転がって態勢を立て直した二人が顔を強張らせた。
昨日の話では、死んで人間がセーブしていた力が解除されているという。つまり、膂力どころか走る速度も上がっているということ。
これでは呼ぶ余裕すらない。
なんとかしなければ何もしないまま死ぬ。必死に考えるが、その考えがまとまる前にクロムの方へ女性のライヘが拳を振り上げ、間近まで迫る。
「うおおおおおっ」
鍛え抜いた反射神経が、考えるよりも先に腕を振り上げ拳を受け止めた。
ガキィンッ!
甲高い金属音と、火花が眼前に散る。
「だああああっ!」
剣の腹で受け止めた籠手を、声を張り上げて力任せに押し返し、上へ跳ねあげる。その勢いに女性の腕が大きく弾かれ、後方へたたらを踏んで倒れた。
「ふっ!」
ネオはハルバードを一振りし、少年の槍を払うと同時に小さな足を掛けて転ばせる。
「よし! 足止めすればなんとか……」
ネオが顔を上げて呼びかけた瞬間、足元で転がされていた少年が彼の足を掴み、子供とは思えない力で引き倒した。
「っ!?」
反撃を躊躇してしまうネオに、容赦なく足に槍を突き立てる。
「ぐぁぁ!」
足を刺され、子供を引き離そうともがくが、予想外の怪力で思うようにいかない。
一方、ネオの苦悶の声にハッと目を向けたクロムは、立ち上った女性から視線を外してしまい、接近を許してしまう。
「っ!」
繰りだされた一撃を間一髪で避け、後退した刹那、踵に墓標が当たり、掘られ続けて柔らかくなった土に足を取られ、体勢を大きく崩した。
「しま……っ」
膝立ちになったクロムは牽制のために剣を振るが、それを易々と籠手で弾いた女性は懐に入り、左頬に拳がめり込んだ。
「がっ」
仰向けに倒れると、馬乗りになると首を締め始めた。
「……っ……」
振り払おうと女性の腕を掴むと、異様に冷たく、そして硬い。さらには予想以上に腕力が強く首が圧迫されていく。
――死ぬ。
みしみしと耳元で軋む首の音を聞きながら、青白く残酷なほど無表情な女性の顔を見上げて、そこでようやく後悔した。
もっとちゃんと、忠告を聞いておけばよかったと。
意識が薄れ始めた、女性の顔すら霞み始める。
刹那、その女性の頭が消えた。
鈍い音は後からして、頭を無くした首から通常よりも少量の血を滴らせ、女性の体がクロムに寄りかかるようにして倒れ込む。
「ぶ……は……っ!」
籠手が解除され、緩んだ腕のおかげで肺に新鮮な空気が流れ込んで来る。
何が起こったのか理解できていないが、視線の端に丸いモノが数回弾み、地面に転がった。
それが彼女の頭だと認識すると、その奥で、少年がネオに足に刺した槍を引き抜き、馬乗りになって胸を狙おうと槍を振りかざしていた。
「――」
声にならずに口を開くと、視界の端で陰が奔る。
ネオに馬乗りになっていた少年が横から容赦なく蹴り飛ばされ、地面に転がった。
さらに流れるように追いかけ、彼のボロボロの槍がシャベルで真っ二つに叩き折られる。
パキィン。
ガラスが割れるような澄んだ音を奏で、折れた槍が光の粒子になって淡雪のように散り、風に流れて消えていく。
同時に少年は糸の切れた人形のように動かなくなり、クロム同様にネオの胸に倒れ込んだ。
すると、青銅色の肌が元来の色へと変化していく。青白さが抜けただけで、眠ったような顔にすら見える。不思議な光景だった。
「「…………」」
二人が硬直している中、ルテナが降ろしたままの髪を払って息をつき、少年へ向けて瞑目する。
「……どうか今度こそ安らかに」
小さく呟いてから、二人を一瞥した。
ネオは小馬鹿され、飄々としているのを想像したが、彼女は眉を下げて静かだった。
「お疲れさまでした。ケガの治療をしましょう」
「………………あ、ああ」
放心状態のネオが身を起こしていたクロムを見る。
彼は女性の体を押しのけ、何度もせき込み、上体を起こして首を擦っていた。
ネオは足を負傷したため、クロムが肩を貸し、三人で家に入る。
彼女は手際よく椅子にネオを座らせ、手早く自分の手を殺菌消毒し、ズボンを裂いて傷を洗った。そしてベルトポーチから小瓶を取り出して彼に渡す。
「ハイポーション飲んでおいてください」
「……すまん」
ネオが受け取って小瓶を傾ける。
ルテナは手を洗ってから、二人の青ざめた顔色を見て眉を下げた。
「……連絡してきますから、ちょっと待っててください」
ルテナは再び奥へ引っ込むと、しばらくしてから小さな缶を片手に戻ってくる。その時には髪を緩く束ねていた。
「レニーさんが来るまで休憩しててください」
ルテナが一言発して、お湯を沸かし始めると、ネオの隣にクロムも大人しく座った。
その間、三人共に沈黙したまま、部屋の中に気まずい雰囲気の静寂が満ちる。
まだ何も、注意も指摘もされない。
いつされるかとヒヤヒヤしていたが、しばらくして仄かに甘い香りが漂い、二人の前に琥珀色の紅茶が置かれた。クロムの紅茶には小さな葉っぱが数枚沈んでいる。
「どうぞ」
促された二人はソッと口を付けると、程良い温度の甘酸っぱい味が口腔内に広がり、胃の腑に染み渡っていく。
すると自然と肩から力が抜け、そこでようやく体が強張っていたのだと自覚した。
「ビルンバウムさんのは喉の痛みを和らげる薬草を入れてます。しばらくは喋らずに安静に」
ルテナが注意すると、彼は無言で頷いた。
そして、数拍置いて、気まずい空気の中、ネオが声を漏らす。
「なぜ……あんな風に出来る」
「というと?」
「女の首を刎ねて、子供を蹴るなんて……」
「それが仕事です。容赦するなと言ったはずですよ?」
「ふざけるなっ! 慣れろとでも言う気かっ!」
声を荒げたネオが足の痛みも無視し、椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
本当は違う事を言うべきだと頭では分かっていた。
それでも同じ騎士として、責めずにはいられなかった。
ネオの凄絶な殺気と眼光を、ルテナは真摯に真っ直ぐ見返した。
「これが出来なければ墓守は務まりません」
「墓守ってこんなに外道なのかよ……!」
クロムも殺気にあおられて、言うべきことを言わずに吐き捨てる。
しかしルテナは動揺一つしなかった。
「外道で結構。良かったじゃないですか、女性と子供が一気に出てきて。いい経験ができたでしょう」
そのセリフに二人が体を強張らせる。
ルテナは小さく嘆息し、シャベルを手にした。
「昨日はどうなるかと思いましたが、出て来てくれて助かりました。これをやってほしかったんです。墓守の七割はコレが耐えられなくて辞めるんです。『墓守の仕事が一番きつい』の意味もご理解できたでしょう?」
初日に言っていた事を思い出し、二人が押し黙る。
確かにこれは、誰でも逃げる。
「これで分かったでしょう。ココは真っ当な騎士がいるべき場所じゃないんですよ。二人共騎士道があるのなら、精々掟を守って左遷されないようにすることです」
ぴしゃりと言い返したルテナは外へと出て行く。あのままライヘを放置しておくわけにもいかないのだ。
「レニーさんが来たら切り上げてもらうので着替えといてください」
そんな彼女の背中を、二人は射殺しそうな鋭い視線を向けるのだった。
第三章、開幕です。
やっとちょっとだけ話が進みます。ちょっとだけ。前半は墓守ってどんな仕事なのか、の深堀りです。




