第二章 3
ルテナから一週間の墓守隊配属を知らされ、ネオとクロムは渋々特別墓地へと行くと、仕事内容を詳しく聞かされる。実際にやってみると、凄まじく肉体労働の過酷な仕事だと痛感させられる。
その一方、ノイドは友人たちとのつかの間の飲み会後の朝、同棲している婚約者エリーゼからルテナについて、女子同士の恋愛話のことを聞く。
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太陽が中天に差し掛かった頃に、八人分の死体を分担して埋めた二人がぐったりと家に向かって重い体を引きずって行く。
ルテナといえば先に朝方倒したライヘの六人と、さらに途中で出て来た五人を倒してから、同じく埋め直し、十一人分を終わらせてさっさと昼食の準備に入っている。
楽々とこなして二時間は差を開けて終わらせていたその光景を思い出して、クロムが小さく呟く。
「俺らより仕事してんのに終わってるってどういう事だ……」
「一年で慣れすぎじゃないのか……いや、さすが元守護騎士というか……」
数時間前までの余裕がなくなっている二人がシャツの第一ボタンを外し、ルテナが入口の小さなテーブルに置いて行ったタオルで、噴き出してくる汗を拭う。
「これ……わりと……重労働だな……。戦って掘って埋める繰り返しって……」
「……足場、悪いしな」
体験してみて認めたくないのだが、騎士で一番きつい仕事かもしれないと思ってしまった二人は、家に入る前に無理矢理に背筋を伸ばす。あれほど小馬鹿にしていた上、ルテナには余裕を見せられて、バテている所など、意地でも見せられない。
中に入ると、キッチンと居間が合わさった形で、小さく簡素な造りをしていた。着替える時に聞いたが、出入り口から見て奥側にある廊下には三つの部屋があり、そこが隊員達の寝室で、二人一部屋になっている。一番奥がトイレと浴室。
向かって左側の壁にあるドアは頑丈な錠前が掛けられ、ライヘの身元書類などの資料室になっている。
出入り口から右にあるキッチンではルテナが背中を向けて調理中で、食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。
既に木製のテーブルの上にはパンとサラダ、大きな葉で包まれた料理が乗った皿が置かれ、キッチンからさらに大きな鍋を持ったルテナがテーブルの中央にドンと置く。
「お疲れ様でした。上着脱いで手を消毒してきてください」
指示通りにしてから席に付くと、シチューを注いで彼らの前に置いた。
「ではいただきましょう」
向かい側に座ったルテナが手を胸の前で組んで、この国が信仰する豊穣の神に祈りを捧げてから紐で固定していた葉っぱを開く。ふんわりと白い湯気が立ち上る様を見て、二人も軽く祈ってから開いてみた。
中は野菜と一緒に蒸された白身魚が切り身で入っていて汁が皿の中に溢れる。
小さく裂いて食べてみると、口に食べてみるとほんのり塩が効いた絶妙な味付けがされていて、白身も柔らかくとても美味しい。
おまけに労働後だったからか、シチューも具も、胃の腑に沁み渡った。テーブルの中央に置かれた硬めのパンも味付けがされて食欲を誘っていた。
無言で一気に食べて行く二人を見て、ルテナが怪訝そうに首を捻った。
「変な人達ですねぇ。初めての人達は、死体を見た後だと大抵が吐いて、それでも『食欲がない』って言って、しばらくはげっそりとやつれるんですが」
「それは経験済みだ。……戦場へも行っているからな」
色鮮やかで瑞々しい野菜にドレッシングが掛かっているサラダを頬張り、シャクシャクと咀嚼しながらネオが呟く。
「ラルフさんが言っていた。『たとえ吐こうが必ず胃に何か入れてないと肝心な時に力が出なくて、仲間にも迷惑だし命取りになるぞ』とな。それで必死に詰め込んだものだ」
「……良い事を学んでますね。言わなくて済んで楽です。新人の辞める理由の七割は死体に耐えられないってやつですから」
「チッ。後の三割はどうなんだよ」
パンに齧り付きながらクロムが睨むと、ルテナはシチューを啜りながら笑う。
「それは後々嫌でも体験しますよ」
「……意味深だな」
「まぁ、口で説明するより体験した方が早いですし。……あ、そうだ」
思い出したようにルテナが二人を見据える。
「ちょっと質問があるんですが」
「あ?」
「ラジーム軍団長って『魔装』出来ましたっけ? そういう話は聞いたことがない気がするんですが、なぜ王剣の一人に?」
二人は突然の質問に顔を見合わせた。
クロムはいけ好かない団長の顔を思い出して、あからさまに顔を歪めた。
「一応、鎧まで到達してるらしいぜ」
「あ、そうなんですか。情報不足でした」
「そりゃ知らなくて当然だ。何せ実戦経験はほぼないらしいぜ。卒業後に入団したけど、戦場に出て功績上げたのは一回だけで、あとは首都の本部務め。なんでラルフさんの後釜があんな嫌味しか言わないクズ野郎なんだ、って陛下に直訴したいぐらいだ」
「そんなに酷い方なんですか?」
「条件は満たしてっけどよ。性格がな。良いところ上げろって言われても浮かばない奴なんだ。朝礼の時は唯一の戦果を繰り返し話すし、口を開けば嫌味ばっか。下っ端に仕事を全部押し付けて出来なきゃ罵詈雑言。殴る蹴るも日常茶飯事だぜ」
「仕事してはいるが、なんというか……適当な部分があってな。総団長から注意を受ければ『お前らの所為だ』とか抜かす始末だ」
憤慨するクロムと、ため息を吐くネオを見て、ルテナは渋面になる。
「他におられなかったんですか?」
「そんな簡単に『鎧』まで到達する者は出ない。とはいえ、確かに人選ミスだろうな」
「早く別の奴が出て来るか、騎士以外の冒険者とか傭兵とか、『鎧』まで到達してる奴をスカウトするとか……まぁ、それでも少ねぇだろうなぁ」
クロムの補足にネオが小さく頷く。
「というわけで、不本意だが、奴以外に『鎧』まで到達していなかった所為で昇進を余儀なくされたというわけだ」
「あらまぁ……」
事情を聴いてルテナは苦い顔をすると、クロムがじろりと睨む。
「そういや、お前が候補に挙がったらしいぞ。てめぇ、魔装まで出来るんだろ」
「そりゃ守護騎士ですから」
しれっと返され、まだまだ到達出来ていない二人が気色ばむ。
ただし涼しい顔の裏で血が滲む努力があるだろうと思うと反発も出来ない。何せ、彼女のガイストと能力は平凡でよくあるものだ。特別な才能もなく、守護騎士までなったのなら、努力というには生温い、苛烈な訓練があっただろう。
さっきの戦闘力といい、体力といい、その一端は垣間見ているからこそ黙るしかない。
するとルテナの方が肩を竦めて見せる。
「左遷されるような騎士を団長に据えるわけにはいかないでしょう。候補に挙がってもすぐに除外されたはずです」
「……お前、そういやなんで左遷になったんだ? アイツも残念がったんじゃ……」
「おっと、守秘義務というのがあるんですよ。クロムさん?」
「…………ん?」
まるで遮るような言い方にクロムは僅かな引っ掛かりを感じた。
そして仮面のような笑顔を張り付けているルテナを見て、クロムは王城での体験や過去を思い出すように視線をさ迷わせ、何か理解したように頷いた。
「分かった。そうかそうか、あれか、あいつか……お前も大変だな」
「前から仲良かったですもんねぇ……言わないでくださいよ」
「言わねーよ。馬鹿らしい」
クロムが鼻で笑うと、ネオが横目で見ている。
気付いたクロムが軽く手を振った。
「わりぃな、ネオ。こればっかりは教えてやれねぇ。城の内部の話なんだ」
「――……なら仕方ないな」
全てを話せるわけではないと仕事をしていて理解もしているネオがすぐに引き下がる。
クロムは申し訳なさと左遷理由のくだらなさに息を吐くと、シチューのお椀が空になっている事に気付き、ちらっと眼の前の鍋を一瞥する。気付いたルテナが席を立って手を差し出し、預かったお椀に継ぎ足した。
「お口にあったようで光栄です」
「ぐぅ……うるせぇ」
さらに渋面になりながら受け取り、恥ずかしさ紛れに話題を変えることにする。
「……で? 来たらラルフさんについて話すんじゃねぇのか」
「あ、そうでしたね。何がいいでしょうか……恥ずかしい話とか?」
「あのラルフさんに恥ずかしい話なんてあんのか?」
「そりゃラルフさんも人間ですからねぇ。まぁ、あたしの事と、他の軍団長の話も含まれますが、いいですか?」
「お、おう」
なんだか凄い話になりそうでクロムが口元を引き攣らせるものの、ルテナは述懐しながら語りだした。
「どこから話せばいいですかね……えっと、休日は姫様やマグネス殿下、殿下の護衛のディックさんと一緒に軍団長達から授業を受けてましてね」
「羨ましい限りなのだが?」
「そんなの推薦組でもあり得ねぇよ。贅沢過ぎるだろ、守護騎士」
ムスッと二人が口を尖らせ、豪華な教師たちに嫉妬心が芽生えるが、これはもう護衛としての特権のようなものだ。
それでも気にはなるため、クロムが訊ねる。
「で、ラルフさん以外の誰に教わったんだ?」
「あ、全軍団長と近衛騎士団所属の全員から教わってますよ」
「はぁ!?」
クロムが軽く飛び上がり、ネオが瞠目する。
絶句する二人をよそに、ルテナは咳ばらいをした。
「で、ラルフさんのお茶目話ですが」
「お、おう……」
「ラルフさんが学生時代の教科書と、今の教科書で授業内容に違いがあるのか検分してみようって言いだされまして、それで軍団長・副団長や隊長格達の飲み会で、その話をしたら、いろんな年代の当時使われていた教科書が大量に来まして」
「……うん? それがどうお茶目になるんだ?」
ネオが首を傾げる。
「いえ、話は続きます。ちょうど授業を始めようとしたときに、業務が終わった陛下が来られてまして。陛下から大量の教科書を懐かしんで、特別に養成学校で習う『軍の歴史と歴代総団長の名前や偉業』をご教授いただくことになったんです」
「……羨ましいにも程があるぞ」
ネオの返答にクロムが大きく頷いている。まさか国王……つまり王剣騎士団総団長からも習っているとは、全騎士が耳にしたら本当に嫉妬する話だ。
すると、ルテナはそっぽを向いて笑みを浮かべた。
「くく……歴史の教科書には歴代総団長の肖像画の写しが描かれてるじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「それがですね……うふふ」
思い出してしまったのか、ついに笑い出している。喜怒哀楽がよく表情に出る娘だと二人は思った。
クロムは彼女の様子に口を尖らせる。
「で、なんだよ」
「ラルフさんを含めて教科書を持って来られた人たちはすっかり忘れてたんでしょうね。教科書の肖像画の写しに落書きをされてまして」
「「ぶふぅ!」」
二人が思わず吹き出した。いや、よく分かってはいるのだ。実際、二人も髭や眼鏡など落書きをしていた。しかし国の英雄である軍団長達までやっているとは。偉大な騎士であろうと、学生時代は皆同じ子供だったということか。
「それを見た総団長が、その時に城にいたラルフさんを含めて、教科書に名前のある軍団長や隊長達を呼びつけて、あたし達四人の隣で正座させて説教が始まって、そのまま一緒に授業しました」
「ぶははははっ!」
「あっははははは!」
二人が大笑いしている中、ルテナは微苦笑しながら視線を逸らした。
「いやぁ、もう、その授業が地獄でしたよ。隣で凄腕の人達が正座で授業聞いてるし、笑ったら後が怖いし、どの教科書も違う落書きで笑えちゃって、もう、別の意味で緊張するわ、笑うの堪えるのが辛くて辛くて」
「「きっつ!」」
二人共体を震わせながら答える。
「殿下とあたしが肩を震わせてたら、陛下は『存分に笑ってやれ』って仰いまして。赤っ恥掻かせるために呼びつけたようで、もう団長達が赤面してましたよ」
「「ひでぇ」」
威厳に満ち溢れた姿しか知らないあの軍団長の面々が赤面とは、見てみたい気もするし、怖い気もする。笑っていいのはこの場でだけだ。
「で、ラルフさんは他にもパラパラ漫画まで描いてて、あたしがページを一気にめくって見てるのに気づいて両手で顔を覆って『忘れてたー! もうやめてくれー!』って嘆いてました。ちなみに馬に乗って剣を持った人がどんどん増えて突撃していくやつでしたね。意外に力作」
「た、確かに恥ずかしい話だな……ぐふっ」
「ラルフさん……あのラルフさんがパラパラ漫画……」
ネオは顔を背けてなおも笑い、クロムは涙すら滲んできて指で掬う。
すると、ドアの上に設置された鈴が不意に二回鳴った。
彼女は行儀悪く皿を口に当てて一気にシチューを飲むと立ち上がった。
「さて、食後の運動といきますか」
「おい、話の途中に……」
「あー……明日にしましょう。お話は一日一つで。七つも聞ければ十分でしょう?」
予想以上に面白かったためもう少し聞きたくなったクロムが口を尖らせるが、ライヘが出ているのだから、文句も言い辛い。
「あ、お二人はゆっくり食べててください。後で組み手をしましょう。足運びとか、力技を使わない柔術をお教えします」
「はぁ? 柔術だぁ? 軍じゃそんな生温い技使わね……」
「ここでは使うんですよ。無駄な体力使えるほどココは甘くないんですからね。たった四人との戦闘と、四人ずつ埋めただけでバテてちゃ困ります」
あっさり見抜かれた上で、痛い指摘を受けた二人が押し黙ると、ルテナは上着を着込んでさらに告げる。
「それに、柔術はラルフさん直伝です。やって損ではないでしょう。やる気でました?」
ニヤリと笑ったルテナが出て行く。
そのドアを見ながらクロムがぼやいた。
「良いように扱われてる気がする」
「いや実際その通りだろう」
二人はさっきの楽しさをすっかり忘れ、長いため息を吐くのだった。
ま、間に合った……。
あ、団長達の話しは、学校であるあるを考えて書いてみた。みんな、あるよね?




