第二章 1
ルテナから一週間の墓守隊配属を知らされ、ネオとクロムは渋々特別墓地へと行くと、仕事内容を詳しく聞かされる。実際にやってみると、凄まじく肉体労働の過酷な仕事だと痛感させられる。
その一方、ノイドは友人たちとのつかの間の飲み会後の朝、同棲している婚約者エリーゼからルテナについて、女子同士の恋愛話のことを聞く。
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ネオとクロムの視界には、首都の外壁と同じくらいの、建物だと六階建てに匹敵しそうな壁が見えて来た。
クロムが苦々しい顔をする。
「うわぁ、予算掛ってそうじゃねぇか。こんな事に使うぐらいなら、貧困街でもなんとかすりゃいいと思わねぇ?」
「……コレは仕方ない。鋼人の抱える問題だしな。出て来られたらマズイだろう」
「そんなもんか?」
「お前、自分の主観で話すんじゃない。一般人には死と同義の脅威だぞ」
「あ、ああ……そうだな」
ネオの厳しい指摘にも、クロムはやはりどこか理解し難いような複雑な顔を崩さない。
ここだけは、騎士の先輩後輩の中になる以前の、身分による生活の違いが浮き彫りになっていた。
ネオは平民出身で、死者が出ると周りは戦々恐々としていた。
何せ死後に肌が青銅色に変色すると、『死者が出る』のだ。
これは死人が増える、という意味もあるが、本当に死者が歩き出し、生者を攻撃する。
彼らは死後の彼らの事を『ライヘ』と呼んで恐れていた。
危険のないように家に必ず設けられている窓のない部屋に、ライヘの兆候が出ている遺体を安置して、『運び屋』が来るまで鍵をかけて閉じ込める。それは文字通りに『死と隣り合わせ』の心地なのだ。
ネオは一度、恐ろしい経験もしていた。
その時は、隣のおじさんが亡くなり、前兆が出てしまったのだ。
ピリピリとした空気の中で、『運び屋』を待っていた。だが、その日に限って運び屋が来るのが遅れに遅れていて、時間が経ちすぎたせいでライヘに変化してしまったのだ。
そして、隣からくぐもった悲鳴が上がった。
誰かが扉を開けたのか、それともライヘが破壊したのか、それは分からない。けれど、ライヘと化したおじさんが外に出てしまったのだ。
騒動に気付いた母は、助ける選択はせず、慌てて家の扉に鍵をかけた。すぐ外で争う音がしていた。悲鳴も上がっていた。窓からは、人の肌とは思えない色の死んだ隣人が歩いているのが見えた。
その顔は青緑色で、瞳の白い部分が黒く変色している。
攻撃されても痛がりもせずに、体が欠けるのも無視して、武器を振るって、仲の良かった近所の大人と殺し合っていたのだ。
母は部屋の隅でネオを抱きしめて震えていたのを、今でも覚えている。
一方、貴族であるクロムは死者が出ても、もっと頑丈で遠方に設置された隔離部屋があり、全部使用人がやってしまうため、見たことも経験もなく、どこか他人事のような感覚なのだ。
そんな二人に共通しているのは、親から見たらすぐ逃げるように口うるさく言われていたことだ。なにせ、大人は言うことを聞かない子供を怖がらせるため、教訓として『悪戯したらライヘが殺しに来る』などと言う事もあるぐらいだ。
ネオから予想外に厳しい指摘をされたクロムは気まずくなって、それ以上は黙って進んで行く。
二人の足音と暢気な小鳥のさえずりだけが聞こえる中、ただただ道なりに進んでいく。
見えて来てから大分時間がかかってようやっと門が見えて来た。それだけ広くて大きいということだ。
両開きの大きな門と堅牢な外壁。
門を目指していくと、すぐそばに馬車が止まっていた。
馬車、といっても彼らが知る木造の馬車や幌馬車ではない。
普通の馬車よりも一回り大きく、長方形の無骨な銀製の馬車だ。後部には両開きの扉が取り付けられ、大きな錠前で固定してあり、馬車全体が日の光を浴びて白く反射していた。
あれはさすがに二人も見た事があった。
死体を運ぶ、特別な馬車だ。
墓守隊には墓を守る者と、死体を墓地まで運ぶ者の二つに分けられ、後者の通称を『運び屋』という。その運び屋が使う馬車だ。
その馬車が門の脇に停車しているのを見て、二人同時に顔を顰めた。
「あれが仕事と思うだけで引き返してぇのは俺だけか」
「安心しろ、私もだ」
げんなりと呟くクロムとネオが近くへ行くと、門の端に人用のドアが設置されていた。そこにドアを僅かに開けて中の様子を窺っている人がいる。
最初に異変に気付いたのはネオだった。
金属の甲高い音と、生肉でも叩きつけるような生々しい鈍い音。それが奥から連続してくぐもって聞こえて来ている。
「いかん、既に戦闘中だ。……引き返すに一票」
「二票で可決だな。戻るか」
クロムが即決して二人して回れ右をした時、中を窺っていた『運び屋』であろう騎士が、間の悪いことに彼らに気付いた。
「あれ? やぁ、君達が昨日隊長が言ってた騎士君かい?」
声をかけられた二人は、苦虫を噛み潰したような顔で振り返る。
声を掛けた男性はドアを閉め、鍵を掛けてきちんと施錠を確認してから近づいて来た。
歳は三十代前半ほどだろう。
少し長めの鳶色の髪を首筋できつく結び、若干垂れ目がちな黒檀の瞳を持つ。ひょろりとした長身痩躯で、全身から温厚そうな雰囲気が漏れだしている男性だ。腰には規程の剣の代わりに、ロウソクではなく小さな宝石が取り付けられたランタンと銀の鈴が括りつけられている。
運び屋の男性は思わず笑い返したくなるような穏やかな笑顔を向け、二人を交互に見た。
「話は聞いてるよ。ネオ君とクロム君でいいかな? 僕はレニー・ナル。見ての通り『運び』を担当してます、一週間って話だけど、よろしくね」
おっとりと自己紹介をするレニーにネオが鼻を鳴らした。
「墓守はシャベル、運び屋はランタン。全くもって騎士らしくない装備ですね」
「そうなんだよねー。運び屋だってライヘと戦う事もあるんだから、もう少し武器らしいものでもいいと思わない?」
彼の皮肉にレニーは朗らかに答え、さらに仕事の愚痴を始めた。
「毎日戦うから、刃が付いている物はすぐにダメになるんだよねー。かといってガイストをずっと顕現するって相当魔力も使うし。普通の剣だと四人切ったら血糊で切れ味最悪になるそうだし。やっぱり斬って叩いて掘って埋められるシャベルって最適なんだなって痛感するよ。かと言って、埋めるのは運び屋はしなくていいし。そうだなー、鈍器とか最適だろうね、頭割れば動かなくなるし、簡単だよね」
穏やかに、優しげに、笑顔すら浮かべたまま残酷な事を口走るレニーは、ふと考え込むように腕を胸の前で組んで首を傾げた。
「あ、でも、鈍器って言っても結構あるもんね。やっぱり棘とか付けたフレイルとかがいいと思うんだ。威力も高そうだし……でもシャベルと一緒に持ってると結構重いかなぁ。邪魔になるし……どう思う?」
皮肉でも何でもなく真面目に応えていると解り、クロムとネオは口元を引き攣らせて互いに目配せする。
異常だ。
いや、墓守隊はどこか必ず異常があるか、所属後におかしくなるというのは騎士団内でのジンクスのようなものだ。彼は前者なのか、後者なのか。
こうは絶対なりたくない、と心底思った二人だった。
するとレニーは深いため息を吐いた。
「武器は別にどうにでもなるんだけどね、要は本人の力量だから。だからこそ、陛下……いや、総団長のお考えに納得いかないんだ」
「む? ……というと?」
愚痴の方向性が変わって気になったネオが聞くと、彼は表情を著しく翳らせた。
「いや、ここね。相当マズイ奴がいるんだよ。それなのに新人を入れるなんて……いくらシックザール隊長が強いからって、危険だよ」
「相当マズイ奴?」
「どういうことだ?」
自分達が弱いという認識なのを軽やかに無視したネオとクロムが首を傾げる。
レニーも挑発したつもりもないようで、昼行灯な笑みを向けた。
「そうそう、今隊長が戦ってる最中だから入ると危ないし、少し『ライヘ』について勉強しようか。まず、君達はどれぐらいライヘを知ってるかな?」
質問された二人はしばし考えてから、まずネオが口を開いた。
「……未練を残して亡くなった者が、なぜか再び動き出して、生きた人を攻撃する化け物になる。それで一般的にも『遺体』という名で定着した」
「うんうん」
レニーが軽く頷くと、クロムが続ける。
「んで、ライヘになる前兆は、死んだ後に目の白い部分が黒い瞳の部分の色が逆転する。で、皮膚が青銅色っつーか、青緑のカビが生えたみたいな色になってく。それが出始めたら運び屋を呼んで、特別墓地に運んで、そこで隔離してる」
「そうだね。それは全部一般的に知られてる事だね」
気になる言い方に二人が顔を見合わせてからクロムが聞く。
「他にもあンのか?」
「あるよ、いっぱいね。まず未練うんぬんは噂だよ。ライヘになる人とならない人の差はまだ解らない。それこそ死人のみぞ知るってやつだろうね。例えば幸せな生活を送って、家族に温かく見守られて亡くなった人だって、ライヘになる時はなる」
「そうなのか」
「それで、まず解ってる事と言えばライヘっていうのは死者で間違いないって事と、動かしてるのがガイストって事だね」
「へ?」
意外な事に二人が目を丸くし、ネオが疑念をぶつける。
「ちょっと待ってください。武器が体を動かしてるんですか?」
「そうだよ。ガイストは僕らが内包する鋼鉄を『錬成』という能力で武器化させる。その武器の生成機能だけがなぜか体に残ってしまったのが、ライヘなんだよ。言わば、種族能力の暴走だね。――そこで問題です。武器とは元来何をするためのものだい?」
「戦うため……?」
ネオが曖昧だが答えると、レニーが首肯する。
「うん。戦い、殺す道具が『武器』だ。だから動きだした時、『破壊』を純粋に実行しようとする。既に本人は死亡して意識は無いから、無差別に人を襲う事になるわけだよ」
「「へぇー」」
レニーの説明に、二人共なんとなく分かったのかしきりに頷いている。
攻撃的なのは知られていたが、なぜ攻撃してくるのかまでは知らなかった。
レニーは二人が納得したとみて人差し指をピッと上げる。
「で、墓守の役割は、僕らの専門用語で『成仏』させてやることなんだ」
「じょうぶつ?」
「そう。残ってしまった魂……つまりガイストを破壊して完全に死なせてやる事さ。っていっても、ライヘになった後のガイストも生前と変わらず鋼鉄よりも硬いから、そんな簡単じゃないんだ。特殊能力が消えてるのが幸いってところかな」
「じゃあ、どうするんだ?」
クロムが首を傾げると、レニーはにやりと笑った。
「殺すのさ。体を破壊して、ガイストを一時的に消滅させる。生きてた時に気絶したり集中が切れるとガイストが消えるのと同じ具合にね」
「殺すって……一度見たが、体が欠けようと動いてたぞ?」
「ああ、それはね、さっきもちらっと言ったけど、頭が弱点だから、首を落とすんだよ。あるいは頭部を粉砕してもいいよ。君が見たのは他の体の部位だったんじゃないかな?」
「――……あ、ああ、そうかもしれん」
確かに思い出すと頭部は狙っていなかった。これは一般人にも知らせるべき情報なのではないか、とネオは思ってしまう。
ちなみに興味がなさ過ぎて知識がないだけで、『ライヘは頭部が弱点』というのは一般人にも認知されている情報である。
しかしレニーは気付いていないのか、説明を続ける。
「でも問題は戦える状態までガイストが体を再生させちゃうんだ。なぜそうなるのか原理は解明されていないけど、その再生を遅らせ、かつガイストの破損状態が進行しやすくなるのが埋葬なんだ」
「あ、それだよ。思ったんだけど、なんで埋めるんだ? 別にガイストがなくなりゃ動かなくなるんだろ? また再生したら倒せばいいだけじゃね?」
クロムの意見に、レニーは丁寧に答える。
「それはね、魔力を散らすためだよ」
「散らす?」
「うん。まずね、ガイストの元になっている体内の鋼鉄が『土属性の魔力』を帯びているんだ。それが形を変える大本になってるらしいよ。だから土属性の魔力も体内から出さなきゃならない。先人たちは試行錯誤の末に、土属性の魔力は土に溶け込むことを突き止めたんだ。つまり、土に埋めると魔力が抜けていくんだよ」
「魔力が減ったらガイストも脆くなるってことですか?」
ネオの予想にレニーが頷いた。
「その通り。大本の魂も意思もないし、魔力も切れてくるから、ガイストは道具でいうところの摩耗を起こす。体の再生も追いつかなくなるし、ガイストは崩れかけの状態で作られる。そうなったらものすごく脆い」
「ははぁ……そのガイストをぶっ壊せば終わりか」
「うん。そうなったら完全に死体だから、遺族のもとに返してあげられる。そのへんは僕の担当だね」
「倒して埋めてを繰り返す謎は分かったが……不毛だな」
ネオが思わず呟くとクロムがさらに質問する。
「何回繰り返せばいいってのは決まってねぇのか?」
「人それぞれってやつだね。一回でガイストがボロボロになる事もあるし、ごく稀だけど百回繰り返しても新品同然だったりする事もあるみたい。でもいつかは終わりが来るよ」
「ふぅん。でもよ、新品でも武器をへし折れば同じ事だろ? 武器折りの技ならラルフさんに教わってるぜ。なんてこたぁねぇよ。なぁ?」
「ああ」
自信に溢れたクロムの問い掛けに、ネオも首肯すると、レニーから注意される。
「あまり甘く見てると痛い目に遭うよ。ライヘは生前の役職によって強さが違うんだ」
「……役職?」
「一番危険なのは騎士や冒険者、傭兵などの戦士職が該当するね。彼らは日常的に武術を使い、体を鍛えていたから、死人でも動きが別格なんだ。ただガイストを振り回す一般人とは違うよ。君達にも身に覚えはあると思うけど、『体が覚えてる』ってやつ」
レニーの言葉に二人は顔を見合わせた。確かに、何度も練習している技は、考えるより先に動ける。
「無意識に体が反応するような状態だと思うと良い。しかも『箍』が外れてるから、本当に危険だよ。甘く見てた新人が死ぬのなんて何度も見てるんだから」
「ん? あの、箍ってなんですか?」
レニーからの忠告に、ネオが首を傾げた。
「ああ、ごめんごめん。箍っていうのはね、言葉の綾というか……人は本来、体が壊れないように力を無意識にセーブしているものなんだ。『火事場の馬鹿力』とかいうでしょ? 自分の命の危機とかにあり得ないぐらいの力を発揮することもある、あれね。死んでるからそのセーブ……『箍』が外れて常時怪力なわけだよ」
「「えぇ……」」
「君らも素人じゃないんだから、相手の力量を測って無理だと思ったらすぐに逃げるんだよ。いいね?」
レニーが真剣に注意するため、二人は素直に頷いた。確かに想像するだけで強そうだ。
色々と話を聞いたネオは、先ほど聞いた話を持ち出した。
「ということは、その戦士職が『相当マズイ奴』ってことでいいんですか?」
「ああ、いや、もっと凶悪なのがいるんだ。君達は墓地に入るんだから知っておくべきか。ここからは墓守やごく一部の人しか知られてない。というより、『化け物』がいるなんて公にしたら国民に不安にさせるだけだ。だから他言無用に頼むよ」
念を押され、二人は顔を見合わせてから彼へ頷くと、レニーは渋々話しだす。
「本来は武器の錬成だけなんだけど、ごく稀に特殊能力を消失してないライヘがいる。その上で『箍』が外れてるというのはね……生前は体が追い付かずに使えなかった最終形態の『鎧』の状態、つまり魔装をして出て来るんだ」
「げぇ……!」
クロムが呻き、ネオも嫌な顔をした。
さすがに二人もその組み合わせに苦虫を噛み潰したような顔をした。そんなの獣人を相手にしていた方がマシな気がする化け物だ。
「それってどれぐらいの強さになるんです?」
「うーん。難しいけど、あえて比較するなら……騎士団の隊長二人分、下手したら団長一人分ぐらいの強さかな」
レニーの説明を聞いて、二人共瞠目する。
隊長格は、訓練を受けた騎士を百人相手に出来る事が基準とされている。そして、団長ともなると、怪物規模であり騎士団の一軍を一人であしらってしまう力を有する。
そんな団長規模の力を持つ化け物が墓地にいるというのか。
レニーは二人が理解したとみると、さらに続けた。
「その化け物は他のライヘとは違い、肌が黒ずんでるのも特徴だ。その化け物を区別するために、魔装とライヘの強さから、別種として別の名前で呼んでるよ。名前は『フレッサー』」
「フレッサー……? 『大食い』?」
クロムが反芻してその名を呟くと、レニーが頷く。
「そう。名前の由来はね、死んでるから魔力が供給できないから、他のライヘを殺して魔力を奪って自分の能力と『鎧』の状態を維持しようとするからさ。魔力を馬鹿食いするから、『大食い』」
「「げぇ……」」
理由を聞いてさすがに二人が蛙のような声を上げ、ネオが顔を顰めた。
「それはあの女一人でどうこうなる相手なんですか?」
「なるよ? 子供の時から死線を潜り抜け続けて、貴族の護衛をして、守護騎士としても選抜されて、特別に鍛えられた御仁だよ? そもそも近衛騎士は一人一人が軍団長が出来る実力じゃなきゃ入れないんだから」
「そんな天才がなんでよりにもよって墓守に……」
言いかけたネオは不意にクロムへ顔を向けた。
「そういえば、知り合いではあるんだろう? 何か聞いてないのか?」
「いや、何も」
「あ、隊長から聞いたけど、君達って騎士養成学校では特待生だったようだね。クロム君はマグネス殿下の守護騎士選抜試験も受けたんだろう?」
レニーに言われ、クロムが苦々しい顔をする。
ネオも思いを馳せるように遠い目をした。
「守護騎士選抜か……私も自分の実力が知れる良い機会だろうし、やってみたかったが」
「お前なら冷静だし、護衛になれたと思うぜ。たった一歳違うだけで受けられなかったりするのは不公平だよな。俺とタメだったらよかったのにな」
王族の子息、第一王子アーセニックは第二王子マグネスとは二つ違い。そしてネオは二人の間の年齢だった。同い年の特待生から選ぶため、ネオはどちらの選抜試験も受けられなかったのだ。
「教室で常に一緒におらねば護衛の意味が無いから仕方ない。選抜試験ってどういうものをするんだ?」
ネオの質問にクロムはスラスラと教える。
「選抜方法は、面談と実技。っていうのは表向きで、点数はさほど重要じゃないんだ。戦士として、騎士としての基礎知識があるかだけ見られてるらしいぞ」
「……なぜ表向きという言葉が出て来るんだ」
「アルミナの選抜の時に、どう選抜されるのか、俺がなんで落ちたのか見た方が良いって、親父が見学希望を出しててよ。アルミナとマグネスと一緒に選抜を見てたんだ。そん時に選抜方法を教えて貰って、俺もつまんねぇ理由で落ちてたのを知ったんだ」
「ほう。それで、本当の試験内容は?」
「あー、そもそも推薦の時点で優秀なのは分かってるし、別の視点で選ぶんだ。実は試験の始まる前と後の、休憩時間の行動を監視して、ガキ共がどんな事をするのか見て、最終的に決めるんだと」
「なるほど。十歳らしからぬ実戦を積んだ者や能力が優れた者を集めるのが推薦制度だし、大人の前でだけ媚びを売って、平時は素行不良のような者を護衛には出来ないしな。『素』がどういう人物かの方が重要か」
「それで君、どうして落ちたんだい?」
レニーが一番気になる質問をすると、クロムが視線を逸らして不貞腐れたように呟いた。
「待合室にいた時に、平民の特待生に喧嘩売った」
「「…………」」
二人が生温い表情でクロムを見ると、彼は開き直って彼らを見返す。
「いや、腹立つ奴でさ。隣の席の奴と仲良くなったみたいで、『オレ、貴族の狩りの護衛して認めて貰って推薦貰ってんだ』とか『オレの能力【爆炎】なんだ。剣でも誰にも負けたりしない』とか自慢話ばっか」
「あー……」
「確かに能力は珍しいけどよ。だからなんだって話だぜ? 特待生ってそういう奴を集めるんだからよ。しかも近くで『オレのスゲー話』をずっと聞かされてみろよ」
「それは嫌だな」
「だろ? 挙句に騎士に助けられたけど死んじまったとか? んで『命を懸けてくれたその人のためにオレは絶対に騎士になって有名にならなきゃいけないんだ』とか? 決意表明を延々とさぁ……」
「…………。で、喧嘩を売ったと」
「おう。売った売った。で、そいつも買って来てよ。胸蔵掴み合ったら、そいつの話を聞いてた隣の奴が止めに入ったんだ。それがなかったら俺の能力で一撃だったのに」
「いや、お前の能力かつ十歳だと、そんな胸元近くに手がある状態で使ったら即死だ。止められてよかったな」
ネオが首を横に振って呆れると、レニーは目を瞬かせる。特待生ともなると、相当強い能力を保持しているようだ。
クロムも自覚はあったようで、再度視線を逸らした。
「と、とにかく、それで俺は落ちた。ちなみに、自慢野郎も落ちたぜ。ざまぁな……」
「おい、クロム」
鼻で笑うクロムを、ネオは顔を顰めて止めた。
「そいつの弁明などするつもりはない。買わなきゃいい喧嘩を買った方も悪い。だが、そいつは、騎士に助けられて、その騎士は死んだと言ったんだな?」
「おう。そう言ってたぜ」
「そこまで聞いたなら気付け、馬鹿者。騎士が死ぬような事態……つまり、そいつは騎士が死ぬような大きな事件に巻き込まれて命を救われたという意味だろう?」
「…………え」
ネオの意見に馬鹿にしきっていたクロムが意表を突かれて固まった。
子供の頃の話しだったからか、深く考えていなかった。
「そいつなりに自分を鼓舞してたんじゃないか? 私も平民だから気持ちは分からなくもない。きつい言葉で悪いが、元から貴族で家族に推薦を貰ってるお前と、平民の奴とじゃわけが違うぞ」
「そ、そりゃあ……貴族に媚び売らなきゃならないんだろ?」
「いや、お前、それがどれだけ大変か分かってないだろう。平民が貴族に会うことなんて機会があると思ってるのか? お前から見ても、平民に会うことなんてなかったろう?」
「……そ、そう言われてみれば……じゃあ、どうやって……」
「貴族が出かける時とか、通り道で隙を見て能力を披露したりとか……噂が立つぐらいの仕事なんかをして耳に入るのを待つ者もいる。あの手この手で貴族に声を掛けられるまで必死でアピールせねばならんのだ。自分を売り込むのも一苦労なんだぞ」
ネオの言葉にクロムも閉口させる。初めて聞いたが、きっと彼自身がそうやって必死で勝ち取ったのだろうと容易く推察できる。だからこそ、普段は一緒に鼻で笑うはずの話題に意見してきているのだ。
おまけに、望んでも手に入らなかった守護騎士選抜試験の話で、平民の特待生が守護騎士選抜で落ちた理由に、多少なりとも思うところがあったのだろう。
「貴族のお前は騎士なんてただの通過点だろう。だが、平民は、一般入試すら受ける事も出来ん。金がないし、あったところで入試が出来るほどの学がない。貴族に推薦を貰うのも、奇跡に近い」
「――……」
友人として、身分も立場も違う者からの批判が我慢ならなかった、そう言葉の裏には込められていた。
「平民のガキどもにとって、騎士を目指すならば、推薦しかない。取れるか取れないかだけで、人生が大きく変わるんだ。しかも守護騎士目前なら尚更だろう」
様々な指摘をされ、喧嘩した所為で、彼の守護騎士への道を自分が潰したという、ことの重大さにやっと気付いた。
すると、黙って聞いていたレニーも苦々しい顔で片手を軽く上げた。
「追い打ちをかけるようで申し訳ないけど……おそらく、君のお父上が見学させて落ちた理由を知らせたのも、君の巻き添えを食った彼へ謝罪の気持ちを少しでも芽生えさせようと思ってのことじゃないかな?」
「遠回し過ぎて気付かなかったようだがな」
「…………」
取り返しのつかない事をしていたと、十年目にしてやっと気付いて絶句しているクロムに、ネオが彼の肩に手を置く。
「まぁ、過ぎた事だ」
「そ、そうだね。ところで、マグネス殿下の守護騎士ディック・フォン・クリプトン君もその場にいたんだよね?」
「…………俺とソイツの喧嘩を止めたのがディックだ」
「「あー……」」
選抜方法を聞いた後だと、二人はさらに苦虫を噛み潰したような顔をする。
護衛が喧嘩を売ったり、買ったりするのは、護衛してもらう側は非常に迷惑だし、「主人はそんな護衛を放置するような者なのか」と周囲に軽蔑されるだろう。
かつ、冷静に状況を見て、危険な能力保持者が相手でも臆さず止められる人物なら、護衛に適していると言える。
もしも喧嘩を止めたのが【爆炎】の少年だったら、いや、喧嘩を売ったクロムに対してもっと冷静に対応出来ていたら、運命は大きく変わっていたかもしれないと思うと、やるせない。
三人で気まずくなり、話題を逸らそうとレニーが思考を巡らせる。
「あ、そうだ。アルミナ殿下の守護騎士試験だったら、シックザール隊長の試験だよね? あの人は休憩中どうだったんだい?」
「あー、アイツもな、喧嘩売られまくってたんだけどよ。物凄い殺気と眼光で睨んで『うるさい』の一言で全員黙らせてたぞ。何人か腰抜かして、泣いてる奴もいたな。……んで、後日、合格通知が来たのを知ったんだよ」
「それこそ正しい対応というか……格が違うな」
「あ、ははは……」
一言であしらう十歳児を想像すると恐ろしいものがある。目の前にしていた候補者たちはさぞ怖かったことだろう。
だが、護衛という立場から見れば、周囲を威嚇して対象を守るというのは正しいやり方でもある。選ばれても納得の冷静な対応とも取れた。
三人が苦笑いしていると、脇の出入り口から小さな乾いた音がし、続けて内側からドアが開けられた。
ひょっこりと顔を出したのはルテナだ。戦っていたとは思えないほど疲弊した様子も汗を掻いているいる様子もなく、三人を見つけるときょとんと翡翠色の双眸を瞬かせた。
「声がすると思ったら何してるんですか? あ、お二人はちゃんと来たんですね」
「おはようございます、隊長。一仕事してるようだったので外で待たせてもらいました」
「ああ、そういうことですか。もう安全ですから入って来てください」
「はい」
「あと、敬語はいいですよ」
上官として礼儀正しく敬語を使うレニーに苦笑し、ルテナは顔を引っ込めた。
彼女の気遣いに頭を掻いたレニーは門の端にあった開閉装置をいじって門を開け、手際良く御者台に乗ると馬車を進ませる。
二人はその後からゆっくり入ると、パッと辺りが開けた。
「広っ!」
「多いな……」
クロムが呆気に取られ、ネオはうんざりと地面を見ている。
森を切り開いて造られた墓地の外周を、ぐるりと円形に高く頑丈な外壁が覆っている。その奥の外壁は門からだと親指の先ほどにしか見えないほど広々としており、門から奥まで真っ直ぐ石畳が道を作っていた。さらに外周に沿って石畳があり、門の左わきに石造の一軒家がぽつんと建っていて、隣に家の半分ほどの大きさの倉庫があった。
それ以外の面積は土がむき出しになっていて、そこに無数の木製の墓標が並んでいた。
門前辺りは比較的広く取られた石畳になっていて、さっき戦っていたのだろう死体が見えるだけで六体は転がっている。
茫然と墓地を見つめていると、レニーの手によって門が閉められ、ルテナが一軒家から綺麗に畳んだ黒い団服、さらに銀のシャベルを二つ持ってやってきた。
「はい、その制服だと難儀なので」
「三日間だけだ、着る必要ねぇだろ」
「いいですけど、土とか血とか腐汁とかで汚れて白だと目立ちますよ。戻ったら引かれまくりですが」
「ゔ……。それで墓守隊は黒なのか」
「そういうことです。シャベルは浄化作用がある銀と、色んな硬い鉱物を混ぜ込んでいる特注品で、先が刃みたいに鋭くしてありますので、武器としても使えます。どうぞ」
「…………」
二人は渋面でしばし団服を見つめ、嫌そうに制服とシャベルを受け取った。
第二章、開幕です。
さっそくですが、ちょっと長くなりました。やっと鋼人が抱える『問題』の詳細を開示します。まぁ、モデルはゾンビです。はい。
どうしてそんな状態になるのか、というのは……実は設定してません!
もしかしたら続編書く時のために、ライヘの真相の設定をせずにいれば後で帳尻合わせが出来るし~(視線を逸らして口笛を吹く)。
というわけで、これについては一切深堀しません。『そういうもの』だと思ってください。




