暴露
工藤が書類を机に置いた。整理された時系列表には、荒木の公益通報以降に起きた出来事が、淡々と並んでいる。
「荒木さんに対する処遇変更が始まった時期と、過労死疑惑の通報時期が一致しています。これが偶然ですか?」
福寿が問いただし、さらに続ける。
「宮下さん。労働基準監督署は、『偶然』を好みません。でも、ここまで時系列が一致していて、偶然と言えますかね」
福寿の視線が鋭く宮下に突き刺さる。
「いい加減にしてくれ!会社にはな、人事権というものがあるんだよ。秩序を守る権限もある!社員の精神状態に配慮する義務もだ!俺のやり方のどこに問題があるんだ」
「権限があれば、何をやっても良いということにはなりませんよ。あなたのやった事は、越権行為というレベルじゃないわ。人格を貶めて、評価を下げて…人権侵害であることは明白ですよ」
工藤が福寿のあとに続いた。
「こういう事は、二年前から始まったんです…」
先程の女性社員が、消え入りそうな声で話し始めた。
「話してください」
福寿が促すと、宮下が手元にあったペンを、女性社員に向かって投げた。
「今、有形力を行使しましたね!暴行罪ですよ!」
工藤が強く言い、宮下に指を指した。宮下は工藤から目を逸らし、ポケットに手を入れて窓の方を向いた。
女性社員が全てを話した。それによれば、宮下は三年前に中途採用で向陽電機に入社した。そして、総務課長に着任した二年前から、勤怠記録の改ざんを図り、自分の実績として報告していた。
長時間労働が常態化していた向陽電機では、改善を図るべく、総務部門の経験者を募集した際に来たのが宮下だった。
過労死疑惑に際しては、社内に箝口令を敷いた。勤務時間の改ざんを行い、関連性は無いとして、遺族からの問い合わせにも誠実に答えなかった。
「宮下さん…過労死疑惑も、労災隠しも、勤務記録改ざんも、公益性の極めて高い問題です。もうこれは、社内だけで済む次元の話ではありません。マスコミが嗅ぎつけるのも、時間の問題です」
福寿は静かに、しかし鋭く指摘した。
「隠蔽は事実です…」
成川が誰を見るでもなく、前を向いたまま、はっきりと言った。その声に、宮下が血走った目を向けた。
「事実なんです。勤務記録の修正指示も、過労死疑惑への箝口令、深夜残業のログ削除、指示されたんです…」
福寿と工藤が成川を見る。成川の隣にいる、萩原という男性職員も後に続いた。
「『誰に何を言われても、過労で通せ』と言われてきました」
宮下の表情が崩れていく。
「いい加減な事を言うな」
荒木は呆然とその光景を見ていた。これまで、誰も助けてくれないと思っていた。だが、皆は恐怖で黙らされていただけだった。
「宮下課長。あなた一人の判断ですか?それとも、上層部の指示ですか」
工藤が聞くが、宮下は黙っている。そこへ、年配の男性が入ってきた。
「ふ、副社長…」
その男性を見て、宮下が言った。
「一連の問題については、適切に対応したと思っていましたが…宮下君、どうなんだね」
副社長と呼ばれたその男は、ゆっくりと椅子に座ると、宮下に視線を向けた。空気が一層、緊張感の度合いを増す。
「査問委員会は、一旦中止する」
副社長は冷たく言い切った。
「既に専門家の先生方が入られ、記録化が行われている。これ以上続ければ、いつマスコミが嗅ぎつけてくるとも限らない。会社側のリスクが拡大するだけじゃないか」
副社長の言葉に、宮下は絶句した。
「荒木さんへの不利益取扱いを、直ちに停止してください。アクセス権停止、監視、隔離、査問。これらは既に十分問題視される段階です」
工藤が席から立ち上がり、副社長に強く申し入れた。
「検討致します…」
「この場で約束して下さい。撤回すると」
福寿も語気を強くした。
「分かりました…約束します。現時点を以て、荒木さんには通常業務へ戻っていただきます…」
その瞬間、荒木の肩から力が抜けた。




