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挑発

「亡くなった社員の方の、勤怠記録原本、タイムカードログ、深夜入退館記録。防犯カメラ映像もあるならそれも。そして、亡くなる直前三ヶ月の労働時間データ。出せますよね?」


「査問委員会とは関係ありませんね」


 宮下は余裕を装い、腕を組んでいる。しかし、目に苛立ちが表れていた。工藤も福寿も、それを見逃さなかった。


 工藤と福寿は目配せした。


「関係無い?これは、今回の通報の最も重要な点ですよ」


 宮下が、人事部の社員に目をやった。


「宮下さん…いえ、御社では、『通報の内容』が問題なのですか?それとも『通報そのもの』ですか?」


 福寿の質問に、宮下は面倒くさそうに手を振った。


「先生方、もう良いでしょう。弊社の運営にこれ以上介入するならば、出る所に出ましょうか?」


「ふーん、面白いわね。懲戒請求のあとは何かしら?」

 

 福寿は、わざと挑発的な言い方をした。それに、一瞬だが宮下は明らかに不快な表情を浮かべた。


「可能性を言ったまででしょうに」


 宮下の口調が荒くなった。


「圧力かけるの好きね」


 福寿が薄く笑みを浮かべながら言うと、宮下は机を叩いた。


「いい加減にしないか!喧嘩を売るなら出ていけ!こちらは善意であんたらの同席を認めてやったんだぞ!」


 隣で若い男性社員が工藤を抑えようとしているが、宮下には聞こえていない。


「大体お前があんな事をしなければ…」


 宮下は立ち上がり、荒木を指さすと同時に押し黙った。


「宮下課長、『あんな事』とは何ですか?まさか、公益通報のことではないですよね」


 工藤が鋭い視線を宮下に向けた。宮下は崩れ落ちるように、椅子に座った。


 会議室の空気が、凍りついた。


 人事部員たちは、誰も口を開かない。宮下自身も自分が今、何を口走りかけたのか理解した瞬間だった。


「『語るに落ちる』とはこのことですよ、宮下課長」


 工藤が静かに言った。宮下は舌打ちしそうになるのを堪え、水を飲んだ。


「今度は揚げ足取りですか…?感心しませんな」


「揚げ足?」


 福寿が即座に返す。


「『あんな事をしなければ』間違いなく、そう仰いましたね。つまり、荒木さんの行為が、御社にとって都合が悪かった。そうですよね」


 福寿の質問に宮下は答えなかった。


「つまり御社は、公益通報そのものを『問題行為』として捉えている」


 工藤が追い打ちをかけた。


「違う!貴方がたに何が分かる!会社の秩序のためだ!」


 宮下が声を荒げた。


「通報者を監視し、孤立させ、さらには精神的に不安定だと印象付ける?そうすることでしか保たれない秩序って、何なのですか」


 宮下は答えない。額に汗が浮かんでいる。

 

「公益通報を踏みにじり、通報者は処分する。随分と一方的ですね。およそ民主的とは言えない企業風土と言わざるを得ません」


 工藤が断じた。


 その時だった。これまで沈黙していた人事部員の一人が口を開いた。五十代後半と思われる女性社員だった。「成川」と名札にある。


「宮下課長…」 


 その瞬間、宮下が机を叩いた。


「発言は不要だ!」


 宮下が声を荒げる。その怒声を聞いた瞬間、人事部員たちの表情が変わった。「会社側」だった者たちの目に、初めて明確な恐怖が浮かんだ。


「課長…もうやめましょう…」  


 声が震えていた。


「こんな事をしても…必ず綻びは出るんです…隠し通せるものではないですよ…」


 その言葉に、他の人事部員も俯いた。宮下は、今まで自分の側にいたはずの人間たちが、静かに距離を置き始めていることを察した。


 そして福寿が駄目押しをする。

 

「本件、労働基準監督署に相談を始めています。査問の録音、通報後の処遇変化、社内イントラへのアクセス制限、監視。それと、私たちへの懲戒請求。全部時系列化しました」


 福寿の作成した書類を工藤が見せる。


「貴様ら……!」


 宮下が机を思い切り叩いた。


「脅しじゃありませんからね」


 福寿が言う。


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