懲戒
ふいに事務所のインターホンが鳴った。正木が出ると、郵便配達だった。
「書留です、サインお願いします」
正木がサインをして、書留を受け取った。
「先生…」
書留の封筒には、向陽電機のロゴが入っていた。正木が封を開け、福寿に渡す。
受け取った福寿の眉がわずかに動いた。正木は不安そうな表情でそれを見守る。
「そう来たか…」
一言、福寿がつぶやくと、事務所の扉が急に開いた。
「入るわよ」
工藤淳子だった。工藤は片手に封筒を持ち、それを振るような動作をしている。
「やられたわよ」
「もしかして…」
福寿が尋ねる。
「懲戒請求、向陽電機から」
「私もよ」
福寿が工藤に書面を見せた。
[貴職は弊社社員に対し、不適切な外部介入を行い、企業秩序を著しく混乱させた疑いがあります]
[つきましては、社会保険労務士会に対し、正式な申立てを行いました]
「同じよ。こっちは弁護士会宛だけどね」
工藤が送られてきた書面を福寿に見せた。
「『企業活動への不当介入』!?何よこれ」
福寿が呆れた表情で工藤を見た。
「随分大げさに書いてくれたものよ」
工藤の目は、笑っていなかった。
「それにしても紗知、予想より早かったわね」
工藤がソファに座って、脚を組んだ。
「ちょ、ちょっと…予想してたんですか!?」
正木が思わず声を上げた。
「この手の組織はね、問題を潰す事が目的じゃないの」
工藤は書類を封筒へしまう。
「問題を外へ出した人間を潰したいのよ」
事務所にしばしの時間、沈黙が落ちる。
正木は書面を見つめた。
社労士会に弁護士会。それは専門家にとっての信用そのものだった。
「先生…これ、本当に調査になるのですか」
正木が福寿に聞く。
「多分ね。でも、それが目的なのよ。『我々に関わると痛い目を見るぞ』って」
福寿は淡々と答えた。
「勝つことじゃないってこと。そして、荒木さんを守る側にまで圧力をかけて、外堀を埋めて…」
工藤が付け加えた。
「最初に言った通り、『孤立』させるのよ。孤立無援の状況にして、絶望させようとしているのよね」
「恐ろしい連中ですね…そこまでするのか…というか、どうして福寿先生と工藤先生の事が分かったんですか!?」
正木の表情から、血の気が引いていた。それを見た福寿が、正木の肩を軽く叩いた。
「荒木さんに尾行がついていたんじゃないかしら。淳子はどう思う?」
「おそらくね。それほど荒木さんや、私たちは、連中にとって厄介な存在ということよ」
工藤が腕を組み、視線を窓の外へ向けた。
「私達が厄介で脅威なら、進んでいる道は正しいとも言える」
そう言うと、福寿は荒木にスマートフォンでメッセージを送った。
[査問の件ですが、当日に可能なら入口で合流します]
[送信]
その直後、荒木から電話がかかってきた。福寿がスピーカーに切り替える。
荒木の声は、か細くて聞こえないくらいだった。
「周囲が私を避け始め、宮下からは『最近様子がおかしい』と。被害妄想が強くなってるんじゃないか、とか…』
「始まったわね」
工藤が小さく呟いた。
「何がですか??」
正木が工藤を見る。
「通報者の精神不安定化よ。『この人は頭がおかしい』なんて言ってね。そうやって、荒木さんの話は信用出来ないという空気感を作るのよ」
工藤の声は冷たかった。
「私…もう会社で誰とも話せません…」
荒木は消え入りそうな声で、何とか力を振り絞っている。
「荒木さん…あなたは間違っていない。これだけ向こうが躍起になっているのは、それだけ荒木さんと私達が、真実に近づいている証拠」
福寿は荒木を励ますように離す。
「査問委員会には、私たちも行きます」
工藤も受話器の横から、荒木に伝えた。
「…でも、先生方にまで懲戒請求が出されていると聞きました…これ以上ご迷惑をかけるわけには…」
荒木の声は震えていた。
「今回は私達、喧嘩を売られているからね。負けられないの」
福寿は少しだけ笑った。




