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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第八章:勝利への代償

 爆殴の火柱が沈むと同時に、兄弟の足音が細かく上下に跳ねた。


「兄ちゃぁああん!!あれ効いとる!!効いとるでぇ!!」 「……効いとるけど、効かせきれてへん。まだ“踏ん張っとる”わ、あのおっさん」


 どちらも息が上がっているのに、口だけはよく回る。


 玄馬は自分の胸の上下を、あえて意識しないようにした。

 炎陣の負荷が肩に重くのしかかる。

 だが、まだ折れてはいない。


「……まだだ」


 崩れたように見える姿勢のまま、玄馬は足元の炎を爆ぜさせた。

 一歩踏み出すと同時に、両の拳が四方八方へ散弾のように走る。


「うおっ!?兄ちゃん!!くるでくるで!!“火の拳のラッシュ”や!!」 「落ち着け兄ちゃん、下がれ!」


 剛が転がるように下がり、礼二が横へ跳ぶ。


 ——ズダァン!!

 ——ゴシャッ!!


 炎をまとった拳が鉄骨を曲げ、破片が散弾のように飛んだ。

 剛の頬に石片が掠め、血が飛ぶ。


「いってぇ!?兄ちゃん!!このおっさんマジで“怪獣”やで!!」 「わかっとる!!せやから集中せぇ!!」


 二人は再び距離を取った。


 玄馬は肩で息をしながらも、足は一歩も退いていない。


 だが——

 自分でもわかるほど、炎の揺らぎが一瞬だけ乱れた。


(……やべぇ。負荷が出始めてる)


 その瞬間——剛の声が跳ねた。


「いけるいけるいける!!礼二!!ちょっと距離取れや!!オレ撃つわ!!」 「兄ちゃんアカン!今は近い!!」


 兄弟の口論が響くが、剛はもう聞いちゃいない。


 剛の二丁拳銃が、玄馬の“動き出し”の角度に吸い付くように向けられる。

 撃ち慣れている。癖でわかる。


(来る……!)


「いっくでぇえええええ!!!」


 ——ダダダダダダダッッ!!!


 空気が裂けた。

 玄馬は炎で一歩踏み込もうとした——が。


(……間に合わねぇ)


 遅れた。ほんの刹那。

 炎の反動がわずかに死んだ。


 玄馬は咄嗟に後ろへ倒れ込む。

 ほとんどブリッジの姿勢で背中を仰け反らせ、弾道を“紙一重”で外す。


 ——ヒュッッ!!


 熱を帯びた何かが左頬を裂いた。


「っ……!!」


 顎下は交わした。

 だが左頬から左眉へ走った裂傷は深く、視界が赤く濁る。


「よっしゃああ!!入りよったぁ!!礼二!!顔いったで!!」 「兄ちゃん!!調子乗んな!!まだ倒れてへん!!」


 仰け反った姿勢のまま、玄馬は必死に耐えた。


 だが、その無理な体勢は——最悪の死角をさらした。


(まずい……左がガラ空きだ……!)


 炎の揺らぎが崩れ、防御の角度がズレている。

 礼二の影が、視界の端で跳ねた。


「……悪いな、おっさん」


 礼二の声が背後から落ちてきた瞬間——

 トマホーク“金ちゃん”が月光を受けて閃いた。


 剛の乱射で作られた揺らぎ。

 体勢の倒れ込み。

 炎陣の反動。


 全部が最悪の形で重なる。


 そして——


「斬らせてもらうで」


 ——ゴッッ!!!


 斬撃でも、打撃でもない。

 骨と肉ごと “爆裂” した音が、玄馬の左肩をえぐり抜いた。


 炎が弾け、血の霧が舞う。視界の端で、何かが宙へ跳ねた。


 自分の腕だった。


「……あ……?」


 声にならない息が漏れた。


 左肩から先が、ない。

 その腕は地面に叩きつけられ、炎の揺らぎの中で黒い影だけが歪んでいた。


「礼二!!!飛んだ!!!腕飛んだで!!ほら見ぃぃぃ!!」 「落ち着け!!兄ちゃん黙れ!!」


 重い一撃だったのは、玄馬自身が一番よくわかっている。


 ぐらつく脚を必死に踏み締め、玄馬は兄弟を睨んだ。


(……終わってねぇぞ……まだ、倒れねぇ……)


 炎が、かすかに揺れた。

 左肩から滴る血が、靴の先を赤く染めていた。

 指先の感覚がもうない。いや、そもそも腕がない。

(……ちっ……持っていかれたな……)

 玄馬が息をひとつ吐いたその横で、

「よっしゃぁ礼二!!やったな!!これ投げ銭いっぱい貰えるで!!」

 剛が、玄馬の落ちた左腕を——

 まるで祭りの景品みたいに持ち上げて叫んだ。

「兄ちゃん黙れ言うとるやろ。血で滑るわ、気持ち悪いねんそれ」

 礼二の声は冷静だった。

 まるで今の状況を“もう終わった戦い”みたいに扱っている。

 そのときだった。

 ——ヒュッ……パサァ。

 屋上の縁から、緑色の欠片が落ちてきた。

 ピスタチオの殻だ。

 続いて——人影。

「親方!!空から女の子とピスタチオの殻が!!」

 剛の叫びが夜に響く。

「東野さん、決着ついたな」

 礼二がぼそりと呟く。

 真上から落ちてくる影を、勝負の終わりだとでも言いたげに。

(いや――違う!)

 玄馬の背筋に電流が走った。

(……黒のスーツ。あの細さ。采女さん……ッ!!)

 思考より先に、脚が燃えた。

 ——ゴォウッ!!

 炎が玄馬の右脚を包み、地面を抉るほどの反発が走る。

 次の瞬間——

 玄馬の身体は、夜空へ跳ね上がっていた。

 片腕のまま。

(間に合え――ッ!!)

 空気が裂け、傷口が軋む。

 視界の中で、采女の小さなシルエットが風に回転していた。

 玄馬は残った右腕を伸ばし、

「間に合ったか……ッ!!」

 采女の腰をしっかりと抱え込んだ。

 落下の衝撃が、肩の傷に刺さる。

「ぐっ……!」

 だが、離さない。

 炎を纏った右脚が地面に向けて回転し——

 ——ドンッ!!

 火柱が着地の衝撃を逃がし、二人を抱いたまま地面を砕いた。

 砂埃が舞う中、玄馬は采女をそっと下ろした。

 采女の瞳がわずかに揺れ、声にならない息を漏らす。

「玄馬……さん……?」

 玄馬の左肩からは、血が滝のように溢れている。


「駄目……!止血を!今すぐ固定しないとッ……!」


 采女が手を伸ばす。医療従事者としての反射だ。

 だが、その手を——玄馬が弾いた。


「この戦いの中……そんな余裕はねぇッ!!」


 右脚が、赤々と燃え上がる。


 ——ゴウッ!!


 拍車が火焔を吸い、金属が紅蓮に染まる音が鳴る。


 ギンッ!!


 玄馬は迷いなく、燃え盛るブーツを脱ぎその灼熱の踵を、自分の失われた左肩へ叩きつけた。


 ——ジュウウウウウッッ!!!


「ッッッ!!!!!」


焼ける肉の匂いが一瞬で広がった。

 痛みは、意識を刈り取るほど鋭いが、玄馬は歯を食いしばり、耐える。


 視界が白く弾け、膝が勝手に折れかけた。だが——倒れない。倒れられない。


 食いしばりすらももう限界だった。

 圧迫された歯茎が裂け、血がどっと溢れて口の端を伝った。


 だが、断面の血の流れは確実に、炎で強制的に止められていく。


「や……やめ……ッ!!玄馬さんッ!!」


 片腕になり、肩を自焼で塞ぎ、なれない手つきで片腕でブーツを履き直す。それでも玄馬は前へ出ようとする。



「……さて。続きだろ?」


 その一言に、中津川兄弟も東野も顔を引きつらせたまま動けない。

 礼二だけが、ゆっくりと呼吸を整え、玄馬を真正面から見据えた。


 しばらく沈黙が落ちる。


 そして——


「……見事やな」


 礼二の声には、驚愕でも恐怖でもなく、**純度の高い“戦いの敬意”**だけがあった。


「こんなヤバい相手……」


 トマホーク“金ちゃん”を肩に担ぎ直す。


「手ェ抜いたら失礼やわ」


 その言葉に、剛が思わず振り返る。


「れ、礼二……マジでいく気か……?」


「当たり前や。これだけやって、まだ立っとる。敵やけど……それはもう、“侍”や」



 礼二の構えが静かに沈む。

 玄馬の足元の炎が、それに呼応するように低く揺れた。


 その斜め後ろ——。


 東野はいつの間にか前へ出ていた。

 片手にピスタチオの殻を数枚、指に挟んで。

 もう片方の手で、ずり落ちたメガネをクイッと戻す。


「サクッと、終わらせましょうよ」


 言葉も仕草も淡々としている。

 だが目は鋭く、完全に“殺し”の距離を測っていた。


 采女は大ダメージを受け、膝が震える中、立っているのが精一杯だった。


「やめ……玄馬さん……もう、無理……!」


 片腕になった身体で三人を同時に相手するなど、不可能に決まっている。

 玄馬自身も分かっていた。


(……止血したところで……だったか……)


 炎が揺れた。呼吸が浅くなる。心臓の音が遠くなる。


 三人が同時に踏み込もうとした——その瞬間。


 ——カラン……


 デッキ中央のガラス扉の向こうで、何か固いものが落ちる音が響いた。


 続いて、ゆっくりと扉が押し開かれる。


「……待たせたな」


 血まみれの影が、外気の中へ歩み出た。


 蓮だった。


 全身に弾痕を受け、シャツはところどころ裂け、血が滲んで黒く乾いている。


 その足取りはふらついている。

 なのに——立っていた。


 立って、玄馬の横に並んだ。


「……遅かったじゃないか」


 玄馬が思わず笑った。片腕で肩を押さえながら。

 蓮は口元だけで笑った。


「俺は四條畷なやつ……だからな。仕方ねぇだろぉが」


東野が、静かに息を吸った。

「……ほな。ええタイミングなんで、始めますわ」


 指先から、ピスタチオの殻が弾丸のように放たれた。


 ヒュッ……!


(速いッ——!)


 玄馬の脳が警告を鳴らすより早く——


 ザッッ!!


 蓮が消えた。


 次の瞬間、視界の端で残像が弾ける。


「——“ブースト”」


 蓮の声が、すぐ耳元で聞こえた。


 采女の細い身体が、蓮の腕の中に収まっている。

 ピスタチオの殻は、ほんの紙一重で空を切り、鉄骨に突き刺さった。


「っ……!」


 采女の肩が僅かに震える。

 蓮はその小さな震えごと抱きしめるようにして、安全圏まで一瞬で跳躍した。


「鬼の采女がこの有様か……まあ、俺もだがな」


 そして采女の手をそっと離し、血を滴らせながら微笑む。


「伊藤と俺は——幼馴染の“最強タッグ”だ」


 采女の目が揺れる。


「絶対勝って帰るぞ……安心して寝ててくれ。終わったら……治療を頼む」


 その言葉の間にも、蓮の額から血がつぅ、と流れ落ちた。


「蓮さん……!待って……その血……!」


「アイツと一緒。後でええ。今は——行く」


 蓮は踵を返し、戦場へ戻る。


 その間も玄馬は——


 片腕のまま脚技と残った右腕一本で、三人の猛者を全て食い止めていた。


 燃え盛る炎の中、玄馬の脚がしなる。


 ——ドゴッ!!

 ——ギンッ!!

 ——メキッ!!


 破壊するためではない。

 “仲間が戻るまで”の時間を稼ぐためだけに、玄馬は一歩も退がらず前に立ち続けていた。


「まだまだァァ!!」


 片腕での殴撃、灼熱の脚技である焔返り、爆風と炎を纏った踏み込み。

 三人がかりでも下がらないその姿に、剛も礼二も東野も一瞬たじろぐ。


 そこへ——。


 蓮が戻った。


 血まみれのまま、玄馬の背中へ並び立つように。


 そして静かに言った。


「……お前の左腕は、俺が担う」


 玄馬は、片腕で笑った。


「任せたぜ——大杉」

 背中の温度と、血の匂いが重なる。

 二人の呼吸が、わずかに同期した。

 死線を越えた者同士だけに流れる“戦場の気配”だ。


 礼二が低く姿勢を沈める。


「そっちの兄ちゃん……血だらけで何言うとんねん。——けどええわ。侍同士、正面からいかせてもらうで」


 東野の指先がゆっくりと開く。

 ピスタチオの殻が六枚、風に揺れた。

 剛は二丁拳銃を構え、嬉しそうに舌打ちした。


「兄ちゃんら……どんだけ丈夫やねん。化け物やろ……!」


 玄馬が息を吸う。

 蓮が半歩右にズレ、玄馬の“失った左側”を完璧にカバーした。


 背中合わせ。

 死角ゼロ。

 二人で一人の“怪物”が誕生する——。


「……礼二を最初に落とす。いいな」


「最初からそのつもりだ。——左側、お前の穴は全部俺が埋める」


 その瞬間、三人の敵が同時に動いた。


 ——ヒュッ……!


 最初に仕掛けたのは東野だった。

 ピスタチオ殻が六方向から直線を描き、空気を切り裂く。


(ッ……速い!)


 普通なら避けられない。

 だが今回は——相棒がいる。


「——大杉ッ!!」


「分かってる!!」


 蓮の身体がかすかに“歪む”。

 空気の刃を割り裂くように、一瞬で玄馬の左側を覆った。


 ——“ブースト”.


 弾丸のごとき踏み込み。

 蓮の腕が残像を引き、殻はすべて鉄柱に逸らされた。

 東野の眉がわずかに動いた。


「……俺の射速を超えて…散らしたんか…?」


 射線が消えた瞬間、礼二が踏み込んだ。


「二人して……背中合わせか。——なら正面は、俺が貰う!」


 トマホーク“金ちゃん”が唸りを上げて跳ぶ。


 玄馬は右側から迎撃。

 炎を蹴り上げ、爆ぜた脚で礼二の動線を削る。


 礼二はそれを読んでいた。

 軌道をわずかにズラし、刃の角度を変える。


「伊藤ッ!!左ッ!!」


「見えてるッ!!」


 蓮が玄馬の左側から体を差し込み、礼二の死角へ潜り込んだ。

 礼二の刃が玄馬の喉を掠める寸前——。


 ——ギャインッ!!!


 蓮の加速蹴りが、礼二の脇腹に鋭角に突き刺さった。

 礼二の体が横に弾かれる。

 だが——倒れない。踏ん張る。


「……ッ!! この程度で倒れるかい!!」


 礼二の男気が火を噴いた。

 ぐらついた足を無理矢理固定し、反撃のトマホークを振るう。


 だがその瞬間——玄馬の炎が地を裂いた。


「——おらぁああ!!!!」


 爆炎の踏み込み。

 脚の一撃が礼二の足元を砕き、重心を奪う。


 礼二の体勢が、ほんの一瞬だけ崩れた。


(今ッ……ここしかねぇ!!)


 蓮は左足を強く踏み込む。


 視界が細長く伸び、時間が揺らぐ。

 銃創の痛みすら感じない。


「伊藤——合わせろッ!!」


「任せたッ!!」


 二人の足が地を蹴る。

 背中合わせから横並びへ。

 “二人で一つ”の軌道が完成した。


 礼二の目が驚愕に見開かれる。


「な、なんやこの——」


 ——バギィッッ!!!!


 蓮の“加速打撃”と、玄馬の“炎脚”が同時に礼二の胸郭を挟み込んだ。


 骨が砕け、空気が爆散する。


 礼二はそのまま後方の壁に叩きつけられ——

 ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 玄馬と蓮は、一瞬だけ呼吸を整える。だが戦いは終わらない。


「礼二っ!!!!!」

 剛の叫びが響き、二丁拳銃がこちらを向く。


 そして背後では——

 東野の指先が再びピスタチオ殻を挟んでいた。


 玄馬と蓮は、並んで前を睨んだ。

 礼二が崩れ落ちるのを見た瞬間、剛の目が変わった。

 さっきまでの軽薄な笑顔が消え、底の見えない“どす黒さ”がそこに沈んでいた。


「礼二を……やりやがったな」


 その声は震えているのに、怒気がひどく冷たい。


「……おっさん。こっちが慈悲で加減しとったんがわからんのか?あ゛?お前ら……絶対に殺すわ」


 ——ダダダダダダダッッ!!!


 剛の二丁拳銃から、怒涛の連射が解き放たれた。

 今までの遊び半分の撃ち方とは違う。

 照準が狂いなく、“殺すためだけ”に絞られている。


「くっ……!」


 蓮が反射的に玄馬の左側へ回り込む。

 剛の弾道は予測不可能に跳ねるように散り、

 壁や鉄柱に火花を散らしながら襲いかかった。


 そして——

 東野の指先が、わずかに震えた。


(まずい……合わせてくる気だ!)


 次の瞬間、六枚のピスタチオ殻が、まるで“毒蛇”のように放たれた。


 ——ヒュギャッ!!!

 ——ヒュン……ッ!!


 玄馬と蓮は二方向の殺意に挟まれた。


 玄馬は右へ跳び、炎をまとって弾丸を弾く。

 蓮は左へ滑り込み、ピスタチオを紙一重で避ける。


 だが——。


「っ……ぐ!!」


 蓮の肩に、剛の一弾が突き刺さった。

 銃創から新たな血が噴き出し、蓮の身体がぐらつく。

「大杉!!」


「大丈夫だ……まだいけるッ!!」


 蓮は倒れない。

 立つ理由がある。

 ——玄馬がいるからだ。


 玄馬は玄馬で、剛の弾丸を避けきれず、腹部に一発受けた。


「……ッッ……!」


 胃の奥に拳を入れられたような衝撃。

 だが膝は折れない。


(倒れたら……あいつが死ぬ)


 玄馬はその“理由”で耐えている。


 剛の連射はさらに勢いを増す。


「よくも礼二をやってくれたな……!コレ全部返したるわ!!死ぬまで……いやオメェらが死んでも撃ち続けたるッ!!」


 蓮の息が荒くなる。

 玄馬の肩口から焼け跡が脈打つ。

 二人とももう限界に近い。


 だが——。


「……聞け……」


「……分かってる。強行でも距離を詰めるしかない」


 中距離の剛と遠距離の東野に挟まれている状況で、距離を詰める決断は“死ぬほど危険”。

 だが勝つなら、これしかない。


「二人で前へ出るぞ。どんだけ撃たれようが——止まんなよ」


「お前こそ……片腕でよく言うよ」


 二人は歩き出した。

 撃たれながら。血を流しながら。

 呼吸が潰れそうになりながら。


 一発、また一発、身体に入る。

 だが二人は止まらない。


 止まれない。


 ——勝たなければならない理由が、お互いにあるからだ。


「なんやねん……なんやその顔!!」

 剛の声が震える。

「死ぬ気か!?そんなボロボロで、まだ前に来んのかよ!!!」


 玄馬は血を吐きながら笑った。


「死ぬ気じゃねぇ……“生きて帰る”気だ!!」


 蓮も口の端から血を垂らしながら、低く言った。


「俺たちには……守るもんがある。お前を超えてでも、帰らなきゃいけない理由があるんだよ」


 二人の歩幅が同期した。


 一歩。

 また一歩。


 地獄みたいな弾幕を、二人は“ただ前へ”歩く力だけで割り裂いていく。


 東野が舌打ちした。


「あかん、こいつ終わったわ……!」


 剛は狂気に震えながら弾を撃ち続けた。


「やめろやぁあああ!!!来んなやああああッ!!!」


 二人は止まらない。血を流しながら、ただ歩く。


 剛が焦る理由はひとつ——


この二人がここまで近づいてきたら、もう勝てない


と本能で理解し始めているからだ。


剛は撃ち続けていた。

 だが——わかる。

 弾が、もう少ない。そしてリロードする余裕もない。


 カチ…カチッ——

 乾いた音が、心臓より早く鳴っていた。


「なんでや……なんでやねん……なんで止まらんのや……!!」


 目の前の二人は、撃たれても撃たれても歩き続ける。

 玄馬の左肩は焼け焦げ、蓮は胸も脇腹も血で濡れている。


 それでも——二人とも、視線だけは折れていなかった。


 ゆっくり、ゆっくりと、剛との距離が縮まっていく。


「くんな!くんな!くんなあああ!!」


 剛は叫びながら引き金を引き続けた。

 弾が残り少ないのはわかっていても、指が止まらない。


 ——ダンッ!

 ——ダンッ!!


 乾いた発砲音が二発。

 それでも二人は止まらない。


(あかん……やばい……なんで倒れへんのや……!なんなんやコイツら……怪物か……!?)


 最後の一発。

 剛はほぼ泣き叫ぶ勢いで引き金を絞った。


「うおおおおおおおッッ!!」


 ——バンッ!!!


 銃口が跳ねた。

 恐怖で照準が狂い、弾は狙いより大きく逸れ——


 玄馬の左肩の“虚空”を射抜いて消えた。


 ……次の瞬間、玄馬が口の端を吊り上げた。


「残念だったな。そっちの腕は——お前の弟にくれてやったんだ」


 剛の顔が絶望で固まる。


「……あ……?」


 玄馬が地を踏み鳴らした。蓮も横で一瞬だけ膝を沈める。


 二人の身体が同時に跳ねた。


 ——ゴッ!!!

 ——バギィッ!!!


 玄馬の灼熱の回し蹴りが剛の顎を抉り上げ、

 蓮の鋭い膝蹴りが真下から顎を砕くように突き上げた。


 小柄な剛の体は、まるで壊れた操り人形のように宙へ浮いた。


 そのまま——

 背中から地面に叩きつけられた。


 ——ドシャァッ!!


 空気が押しつぶされるような衝撃音が夜に響いた。


 剛の二丁拳銃が指から滑り落ち、カラン……と乾いた音を立てて転がった。

剛が地面に沈黙した瞬間だった。


 ——カラン……


 礼二の落とした“金ちゃん”が、瓦礫の上で小さく転がった。


 玄馬と蓮が同時にそちらへ視線を向ける。


 そのわずかな間に、東野はすでに歩き出していた。


 無表情のまま、足取りは乱れなく、呼吸も変わらない。


 剛の倒れている横を通り過ぎる時、ほんの一瞥だけ落とした。


 怒りも悲しみもない。


 そこにあるのは、“自分の戦力が一つ減った”という事実の確認だけ。


 東野はしゃがみ込み、血で濡れたトマホークを拾い上げた。


「……雑魚兄弟もこのバケモン相手に、ようやっとったわ」


 その声色には、まるで天気の話でもしているかのような冷たさ。


 彼の脳内では、兄弟の死は“データ”として整理されていく。

—剛の連射パターンの乱れ

 —礼二の踏み込みの“限界”

 —二人が残した“戦いのログ”

 全部、目の前の二人を殺すためのデータに変換されていく。


「……遠距離戦法だけやともうあかんな」

 東野は独り言のように呟く。


 その指先に、薄くナノの光が走る。


「距離詰められたら剛じゃ押しきれへん。礼二も、あれだけ読まれてたらキツかったんやろ」


 それでも表情ひとつ変えない。


「……せやから、次は俺がやる」


 東野はトマホークを軽く振ってみた。


 礼二とは違う細身の身体。

 それでも——動きは驚くほど“無駄がない”。


 筋力の差を、ナノの瞬間加速で補っているのだ。


 風を裂く音が一瞬だけ鋭く響く。


(……速ぇ……!)

 玄馬の目が一瞬だけ揺れる。


 腕が無い左肩が疼く。

 自分の腕を斬り飛ばした、あの“異様な重さ”。


「近づいたらけったいな名前のついたトマホークで刻む。引き剥がしたら殻で撃ち抜く。——それでええやろ?」


 そう呟きながら、東野は倒れている剛の腹を容赦なく蹴り上げた。

 骨の折れる鈍い音が響き、剛の身体が少し跳ねる。


 東野の顔には一切の感情がない。

 憐れみでも、怒りでもない。それはまるで——壊れた機械の動作確認のようだった。


「……反応、なし。なるほどな」


 小さく呟き、トマホークの重さを確かめるように軽く振る。

 礼二の構えとほぼ同じ軌道。

 いや、それよりも僅かに速い。


 蓮が低く吐いた。


「……分析は一流だが、人間性はゴミ以下だな。うちのリーダーとは大違いだな」


「よう言われるわ」


 東野は淡々と応じた。

 まるで侮辱も、感情も、理解すらしていないような口調で。


 彼にとって戦闘は“議論”であり、死は“結果”。

 そこに情は要らない。


 そして——構えた。

 距離三歩。

 殻とトマホーク、どちらでも殺せる距離。


(……間違いねぇ……あれは礼二の筋力と技のバランスで成立してた……)


 だが次の一瞬、玄馬は東野の“振りの癖”に気づいた。


(……速い……けど、重さは殺せてねぇ……!ナノで補正してんだ……だが……武器の“間”までは消えねぇ……!)


 東野は玄馬の微笑を見て、少しだけ首を傾げた。

「……なんや、その顔。 痛みで頭イカれたんか?」


 玄馬は笑ったまま、片腕をだらりと下げたまま構える。

 その横で蓮がゆっくりと前に出る。


「いや……分かっただけだよ。お前のクセがな。」


「なんや、急に強気になりよって」


 玄馬は前に出る。

 炎はもうほとんど上がらない。

 体力も残ってない。

 片腕のまま、視界に血がにじんだまま。それでも——


 踏み込みの“間”だけは、誤魔化せない。


(……見てたぞ、お前の刃の“間”。ナノで速さを足しても……そこの“重さ”は消えねぇ)


 東野は気づく。

 玄馬の視線がトマホークの“軌道”ではなく、

 その“空白”を見ていることに。


「……なるほどな。礼二の踏み込みを“読んだ”んか。あいつの癖、全部“見抜いたつもり”なんやろけど——」


「俺は礼二より速いで?」

その言葉と共にトマホークを振りかざす。


「知ってるよ」


 玄馬は一歩踏み出した。


 次の瞬間——

 東野の身体が、ほんの“0.1秒”だけ固まった。


(なんや……?こいつ……なんで“そのタイミング”で踏み出す!?データに、そんな動き……)


 ——その“0.1秒”。

 それは、東野のようなデータ型には致命傷になる揺らぎだった。


「……“ブースト”」


 次の瞬間、蓮の姿が消えた。


 東野の視界が揺れる。


(嘘やろ……!?あの傷で……まだ加速できるんか……!?)


 視界の左側——

 死角から、蓮の膝が突き上がった。


 ——ズドッッ!!


「ぐッ……!!?」


 東野の身体が大きくのけぞる。

 脇腹の骨が悲鳴を上げ、呼吸が飛ぶ。


 玄馬が叫んだ。


「まだだッ!!」


 片腕のまま跳び上がり、トマホークの“柄”を右脚で蹴り上げた。


 ——ガキィン!!!


 刃が反転し、そのまま東野自身の肩へめり込んだ。


「が……ッ!!?」


 東野の身体が崩れる。

 殻を射出しようと指が震えるが、もう照準は定まらない。

 ピスタチオの殻は、ただ虚空に向かって無力に跳ねるだけだった。


 蓮は膝をつきながら、それでも東野から目を離さずに言った。


「……データじゃ勝てねぇよ。“倒れられねぇ理由”で動いてる人間にはな」


 玄馬も片腕のまま、肩を揺らして立っている。


「……悪いな、東野。“理屈通り”にいかなくてよ」


 東野は崩れ落ち、トマホークがより深くへと突き刺さる。


  東野の身体は動かない。


 呼吸があるのか、ないのか——光の揺れでは判別できない。


 蓮は息を荒げながら、かすかに笑った。


「……やったか……」


 その一言を吐いた瞬間、

 支えていた力がふっと抜け、膝が砕け落ちるように倒れ込んだ。


 玄馬が弱い声で呟いた。


「おい……やめろ……それ……死亡フラグ……だろ……」


 言い終わらないうちに、玄馬自身も前に崩れ落ちた。

 片腕のまま、全身血まみれのまま、真正面へ——。


 瓦礫にぶつかる乾いた音が響く。


 その音に反応するように、足音が駆け寄ってきた。


「——玄馬さん!蓮さん!」


 采女だった。


 荒れた呼吸のまま二人の間に膝をつき、まず玄馬の脈を取り、次に蓮の胸に手を当てる。


「むちゃしすぎですよ……二人とも……すぐに手当てをしないと……」


 あくまで声は冷静。

 医療者としての判断は正確で、手も震えていない。


 ただ——

 頬を伝う一筋の涙だけが、彼女の“限界”を語っていた。


 采女は袖で涙を拭うことすらせず、倒れた二人を抱え込むようにして小さく吐き出す。


「……生きてくださいよ……絶対に……」


 その小さな声だけが、血と焦げた匂いの残る屋上に、いつまでも焼き付いていた。


夏といえば、毎年忙しくて


なんだかんだ満喫する余裕なんてなかったなぁと思います


それが今、しっかり季節を感じられてる


これだけで幸せなんですよなぁ


生き急いで来た結果


なんかここまで何も残らない人だったなと思うと


このUNCHAINは、自分にとって


意義のようなものです


……いやぁ、そんな重くは無いけども!



さて次週も土曜日更新です


ラストスパート!

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