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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第七章:三者三様

 世界が、一瞬だけ真っ白になっていた。


 耳の奥で、ずっと紙を裂くような音がしている。

 高すぎる電子音と、低く唸る重低音がまざって、鼓膜のどこまでが自分のもので、どこからが外の音なのか分からない。


(……生きてる。まだ、動ける)


 つかさは、うつ伏せになった姿勢からゆっくりと身を起こした。

 手のひらに感じる床はざらついていて、指先には細かいガラス片が刺さっている。

 さっきまで積まれていたはずのパレットは跡形もなく吹き飛び、鉄骨の梁からはちぎれたビニールシートが、すすけた旗みたいに垂れ下がっていた。

太ももに刺さった一本の錆びた釘からは、錆びの匂いかはたまた血の匂いか、やけに鉄の匂いが込み上げてくる。


 肺が焼けるように熱い。

 吸うたびに、煙と焦げた木材の匂いが喉を削っていく。


「……あ〜、よかった、よかった。ちゃんと生きてるわ。うん」


 背後から、妙に安心したような声が落ちてきた。


 つかさは、全身の毛穴が一気に冷たくなるのを感じながら振り返る。


 そこに立っていたのは、――田中尚也だった。

 白い顔。抑揚の薄い声。

 それなのに、どこかバラエティ番組の収録現場にでもいるみたいな、“場慣れした空気”だけがまとわりついている。


「いやぁ〜、今の、すごいね。飛び方、めっちゃ良かったわ。うん。ああいうの、“一発目”が一番自然でさぁ……編集、助かるんよねぇ」


 指先で小さなリモコンをくるくると回しながら、田中は本当に感心したみたいに首を縦に振る。


 つかさは奥歯を噛み締め、壁際までずるずると後退した。


「……人、殺そうとしてる自覚、あります?」


「あるある。全然あるよ?あのねぇ、人が死ぬ瞬間の“顔”ってね、撮っとかないと、二度と見られへんのよ」


 あ〜、と間延びした声で付け足す。


「舞台とかやと一回こっきりやん?でもこうやって記録しといたらさ、なんぼでも“巻き戻し”できるから。そっちの方が、絶対おトクでしょ?」


 田中の言葉の“軽さ”が、逆に胸を締めつけてくる。

 笑っていいのか、怒るべきなのか、泣くべきなのかさえ分からない。


(こんな奴……本当に“人間”なの……?)


 つかさは壁に手をついたまま、少しだけ視線を床へ落とした。


 破片、木箱、折れた貨物リフトの部品。

 その雑多な影の中に——ひときわ丸い金属タンクが転がっていた。


 大きさは人の胴ほど。

 重機で持ち上げる途中で落としたのか、足もとに無造作に転がっている。


 タンクの側面に貼られたラベルを、爆煙のわずかな隙間を縫って読み取る。


『 セボフルラン 』


(……麻酔……!?)


 一瞬で、肺の奥が強く脈打った。

 さらに、ラベルの下。

 鉄板の継ぎ目から——

 小さく点滅する青白い電子光が、チカッ……チカッ……と呼吸のように光っている。


(やつの爆弾だ……そしてセボフルランは不燃性で揮発性が高い)


 つかさは咄嗟に周囲を見回した。

 爆発の余波が、倉庫内部へ“一定方向”に流れているのが分かる。

 通路の構造上、どうしても奥へ奥へ風が押し込まれる形になる。


(ずっと……倉庫の奥に風が吸われてる……これをもし爆風に乗せて霧にできたら……)


「おっと……そっち行く?そいつは最後まで取っておこうと思ってたんだけどなぁ……」

 田中が軽い調子で声をかけてくる。


 つかさは、喉を焼く煙を押し殺し、ゆっくりとタンクへ向かって踏み出す。


 ——ドォンッッ!!


つかさは爆発とともにバースの方面とは逆の方向へ方向に受身を取りつつ回避行動をとる。

柱の隙間に入ったことにより致命傷は避けられたものの、熱線が背中を軽く焼いた。

 轟音の余韻がまだ耳に残っているうちに、倉庫の通路は“白い靄”に包まれていった。


 爆風で一気に加熱されたセボフルランは、液体ではなく――

 霧として吹き上がり、熱で軽くなった蒸気が倉庫奥の吸引気流へぐわあっと乗る。


 霧は床に落ちるどころか、空気中でふわりと舞いながら吸い込まれていく。


(……効く。これは絶対に効く……!)


 つかさは口元に布を当て、伏せた姿勢から焼ける肩を押さえつつ体を少し起こした。


 その時——。


「……はぁあ!? 何これ!!?」


 田中の声の“種類”が変わった。


 驚きとか恐怖ではない。


 完全に、怒り。


 霧の向こうから、荒ぶった声が響く。


「ちょ、ちょっと待って!?えぇ〜〜……これ、なに?なにこれ??」


 田中が子供のように地団駄を踏む音が分厚い壁に反響して響き渡る。


「表情!!“顔”が見えへんやん!!!なにこれ!!? 真っ白やん!!なんで煙なん!? なんでこんな……もわもわしてんの!!」


 霧に包まれながら、田中は本気でキレていた。霧がさらに濃くなり、田中の姿は白い影にしか見えなくなる。

 倉庫の奥へ吸われる風が、“煙突みたいに”麻酔ガスを送り込み続けていた。


「おお〜〜い!!視界!!視界返してぇなぁ!!こちとら演出やってんねんで!?視聴者に怒られるやんこんなん!!」


 田中は本気で苛立っているのに、そのイライラがだんだんと“ゆるく溶けていく”。

 舌が回らなくなり、語尾が妙にだらっと下がり始めた。


「も〜……これ……あかんやつやわ……画にならへん……なぁ……ほんま……こ〜れ……」


 田中の足取りが、ぐにゃ……と不自然な弧を描いた。

霧の中でもがきながら、意味のない手振りで白煙を払おうとしている。


「も〜〜……なんなんこれぇ……ぜんっぜん画にならへん……あ〜……顔が……見えへん……この回……ボツやわ……」


 田中の膝ががくりと落ちた。


(……効いてる。相当効いてる……!)


 つかさは立ち上がりかけて、一瞬、足を止めた。


(……ダメ。近寄れない)


 霧は熱で浮きながら倉庫奥へ向かうが、つかさの足元にも空気中で冷やされたセボフルランの“薄い層”が漂っている。

 もしこの状態で懐に飛び込めば——


(私のほうが先に落ちる。……なら、距離は絶対に詰めない)


 つかさは腰のホルスターに手を伸ばし、ナース・バスターⅡを引き抜く。


 ディスプレイがぼんやりと明滅し、“オートモード不可”の赤いアイコンが浮かぶ。


(オートは……ダメ。霧に紛れて狙いがブレる)


 つかさはスイッチを押し込み、手動射撃モードへ切り替えた。


 カチン。


(もう少し……田中に濃度が回ってから……)


 霧の向こうで田中がふらつく。


「は……はぁぁ……なんか……眠……んなって……きたな……はは……これ……アカンやつや……」


(今——!)


 つかさは銃口をわずかに上げ、田中の胸部より少し下へ標準を合わせる。


 トリガーへ指をかけた——

 その瞬間。


「……っ……重……」


 自分の指が、自分のものじゃないみたいに鈍い。


(やっぱり……吸ってる……でも……今撃てなきゃ……!)


 視界がわずかににじむ。

 頭がふわつく。


(大丈夫……まだ意識はある……

 押せる……押せる……押せる……!)


 つかさは、奥歯を噛みしめ、トリガーを絞り込んだ。


 ——シュッ。


 麻酔アンプルが圧力で破裂し、白い霧が一直線に飛ぶ。


 田中の胸に散布された瞬間、彼は目を見開いた。


「……お〜……う……これ……ええ……カット……やわ…………ねむ……っ……らり……る……れ……ろ」


 がくん、と身体が前に倒れる。

 霧の中へ沈み込み、田中尚也は、そのまま動かなくなった。

 つかさも膝をつく。肺が熱く、頭が少し遠い。遠のきそうな意識の中言い放つ。


「……セボフルランは“不燃性”。爆発させたいなら、他を選ぶべきだったわね……監督さん」



 廃倉庫の裏路地では鉄片の山がガサガサ……と揺れていた。

 次の瞬間。

「……あ"あ"あ"あ"ァァァァ!?!?」

 叫びながら遠藤が上半身だけ、ビックリ箱から飛び出してきた芸人のように勢いよく起き上がった。

 

「兄ちゃぁぁぁん!!!いまぁ……ワイ……何メートル飛んだか分かっとんのかぁ!?!?」

 胸を押さえながら、大げさに肩を回す。

「ちょ、マジで!ちょっと待って!?今の一撃!!こめかみイカれかけたやんけ!!誰が責任取んねん!!」

 バズーカを引きずりながら立ち上がると、顔は血まみれなのに、喋り方は完全にテレビ収録のような勢いだった。



「兄ちゃん!!あれやで!?あんたのことべた褒めやったやん!?なんでそこでタイキック食らわしてエンドロール流すねん!!遠藤アウトっちゃうねん!勝手に終わらすなや!!」

 怒鳴りながら、バズーカを片手でガコッと担ぐ。

「よっしゃ……分かったわ……ほな今から本調子いくで!?痛覚、OFFにしたるわ!!」

 目が血走り、笑いながら怒る。


 バズーカを肩に担いだ遠藤が、ガクッ、ガクッ、と首を鳴らしながら近づいてくる。


「YAH YAH YAH〜。拳をツンとだして、殴りにゆくで??痛いとか言うたらアカンで???」


 その足取りはよろけているようだが、地面を踏みしめた瞬間——


 ズン!!


 重量が路地全体に響くほど重かった。


(……さっきと……全然違う……!)


 サムの首筋に、緊張が細い針みたいに立ち上がった。


「ほな行くでぇぇぇぇ!!」


 遠藤が、バズーカの砲身を“鉄柱”のように横薙ぎに振った。


 ——ズガァァァァァッッ!!


 サムはステップでかわす。

 しかし、砲身が通過しただけで 風圧が壁みたいに押し寄せる。


 胸が詰まり、肺の奥が潰れそうになる。


(っ……!重い……っ!!)


「避けてるやぁ〜〜ん兄ちゃ〜〜ん!!ええで!避けてええで!!ただなぁ!!」


 遠藤が踏み込む。

 その動きは、さっきまでの軽口キャラとは別物。

 完全に“戦闘モードの化け物”だった。


「避けグセが解ったら……次は当てるだけやろがぁぁぁ!!!」


 砲身が上から振り下ろされる。


 ——ガギィィィィン!!


 サムは両前腕で受けるが、衝撃が骨まで刺さり、背中から壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 視界が揺れ、腕が痺れる。そして何よりも呼吸が浅くなる。


「どうした兄ちゃ〜〜ん?爽やかさどこいったん?ん?返事せぇへんと寂しいやんけ〜〜!」


 サムは壁に片手をつき、ふらつきながら姿勢を立て直した。

 前腕がジンジン痺れ、指の感覚が半分死んでいる。


 遠藤はというと——


 ガクガクガク、と首を鳴らしながら、楽しそうに、いや“気持ちよさそうに”笑っていた。


「兄ちゃ〜〜ん!!ええ音したで?今の“ゴギィィン!”ってやつ!!あれなぁ!エクスタシーっちゅうやっちゃなぁ!!!」


 胸を張った瞬間、足元の砂利が盛り上がった。

 遠藤の脚が、重機みたいな勢いで踏み込んだのだ。


(ッ……速い!!)


 踏み込みからの——


「二発目ぇぇぇ!!“バズーカ殴り・八の字ぃぃ!!”」


 ——ぐわんッ!


 バズーカの砲身が、空気を裂いて円を描いた。

 サムは紙一重のステップで回避するが、風圧で髪がはためく。


「むっちゃ避けるやん兄ちゃん!?それはそれで腹立つわぁぁぁ!!!」


 遠藤がバズーカを地面に叩きつけた。


 ——ドガァァァンッッ!!


 衝撃波が路地を走り、サムの足元の砂利が一斉に弾けた。


「っ……!」


 サムは咄嗟に後ろへ跳ねる。


 だが——

 二人の攻防が火花を散らすなかで——

 遠藤がふと、バズーカの方へ視線をちらりと寄越した。


(……あれ?いや、まさか……)


 サムが気づいた瞬間、遠藤の顔がニヤァ……と横に裂けた。


「兄ちゃぁ〜〜ん……今、何秒経った思う……?」


 嫌な汗が背中を伝う。


 遠藤は、叩きつけたはずのバズーカへ後ろ跳びしながら、砲身の横を指で叩いた。


 ——カンッ。

 ——カンッ。


「はい、8.6秒ぅぅぅぅ!!装填完了でーーーす!!!」


「っ……まずい!!」


 サムが踏み込もうとした瞬間、遠藤がバズーカを“だけ取り回せる速度”で構えた。


「兄ちゃん!!“本気の爆撃”いくで!!この距離は……逃げられへんでぇぇぇ!!」


 砲口が光り——空気が爆ぜる。


「8.6秒ォォォ!!!第二幕・開演じゃ!!!」


 ——ドガァァァァァンッッ!!


 サムは紙一重のスウェーバックで直撃を避けた——が。


「っっ……!!」


 爆風が地面を抉りあげ、炎と破片がサムの左肩を焼いた。

 服が半分焦げ、黒煙がふわりと上がる。


「うっ……く……!!」


 肺に熱が入り込み、喉が焼け、視界がチカチカと白く弾ける。


(……これ……当たったら……ほんとに“終わる”……!!)


 遠藤は、バズーカを肩に担ぎながら、爆風を浴びて後退したサムを見て、大声で笑った。


「兄ちゃぁぁん!!今の見た!?避けた思たら焦げとるやん!!どないしたん!?熱っついなぁ?クールなスマイルはどこいったぁ!?!?」


 サムは歯を食いしばりながら、焦げた肩を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。


 足元の砂利が音を立てる。


(……遠藤……距離取らせたら“装填”される……

 この攻撃……流れを変えないと……ほんとに負ける……!)


 遠藤が、砲口をまたサムへ向ける。

 今度は装填時間を稼ぐように、にやにやとステップを踏みながら近づいてくる。


「ほな兄ちゃん……第三幕、いっとこかぁぁぁぁ!?!」

 その瞬間——


 サムはふっ、と笑った。


「……っ!?おい……兄ちゃん……なんで笑っとん……?」


 遠藤が顔をしかめた。


「何がおもろいねん?あぁ!?“追い詰められて笑うタイプ”とか、一番ごう湧くんやけど!!ほんまいちびっとったらアカンで!!?」


 サムは肩の焦げ跡をぱん、と軽く払った。

 炎の熱がまだ皮膚の奥に残っている。

 だが、瞳はまったく揺れていなかった。


「遠藤さん……」


 低く、静かな声。


「炎はね。俺の得意分野なんですよ」


「はぁぁぁぁ!?どの口が言うとんねん!!いま焦げたん兄ちゃんやろ!!?」


 サムは微笑を深めた。


「玄馬さんの“火”。豪火絢爛ってやつだ!」


 そう言うと、腰のポーチから一見ただの“細い紐”のようなものを取り出した。


 遠藤の目が点になる。


「……なにそれ。ヒモ?……電線ってやつか……?」


「ガイ・ヤーン。ワイヤーの武器だよ」


「名前がまず腹立つわ!!」


 サムはしゃがみ込み、右足の踵を地面へ——


 ガツンッ!!


 と強く叩きつけた。


 靴の背に仕込んだフリント拍車が回転し、金属同士が擦れる甲高い摩擦音が裏路地に響いた。


 ——ギンッ!!


 火花が、弧を描いて散った。


 その一瞬で、火花はサムのズボンの縫い目を伝い、手元ののガイ・ヤーンへと走る。


 ——パチッ……バチバチッ!!


 炎が、ワイヤーにまとわりつく。


 チリチリと赤橙の線が走り、ワイヤー全体が“生き物のように”脈動した。

 サムは立ち上がり、ガイ・ヤーンを軽くひゅるっと振る。


 炎が弧を描き、

 空気が熱で歪む。


「……第三幕は、こっちからいくよ。遠藤さん」


 微笑んだまま、サムの足が円を描くように流れた。

 ワイヤーの炎がゆらりと揺れる。

 サムは姿勢を落とし、円を描くように足を流す。


「ほな……兄ちゃぁぁぁん……第三幕・肉迫戦開幕やぁぁぁ!!」


 遠藤がバズーカを大上段に構え、踏み込んだ瞬間——


「っ!? は、早っ……!」


 サムの姿はすでに、そこにはなかった。


「こっちですよ」


 真横。


「ぬおっ!?!?」


 遠藤が慌てて振り返るより早く——


 バシィンッ!!


 ガイ・ヤーンがしなる音が裏路地に鳴り響いた。

 炎の線が遠藤の頬をかすめ、煙が立つ。


「熱っつぅぅぅ!?!?おい!!兄ちゃん!!顔はアカンて!!俳優業やっとんねんこっちは!!」


「俳優さんだったんですか?」


「違うわぁぁ!!言うてみただけじゃぁ!!」


 遠藤が振り下ろす。

 サムは横転し、炎のワイヤーが地面を走る。


 ——ジュウウッ……!


 熱で砂利が黒く焦げる。


「うおおおおい!!地面燃えとるやん!!それ反則やん!!国家公安委員会に通報するで!?!?」


「公安委員会に追われてるは……アンタらでしょうが!」


「そうやったわぁぁ!!」


 遠藤がバズーカを突き出した瞬間、サムはワイヤーを手繰り寄せながら距離を詰めた。


「“ワイヤー”で戦うんは……兄ちゃんの国の武術か……?」


「いんや。これは“玄馬さんのスタイル”の、ぱろでぃだ!」


 炎が強く脈打った。


「“8.6秒”の……半分のリズムかな?」


「うっせぇな!イジってくんなボケがぁぁぁ!!」


 足が地面を蹴るたび、炎の線が円を描き、視界が熱で歪む。


「来いやぁぁぁ兄ちゃぁぁぁん!!!」


「じゃあ行くよ。”炎転蝕(えんてんしょく)”——」


 遠藤の悲鳴まじりの文句をかき消すように——



 ゴッ!!


 サムの膝が遠藤の鳩尾に突き刺さった。


「ぐぼっ!?!?」 


 空気が抜ける音。遠藤の身体がくの字に折れる。


 サムはそのまま遠藤の背中側へ流れ、炎のワイヤーを首すじすれすれに走らせた。


 ——バチィッッ!!!


「アッッッッッづッッッッ!?!?!?兄ちゃ!!首は!首はアカンてぇぇぇ!!?」


「まだまだ行くよ」


 遠藤が体勢を崩した——その瞬間。


「“炎転蝕・弐之型、彩襲蝕(えんてんしょく・にのかた、さいしゅうしょく)”」


 サムの踵が回転し、炎の弧が大きく弾けた。


 ——ドガァァッ!!


 遠藤の顎を正確に蹴り上げ、大柄な体がそのまま後方へ飛んだ。


 鉄屑の山へ——

 バラバラバラァァッッ!!


「がふっ……!?……は、はえぇ……視界歪む……兄……ちゃん…が…何人…や…?」


 サムは息を整えながら答えた。


「さっき言ったでしょうが。タイ人だって」


 遠藤の目がぐるぐる回りながら、バズーカを手から落とした。


「ちゃうわっ……あかん…この回……映えへん……得点が……得点がぁああああ!」


「遠藤さん、アウトですよ」


「…それ……俺の役目とちゃう…よ…」


 そのまま、遠藤は鉄屑にもたれ、白目を剥きながら気絶した。



 炎のワイヤーが、最後にひとつだけパチッ……と弾けた。

 ――その火花は、夜気の流れに紛れながら、静かに闇へ溶けていった。


 同じ頃、川崎の別の場所では。

 ひとつの軋む息が、暗がりの柱の陰で細く漏れていた。


 頬をかすった弾の熱が引く前に、蓮は柱の影へ滑り込んだ。

「おーーーい!!分かってんねんでぇ!?“バレてません顔”してるけどバレてるからな!?ほんでなんでそこで息止めんねん!!苦しいだけやろ!!」


(……なんで位置バレてんだよ)


「ほらな!またそこで“はぁっ”て息吸ったやろ!?吸った瞬間の“音の返り”でバレんねん!なんやその呼吸!!肺に不法投棄でもしとんか!!」


(うるせえな)


「こっちなんもしてへんのに、勝手に位置教えてくれるシステムありがとーー!!GPSか!?おっちゃんな、体内にGPS入ってんのか!?アップデートしときぃ!!」


(また口数でペース崩そうとしてんのか…)


 蓮は飴の包み紙を指先で弾いた。


——ピッ。


「今の何!?え!?小さい音ほっそ!!音の“栄養失調”か!?方向分からへんて!!あれか!?音の忍者か!?どっかの道場出とんのか!?」


(……案外単純だな)


 蓮は、もう一枚の包み紙を弾く。


——ピッ……ピッ……ピッ。


「なになに!?え!?分からん分からん!!右!?左!?上!?下!?いや下はないやろ!!音は下からこん!!なにしてんのおっちゃん!!」


 陣内の索敵が完全に崩れた。


「ちょっ……ちょ待て待て待て!!“音の迷路”作んのやめて!!こっちは素でやってんねん!!ズルやん!!ズル!!音のズル!!」


(今だ!!)


 蓮は無音で距離を詰める。


「あれ……?おっちゃんどこ行った……?え……?え?……え?」


 蓮の影が、陣内の視界にスッと差し込んだ。


「見つけたぞ」


「うぉい!!近っ!!なんで!?いつ!?いや今の反則やろ!?ワープした!?」


 蓮は表情も変えず、淡々と一撃を放つ。


——ドガッ!!


「ぐえぇぇぇぇ!!?ちょっ……脇腹いった!!脇腹ひっさつパンチやん!!なんでその見た目でそんな威力あんねん!!外観と中身のギャップおかしいやろ!!」


 地面を転がりながらも、陣内は泣き笑いみたいな顔で喚く。


「おっちゃん!!あんた……喋りで釣ってくるタイプかと思ったら……急に黙って殴るんかい!!恋愛やったら既読スルーからの急接近やで!?怖いって!!そういう男が一番怖いって!!」


蓮は飴を噛み砕き、静かに歩きながら告げた。


「黙ってろ。次は喋らせねぇ」


「うわぁ……!!シンプルに怖い!!絶対クラスに一人はいた無口で殴るタイプ!!」


陣内はよろけながら立ち上がる。


しかしその目の奥に、今までの軽口とは違う光が宿った。


「ほな……本気の“陣内”見したるわ」


蓮も顎を引き、低く構える。


「こっちも本気で相手してやるよ」

さっきまでの軽口は抜け落ち、陣内の瞳にだけ青白い残光が宿っていた。

 冗談めいた空気は――ひと欠片もなかった。


 陣内はマシンガンを肩に担ぎながら、にやりと笑った。


「おっちゃん……さっきの一発、じわぁ〜っと効いとるで?だから礼代わりに……まずは**十八番(おはこ)**からいこか」


 その瞬間だった。


 ――ダダダダダダッ!!


 明確な「狙い」のない乱射。

 だが、すべての弾道は“跳ね返る場所”だけ計算されている。


(……跳弾を……読んで撃ってる!?)


 蓮は身をひねり、柱の影へ飛び込む。

 だが――


 ――キィンッ!

 ――チュンッ!


 鉄柱へ跳ね返った弾が、刃みたいな速度で方向を変え、蓮の脇腹をかすめた。


「っ……!」


 熱い痛みが広がり、シャツが赤黒く滲む。


「うわぁ〜〜!!ええ音したわ今の!!“跳弾・三枚抜き”成功でーす!!おっちゃん拍手拍手ぅ!!」


(……痛ぇ……あいつの声が傷口に響く……!)


 蓮が肩で息をした一瞬――


 ダダダッ!!

 陣内が軽いステップで横移動しながら、柱に向けて撃ち込む。


 跳弾の軌道が“蓮の逃げる先”に収束する。


(読まれてる――!)


 次の跳弾が、蓮の左腕を正確に裂いた。


「っぐ……!」


 血が飛ぶ。だが陣内は笑いながら銃を回し、頭上を指で弾く。


「今の分かったぁ?“黙ったまま動く男”もな、跳弾の“音”では隠されへんのよ。おっちゃんの息づかい、反響音、靴の擦れ……音ゲーで鍛えてんねん!」


「音ゲーかよ……」


「和太鼓の鉄人や!!投げ銭で行った**城崎温泉のゲームコーナー、ランキング上位ぜ〜んぶ俺やったからな!!“JINNAI”でドミネートしたったわ!!」


「そんな、どっかの裏金議員みたいに“名簿独占”すんな!!」


「独占言うな!!実力や!!!」


 ――パァンッ!!


 跳弾が弧を描き、蓮の脇腹に深く刺さる。


「ッ……ァ……!」


 膝が落ち、視界が揺れ、呼吸が浅くなる。


「おっちゃん、根性だけは雑草レベルやな!!もっとこう……しなやかに避けんかい!!」


 蓮は血を吐きながら、壁に手をついて立ち上がる。


「雑草は……踏まれてもまた立つんだよ……」


「草だけにくっさいセリフやなぁ!!あ、今のどう?おもろいやろ?雑草の草と臭いのくさがかかってんねん」


 陣内がマシンガンを腰だめに構えた瞬間。

足元の瓦礫が、蓮の血で濡れていることに気づく。

「関西人だったら……もっとおもろいこと言えや!!」

蓮の拳が震えた。

 それは力の入りすぎでも、痛みによる痙攣でもない。


 ——怒りだ。


 ゆっくりと呼吸を整える。

 脇腹が千切れるほど痛むが、それでも瞳は一切揺れない。

 血の匂いが風に混じる。

 橋の下、鉄骨の影がわずかに揺れた。

(───っ!!これなら……行ける)

 蓮は左脇腹を押さえながら、息を殺し、陣内の動きを見上げる。


 その正面で、陣内はマシンガンを肩に担ぎ、こちらを値踏みするように歯茎をむいた。


「なぁ、おっちゃん……もう弾、何発食らった?よう立っとるわ。これはゾンビですか?」


 蓮は答えない。

 代わりに、近くの橋脚へ歩み寄り、拳を握る。


 ドガッ。


 乾いた音が橋を震わせた。

 陣内が目を瞬いた。


「……は?」


 蓮は続けざまに殴る。


 ガン、バキィッ、ボゴッ!


「おっちゃん……気ぃ狂った?正気ですかぁ?」


 返事もしない。

 拳が鉄骨にめり込み、火花が散る。

 その打撃は規則性がなく、リズムもない。

 まるで乱数のように、ひたすら柱を叩き壊す。


 陣内はしばらく沈黙していたが――

 やがて、静かにキレた。


「ええ加減にせぇやッ!!イカれポンチがぁああ!!」


 怒号と同時に、マシンガンの銃口が火を噴いた。

 跳弾が橋の裏側に散り、金属が悲鳴をあげる。

 蓮の肩、腕、腹に数発が突き刺さり、血が飛び散る。


「諦めたんかいな?ほんでもってキレて壁殴るしか脳無ぅなったんか!ワレ、ちゃんと避けんかい!!おもんないやんけ!!」


 蓮は無言で撃たれながらも、わずかな身の傾きで弾道を操るように避け、弾丸が柱へ当たる角度へ、わざと身体を滑らせていく。


 ガツンッ!

 バギィッ!

 金属片が散る。


 陣内は眉をひそめた。


「……ちょい待て。なんや、この音……」


 橋脚にヒビが走った。


ミシ……ミシミシ……と低く不吉な音が響く。


 陣内の瞳が一瞬だけ泳ぐ。


「おっちゃん……お前……」


 蓮は、血に濡れた拳をゆっくりと持ち上げる。

 そして最後の一撃を叩き込んだ。


 ドゴォォォン!!


 橋脚が崩れ、巨大な鉄骨が悲鳴を上げて折れ曲がり、片側の橋がズルリと沈む。


「ちょ、まっ――あかん、これはあかんてぇええ!!」


 陣内の叫びが鉄骨の奔流に飲まれる。

 砂煙が立ちこめ、瓦礫が豪雨のように降り注いだ。


 蓮はよろめきながらも立っていた。

 肩から血が滴り、呼吸は荒い。

 だが、薄い笑みだけが浮かんでいた。


「……真正面の殴り合いだけが、戦いじゃねぇよおしゃべりクソ野郎がっ!!」


 その声は、瓦礫の下に埋もれていく陣内へ向けたものなのか。

 あるいは、自分自身への皮肉だったのかは、誰にもわからなかった。


遅くなりました


ギリギリセーフの滑り込みの更新になります


夏本番のはずですが、なんかめっきり暑さのピークがすぎたように思えます


今日は琵琶湖に行ってきました


琵琶湖といえば今作でも……


……そのうち出てきます(笑)


そんなこんなで

来週こそは早めに投稿できるように心掛けたいと思っております

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