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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第十二章:朝焼けの残響

  電子音が、静かに刻んでいた。

 ピッ……ピッ……ピッ……。

 そのリズムが、まるでまだ夢の続きのように思えた。


 白い天井。

 焼けた鉄の匂いではなく、消毒液の匂い。

 目を開けたサムは、一瞬だけここがどこなのか分からなかった。

 だがすぐ隣のベッドで寝息を立てるつかさを見て、息を吐く。


 ――生きている。


 上体を起こそうとした瞬間、肋骨が悲鳴を上げた。

 「いってぇ……まるでトラックにでも轢かれた気分だ」

 自嘲気味に笑う声が、久しぶりに自分のものとして響いた。

 数日ぶりの痛み。けれど、その痛みが“現実”を確かめさせてくれる。


 「……起きたのね」


 かすれた声がして、つかさが目を開けた。

 頬は青白いが、瞳には確かな光があった。


 「夢かと思った」

 「悪夢、だね」


 ふたりはわずかに笑い合った。

 その笑みが、何よりも“生還”を語っていた。


 つかさは自分で包帯を替えながら、壁に貼られた地図を見つめていた。

 「あの人……どうなっちゃうのかな」


 “あの人”とは、采女のことだった。

 師であり、越えられない壁であり――いまや敵。


 サムが壁にもたれて、飄々と笑う。

 「誰のことだかは知らないけど信じていればきっと大丈夫さ」


 「……それでも、信じたくなかった。あの人の“救う”って言葉を、私が否定する日が来るなんて」


 つかさの手が震える。

 サムは言葉を探すように黙り込んだ。

 やがて、小さく呟く。


 「……肯定があるから否定が生まれる。だけどもその真意の上にはきっと愛があるからこそなんだよ。興味なんてなければ人は否定なんてしないんだ。ただ認めしは無なり。否は愛の上に成り立ちしってね」


 「なにそれ?」


 聞いたことない格言に笑いつつもつかさは顔を上げた。

 その瞳には、痛みの奥にかすかな決意が灯っていた。


 部屋の隅には、壊れた《ガイ・ヤーン》があった。

 焼け焦げたワイヤー、裂けた金属。

 サムは工具を手に取っては、また置く。

 修理より先に、自分を直さなきゃ――そう思っていた。


 「……カウボーイのおっさん。……いや、お兄さんかな。ขอบคุณนะ」

 「え?」


 「さ、ご飯にしよう!なんでも作るよ?トムヤムクンとか」

 「辛いのは、勘弁ね」


 笑いながらも、その表情には確かな憧れと悔しさが滲んでいた。


 一方その頃――


 白い空間の中に、ひとりの少年がいた。

 上下のない無限の白。

 風も音もないのに、どこか懐かしい。


 湊はゆっくりと歩いていた。

 足音が、波紋のように広がる。


 遠くに、あの青年が立っていた。

 紅と蒼の瞳が、静かにこちらを見つめている。


 「……お前は、誰なんだ」


 問いかけても、青年は答えない。

 ただ穏やかに微笑み、背を向けた。


 ――その瞬間、湊は走り出していた。


 「待ってくれ!」


 声が反響し、白の空間に吸い込まれていく。

 足音だけが孤独に響いた。


 距離は、縮まらない。

 むしろ、走れば走るほど遠ざかっていく。

 青年の輪郭が、光の中にゆらぎ、霞む。


 「待てよっ!」


 湊は叫んだ。

 息が切れる。汗もないのに、胸が焼けるように痛い。


 やがて青年が、ゆっくりと振り向いた。

 その顔は、どこか“知っている誰か”に似ていた。

 紅と蒼の光が交わり、まるで鏡を覗き込むように――

 湊自身の瞳がそこに映り込む。


 「……お前は、誰なんだ……!」


 叫びはもう声にならず、光が彼を包み込む。

 青年の姿は完全に白に溶け、消えた。


 トン……トン……。


 ――現実の音。


 湊は、目を開けた。

 白い天井、そして、懐かしい声。


 「辛っ!辛いじゃんサム!辛くしないでって言ったじゃん!」

 「いやいや、俺の国ではこれが普通だから……って辛っ!!」

 「ほら言ったじゃんか……!これ何回目よ!」

 「ざっと、三十回ぐらい?」

 「もっとよ……全く……」


 つかさとサムの言い争い。

 その声が、遠くの夢の続きをやわらかくかき消していく。


 湊はゆっくりと息を吸い込み、微笑んだ。

 「……生きて、るな……」


 その言葉にふたりが振り向く。

 「湊!」

 「おお、ようやくお目覚めか!」


 笑いと涙とが一度に押し寄せた。

 サムが冗談を言い、つかさがそれを睨みつける。

 そのやりとりが、どれほど尊いものか、湊はようやく理解していた。


 ――だが、その穏やかさは長くは続かなかった。


 真剣な顔をしたキヨシが、一歩前に出る。

 その声色は低く、どこか迷いを押し殺していた。


 「まず……あんたらを危険な目にあわせてしもうたこと、ほんにすまなかった」


 言葉が静かに落ちる。

 湊もサムも、つかさも黙って耳を傾けた。


 「これからも、きっと危険な目に遭うんは間違いない。

  ここは安全とは言えん。……せやから、もしこの環境下が嫌やっちゅうなら――」


 キヨシはわずかに目を伏せた。

 「……ここで離脱したい、そう思う者は、手ぇ挙げや」


 沈黙が訪れた。

 チカチカと点滅する切れかけの灯りが、まるで問いかけるように揺れていた。


 やがて――

 湊が、ゆっくりと右手を挙げた。


 「……そうか、ほいじゃ――」


 キヨシが言いかけたその瞬間、湊が静かに口を開いた。


 「俺たち三人は、他に行く宛てがありません。

  つまり、どこに行っても危険なのであります。

  ――我らUnChainは、これからもロゼリアの為に働くことを、ここに誓います」


 ピシッと背筋を伸ばしたその姿に、

 サムがすぐさま肘で湊をグイグイと突いた。


 「さすが湊ぉ! かっこいいじゃんかよォ!」

 「いってぇよ、そこ! 肋骨まだ治ってねぇって!」


 そんなやりとりに、つかさが呆れたように小さく息を吐く。

 「……まあ、私も。賛成ってことで」


 ツンデレヒロインみたいに、ぼそっと小声で答えた。


 「お前ら……お前ら……」


 平静を装いながらも、キヨシの目がわずかに潤んでいた。


 「ほいだらば――決定や。

  これからも忙しいぞ。……まずは、結乃から入ったこの無線を聞くところからや!」


 キヨシの声に、部屋の空気が一気に動いた。

 サムが口笛を吹き、つかさが小さく微笑む。

 湊は天井を見上げたまま、ゆっくりと拳を握った。


 シャッターの外では、崩れた街並みに朝の光が差し込み、

 ロゼリアの拠点を――そして彼らの再出発を、

 静かに照らしていた。


 キヨシが旧式端末のスイッチを入れる。

 ノイズ混じりの音声が、薄暗い部屋に流れ出した。


 『――こちら、結乃。……聞こえる?新大久保のブラック……ルの街から今…………した』


 全員が息を呑んだ。

 焦げたような雑音の奥で、声だけが必死に届いてくる。


 『……こっちは、問題ない……でも、戻るには……時間が……りそう……

  道は………れてる……南から、迂回する……』


 湊は無意識に歩み寄った。


 『……みんな、気をつけて。……私は――』


 音が、一瞬途切れる。

 そして、微かに。


 『……Bẫy ……ấy……』


 ノイズが止まり、静寂が落ちる。

 ――だがその響きだけが、心の奥に焼きついた。


 湊は、そっと無線に手を伸ばした。

 「……バイバイ、か……。結乃ちんらしいっちゃらしいな」


 キヨシがそう呟いた。


 朝の光が差し込み、崩れた街を淡く包み込む。

 新しい一日が始まろうとしていた。


 ――そして、物語はまだ、終わっていなかった。



 第一巻 完


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

とりあえず本作は、これで第1巻として一区切りになります。


正直なところ、ここまで読んでいただけるとは思っていませんでした。

挿絵もなく、ほぼ文章だけの作品なので、途中で離れる方も多いだろうなと。


コメントなどについては、もう少し頂けるかなと思っていた部分もありますが、

それも含めて自分の実力だと受け止めています。

それでも、実際に多くの方に読んでいただけたことは、本当にありがたいです。


ここまで付き合っていただき、ありがとうございます。

そして第2巻以降についてですが……


一応、形としてはすでに出来ています。

ただ、それをこのまま出すべきかどうかは、まだ迷っています。

中途半端な気持ちで出すのも違うと思っていますし、

かといって、ここで止めるのも少し違う気がしていて。

もう少しだけ考えさせてください。


もし続きを出すことになった際には、

またお付き合いいただけると嬉しいです。


改めて、本当にありがとうございました。

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