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UnChain  作者: 大垣礼緒
12/14

■第十一章:暗闇を照らす光

 ――旧都庁・管理デッキ(外部中庭/吹き抜け広場)。

 夜風が、灰を運んでいた。

 崩れかけた摩天楼の隙間から、吹き抜けの広場へと風が渦を巻く。

 焦げた鉄骨の匂いと、遠くで鳴る警報音がかすかに混ざっていた。

 湊はその風の中に立っていた。

 息は荒く、腕には無数の擦過傷。

 EMPの波が収まり、沈黙を取り戻した機械たちの残骸が、広場の縁に積み重なっている。

 (……これで全部、か)

 視界に映るS.I.V.兵の山。

 湊は肩で息をしながら、カオマン・ガーイの刃をゆっくりと下ろした。

 血ではなく、冷却液と油の匂いが鼻を刺す。

 (落ち着け……焦るな。動きは“点”で考える)

 脳裏に、蓮の声が甦る。

 ――「相手の動きは面で見るな。点を捉えろ。ホースを断てば、機械は屍や」

 湊は唇を結び、地を蹴った。

 最後に残っていた一体のS.I.V兵へと跳び込み、

 刃が走る。白い線を描き、機体のホースを断ち切る。

 残骸が倒れ、広場に完全な静寂が訪れた。

 風だけが、呼吸をしていた。

 都庁の上空――薄く光る雲の向こうで、雷が閃く。

 遠くの炎の赤が夜景を染め、ビルのガラスが鈍く反射していた。

 そのとき、背後から声がした。

 「暴れていたのは、少年でしたか」

 湊は反射的に振り返る。

 灰の中に、ひとりの男が立っていた。

 スーツの裾を風に揺らしながら、まるでこの混乱の中心に立つ“統治者”のように。

 「……誰だ、貴様」

 「申し遅れました。私はアイスブラストの代表――新藤鷹虎と申します」



 声は静かで、無機質。

 背後の窓ガラスが、灰色の空を映してちらついていた。

 男の姿には、戦場の血や泥が一滴もない。

 ただ、整然とした“秩序”の象徴のように、そこに立っていた。

 「あなたは何をしに、ここへ?」

 「さあな。……どうでもいいけど、とりあえず帰りたいんだ。

  邪魔するなら――力づくで通してもらうことになるよ」

 「そうですか」

 鷹虎の口調は、変わらなかった。

 「ただ、あなたの仲間たちのもとへは、すでに私の部下が――」

 「二人に何をした!」

 湊の声が爆ぜる。

 風が一瞬、止まったように感じた。

 その刹那、鷹虎の瞳が細まり、微笑が浮かぶ。

 「落ち着きなさい。彼らは“生きています”。少なくとも、今は」

 「……今は、だと?」

 「ええ。人は結果で判断する生き物です。

  あなたがここで倒れれば、彼らの生も無意味に終わる。

  そうならないよう、――努力してみせてください」

 言葉が終わると同時に、空気が弾けた。

 湊は気づくより早く、鷹虎の姿を見失っていた。

 次の瞬間、腹部に重い衝撃。

 掌底。

 息が詰まり、背中が鉄の床を擦る。

 痛みよりも先に、風圧が胸を焼いた。

 「っ……ぐっ!」

 湊は咄嗟にカオマン・ガーイを振るう。

 刃が光を裂き、鷹虎の袖口を切り裂く。

 血が滲む。

 「……やりますね」

 鷹虎はわずかに口角を上げた。

 「少年にしては、よく研ぎ澄まされている。

  だが、研ぎすぎた刃は――折れる」

 掌が再び閃く。

 風が爆ぜ、コンクリートの粉塵が宙を舞う。

 湊はバランスを崩しながらも、歯を食いしばった。

 「“点で動け”、だろ……!」

 その言葉に、鷹虎の瞳が揺れた。

 「――ほう。君も、あの男に教わった内の一人ですか」

 「あの男…?」

 「ええ。彼に戦術を教えたのは何を隠そう、この私ですからね。模倣の動きは全部見透かせたものですよ」

 湊の瞳が鋭く光る。

 「……あんたが、蓮に“教えてた側”ってわけか……」

 「そう。彼は優秀でしたよ。だが――感情が過ぎた」

 「……!」

 その言葉と同時に、鷹虎が一歩踏み込む。

 その速さは、視覚よりも先に「風圧」で理解するしかなかった。

 湊は反射的に刃を振るう。だが空を切る。

 頬を掠めた風が、刃よりも冷たかった。

 「悪くない。だが、癖が出ている」

 鷹虎の掌が湊の肩を打つ。

 骨が鳴る。体が浮く。

 続けざまに背中を蹴られ、湊はコンクリートに叩きつけられた。

 風が鳴いた。

 拳が、刃を弾く。

 掌底が顎を掠め、湊の身体が宙を舞う。

 コンクリートを転がりながら、湊は息を荒げた。

 肩口のナノスーツが裂け、赤い血がにじむ。

 カオマン・ガーイを構え直し、深く息を吸い込む。

 「……まだ、やれる……!」

 鷹虎は一歩も動かず、ただ風の中に立っていた。

 その姿はまるで、戦場の中心に置かれた“定規”のように動かない。

 「やれる、か。……なら、見せてみなさい」

 再び湊が踏み込む。

 火花が走る。

 しかし――

 “ジッ……”

 青い光が、かすかに明滅した。

 カオマン・ガーイの刀身が、一瞬、呼吸を止めたように沈黙する。

 「……っ!? 嘘、だろ……今じゃねぇ……!」

 手元のモニターが赤く点滅する。

 〈BATTERY LEVEL:1%〉

 連戦によるオーバーロードでナノバッテリーが完全に限界を迎えていた。

 湊は歯を食いしばる。

 刃が明滅し、光が途切れるたびに鷹虎の姿が見え隠れした。

 次の瞬間、視界の端に閃光。

 ――ドンッ。

 衝撃が胸を貫き、身体が後方へ跳ね飛ばされた。

 鉄骨が軋む音。

 肺の奥が焼ける。

 視界がにじむ。

 「……これで終わりではないでしょう」

 鷹虎の声は、まるで授業の講義のように穏やかだった。

 「“力”を扱う者は、いつかその力に殺される。

  だが、扱えぬ者は——仲間を失う」

 湊は、うつ伏せのまま手を伸ばす。

 カオマン・ガーイの柄に指が触れた瞬間、刃の光が完全に消えた。

 ――沈黙。

 風の音すら、止まったようだった。

 「模倣では届かない。

  君は“自分”を見つけられなかった」

 鷹虎の靴音が近づく。

 一歩、二歩。

 その度に、湊の胸の中で何かが軋む。

 (俺は……何のために戦ってんだ……)

 (誰のために……ここにいる……?)

  立ち上がるも膝が震える。

 視界が霞み、耳鳴りが遠のく。

 それでも――。

 「……うるせぇよ」

 湊は、血の味を噛みながら立ち上がった。

 「教えられた通りに生きれねぇんだ、俺は」

 カオマン・ガーイの灯が消えたまま、湊はその柄を握り直した。

 刃は光らない。ただの金属の棒。

 だがその腕には、確かな“意志”が宿っていた。

 鷹虎の目がわずかに細まる。

 「ほう……無謀を、勇気と呼ぶつもりですか」

 「呼び方なんざどうでもいい……!」

 湊が踏み込む。

 風が逆巻く。

 無光の刃が空を裂き、鷹虎の頬を掠めた。

 鷹虎が一瞬目を見開く。

 「……!」

 続けざまに湊の拳が鳩尾に突き刺さる。

 衝撃で鷹虎の身体がわずかに揺らぐ。

 湊はその隙を逃さず、肘を叩き込む――。

 だが、そこで止まった。

 鷹虎の左腕が、まるで時間を巻き戻すように軌道を読み切っていた。

 次の瞬間、拳が湊の頬を撃ち抜く。

 「ぐっ……!」

 湊は床に叩きつけられた。

 肺から息が漏れる。

 視界の端で、鷹虎が静かに袖を払う。

 「悪くない。

  だが、“想い”だけでは、現実は変わらない」

 湊は血を吐きながら、再び立ち上がろうとする。

 だが足が動かない。

 心だけが、まだ抵抗していた。

 (俺が……ここで……倒れたら……)

 (つかさも、サムも、結乃も……)

 ――全部、終わる。

 歯を食いしばる。

 折れた肋骨が悲鳴を上げる。

 だが、それよりも強い“衝動”があった。

 「まだだ……俺は、終われねぇ!」

 湊は地面を殴るようにして立ち上がった。

 血に濡れた頬、震える手。

 膝が笑っても、心臓だけは前に進もうと鼓動を刻んでいた。

 鷹虎の目がわずかに揺れる。

 「その執念……理解できませんね。

  勝ち目のない戦いに、何を見ている」

 「勝ち負けじゃねぇ……!」

 湊は叫ぶ。

 「俺は――“生きてる”って証を残したいんだ!」

 「証、ですか」

 鷹虎の声が、低く落ちた。

 「ならば、その証ごと砕いてあげましょう」

 風が爆ぜる。

 次の瞬間、衝突。

 鷹虎の掌が湊の腕を受け止め、そのままねじり潰すように捻る。

 鈍い音。骨が軋む。

 それでも湊は止まらない。

 左腕が砕けても、右拳が飛ぶ。

 打撃はもう力ではなく、“意地”そのものだった。

 「俺は、誰かに教えられたんじゃねぇ!」

 「何?」

 「自分で見た。痛みも、怒りも、全部!

   それが、俺の“生きてる”って証だッ!!」

  拳が火花を散らし、空気が爆ぜる。

 だが、その想いすらも、鷹虎には届かなかった。

 「――甘いですね」

 低く、静かな声だった。

 その一言が、雷鳴よりも重く響く。

 鷹虎の掌が、湊の胸を貫いた。

 拳ではない。掌底――それはまるで心臓を握り潰すような、緻密で致命的な一撃。

 「がっ……は……ッ!」

 肺の奥で何かが破裂し、血が喉から噴き出す。

 体が宙を舞い、鉄骨の上に叩きつけられる。

 そのまま、動かない。

 「少しは骨のあるやつでしたが……」

 鷹虎は掌を軽く払う。

 「少々砕きすぎてしまいましたね。殺すつもりはなかったのですが――残念です」

 その瞳には、わずかな哀悼すらなかった。

 ただ、壊れたものを確認する技術者のような、冷たい正確さ。

 「安らかにお眠りください」

  湊の胸から溢れた血が、背中を伝って冷たい床に広がっていく。

 指先がその液体を掠めた。

 ――生ぬるい。

 その温度だけが、確かに“生きていた証”のようで、

 湊は無意識にその感触を確かめるように拳を握った。

 (……これが、俺か……)

 息を吸おうとしても、肺が動かない。

 喉に詰まった血が、泡のように鳴っては消える。

 心臓の鼓動がゆっくりと遠ざかり、

 それがまるで、耳の奥で鳴る古い蓄音機の針音のように不規則に跳ねていた。

 ――ドクン…… ドクン…… ド……

 痛みが薄れていく。

 焼けるようだった傷口の感覚が、

 やがて“痛い”という言葉すら意味を失っていく。

 目を閉じても、まぶたの裏には灰色の光が揺れている。

 耳の奥では、風の音も、警報も、もう聞こえない。

 世界が、ゆっくりとフェードアウトしていく。

 音が消え、色が消え、匂いが消える。

 最後に残ったのは、

 自分の血がまだ温かかったという、記憶の欠片だけだった。

 そして――

 その温度までもが、静かに冷えていった。

 (……つかさ……サム……キヨシさん……)

 (ごめん……守れなかった……)

 ――白。

 気づけば、そこは白かった。

 上下もない、永遠に続くような白の空間。

 音がない。

 風もない。

 ただ、自分の鼓動だけが、遠くで反響していた。

 “トン……トン……”

 その鼓動に、誰かの足音が混ざる。

 「……よく頑張ったね」

 声がした。

 柔らかく、どこか懐かしい響き。

 湊はゆっくり顔を上げる。

 そこに立っていたのは、自分の背格好によく似た青年――



 顔は陰っていてよく見えなかった。だが――右目が蒼く、左目が紅く光る瞳だけが、まっすぐこちらを見ていた。

 「君に、僕の力を分けてあげるよ」

 そう言って、青年は穏やかに微笑んだ。

 穏やかな声だった。

 怒りも、悲しみもない。

 ただ、どこまでも透き通るような静けさを帯びていた。

 湊は眉をひそめた。

 「……力? なんの話だよ」

 青年は小さく首を傾げる。

 「君はまだ、自分の中の“音”を聞いていない」

 「音……?」

 「心臓の音だよ」

 青年は胸に手を当てる。

 白の世界に、トン……トン……と鼓動が反響した。

 「痛みも怒りも、それは全部“生きたい”っていう音なんだ。

  でも君は、それを“戦う理由”とすり替えてる」

 湊は黙って、握った拳を見た。

 血は流れていない。

 それでも、確かに震えていた。

 「……俺は、ただ――守りたかっただけなんだ」

 「知ってるよ」

 青年は優しく微笑む。

 「でもね、“守る”っていうのは、“壊す”よりもずっと強いんだ。

  本当の強さは、怒りの先にあるものじゃない。

  それは――愛だよ」

 「……愛?」

 青年の瞳が淡く光る。

 紅と蒼の光が溶け合い、白の世界を染めた。

 「君の中には、まだ誰かの想いが生きてる。

  その想いが燃える限り、君は何度でも立ち上がれる」

 光が、湊の胸の奥に流れ込む。

 冷たかった心臓が再び脈打つ。

 “トン……トン……!”

 音が強く、速くなる。

 「……誰なんだ、お前は」

 湊が問いかける。

 青年は、静かに笑った。

 「赤い思想に潰された――“証を残したい”って思った人間さ」

 「……その結果は?」

 「今、ここにある」

 「……」

 青年は一歩、湊に近づいた。

 「さあ、行くんだ。僕が守りたかったものを、君が守るんだ」

 次の瞬間、光が弾ける。

 風も音もない世界に、ひとつの声が響いた。

 「――立て、結城湊」

 そして、湊の瞳が開く。

 右が紅に、左が蒼に――静かに、電子の光が灯った。

 胸に空いた風穴が、淡い光で縫われていく。

 皮膚の下を、無数のナノマシンが流れるように走り、

 失われた血管と筋線維を、まるで設計図をなぞるように再構築していった。

 それは治癒ではなく――“意志”による再生だった。

 「俺が……俺自身が、守る」

 その言葉と同時に、風が動いた。

 空気が爆ぜ、白い粒子が舞い上がる。

 湊の髪が、青白い光をまとってふわりと浮き上がった。

 重力を忘れたように、静かに、ゆっくりとうねる。

 光は呼吸に合わせて強弱を繰り返し、

 まるで髪そのものが“生きている”かのように。

 その姿は、人でも機械でもない――

 “生きようとする存在”そのものだった。

 鷹虎がわずかに目を見開く。

 「……再生? いや、これは――適応の極致か」

  湊が、ゆっくりと立ち上がる。

 服は裂け、血は乾いていた。

 だがその瞳の奥で交差する紅と蒼の光が、

 夜よりも強く、確かに“生”を灯していた。

  足元で、光の粒が舞い上がる。

 紅と蒼――二色の輝きが夜風に溶け、都庁の中庭を幻想的に照らした。

 風圧が鷹虎の外套をはためかせる。

 「そんな、馬鹿な…」

 鷹虎はゆっくりと姿勢を正した。

 立ち上がる足元が震えていたが、その眼差しはまだ鋭い。

 「だが、私は秩序。負けてはならぬ」

 掌を構えた瞬間、空気が軋んだ。

 鷹虎の周囲に淡い電磁の膜が展開し、彼の肉体がわずかに光る。

 “理性による覚醒”――自身の神経反射を一時的にブーストする戦術モード。

 それでも湊の光の波動は、それを上回る速度で押し寄せた。

 閃光。

 湊の拳が空を裂き、風圧だけで壁面がえぐれる。

 鷹虎はそれを見切り、刹那に体をひねってかわす。

 だが追撃が速い。

 紅の軌跡が二度、三度と閃き、鷹虎の腕を掠めた。

 血が弧を描く。

 「……速い」

 湊の目が細まり、蒼がわずかに脈動する。

 「あなたも……生きようとしてるじゃないか」

 「生きようと……?」

 鷹虎は笑った。

 「私は、ただ守ろうとしただけだ――この秩序を」

 光が再び弾けた。

 湊の肘が鷹虎の腹部を打ち抜く。

 風が止まり、鷹虎の口から息が漏れる。

 そのまま背後の壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。

 「っ……ぐ、は……」

 膝をつく鷹虎の肩が震える。

 視界の端で、湊の光が穏やかに揺れている。

 怒りもなく、ただ静かに。

 それがかえって、敗北の痛みを鮮烈にした。

 「……さすがだ」

 鷹虎はそう呟き、血の味を含んだ息を吐いた。

 「君の中には……まだ“生”があるんだな」

 顔を上げると、湊の髪が風に舞っていた。

 紅と蒼の光が交差する。

 まるで“生”と“理性”が互いを赦し合っているかのように。

 「俺は……違った。すべてを……制御できると思っていた」

 声が掠れ、呼吸が浅くなる。

 「だがな……制御の先には……何も残らなかった」

 夜空を仰ぎ、ひとつの星を見つける。

 その光を見つめながら、かすかに笑った。

 「……ゆづき……」

  その名を呼んだ瞬間、頭の奥に――湖の前で微笑む、長い髪の女性の顔が浮かんだ。

 湊の紅と蒼が、その姿を包み込むように照らす。

 鷹虎の指先がわずかに震え、空を掴もうと伸び――

 力なく落ちた。

 「……あの夜、お前が見ていた“光”は……こういうこと、だったのかもな」

 風が、止んだ。

 湊の体を包んでいた光が、ふっと揺れ、微かに明滅を始める。

 紅と蒼の電子の灯が交互に点滅しながら、徐々にその輝きを失っていった。

 呼吸が浅くなり、膝が震える。


 「……っ、は……」

 肺が焼けるように痛む。

 ナノの粒子がまだ体内を駆けていたが、制御を超えた出力は限界を迎えていた。

 湊の視界が滲む。

 音が遠のき、光の粒が雪のように舞う。


 「……まだ、俺は……」

 その声は、風にかき消えた。


 そして――湊の光は完全に途絶えた。

 電子の残滓が空気中で淡く弾け、静寂だけが残る。

 湊は膝から崩れ落ち、地面に倒れた。

 紅と蒼が消えたその顔は、ただの“少年”のものに戻っていた。

 その静寂を破るように、金属音が響く。

 崩れた外壁の隙間から、足音。

 「……さっきの光は一体なんだったんだ」

 低い声。

 蓮だった。

 顔の半分を覆っていたアフガンストールを下げ、湊のそばへと歩み寄る。

 血と油の匂いを嗅ぎ分けながら、周囲を警戒する。


 「湊……おい、湊!」

 返事はない。

 胸元に手を当てると、かすかな鼓動があった。

 「まだ、生きてるな……」


 その時、反対側の通路で足音。

 「……鷹虎様!」

 鋭い女の声。

 薄い煙の向こうから、采女が現れた。

 胸のリボンが風によりはためき、背後には数名の部下。

 視線の先――倒れ伏した鷹虎。


 「なんて事を……」

 采女の瞳が一瞬だけ揺れる。

 蓮に視線を投げると、互いに一瞬だけ敵意が交差した。


 「今は争っている場合じゃねぇよ。お互い手出しは無用だ」

 「わかったわ。総員、武装解除」


 采女はため息をつきながら、鷹虎の体を確認する。

 脈を取り、部下に指示を飛ばす。

 「止血。すぐ搬送。心拍は……まだある」

 「了解!」

 数人が駆け寄り、鷹虎を担架に乗せる。


 采女は一瞬だけ振り返った。

 紅と蒼の光が消えた湊を見下ろし、

 「いい仲間を持ったわね」

 そう呟くと、冷たい瞳で背を向けた。

 部下たちとともに、崩れた通路の闇に消えていく。


蓮は湊の肩を支え、そっと抱き上げる。

 「……おい、湊。聞こえるか」

 かすかに、唇が動いた。


 「……れ……ん、さん……俺、一体……」

 「いいから喋んな」

 その声は、優しかった。


 「まさか、虎さんを倒すとはな……とりあえず離脱すんぞ」

 湊を背負い、蓮はゆっくりと立ち上がる。

 背中に感じる体温が、まだ確かに生きていた。

 外壁の奥に停めていたバイクがかすかに光る。

 エンジンをかけると、低く唸る音が夜気を震わせた。


 「……無理かもしんねぇがしっかり掴まってろよ」

 そう言って、蓮はロープで湊を自分の背に固定し、アクセルを開く。

 ビルの間を抜ける風が、夜明け前の冷気を連れてきた。

 背後では、うっすら朝日に照らされた旧都庁が静かに火を吐いている。


 夜が明ける。

 灰色の空が、ほんのわずかに色づいた。

 それは、長い闘いの果てに訪れた――

 “新しい朝”の光だった。


久々に穏やかな土曜日です


血圧だけが穏やかじゃないんですよねぇ


なんか煙たい感じがする話ですが

とうとうアイスブラストの長、鷹虎の登場です


まあ小説なので、大概一章で完結してしまうんですが……


そんなこんなで無印UNCHAINは残すは残り一章


次週の更新をお楽しみに!

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